表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/235

弐拾参の7 本部長らに抗議の文書

 ーーごめんなさい、知らなかったの。知らなかったから、食べちゃったの。おいしいおいしいって、沢山(バンナイ)食べちゃったのーー


 寝ている娘を抱いたまま、女房は泣いておれにわびる。娘を抱いているのは、おれから暴力を振るわれないためだ。女房を殴っても、娘に危害は加えられない。


 出産のため沖縄に里帰りした際、実家にブトウの巨峰があったという。包みに熊本産と書かれていた。

 おれと親族の関係性を、女房はもちろん知っている。最凶の叔母、中村由紀子(なかむらゆきこ)の存在もだ。しかし、熊本産の巨峰と、おれの叔母が頭の中で一致しなかった。

 中村由紀子は、早い時期から女房の実家の篭絡(ろうらく)に励んでいた。


 おれには親戚がいない、親きょうだいもいないーー。

 女房の両親には、そう説明していた。そんな出自の怪しいおれとの結婚に、両親とも反対だったに違いない。


 ーー姉々(ネーネー)の幸せを、どうして願ってあげられないの?ーー


 女房の妹は、おれたちを応援してくれていたようだ。


 ーーきみは、うそつき(ユクサー)だったんだなーー


 中村由紀子の存在が、つまり、この女帝が支配する気が狂った親族の存在が自明のもとにさらされ、おれは、女房の実父からひどく責められた。

 当たり前のことだ。


 威力業務妨害容疑で神奈川県警青葉署に逮捕、勾留されているおれの事件に介入してきた中村由紀子に、釈放後、どういうつもりなのか、電話、郵便、ファクシミリ、電子メールで立て続けに尋ねた。自慢の長男で熊本県警公安専務員、(ひろし)の関与には、当初、触れていない。弁護士の利益相反関係について記した。

 一切の返信はない。あったとしても、中村由紀子はこう言うだろう。


 ーー〇〇ちゃん(おれの実妹)がうそをつきよるったい。〇〇ちゃんは××だから(なき)、作り話が上手たいねーー


 元女房の実父や母方祖父の職業を調べ上げ、だからスパイ映画が好きだとか、それで自分の夫である(たかし)の職業を調べたのだとか、孝の熊本県道路維持課参事の名刺を偽造したのだとか、事実とは真逆の、思いつくままのでたらめを並べ立てるのと同じだ。


 代わりに、携帯電話「赤色一号機」が、こんなSМS(ショートメッセージ)を受信した。


《捕まってたの?》


 なん年も会っていない、どこでなにをしているのかも知らない、三十路に手が届く娘からだ。

 元女房に携帯電話を買い与えられた子どものころは、頻繁に連絡を取り合っていた。成長とともにそれは減っていき、クリスマスのメッセージにも正月のあいさつにも返信が来なくなり、おれの誕生日のお祝いがなくなり、おれの娘への誕生日の祝いにも反応がなくなっていた。


《そう。威力業務妨害の容疑で。取材先の悪質企業によるネタ(つぶ)しだよ。「取材妨害」だな。この件関連で、どっかから問い合わせみたいなものはなかった?》

《えーそうなんだ。問い合わせはなかったよ》


 逮捕、勾留されていたことを誰から聴いたのかとは、尋ねられない。

 ルートは分かっている。女帝、中村由紀子だ。そして、自分から聴いたと言うなと、口止めもされている。


 横浜地検で身柄を放たれ帰宅する電車の中で、妹から、妹らしくない文面のLINE(ライン)メッセージを受信したとすでに述べた。中村由紀子の差し金であろうことも説いた。

 妹に数年前、彼女にとっては(めい)に当たるおれの娘の電話番号を聴かれた。

 消極的ながら、教えた。地域警察官による巡回連絡簿の作成に協力するのと同じ理由だ。つまり、おれになにかあったら、それを知った妹からの娘への連絡手段になると捉えた。

 ちょっと不安でもあった。情報が、おれたち兄妹(きょうだい)の叔母である、おれの娘にとっては大叔母に当たる中村由紀子に漏れるのではないか、と。警察の巡回連絡簿に応じる何百倍も、何万倍も、個人情報の悪用を恐れた。

