第7話 神への挑戦〝部隊〟
家々が立ち並ぶ村の中、とある空き家の裏庭から三人の男達が出て来た。彼らは透明化の魔法によって他人からは見えない存在となっていた。しかも時刻は深夜で村の者達は皆、寝静まっている。やがて何事かを囁くと三人は走り出した。村を出て3キロ程を進んだ頃、なだらかに続く街道で小さく制止する声が響いた。
「止まれ。ここまで来ればもう良いだろう」
そうして真っ黒な上下の服装に身を包んだ三人組は足を止めた。南西の海岸、北東の森に設置されていた転移門と同様にとある村の空き家の庭に設置されていた第三の転移門から出て来た者達だった。しばらくすると三人の透明化の魔法は切れた。
「ふぅ~何とかここまでは無事に来れましたね」
「問題はこれからだ。目的地まで走り続ける事など出来ん。何処かで馬車を手に入れる必要がある」
「大きな街に出る必要がありますね。この島は建国に向けてそこら中で工事をやってますから慎重に行きましょう」
「エディ。この国にも黒豹族はいるって聞いてます。目立つ様な行動さへ取らなければオレとミゲルの事を怪しむ奴なんていませんよ」
他の転移門から出て来た者達と同じく人族の魔法士がリーダーを務め黒豹族の男が二人、部下として付き従っていた。恐らく潜入を行なう際の構成が既に完成しているのだろう。
「そろそろ私の〝感知〟も切れる。ここからは着替えさすれば島内を怪しまれずに移動する事が出来るはずだ。馬車を手に入れて島の中央を目指すぞ。それまで魔力は温存だ」
これからの方針を確認し終えて歩き出そうとした時だった。エディと言われたリーダーが突然、後ろを振り返った。一行は魔法士である彼を中心に据えて移動していたので後ろには黒豹族の男が一人いるだけだ。その後には闇だけが広がっている。
「ど、どうしたんですか?」
「・・・・・・誰か来る。消えかかっている〝感知魔法〟に掛かった・・・数は一人・・・こんな街道に夜中に一人?」
「どうします。隠れる処は何処にもありませんよ?脇道に伏せますか?」
「もう一度、魔法で透明になった方が良い。余り魔力を消費したくはないが仕方がない」
そう言うとエディと呼ばれた男は腰から短杖を取り出し呪文を唱えた。
〝我らの姿を見えざる物に変え万物の理から隠し通せ‶透明〟
これを全員に唱えた後、三人は街道の両脇の草原に別れて身を隠した。やがて一人の男が彼らの近くに現れた。月明かりだけの暗がりの中で人族の魔法士だけは‶暗視〟の魔法を掛けているが黒豹族の二人は夜目が効く為に昼間と同様に闇夜の下でも周囲を見通す事が出来た。そんな彼らは現れた男を見て非常に驚いた。そして隠れていた事も忘れて立ち上がった。
「まさか侵入者がお前達だったとはな・・・どうした?幽霊でも見た気になったか?姿を消してもオレの特殊能力は〝看破〟の魔法と同じで隠れている者も見通せる。無駄だ」
「バカな・・・ヴィーゴ隊長」
「生きていたのか・・・」
「〝貌傷〟のヴィーゴ。どうしてこんな処にお前がいるッ!」
魔法士の男が自身の透明化の魔法を解くと他の二人の魔法も同様に解いた。当たり前だがそうしないと互いに体が見えないからだ。現れた男は黒豹族だった。呼び名の通り顔の右から左斜めにかけて薄い刀傷があった。聖霊士に頼めば安価な金額で傷など消せるはずなのに男はなぜか消していない。
「死んでいないからに決まっている。お前達がこの島に派遣されて来たと言う事は工作か破壊活動か・・・暗殺。今、この島で二つをやる意味はないな。そうすると暗殺か」
「・・・・・・」
「どうする?と、聞いても組織の命令で動いているお前達が取る行動は一つしかないだろうがな」
