第5話 暗躍する者達
結論として光葉族の外交使節団はアモス島が建国するという話を一度、本国に持ち帰り、後日、アモス島からの使節団の受け入れについては協議するという事で話は落ち着いた。光葉族達は疲れを癒す為に今日はこのまま館で一泊する事になったが、元々、こういう外来の客が来た時の為に用意されていた場所らしい。
風呂や食事などは全て島の者達が用意してくれる事になっているので至れり尽くせりりだった。館には宿泊する為の小部屋と大部屋が作られていたので今は10名ほどが泊まる事のできる大部屋に全員が集まっていた。ちなみに人足達は一階に付添人用の部屋があるのでそちらで宿泊する事になっている。
「こちらに来てからの事を整理するぞ」
部屋の中央にある丸テーブルを前にして半円形に四人が座り、彼らに対面する形で座る一人の男が話を切り出した。彼の名はヨハン。交渉役を務めるフレドリクよりも年長でこの男こそが本当の意味での使節団のリーダーでありルセリア王国宰相フィルマンに仕える内務官の一人だった。
「この島に上陸してからの感想をまず聞きたい。何度もこの地に訪れているフレドリクはどう感じた?」
「正直、驚きました。以前、来島したのは半年ほど前ですが国造りが進む速さが尋常ではありません。以前はもっとのんびりとした・・・悪く言うと緩んだ態度で彼らは接して来ておりました」
「ふむ。すると今日、出会った者達の態度とはまるで違ったという事か?」
「はい。しかもそれだけではありません。出迎えたフェリアという女性は以前と何も変わりませんでしたが彼女に付き従っていた獣族の者達は揃いの軽武装をしておりました。以前は着ている物も装備している武器もばらばらだったのです」
「ほぅ・・・統率が取れていた。と、いう事か?」
フレドリクは頷いた。表情や態度にこそ現わさなかったが彼は長年この島との交易に従事して来たので島に上陸した時からずっと内心では驚きっ放しだったのである。
「不味いな。マーリンと名乗った男が言っていた建国の話が既に具体的な形を取り始めているという証だな。ふぅむ・・・ではアモンと名乗った男が言っていた剣で敵の船を斬ったという話について皆はどう思う?」
「信じ難いですね。その様な行為がとても可能とは思えません」
「・・・・・・そうですね。確かに中々に想像は出来かねますが理論的には可能です」
そう答えた人物に全員が注目した。金髪を後ろに流し、整った顔立ちに翠眼、人族に似た容姿だがほんの少し尖った耳が特徴のまだ若い典型的な光葉族らしい男性だった。
「ジョルジュ。誠か?戦士でもあるお前の発言を疑う訳ではないが俄かには信じ難いぞ」
「はい。本来、生物の持つ〝気〟という物は体内に作用する物で傷を負った場合や体を硬化する技など闘士達が使用する物です。只、体内の一か所に気を集めて放つ。そういう行為事態は可能です」
「うぅむ・・・」
「しかし、です。可能であるというだけで容易に出来る訳ではありません」
「どういう事だ?」
「例えばですが、コップに水を入れて胃が一杯になるまで飲もうとする行為は理論的には可能ですが現実にそれを行なおうとすると途中で吐き出す事になります」
「理論と実践は全く別だという事か?」
「その通りです」
「もし〝気〟を体内の一ヶ所に集めて武器に伝達するとします。それを外に打ち出した瞬間、普通は押し出された〝気〟は大気中に霧散してしまいます」
「なるほど。だが、かと言ってアモンと名乗ったあの男の言葉が嘘とも言い難い。これは帰国した後でやはり帝国にいる密偵に先の戦で何があったのかもっと情報を集めさせる必要があるな」
「昔からマーリン含めこの島の魔法士共は曲者ばかりですが、今日、紹介されたあのアモンと言う者の正体については皆様はどうお考えですか?」
ヨハンとジョルジュの会話を聞いていたフレドリクが他の者達に水を向けた。