 しかし、女帝も当時、七十歳を超えていたはず。かつての勢いはあるまいと、自分を納得させた。

 だから、その情報をなにに使うのかとか、熊本の叔母さんには絶対に教えるなとか、妹には言っていない。妹を疑いたくなかった。疑っていると思われたくなかった。


 情報は、現役バリバリの女帝、中村由紀子に筒抜けだった。女帝の指示に従い、妹は情報収集させられていた。後におれが生命の危機に瀕した際、妹がそのことを認め、おれに謝罪することになる。妹に謝罪などさせたくなかった。

 そして、おれが生命の危機に瀕したその時も、大叔母の呪縛から自らの安全のため必死で逃れようとする、女帝の姪孫(てっそん)にあたるおれの娘に、消防の救急隊や搬送先救命救急センターから連絡がつかないという事態に陥った。

 詳細は後述する。


 あまりに狼藉がひどい中村由紀子の自慢の長男に宛てておれは、こんな文書をはがきに記し、職場の熊本県警熊本東署熊本空港警備派出所に郵送した。

 はがきを使ったのは、同僚の眼に触れさせるためだ。同僚の眼に触れたと、任警部の所長として修行に出されている公安・外事専務員に認識させるためだ。


《冠省 貴殿ご母堂の悪行により、当方は生命・身体の安全を脅かされております。

 何十年も前から重ねてお願いしているところですが、今後とも当方ならびに周辺には一切関わらぬよう、貴殿より改めて忠告ください。 草々


  ZIP 227-0036

  横浜市青葉区奈良町2913-2

  森 史×


 2023.9.4》


 横浜簡易裁判所(かんさい)による罰金の略式命令を拒否し横浜地方裁判所(ちさい)での公判に持ち込むための、期限が迫っている。


 翌日付けで、こんな内容の文書を熊本県警本部庁舎に宛て封筒で投函した。

 中村由紀子自慢の長男、宏宛て同様、宏本人の公安専務員としてのこの問題への関与には、あえて触れていない。触れると問題の根幹がずれるから。頭のおかしい主からの()れ言や被害妄想と捉えられるから。

 問題は警察にあるのではない。女帝、中村由紀子が、諸悪の根源なのだ。


《 2023年9月5日

 熊本県警察

 本部長 宮内彰久様

  〒227-0036

  横浜市青葉区奈良町2913ー2

  森 史×

  電話 090ー××××-××××

  ファクシミリ 045ー961ー2077

  メール ××××@××××××××


冠省 貴職配下、中村宏・熊本東署熊本空港警備派出所長の実母から、当方は、生命・身体の安全を脅かされております。貴職におかれましては、中村所長が実母に対する管理監督責任を果たし、このような暴挙をやめさせるとともに将来においても再発させないよう、中村所長を厳しく指導賜りますことを切にお願い申し上げます。 草々》


 四十七都道府県ごとに独立する警察組織の中でも、公安部門は別格で全国ひとまとまりだと、すでに述べた。

 そのこともあって、一線署において公安捜査は、署長決済がいらない。公安専務員は、もっと上を見ている。警察本部ではない。そこを通り越して、警察庁警備局だ。でも、首都警察の警視庁は前述した通り公安部が独立しているから、一線署の公安専務員も、警()庁ではなく、警()庁公安部が崇拝の対象。

 だから、公安専務員は、一線署に勤務していても署長の管理下、監視下にはない。

 ただ、警察本部の本部長には、そんな公安専務員も、仕事をやや左右される。少なからぬ影響を受ける。

 なぜなら、全国の警察署の署長はほぼ地元採用組。半面、道府県警の本部長は現在のところ、警視庁トップの警視総監を含め全員、警察庁の官僚。つまり、実質的な国家組織である公安警察にとってむげにできない対象。当時の本部長で警視長の階級の宮内彰久も、例外ではない。


 しかし、怪文書もどきのおれの手紙は、本部長までは到達しまい。

 だから、警務部首席監察官・内田義朗、警備部参事官・長尾義久、熊本東署署長・竹口光二郎ら幹部(肩書きはいずれも当時)にも順次、同趣旨の文書を送った。

 投函日をずらしたのは、一斉のシュレッダー行きを免れるため。いずれか一通くらいは本人のもとに、それが無理でも適切な部署、担当者に届くだろう。


(「弐拾参の8 幾つも旅券を持つ男(Man of Multiple Passports)」に続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