言葉もなく三人組の二人が腰から反りの入った短剣を抜き放った。ヴィーゴも腰の後ろから二本の短剣を抜いて逆手に構えた。それは侵入者達が抜いた短剣と同じ形をしていた。そして何も言わずに腰を落とす。
「・・・アンタが生きていた事も何故、組織を裏切ったのかも聞かねぇよッ!敵に廻ったって事だけで充分だッ!」
「ガリア流戦闘術。アンタから学んだ技で始末してやるよ。師匠越えって奴だ。それにしても着ている物まで前と同じと来てやがる。態々、お古を引っ張り出して来たのかい?それとも普段着か?」
「こんな汚ねぇ服を毎日着るかよ。汚れ仕事専用さ。お前らみたいな連中を相手にする時だけ着る事にしている」
もう互いに言葉はいらぬとばかりに三人はジリジリと動いて隊形を変えた。そして、一気に二人の黒豹族が縦に一直線に並んでヴィーゴに向かって走り出した。ヴィーゴに数歩という処で先頭の男の背を踏み台にして後方から一人が空中に舞い上がり短剣を振り下ろして来た。
(双身激か。捻りのない連中だ)
『双身激』とは、二人一組の体勢を取り一人が先行し、もう一人が背後や側面から現れて同時に攻撃を仕掛けるガリア流戦闘術の基本的な攻撃方法だった。
先行しながら斬り付けて来た男の攻撃を左手の短剣で弾き、空中から振り下ろされる短剣を右手の短剣で受け止めると自分の前にいた男はヴィーゴの左側に廻りこみ空中の男は身を捻ってヴィーゴの右側面に着地した。本来なら次は両側面から同時に攻撃を仕掛けて来るはずだったが今回は違った。
「!?」
いつの間に呪文の詠唱を終えたのか黒豹族の背後にいて見えていなかった魔法士が〝火球〟の魔法を放って来たのだ。
「いつまでもアンタがいた頃のオレ達だと思うなよッ!」
「アンタがが部隊を仕切ってた頃のオレ達と同じじゃねぇんだよッ!!」
そう言うや両脇にいた二人は魔法の被害を受けない為に後方に飛びのくと空いた方の手で投げナイフを放って来た。
ドゥンッ!
と、いう静寂を破る爆発音と共に火球がヴィーゴに直撃した。更に両側面からナイフが投げつけられ絶命した―――はずだったが―——
「どうしたぁッ!それで終わりか」
「「「ッ!?」」」
3人は驚愕した。〝火球〟と投げナイフを同時に喰らった男が全くの無傷だったのである。先ほどの攻撃を躱すには彼は空中に飛ぶしかななく、もし、そんな事をしていれば飛び道具の標的になっていたはずだった。だが彼は飛ばず両手の短剣を前に構えた姿勢のまま微動だにしていなかった。
「三角攻撃か。知恵を使う様になった見たいだが、基本と僅かな応用を学んだ程度で師匠越えとは笑わせる。コレは〝武芸〟と呼ばれる戦闘術。‶硬気〟だ。お前達には教えなかった〝気〟で身体を纏い身体を硬質化させる技よ」
「ケッ!そ・・・それがどうしたってんだッ!」
「いつまでも師匠ヅラするんじゃねぇッ!そんな事が出来なくとも囲まれてる状況が変わる事なんざねぇぞッ!」
「そうか。では直ぐに変えてやろう」
動揺を隠せずに声を荒げる黒豹族の二人を無視してヴィーゴは全速力で走った。前方へと。この時、彼が使用した技は〝速術〟と言われるガリア流戦闘術の基本的な走法の一つだったが、身体に〝気〟を纏う事によって只でさへ速い獣族の彼は通常の数倍の加速力を発揮した。
〝我が前に大いなる力の一端を示しその力もて我が敵を打ち倒せ‶雷———
スパッ
魔法士は短杖を構えて呪文を詠唱しようとしたが、その暇さへ与えずに彼の側面を駈け抜けたヴィーゴの一撃によって頸動脈から血を吹き出しながら地面にゆっくりと突っ伏した。
「「!?」」
驚きの余り声もなく目を見開くだけの黒豹族の二人にゆっくりとヴィーゴが振り返った。
「これでお前達だけになったな」
残された二人は腰を浅く落として右手の短剣を前に構えて尚、戦う姿勢を見せた。
「・・・退けんよな。判ってるよ。組織の〝裏〟で動く部隊に撤退なんて言葉はないはずだ。かかって来るが良い。これが最後の稽古だ」