「・・・判らん。今日、紹介されたばかりだからな・・・と、言いたい処だがどうにも得体が知れぬ。腹に一物ある様には見えんが、判断するのはまだ早かろう。それに部屋に入って来た時には何も感じなかったのだが奴が言葉を発した瞬間、一瞬にしてあの部屋全てを圧する様な得体の知れぬ力を感じた」
「私も同感です。思わず鳥肌が立ちました。尊大な言い回しを初めからしておりましたので特別な者であるとは思いましたが、まさか〝神〟を名乗るとは・・・」
皆が頷いた。
「リーゼはどう感じた?」
一人頷く事のなかったリゼルにヨハンが訊ねた。五名の中では最年少の女性で長寿の光葉族の中ではまだ160歳という若さだ。その利発さ故に次代の一族を担う一人として経験を積む為に今回の使節団に同行していた。
「私は・・・そうですね。怖さと同時に圧倒的な大きさを感じました。何と言うか、全てを包み込んでしまう様な感覚です」
「ふむ。怖れを感じた我々とは少し違う捉え方だな。年齢差や性別から感じ取れる違いかどうかは判らぬが、今後、そうした本能的な感覚は大切にすると良い。経験を積んで行くと様々な状況で直観が働く様になるだろう」
光葉族は精霊術を嗜む種族である。だからこそ直観など感覚的な物を大切にしていた。それは動物に相対した時も様々な種族に相対した時にも変わりはない。何故なら全ては自然の一部なのだから。
「はい」と、リーゼは笑顔で答えた。
「ところで今後の事だが・・・計画は予定通りに実行する」
この発言を聞いた全員の顔に緊張が走った。
「宰相閣下の命とは言え大丈夫でしょうか?」
「もし失敗した場合に我々の依頼だと判明すればこの島とは完全に対立する事になりますが・・・」
「ヴィセリア帝国が侵攻した結果、この国が一つに纏まりそうであればその根源を絶つ事こそが我が国にとっても利する事になる。宰相閣下の考えは確かにその通りなのだ。帝国の侵略が成功してこの国を植民地化していれば更なる脅威になる事は間違いなかったが命令系統は一本化されるので対処法はあった。だが帝国は失敗した。そして、今、この島は建国しようとしている。コレが問題なのだ」
「我らの国から海を隔てた場所に国が出来るという事は新たなる脅威。だからこそ芽のうちに摘むという事ですね」
ヨハンは頷いた。確かにルセリア王国からすれば東にヴィセリア帝国と対立した現状で海を隔てた南東にあるこの島までもが国家として独立してしまえば二カ国に目を光らせねばならなくなる。厄介な事態に陥る事は目に見えていた。
「今回の計画は只の種蒔きだ。まだ作戦を実行するとは限っておらん。あくまで下準備に他ならない。帰国後に報告を済ませた後に国王陛下や宰相閣下が判断される事になろう」
全員が神妙な面持ちでヨハンの話を聞き終えた後、彼は懐から通信球を取り出した。
「私だ。予定通りの作戦行動を取れ」
一言だけそう命じた。
夕食時、使節団には島の特産品であるリンゴ酒や野菜やキノコ類、等を中心とした夕食が振舞われた。光葉族は基本的に森に住まう者達であり、森で採れる食材を何よりも好む事は周知の事実であった。だからこそ彼らに合わせた細やかな気配りがされたメニューになっていた。
元々、リンゴ酒もこの島の輸出品であったが関税の引き上げによって最近は輸出をしていなかった事もあり今では大陸で手に入り難い品薄状態になっていた。だからこそ彼らはお世辞抜きに大いに喜んだ。やがて彼らを持て成す夕食も終わり夜も深けて皆が寝静まった頃、動き出す者達がいた。
今回、彼らが乗船して来た中型の商船には船を動かして来た船員達が十数名ほどが残っていたが誰も下船をせずに船の留守番をする事になっていた。船員が船番をする事は当たり前でありその事は島の者達にも伝えられていたし、彼らも船の中で夕食を済ませると灯りを消して早々に眠りについていた。
波止場に寄せては返す穏やかな波の音だけが広がり月明かりのみが照らすそんな静かで薄暗い夜半に船の甲板の一部を内側から開けて桟橋に降り立った者達がいた。黒装束に身を包んだ者が総勢三名。体格から見て全員が男性である事は明らかだった。
