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弐拾参の3 ハムのソトコト

「共同通信社」記者出身の青木理(あおきおさむ)(一九六六-)が同社社会部在籍中の二〇〇〇(平成十二)年に著した講談社『日本の公安警察』は、「それなりのベストセラーとなって話題を呼んだ」と本人が語る通り、ベールに包まれていた警察の公安部門を一般の眼にさらすことに成功した。


 日本には正式名称に「公安」が付く機関が三つあり、現在でも混同が著しい。


 一つ目は、警察の民主的運営と政治的中立性を確保するため、警察を管理する行政委員会としての「国家公安委員会」と、都道府県ごとに同様の役割りを持つ各都道府県「公安委員会」。自動車運転免許証に発行元として、都道府県公安委員会の名称が赤字で刷り込まれている。本来は警察の「お目付け役」だが、アリバイ作りのための形骸で、その機能はまったく果たせていない。

 二つ目は、法務省の外局である「公安調査庁」。周辺諸国や国内諸団体、国際テロ組織に対する情報の収集、分析を行う。公安警察の業務と多くの部分で重なるが、プライドが高く実力も備える公安警察は、歯牙にもかけない。

 三つ目がその公安警察で、全国の警察組織(警視庁を除く)の警備部門の傘下にある。


 同じような名称で分かりにくいのは、それが為政者の目的でもあるからだ。なにをやっている組織なのか、特に警察の公安部門は、外部に知られたくない。

 警備部門の傘下にあるのも同じ理由で、「警備」の名に隠れている。全国の道府県警は、警備部の下に「公安」を担当する課を置く。「公安」の名称を使わない県警本部もある。つまり、「隠して」いる。

 なぜ公安の実態を警察は知られたくなく、隠すのかーー。

 それは、表向きには、秘匿活動が多いという彼らの任務(ミッション)による。

 実態は、戦前・戦中の特高警察(とっこうけいさつ)(特別高等警察)の流れをくむからだ。『蟹工船』で著名なプロレタリア文学の代表的小説家、小林多喜二(こばやしたきじ)(一九〇三-三三)は、その思想ゆえ、彼らに捕えられ拷問を受け虐殺された。

 戦後の民主化で一度は解体されたはずの特高警察が、戦前・戦中と同じ目的で設置され暗躍する現在の公安警察だと、当局は認めない。

 一線署で「課」の組織は、道府県警本部では、「部」に相当する。例えば署の刑事課、警備課は、道府県警本部では、刑事部、警備部だ。そして、国の機関である警()庁は、これが「局」になる。刑事局、警備局だ。いずれも、公安を警備の陰に隠す。

 ところが、東京都警たる警()庁のみ、警備部とは別に、独立した公安部が存在する。首都を守るという体裁の警視庁が、いかに公安部門を重視しているか、その業務に注力しているかが分かる。


 青木の『日本の公安警察』は、これらを暴露したとまでは言えない。書かれている内容の多くはずいぶん旧い時代のことだし、発刊当時に行われていたことであからさまになると問題になりそうな事柄は、「ベストセラーになって話題を呼んだ」から、改められている。

 ただ、この著書は、その後の国内エンターテインメントに寄与したと言える。公安警察官が活躍する作品が増えた。

 漫画家、青山剛昌(一九六三-)によるメディアミックス作で一九九四(平成六)年に少年コミック誌で連載スタートした『名探偵コナン』に、主要メンバーとして公安警察官が登場するのは、青木の『日本の公安警察』より後のことだ。青木の著書以前は、公安警察を描いても読者、視聴者、観客には理解できず、よって付いてこられず人気を伴わず、さらに言えば、製作者サイドも公安警察を知らなかった。


『日本の公安警察』以前にも、類書は存在する。当事者である沖縄県警出身、島袋修(しまぶくろおさむ)(一九五一-)による、『さらば桜よ : 公安警察の謀略を斬る』(東京特版、一九九四)と、『公安警察スパイ養成所』(宝島社、一九九五)がそれだ。

 しかし、前者は島袋の自費出版によるもの。それを焼き直した後者も、決して商業的に成功したとは言えず、よって、大衆に影響を与えなかった。


 警察組織に関する大衆への流布について、メディアが果たした役割りで、これらと似たルートを経た例がある。

 フジテレビの連続ドラマとしてスタートした『踊る大捜査線』シリーズ(ドラマ放映は一九九七年)だ。警察庁から都道府県警に出向するキャリア官僚が、主人公の好敵手として登場する。