ヴィーゴと黒豹族の二人は同時に地を蹴った。その姿が交差して通り過ぎた後、二人の男は先ほどの魔法士と同様に声も出せずに地に伏した。圧倒的な力で彼らを制したヴィーゴは振り返ると既に事、切れた三人を哀しい瞳で見つめた。
※
「う・・・うぅ」
「成功した様です」
「こ・・・ここは」
「良かった」
「うむ」
その場に集まっていた全員が安堵のため息と思い思いの言葉を漏らしていた。
陽も昇り外には小鳥が囀る朝、昨夜、殺されたはずのグレオが目を覚ましていた。彼がいる場所は監視者達が集まる南の監視所だった。7、8名が楽に入れる広さにテーブルとベッドが二床、それに倉庫とトイレ等ひと通りの物が設置されている場所だが、今はテーブルと椅子は壁際に片づけられて広くした床に複雑な模様の魔法陣が描かれ、その上にグレオは寝かされていた。その彼を白を基調とした服装の女性と魔導士マーリン、それに監視者四名の計六名が上からのぞき込んでいた。
「オレは・・・一体・・・うっ」
「落ち着け。急に動き出そうとするな。ほら、肩を貸してやるから」
そう言って寝転がった状態で起き上がろうとしていたグレオに豹頭族のチコが肩を貸した。ベッドの上に座らせてコップに入れた水を飲ませて落ち着かせた後にマーリンがゆっくりとした口調で彼に説明を始めた。
「グレオ。お前はセナ海岸から1キロほど離れた丘の上に倒れていた処を交代に向かっていたチコが見つけたのだ。調べるとお前は既に死んでいた。チコは急いでこの場所まで引き返して通信球で城に連絡を寄越したのだ。私は急いで聖霊士のクラリス殿に連絡を取りここまで転移の魔法で駈けつけて来た」
「見てみな。グレオ」
そうチコに促されて先ほどまで寝かされていた床を見ると、そこには魔法陣が描かれており、周囲には幾つもの蝋燭と何かの液体を満たした壺など複数の魔法品と思われる品が置かれていた。
「マーリン様から説明を聞いて急いで復活の儀式を行う為の用意をして参りましたが間に合って良かった。グレオさんの精神と肉体が一般の方よりも強かった証拠ですね」
笑顔で話す聖霊士クラリスはこの島にたった二人しかいない〝復活〟の魔法を使える人族の若い女性だ。しかも復活と言っても必ず成功する訳ではなく、精神力や体力が一定の水準に達していないと失敗する確率は高い。だからこそクラリスは「良かった」と、いう感想を漏らしたのだ。
「す・・・すみません。どうやら迷惑をかけちまったみたいで」
グレオは立って礼を言おうとしたがフラついて再びベッドに座ってしまった。
「いけません。グレオさん。復活した直後は体が思う様には動きません。どうかそのままで。病み上がりと同じ状態になり回復するには日数がかかります」
「グレオ。一体、何があった。それだけは聞いておかねばならん」
マーリンにそう問われてグレオは思わずハッとした。自分は何者かに襲われて殺されたのだと改めて自覚した。少し頭の中を整理してから監視中に海岸で見た物と追いかけて来る何者かを丘の斜面で待ち伏せしていた事を思い出して話した。そして、突然、背中に激痛が走り振り向いた瞬間に更に胸に一撃を受けて目の前が真っ暗になった事を説明した。
「お前が走る速さに追いついて気配も気づかせずに追い抜いたとは考え難い。と、すると敵は空を飛んでお前の後ろに舞い降りたか・・・〝転移〟したかだ」
「空を飛んで来たとは思えません。オレに近づいて降りて来れば見えなくとも気配と臭いで察知できます。あの時は何も感じ取る事が出来ずに突然、後ろから何かで攻撃されたんです」
グレオはギリッと歯噛みした。何も出来ずに只、襲われて殺された事が悔しいのだ。