実はこの商船の内部は三重構造になっており底部に数名の者達が隠れる事の出来る仕様になっていた。敵地への潜入・工作を行う特殊工作船の役目も担っていたのである。当然、全員がグルである。
彼らは一言、二言、手短に会話を交わすとそれぞれが別方向に走り出した。恐らく既に船内で島内の地図を見ながら打ち合わせが済んでいたに違いない。それほど躊躇のない動きだった。
だが、彼らは、いや、今回この島に来た使節団も含めて全員が見落としている事が二つあった。それは彼らが考えているよりも遥かに驚異的な速度でこの島は内面的な意味で国家として成熟しつつあったという事。もう一つは彼らが島に到着した時から全員が行動を見張られていたという事だった。三方に別れて走り去る彼らを一人はレンガ造りの家屋の上から、一人は雑木林に隠れて、一人は上空から見ていた事に気付いた者は誰一人としていなかった。
翌朝、朝食を済ませた光葉族の一団が帰国する時刻になり、アモン、魔導士マーリン、フェリア、スリアと彼らの護衛数名が見送りをする為に桟橋まで出向いていた。互いに今後も共により良い関係を築いて行きたいとする聊か儀礼的な挨拶を済ませるとフレドリクが見送りに来た者達に「少々お待ちください」と、言う言葉と共に船内に入って直ぐに細長い箱の様な物を大切そうに抱えて戻って来た。そしてヨハンにそれを手渡した。
「我が国は今後もこの島の方々と末永くお付き合いをさせて頂きたいと考えております。どうかこちらの品を友愛の証としてお納めください」
そう言うと箱の留め金を外して中身を相手に見せた。
「これはッ!?」
そう言って驚いたのはマーリンだった。
「まさかとは思いますがルセリア王国に伝わる至宝の一つ。精霊剣では?」
「はい。その通りです。我が国に存在する五本の精霊剣の一本。炎の精霊力が封じ込められた精霊剣になります。昨日アモン様はこの島で頂点に座する事になられるお方とお伺いしました。この島に来るまではどなたにお使い頂いた物かと思案しておりましたがアモン様にお使い頂ければ我らとしては重畳で御座います」
マーリンがアモンを見て頷くとアモンは剣を手に取り鞘から抜き放った。それは太陽の下で白く美しい輝きを見せた。その姿はまるで物語で語られる英雄の如き姿でその場にいる全員が一瞬、ぼぅと見惚れる程でだった。光葉族のリーゼやフェリアなどは、ほんのりと頬を赤らめてさへいる。アモンはじっくりと眺めると再び鞘に納めて箱に戻した。
「ありがたく頂こう」
笑顔で彼らにそう告げた。この笑みだけで数多くの女性達の心を射止めそうな、そんな笑顔だった。
一通りの別れの挨拶が終わって外交使節団達が乗船すると島の二艘の船に曳航されて離岸した船がゆっくりと海に向かって進んで行った。やがて影も形も見えなくなると見送りに出ていた者達に向かって近くの建物の物陰から二人の豹頭族と一人の鳥人族が近づいて来た。そして全員が片膝を付いた。船を笑顔で見送っていたマーリンが笑みを消してゆっくりと振り向く。
「で、どうであった?」
「マーリン様が睨んだ通りでした。夜半に船の中から黒装束に身を包んだ者達が三人出て参りました」
「何らかの仕掛けをして来ると思っていたがやはり動いたか。フェリアの方はどうだ?交易を担当していたお前から見て何か変わった処はあったか?」
「はい。使節団として来た者達は確かにルセリア王国の光葉族に間違いないと思われます。怪しい処は見受けられませんでした。只、ひとつだけ気になった事があります」
「なにか」
「今までルセリア王国から交易に来た者達は全てが光葉族でした。彼らは漁をしない種族ですが交易を行なう為の船を持っておりますし、操船出来る者達も複数おります。しかし、今回この島に来た船は見た事もない船でした。それに人足達が何処かの港で臨時に雇用した人族の者だとしても下船する時にチラと見えた船員達も人族だった事が気になります」
「・・・臭うな。光葉族は人族の事を内心では粗野な種族と下に見ている。それにも関わらず人族を雇うとは・・・」
「はい」