 このドラマ以前にも、小説家、大沢在昌(一九五六-)の映画化、テレビドラマ化、漫画化された『新宿鮫』シリーズがあり、刊行(一九九〇)翌年の第十二回吉川英治文学新人賞などを受賞しているが、警察官僚がはぐれ状態になるという主人公の設定が、読者、視聴者、観客にうまく伝わったとは言えない。

 警察庁キャリア官僚と地元採用組警察官の確執や協調を描くエンターテインメント作品は『踊る大捜査線』以降、急増し、キャリア、ノンキャリという表現が人口に膾炙(かいしゃ)するようになった。


 問題の叔母、中村由紀子(なかむらゆきこ)の自慢の長男でおれの従弟(いとこ)に当たる、立派な大男でおれは足元にもおよばないという中村(ひろし)は、熊本県警警備部外事課を根城とする、バリバリの公安専務員だと分かった。警部に昇任し、その春から、熊本東署熊本空港警備派出所(はしゅつじょ)長として、任警部で修行している。


 漫画家、秋本治(あきもとおさむ)(一九五二-)による長寿作品『こちら葛飾区亀有公園前派出所』連載当初の昭和時代、警察官が交代勤務に当たる詰め所である施設は「派出所」が正式名称で、「交番」は俗称、愛称だった。一九九四(平成六)年、正式名称も「交番」に切り替わった。

 今も一部に残る「派出所」は地域警察官の詰め所ではなく、前述の空港や政府施設などの警備目的で置かれる。

 交番や駐在所で勤務するのは原則として警部補以下の階級の者で、警部以上の者が所属するのは、警察署のリストラで大規模交番として残存する「幹部交番」(地域によってはその名の通り「警部交番」)などの例外。

 そして、中村宏が任警部として所長に就く熊本空港(愛称・阿蘇くまもと空港)の警備派出所も、その「例外」に当たる。


 熊本県警熊本東署には、公安部門を担当する警備課があり警部の階級の課長が陣頭指揮を執り、地域部門を担当する地域課もあり同様に警部の階級の者が課長職に就く。

 つまり、警部・中村宏率いる空港警備派出所は、警備課傘下でも地域課傘下でもない、熊本東署におけるいわゆる「別班」だ。


 任警部は、本人の専務とは別の専務性の低い部門に出されると、これまで複数個所で述べた。ただ、人事は「水物」だし「ところてん」だし「パズルゲーム」だしで、組織が大きくても小さくても、うまく動かせるとは限らない。

 外事つまり公安専務員の任警部としての修行先として空港警備派出所が選定されるのは、テロリズム対策や、国際便で乗り入れるインバウンド客対応という警備(つまり公安)、外事の専務性を大きく外さないまま一見、地域部門と見まがう別班を統率させるというメリットがある。公安・外事専務員にとって警備派出所長は都合の良い、人事担当者にとっては使い勝手の良いポストだ。


 島袋や青木の著書には、公安警察にまつわる隠語がいくつも登場する。その多くは、今では使われない。出版から四半世紀以上経っているし、青木の著書が売れたことにより使用をやめた語もある。

 会社勤めの新聞記者をおれが辞してから、二十年経つ。しかも、現役記者時代に内輪で使っていた隠語もどきが、当時も実際に公安警察官の間でも使われていたかどうか、定かではない。


 公安警察のことをおれたちは、漢字「公」を上下に分解し、「ハム」と称していた。公安調査庁や公安委員会のことは、こうは呼ばない。

 道府県警で警備部のもとに公安部門と並んで、警視庁においては公安部のもとにおかれる外事部門を、昨今の出版物ではよく、隠語として訓読みで「ソトゴト」と称している。おれたちは濁点を付けず、「ソトコト」と呼んだ。

「ハム」も「ソトコト」も、当事者らには今もその用語で通じる。


 おれが逮捕、勾留された青葉署の署長が「ハム」だと、神奈川県警のお友だち(オトモダチ)から知らされたと前に書いた。

 署長だけではなかった。


(「弐拾参の4 岳父に奪われた命名権」に続く)

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