「すると恐らく敵は〝転移〟の魔法を使用してお前の背後に廻ったとしか考えられぬな。見える範囲に移動する事は最も簡単だ。しかし、まさか第四種魔法まで使える者が混じっていようとは・・・抜かったわ」
「グレオの話だと三度光った訳ですから少なくとも3人が入り込んで来たはずですがもしかして全員が〝転移〟の魔法を使えるのでしょうか?」
そうであれば驚異である。第四種魔法など大陸でも使える者は限られる。しかも第四種魔法を修めている者でも〝転移〟の魔法は最も難しく使用できる者は少ない。それは魔法士達の学び舎である魔法学院ソラスでも同様であった。
「恐らくそれはなかろう。話を聞く限り転移したと思われる者は一人だ。二人は走って追いかけて来た様子だからな」
「なるほど」
「私は残り二か所の監視所に移動する。グレオはしばらく休暇を取れ。他の者達は念の為に転移門を破壊するまでは監視を続行してくれ。申し訳ないがクラリス殿は後で迎えに参りますのでこちらで待機して頂きたい」
「いえ。御供させてください。他の場所でも何らかの不足の事態が発生しているかも知れません」
「そうか、ありがたい。では、よろしくお願いします」
話を終えると監視者達を後にしてマーリンはクラリスと共に大転移で移動した。
※
闇葉族の少女を含めた同じ種族の男性四人が腕組みをして呻っていた。五人は北の監視所の庭に寝かせている三人の侵入者を前に何とか答えを導き出そうとしていた。
「なんで死んじゃったんだろ」
寝かされている三人の男達は皆、既に死亡していた。
「ゼナ。お前、本当に眠らせただけなんだよな?」
「本当だよ~アロンソは僕の言う事が信じられないって言うの?」
「い、いや、そういう訳じゃないだけどさ。一人ならともかく三人共、ほぼ同時に血を吐き出して死んだって言うのがどうもな」
「こいつ等を眠らせた後にうつ伏せで転がってるのを見張ってたら急にビクビクしだして血を吐き出したんだ。全員がほぼ同時だったよ。で、まずいと思って風の精霊を召喚して〝癒しの風〟をしばらく送って見たけれど全然、効果がなかったんだ」
その時、庭先の道が突然、光ったかと思うと三人の男女が現れた。魔導士マーリン、聖霊士クラリス、そして、ヴィーゴだった。
「あ・・・マーリン様。あの・・・その、実は昨日、侵入者が来たんですけど眠らせたら何故か死んじゃって・・・」
闇葉族の少女ゼナが転移して来たマーリンに向かってしどろもどろに成りながら説明しようとしたがマーリンは片手を上げてそれを制した。
「ゼナよ、良い。気にするな。お前の責任で無い事は既に判っている」
「ふぇ?」
「ヴィーゴ。調べてくれるか?」
「判りました」
頷いたヴィーゴは寝かされている三人に向かうと上着を脱がし始めた
「そう言えばマーリン様だけではなくクラリス様や他の転移門の監視に入っているはずのヴィーゴまでどうしたんです?」
闇葉族の一人が当然の筆問をした。
「うむ。実はな―——」
マーリンはその場にいた闇葉族達に他の監視任務に就いていた者達の状況を話し始めた。南西で監視任務に就いていたグレオが任務中に何者かに殺害された事。連絡を受けたマーリンが聖霊士クラリスと共に駆けつけて復活の儀式を行い成功した事。村の中に設置されていた転移門を監視していたヴィーゴが侵入者と交戦して全員を倒した事。そして、今回、侵入して来た者達がヴィーゴの顔見知りであると説明を受けたマーリンが確認の為に共にこの場所へと大転移して来た事などである。
「マーリン様。思った通りです。これをご覧ください」
その時、ヴィーゴがマーリンに声を掛けて来た。全員がヴィーゴの周囲を囲む様に死体の上半身を覗き込んだ。
「なんだ、この印は?」
「これは組織の特殊部隊の者が任務に就く時に施される〝呪印〟だよ」
ヴィーゴが苦い口調で答えた。