表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/235

弐拾参の5 めおと茶碗

 官民の事業所で若い女性がお茶くみ要員として雇用されていた時代、彼女らが最初に覚えなければならない仕事は、お茶をくむ相手である従業員の茶の好み、例えば濃いめか薄めか、熱めかぬるめかだった。これがコーヒーだと、砂糖、ミルクを入れるか否かやそれらの分量も大切な要素。

「きょうはぬるめで」などといった個別のリクエストにも応じる。

 そして、各従業員の専用容器(湯飲み、マグカップ)を、正確に覚えなければならない。間違って他人の容器に入れて出すと、それだけでやる気と能力が疑われた。


 昭和末期に考古学者が使いだした「属人器(ぞくじんき)」という用語がある。世界でも朝鮮半島と日本列島だけに見られる風習で、茶碗や(はし)などの食器を、家族などのそれぞれで「使う人」が決まっている。別の人は、特別の事情がなければその食器を使わない。

 中国や欧米では、こうした文化が見られない。一回の食事ごとに任意の食器が割り当てられる「銘々器」だ。

「属人器」が発達した背景として、食器を手で持ち食べる文化が挙げられる。手の小さな子どもや女性は大きく重い器を持ち上げられないし、そんな器に盛る分量を食べられない。

 しかし、この説は日本では納得できても、朝鮮には当てはまらない。朝鮮では日本のように、食器を手で持ち食べる文化がない。

 箱膳(はこぜん)と共通の歴史だという説もある。

 個人がそれぞれ自分の食器が入った箱を所有し、食事の際には食器を出し、箱をテーブル代わりに使う。江戸時代から昭和初期ごろまで日本の家庭で見られた光景だ。


 本項冒頭で例示した事業所の湯飲みは、属人器だ。陶芸が盛んなエリアなどで土産品として売られる、大小の「夫婦(めおと)茶碗」も、属人器を前提とした設定、作りと言える。


 捜査機関である警察組織は、犯罪の種類、つまり罪名によって担当を割り振られるのが原則だ。おれを威力業務妨害(刑法二三四条)容疑で通常逮捕した神奈川県警青葉署は、刑事課強行犯係が担当した。

 強行犯係は、殺人、強盗、放火、性犯罪などを扱う、刑事警察の花形だ。留置施設で同室だった四十番の男、野村が、本人の説明通り詐欺(同二四六条)容疑で逮捕されたのであれば、取り調べに当たるのは、知能犯係。警察本部だと、それぞれ刑事部捜査一課、同捜査二課がそれらを担当する。

 自動車によるひき逃げは交通部門が、廃棄物不法投棄や風俗営業絡みだと、生活安全部門が出撃する。


 これらには、例外がある。罪名つまり根拠法やその条文によらず、捜査対象者である被疑者が、どのような種類の人間か、どういうカテゴリーの組織に属する構成員かで、根拠法に関わらず一手に引き受ける。暴力団対策(マルボウ)部門と、公安部門の扱いが、それに該当する。

 指定暴力団組員の犯罪は、捜査一課(いっか)ものでも捜査二課(にか)ものでも生活安全(せいあん)ものでも、刑事部の組織犯罪対策課(ソタイ)などが囲い込む。

 いくつかの理由がある。ある一つの罪名で立件した暴力団構成員は、別の根拠法の余罪を複数抱えていることが多いから。また、警察は当該構成員のみならず、それを突破口に、組織全体を捜査対象にしたいから。一般向けに言えば、壊滅しなければならないから。

 つまり、組織犯罪対策部門の捜査手法は、食器でいえば「属人」だ。


 公安捜査の手法も、これと似ていて「属人」だ。テロリスト一人をたたいただけでは、テロ集団は壊滅できない。テロリズムは未然防止できず、なんら解決させられない。

 別の見方もできる。

 二〇二四(令和六)年二月、在日シンガポール大使館の参事官(当時五十五)の男が、都内の銭湯で男子中学生を盗撮したとされる事件は、本来なら「性的姿態撮影処罰法」を担当する生活安全部門か、送検など捜査手続きに慣れた刑事部門が担当するべき事案。しかし、外交特権を有する外交官である大使館参事官の身柄の取り扱いは、日本政府とシンガポール政府との間で軋轢(あつれき)が生じかねない。両国間の外交問題にさえ発展しかねない。

 だから、警視庁公安部の外事部門が慎重に扱う。一義的には、一線署の警備課が出てくる。単に外国人だからという理由ではない。

 つまり、公安部門の捜査員は、刑事など全部門が取り扱う、取り扱おうとしている、取り扱っている、取り扱った事件を総覧しなければならない。そのために、総覧できる、警察全体を見渡せる、俯瞰(ふかん)できるシステムを構築している。


 鹿児島県警が所属警察官やその親族による多数の性犯罪をもみ消すなどした一連の隠蔽(いんぺい)を、地元採用組トップ級の元生活安全部長(警視正)が記者クラブ非加盟メディアに告発し国家公務員法(守秘義務)違反容疑で逮捕、起訴された二〇二四(令和六)年の事件と並行し、別ルートで同様の告発をしていて地方公務員法(同)違反容疑で逮捕された巡査長は、公安専務員だ。県警が隠蔽したものを含め、全部署の事件情報にアクセスできる立場にあった。

