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拾陸の2 お客様は神様か

「二月三日より後に、三和の本社と文書でやり取りしてますね」


 中年女性検事スズキによる本格的な聴取は、時系列がいきなり飛んだ。


「してます」

「それで解決しなかったんですか」

「しません」

「なぜなんでしょう」

「彼らがノウなしだからですね。『ノウ』は能力の能でも、脳みその脳でも構いません。両方のことを言ってます」


 若い女性事務官は、今度はうなずかない。なにも反応しない。


「どの辺りに問題があるんですか」

「例えば、初めて彼らから受け取った文書」

「はい」

「店舗運営部の矢島なにがし名義なんですが、『お尋ねしたいことがあるらしいけどなにか』という書きぶり」

「……」

「ぼくは、『お尋ねしたいことがある』って言ってますよ。書いてますよ。そしたら相手は、『お尋ねになりたい』が正常なビジネス文書じゃありませんか?」

「それはつまり、自分はお客様の立場であると、立場が上であるとーー」

「ーー検事さん」

「はい」

「ぼくがそういう低レベルなことを言ってるんじゃないって、ちゃんとお分かりの上で、きちんとご認識の上で、おっしゃってますよね」

「……」

「ぼくは、誰に対しても、自分の立場が上とか下とか、それに対して相手の立場が上か下かなんて考えません。こうして被疑者として調べを受けてる検事さんに対してもです」

「それは、わたしたちも同じですよ」

「そうですか。そりゃよかった。少なくとも、ぼくの言ってることの意味は、ご理解いただけたということですね」

「……」


 女性検事スズキが本当にそう思っているか否かについては、大した問題ではない。


「そういう常識がですね、三和の連中には通用しない。そういう常識というのは、社会人としての常識ですよ。大人としての常識ですよ。もっと言えば、人間(ヒト)としての常識です」

「分かりました」

「分かっていただいて、よかったです」

「そういう文書のやり取りを、三和の当事者以外ともしてますね」

「ああ、途中から介入してきた顧問弁護士ともやってます」

「文書のやり取りは、逮捕直前まで続きましたか」

「最初は書簡が往復してましけど、ある時期からは、こっちから一方的に差し出すだけです」

「先方から最後に文書を受け取ったのは、いつですか」


 記憶が定かでない。

 不確かなことは言わない。しかし、なにも言わないわけにはいかない。


「手元になにも資料がないんで、今、頭に浮かんでることを話します」

「話してください」

「検事さんがさっき手に持ってお示しになった、きのう付けの青葉署の員面調書。それに、司法警察員なにがしが、防犯カメラの映像を収録したUSBメモリを領置したうんぬんのくだりがありました」


 巡査長、ガコ古賀が領置したことになっている。


「はい」


 中年女性検事は、調書の内容を確認しようとしない。内容を領置の日付けまで覚えているか、関心がないかのいずれかだ。


「その日付けが、五月二十二日とかその辺りのことだったと、調書には記述されていたのを覚えています」

「はい」

「ほかに手掛かりがなんにもないから、その調書の記述にばかり意識が引っ張られているのかもしれません」

「はい」

「先方から最後の文書を受け取ったのは、その五月二十二日からそう離れてはいないんじゃないかという印象です。ほかに手掛かりがあれば、なにか証拠を示されれば、印象はそっちに傾くんじゃないかってくらいの薄い記憶です。この説明で、ご理解いただけますかね」

「分かりましたよ」


 おれのこの薄い記憶で、大きく実態から外れていない、矛盾は見られないということだろう。


「そういう文書を送った相手に対して、なにか思うことはありますか」


 検察は明らかに、二月三日より後のことに注視している。そっちで立件しようとしている。

 おれの杞憂(きゆう)は、確信に変わった。


「三和関連、従業員も経営陣も、顧問弁護士も含めてです。彼らに対しては、彼らが問題を深刻化、顕在化させた、悪いのは彼らだと思ってるんで、感情は変わりません。ただ、文書を、三和の事業とは直接関係のない先にも出してます」


 社長個人宅に投函したり、テナント出店する事業所や、弁護士の所属事務所があるビルの別事業所に、社長ならびに弁護士宛てと同じ内容のアスキーアートをファクシミリ送信している。そのことを、この検事スズキは知っている。

 三和や顧問弁護士に対する問題追及と、社長の同居家族や三和と無関係な事業所への攻撃は、分けて考えなければならない。


「そういう、三和とは直接関係のない事業所や個人の方々には、謝罪の機会があれば、そうしなければならない、謝罪したいと思います」


 具体的にどこに謝罪するべきかを、あえて言わなかった。言えば、検察の立件する対象が広がる可能性が高いからだ。


「三和には、謝罪はしませんか」

「しません」

「謝罪するか否かで、刑事処分(しょぶん)の行方が変わるとしてもですか」

「謝罪をするふりなら、できますよ。でもそれは、あくまでもふりです。決して、本心からではありません」


 謝罪のふりの空虚さを、検事なら知っているはずだ。

 しかも、形式の上だけでも謝罪してしまうと、これまで指摘してきた三和や顧問弁護士の瑕疵の度合いが薄まってしまう。おれの独り相撲で片付けられてしまう。

 その上、三和や顧問弁護士に「謝罪のふり」をすると、直接関係のない第三者への「謝罪」まで、「ふり」と認定されてしまう。


「機会があれば謝罪したいという相手先に対する件です」

「はい」

「なぜそんなことを、謝罪しなければならないようなことをしてしまったんですか」


 アスキーアートとも、それを送った具体的な相手先のことも、女性検事スズキは口にしない。

 だから、おれも口にしない。


「やり過ぎました」


 UR都市機構関連会社社長宅の近隣にまで手を伸ばした話をした際、驚愕の表情をした接見の弁護士のせりふを思い出した。

 そして検察は当然、UR問題も覚地しているはず。そのことも視野に立件を展開してくるはず。


「取材をしようとしたんですか」


 女性検事スズキは、おれの職業を知っている。


「検事さん」

「はい」

「ぼくらがいう取材と、取材に縁のない人がイメージする取材は、その意味する物が大きく異なります。これは、捜査機関がいう捜査と、捜査に縁のない人がイメージする捜査が異なるのと同じことです」

「そうでしょうね」

「極論すれば、今こうして検事さんから聴取を受けているのも、ぼくにとっては逆に、取材です」

「では、尋ね方を変えます。なにかの機会にどこかで成果を発表しようとしたんですか」

「そういう思いは、ありました」

「その思いは、いつ発生しましたか。いつ芽生えましたか」


(「拾陸の3 MajiでKoiする5秒前」に続く)

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