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弐の7 客もかごを蹴っていた

 株式会社三和店舗運営部・矢島の要請に従いおれは、簡易書留を受け取った翌日付けで、こんな文書を作成し投函した。


《冠省 貴職名義を差出人とする簡易書留郵便を昨日、拝受しましたので、ご指定通り返信用封筒(八十四円切手貼付済み)を使い本状を差し出します。


 一 貴社奈良北店従業員は、例えば店舗内東端にある惣菜棚で、割り引きのラベルを刷りだすハンディ機器(なんという名称なのか知りません)を操作、惣菜パックにラベルを貼り付けた後、当該機器をしゃもじかスコップ、あるいは工事現場のブルドーザーのように使い、棚の惣菜パックを雑に移動しています。同様に、通路を挟んで反対側のデザート類棚の商品も同じ機器をやはりしゃもじかスコップかブルドーザーのようにして雑に移動させます。コロナ感染対策で商品に直接手を触れないための試みなのでしょうか。でも、それでは間尺が合いません。ラベルを貼る際には、商品(性質上、密封されていない惣菜パック含め)に直接手を触れているからです。当該機器をしゃもじやスコップ、ブルドーザーのようにして商品を移動させることの合理的な意味合いについてお尋ねします。


 二 貴社奈良北店従業員は、売り場フロアで、段ボール箱(商品が入っているもの、空のもの、つぶした状態のものいずれも)を、台車から降ろした後や台車に乗せる前、足で蹴って移動させています。このことの合理的な意味合いについてお尋ねします。


 三 貴社奈良北店の買い物客の多くは、貴社・店所有の買い物かご(バスケット)を、床に置いた状態で、足で蹴って移動させています。商品の陳列棚を巡る際も、レジに並んで列が前に進む際も同様です。このことの根底は、上述二 と同じで、当該店舗周辺エリア住民の民度の低さに起因すると当方は思料します。貴職の見解を求めます。


 四 上述三 のように、他の買い物客が使い回し、会計時にはレジカウンター上に、袋詰め時には店舗内北側カウンター(なんという名称なのか知りません)上に置くかごを、足で蹴って移動することで懸念される衛生上の問題についてどのようにお考えか、見解を求めます。


 五 貴社奈良北店の買い物客の多くは、会計が終わってもレジを離れず、レジ係従業員と長話をします。並んでいる当方が苦情を申し立てても当該客らは「まぁ怖い。ねぇ!」などとカウンター越しにレジ係に同調を求め、レジ係は同調。長話は終わりません。このような場合、当方や他の客は、そのレジでの会計をあきらめ、別のレジの、同じように長蛇の列をなしている最後尾に移動しますが、レジが当該長話の一カ所しか開いていないと、移動先がありません。レジ係も同調する長話について、見解を求めます。


 六 二〇二三年二月三日、当方が買い物で貴社奈良北店を訪れた際、レジは二カ所開いていて、いずれも列は長くありませんでした。当方が買い求めようとした商品四点をレジ打ちしながら、レジ係は何度もレジを離れどこかに行き長時間戻らず(店長が防犯カメラで確認した限りでも二度離れている)戻ってもどこかに架電し、当方買い物分の会計作業は一向に進みません。翌日ごろ拙宅を訪れた店長に尋ねたところ、「あれは『エホウマキ』だから」との言い訳めいた回答がありました。「恵方巻き」のことだと思料します。貴社ならびに奈良北店にとって、雑節である「節分」の行事がどのような重要性を持つのか、レジ打ちを長時間・複数回にわたり中断しなければならないほどのことなのか、合理的な回答を求めます。


 七 上述した、従業員がハンディ機材をしゃもじかスコップかブルドーザーにように使い商品を動かす、従業員・客がそろって商品を足で蹴って動かす、長蛇の列ができているのに従業員・客は長話をやめない、レジ打ちを長時間・複数回にわたり中断させても「恵方巻き」が優先されるのはすべて、当該エリアの地域性(民度の低さ)に起因するものだと当方はとらえますが、それは正ですか。違うのであれば、合理的な解釈を求めます。