 なんらかの事情で警備部公安課第二外事係から放逐され、逮捕時には、曽於署地域課員だった。


 前の項の刑事部門専務員幹部が、意図せずおれの免許証番号から、おれに関するなんらかの機密を入手し頭を抱えたのは、それが、例えば公安警察秘伝の「Fファイル」などに基づく公安情報だったからだ。

「Fファイル」に掲載される要注意人物は多大な数に上るし、それに含まれる新聞記者は、おれだけではあるまい。だから、例えばおれを公安事案(マター)ではない、今回の威力業務妨害罪のような些末な事件で挙げるからといって、公安部門が出張(でば)ることなどありえない。そんなことで公安部門が出しゃばると、監視対象であると相手に知らせるようなものだ。

 だけど、おれの一挙手一投足は、常に彼らに筒抜けと心得るべき。

 (くだん)の刑事部門専務員幹部におれがその日、会ったことにまで、公安部門の連中は頓着(とんちゃく)しない。そんなことまでしていたら、きりがない。しかし、刑事部門専務員幹部の架電したのが公安部門に関する相手先だとすれば、架電した事実と、その幹部がおれに関する情報を入手した事実は、記録に残る。


 金融業界で作る信用情報機関について前述した中で、クレジットカードの発行やローンの申し込みをして審査に落ちると、「申し込んで審査に通らなかった」という足跡まで信用データに入力され悪い履歴として残されてしまうと書いた。

 そのことと似ている。


 おれのなんらかの公安情報を知ってしまった刑事部門専務員幹部は、おれとの付き合いを、公安部門専務員に監視される。おれの前歴でも調べて酔狂な「占い」をしようという、ちょっとしたいたずら心だったはずなのに、「痛くもない腹を探られる」事態を、幹部は自ら招いてしまった。

 どの部門のことでも警察に関する情報がおれに漏れれば、公安部門の連中は、この刑事部門専務員幹部ルートを疑うことになる。この幹部が知る極秘のはずの公安情報が、おれに漏れるのではないかと、公安部門はこの刑事部門専務員幹部個人を監視対象にさえしなければならない。


 警察官の不祥事に関する「風紀担当」は、警務部に必ず設置される監察(かんさつ)部門だ。内部を監察する、自らを監察する立場でもあるこの部門が抱える事件も、公安部門の専務員は、のぞき見ることができる。

 お互いに相手の局部(キンタマ)を握り合っている間柄だから、人事交流は盛んだ。警察本部の監察官には、公安部門出身者、つまり公安専務員が少なくない。

 刑事部門と公安部門は、情報の流れが一方的だし、だから水と油の関係だしで、人事交流は極めてまれ。

 公安部門同様、捜査対象が「属人」である暴力団対策部門は、強行犯や知能犯と同じ刑事部門だし、よって情報を独占せずできずという面で、公安部門とは異なる。


 おれに関する威力業務妨害罪での捜査情報を、熊本県警の公安専務員で外事課が根城の従弟、中村宏(なかむらひろし)が逐一把握していたとはまでは言えまい。

 しかし、おれの実妹を通じ叔母、中村由紀子(ゆきこ)経由でそのことを知った自慢の長男が、今回の事件にまつわるおれの情報一切を入手するのは、極めて容易だ。

 警察の組織が四十七都道府県ごとに独立する中で、公安部門はひとまとまりの実質的な国家組織だと、すでに述べた。天下国家の安寧が、特高警察の流れをくむ彼らの任務だからだ。

 つまり、警察本部が異なっても、公安専務員同士の結束は固い。

 しかも、神奈川県警青葉署留置管理課長、片山勝太は、県警本部の公安部門から任警部として一線署に出された、中村宏の「同期」に当たる。

 もし、同期の片山に話が通じなくても、片山の上司に当たる、同じ公安専務員の署長で警視の、橋谷田裕樹に依頼できる。


 勾留中の接見は、一般人の場合、警察官(拘置所なら刑務官)の立会(りっかい)が付く。弁護士の接見では、付かない。

 しかし、留置管理課長、片山勝太は公安専務員ゆえ、おれを現認した時点で、Fファイルにヒットしないか検索したはず。だとすれば、弁護士との接見内容は最初から筒抜け。

 そうでないにしても、つまり、片山が最初はおれの素性をチェックしなかったにしても、遅くとも公安専務員仲間の中村宏から照会があった時点からは筒抜け。


 警察を含む捜査機関や司法機関、株式会社三和顧問弁護士に対し一矢報いようとするおれの動きを止めるのは、彼ら公安専務員三人にとって、共通の果実だ。熊本県警熊本東署熊本空港警備派出所長にとっては、アマゾネス中村帝国の安寧という至上命題もある。


(「弐拾参の6 エリート県庁職員の名刺」に続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