逮捕、勾留は刑罰か?
漫画家・藤島康介(一九六四-)の往年の人気作品でアニメ化、実写ドラマ化された『逮捕しちゃうぞ』(一九八六-九二連載)は、警視庁の架空の署に勤務する若い女性警察官コンビが主人公のコメディーだ。この作品タイトルにも見られるように、物語の世界では、警察官や警察組織など捜査機関にとって、「逮捕」は、神聖かつ心のよりどころで、伝家の宝刀とも言える。
そして、悪者を警察官など捜査員が、がっちゃんと手錠を掛け逮捕することで、その巻は大団円を迎える。容疑者を逮捕した後の、捜査員や容疑者のストーリーは描かれない。逮捕で事件は解決する。一件落着したことになる。
そのことは、逮捕後の刑事手続きがブラックボックスで、描いたとしても、読者や視聴者には理解が難しく、付いてこられない、作品から離れられてしまうという理由からだけではない。製作者側も、これら手続きを知らず、正しく描けないのだ。
結果として、なのか、原因として、なのか、犯罪や刑事手続きに疎い一般人は、捜査機関の最終兵器と誤認している逮捕を、極端に恐れる。怖がる。
逮捕は刑事手続きのうちの単なる一過程なのにーー。サツ回り、いわゆる刑事事件が主なテリトリーの新聞記者として捜査機関を、司法機関を取材し、犯罪が身近だったおれは、そう考えていた。
では、おれたち記者は、おれたち記者が所属しその看板をバックボーンに取材し、それによって得られた成果を、媒体を通じ世に送り出す報道機関は、なぜ容疑者の逮捕を報じるのか。
それは、捜査機関が身柄を拘束して取り調べることを、裁判所という「行政機関とは独立した司法機関」が許可したから。裁判所の令状を根拠に強制力を伴い身柄の拘束を開始したことは、一連の刑事手続きの中で山場であり、捜査の絶好のタイミング、つまり、報道機関もそのことで、事件を、事件の詳細を世間に知らしめるための大義名分を得るから。
でも、この解釈には、重大な欠点というか、単純な落とし穴がある。
通常逮捕、緊急逮捕、現行犯逮捕のうち、令状に基づくのは通常逮捕のみ。緊急逮捕は、身柄拘束後、速やかに令状請求しなければならない、言い方を変えれば、身柄拘束後の令状請求・発付で事は足りる。現行犯逮捕に至っては、身柄拘束後においても令状なんて必要ない。
令状に基づかない、つまり司法機関による審査を受けていない緊急逮捕、現行犯逮捕でも、おれたちは通常逮捕と同じように報じてきた。
逮捕を過大に評価するのは、捜査機関の意向でもある。気に食わぬやつは逮捕する、という脅しの道具として使えるからだ。この「脅し」が有効に通用し円滑に機能しているからこそ、捜査機関に逮捕されるということは、あたかもそれが刑罰の一環であるかのように、刑事手続きに縁が薄い人は受け止める。そのことが、警察官など捜査員が活躍する、あるいは犯罪がテーマの創作劇において、冒頭に述べたように、良くも悪くも逮捕がゴールであるかのように描かれる。そういう印象を、観客、視聴者、読者に植え付ける。
逮捕は刑罰ではないーー。そうとも、おれはずっと考えていた。
犯罪の態様が悪質だから逮捕するのではない。身柄を拘束して取り調べる必要があると捜査機関が判断し、それを司法機関が認めた。
身柄を拘束しなければ、容疑者は刑事手続きから逃れようと行方をくらましたり、被害者を含む関係方面に働きかけるなどで証拠を隠滅したり、実際に課されるであろう刑罰を悲観して自殺したりしてしまう。これらを避けるための手段が逮捕。法治国家において、刑事訴訟法における身柄拘束が刑罰でないことは大前提だ。
しかし、おれは甘かった。世間知らずだった。逮捕を恐怖する世間こそが、世間の純粋な肌感情こそが、正鵠を射ていた。
威力業務妨害の容疑で逮捕され、二十二日間にわたり身柄を拘束されたおれは、考えを改めた。逮捕ならびにそれに続く勾留は、捜査機関による、事件の性質によっては司法機関にもよる、強烈な脅し、かつ、悪質な嫌がらせだ。重い刑罰だ。法に基づかない私刑だ。刑事訴訟法など関連法規で厳しく規定される推定無罪の原則を逆手に取った、それを隠れ蓑にさえした、「推定有罪」だ。
折しも、今年(二〇二五年)六月一日に施行される改正刑法で、従来の懲役刑と禁固刑を一本化し、新たな「拘禁刑」が誕生。運用開始される。
警察による逮捕後四十八時間以内に身柄を受け取った検察が、引き続き拘束を続けるためそれから二十四時間以内に裁判所に請求し、一回の延長で二十日間まで認められる従来から存在する勾留と、なんとも似通った、犯罪や刑事手続きに縁の薄い良心的市民に誤解を誘発させやすい用語であろうことか。
本書は、捜査機関と司法機関ならびに在野の法曹にとって沽券にかかわる、つまり彼らの職業人としてのプライドを著しく傷つけ、威厳を損なわせ、飯の種を枯渇させるほどの、まさにそれらを狙って挑発を続けた結果、返り討ちに遭い逮捕され、長期にわたり代用監獄たる警察の留置施設に勾留されたおれが、事件担当記者出身のノンフィクション作家としての経験に基づく常識を覆され、考えを根本的に改めさせられた一連の事件経過について振り返り、警察の、検察の、裁判所の、つまり国家権力の恐ろしさを解く。
登場する団体、個人は、本サイトで別途連載する『「柔らか銀行」詐称マニュアル――ポスト・コロナで崩壊するコールセンター事情――』同様、実名と匿名を混在させる。
(壱 Bоо、Fоо、Wоо「1 筋もコスパも悪いミッション」に続く)