 八 ハンディ機材や足で商品を移動させる、会計作業より客との長話や「恵方巻き」の方が重要であるとする従業員の価値観は、上述七 の通り、当該エリアの地域性(民度の低さ)に起因し、だから、おそらく当該エリア在住者で構成されるであろう従業員も民度が低く、貴社は民度の低い従業員を、民度が低いゆえ低賃金で雇用しているのだと思料します。奈良北店と、別の店舗の従業員(レジ係だけでなくバックヤード要員含め)の賃金体系についてお尋ねします。


 差し当たって以上です。草々


 追伸一 二〇二三年二月八日午前、〇四二-七六四-三〇一八から二度にわたって着信があり(当方は取れず)、いずれにもメッセージは収録されていません。コールバックしても、要領を得ません。なんの用でしょうか。


 追伸二 貴職からの書状三行目《お尋ねしたい》は謙譲語であって、相手方の言動には使えない表現ですが、文面全体からは、当方のことを述べているように読み取れます。それでよいでしょうか。これも、「民度」の問題でしょうかね》


 本稿を執筆するに当たって、当時の郵便物などのファイルを引っ張り出し、重大な事実を忘却していることが分かった。株式会社三和店舗運営部・矢島に、矢島の指定に従い切手貼付済み返信用封筒で当てた文書の、二番目だ。

 店の商品を足で蹴って移動させていたのは、店舗従業員だけではない。客も同様だった。その光景を、ありありと思い出した。

 客は店内の陳列棚を巡る際、床に直置きしたかごを足で蹴って、次の陳列棚に行く。店舗備え付けのカートを持ち出すのは面倒くさいのだろう。よしんば持ち出しても、カートを足で蹴って移動したかもしれない。残念なことに(株式会社三和やスーパー三和奈良北店にとっては幸いなことに)、そういう場面をおれは見ていない。

 そして、レジの列でのことだ。

 スマートフォンが普及し、街中でも液晶画面を眺めながら歩く姿が見られるようになってから、顕著化したように感じる。客がことどとく、片手で操作するスマートフォンの液晶に熱中し、しかも、慣れた様子で器用に床の上のかごを履き物のつま先部分で蹴り、列の動きに合わせ前に進む。それに続く客も、同じようにスマートフォンを眺めながら、床に置いたかごを蹴って、前に倣う。

「つま先」でさらに思い出した。陳列棚を巡る際には、足の内側(インサイド)外側(アウトサイド)も使う。

 かごの側面は、柵状だ。蹴れば、履き物に付着した汚れが、柵の隙間を縫って内側に侵入するのは明らか。自分で消費するものならそれでもよかろう。しかし、かごは店備え付けで、客が共用する。

 他人の靴の泥汚れが内側にまで侵入したかごを使わされる。蹴ったかごを洗浄したり消毒したりの処理を、客がやっている姿も、店舗従業員が敢行する姿も、見たことがない。

 少しでも気の利いた客は、自分の靴の汚れをなすり付けたかごを、かご置き場に積み上げ(スタックす)る。たいがいの客は、例のサッカー台に放置したままで、別の客か、気まぐれな店舗従業員が、やはり客の靴で汚れた状態のまま、置き場に積み上げる。


 陳列前の商品が入った段ボールを足で蹴って移動させる店舗従業員は、密封されていない惣菜の山をハンディ機器で砂場遊びのようにざくざく移動させる店舗従業員同様、その行為を、たとえば客であるおれに見られてもいいという前提でやっている。なにが問題なのかさえ分かっていないかもしれない。

 同様に、かごを足で移動させる客も、その行為を、店舗従業員やほかの客に見られてもいい。なにが問題なのか分からない。見ている店舗従業員も客も、なにが問題か分からないのだろう。


 スーパーには、泥が着いた状態のままの根菜も、確かに売られている。それを直接、かごに入れる行為と、自分の靴の泥をなすり付けるのは結果的になんら変わらない、と株式会社三和は主張するかもしれない。そういう言い分を、おれは聴いてみたかった。議論したかった。


 四番目のなんという名称か知らないカウンターは、作荷(サッカー)台と、矢島に書簡を送った後になって分かった。


(「弐の8 二週間以内の回答求む」に続く)

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