「よし、ひとまず、昨日、外に出た者達が何処に向かって何をしていたのかを見てみたい。案内をしてくれ」
「「「はっ!」」」
片膝をついた昨夜の監視者全員が返事をした。だがアモンはマーリンに一言「任せる」とだけ言うとフェリアが持っていた箱から剣を取り出すと歩き出してしまった。
「アモン様どちらへ?」
「うん。以前からこのメース地区の者達から剣を教えてくれ。見てくれと言われていてな。この近くの稽古場に行って来る」
「判りました。では何名かお付きの者を呼びますので少々お待ちください」
「いらん、いらん。この辺りには既に何度か来ているし地図も見ている。それに不慮の出来事が起こればそれはそれで面白い」
「・・・心得ました」
剣だけを持ち歩み去るアモンをその場の全員が頭を下げて見送った。
「マーリン様よろしいのでしょうか?」
軽やかな歩みで去り行くアモンを見つめながらフェリアが心配そうにマーリンに訊ねた。
「構わん。アモン様の意思を尊重する事こそ大事よ。我らがやるべき事はその補佐と助言くらいだ。様々な雑事は我らで対処すれば良い。それに・・・あの御方を傷つける事の出来る者などこの島にはおらぬ」
「それもそうですわね」
フェリアが薄く笑みを浮かべた。
「それにしても、まさか精霊剣を我らに献上して来るとは思いもよらなんだ」
「名前だけは聞き及んでおりますがそれほどの物なのですか?」
「うむ。先にも言ったがルセリア王国が所有する有名な宝の一つだ。一振りづつに四大精霊と言われる元素の力が封じ込められているが、それだけでは只の魔力付与された武器と変わらない。伝えられる話によると精霊剣は持ち主の精霊力が強ければ強いほど際限なく力を発揮できると言われている。それこそ持ち主次第では上位精霊の力さへ行使できるらしい」
「ですが、それですと精霊士しか取り扱う事が出来ないのではないですか?」
「その通りだ。只、この場合、大切な事は武器として扱えるかどうかよりもその価値と他国に対する効果にある。考えて見ると良い。ルセリア王国が至宝の一つを我らに送ったとなれば嫌でも他国はこの地に注目せざるを得なくなる」
「なるほど。無視できなくなりますわね」
マーリンは面白そうに頷いた。
※
「ここか」
「はい。間違いありません。何度も調べたのですが何も出ては来ませんでした」
この島の魔法士の頂点に君臨する魔導士達は第五種魔法である〝大転移〟を使用できる。つまり複数の者達を連れて一度に転移する事が可能だった。マーリン達はまず北東の森に移動すると検分に入った。追跡をした者達は誰もが元は狩人を生業として来た者達であり得物を追う事に掛けては一流であった。だからこそ彼らの報告にマーリンは疑問を覚えなかった。
監視者によると森に入ってしばらくすると彼ら一行が今いる目の前の大木の麓で何やらごそごそと作業をした後に何かを呟いて又もと来た道を辿って船に帰って行ったとの事だった。黒装束を着た者が船に帰り付いた事を確認した後にこの場所まで舞い戻り一帯を調べて見たが何一つ異常は見当たらなかったと話した。
「なるほど。報告通り何もない。と、云う事は恐らく目に見えぬ何かが隠されていると考えた方が良い」
「目に見えぬ何か・・・ですか?」
そう問い返す監視者にマーリンは答えず呪文を唱え始めた。
「隠されし物を白日の下に晒し出せ。〝探知〟」
呪文が終わると木の根元に向かって翳した杖の先に魔法陣が浮かび上がった。
「これはっ!?」
監視者全員が驚いていた。この様な仕事をする以上、彼らもある程度の魔法的知識は持っている。だが、それは彼らが使う為ではなく相対した敵に対する備えの為であり、この様に魔法で何かを隠された場合の知識は持ち得ていなかった。
「これは〝転移門〟という代物だ。同じ方式で何処かの地に同じ物を描き空間を繋げる魔法だ」
「なんですとっ!するとこれは我らの知らぬ地に繋がっていると言われるのですか」
マーリンだけでなくフェリアも頷いた。
「恐らくこれを描いた者は只の工作員ではないな。何故なら魔法陣は只、形を覚えて描けば良いという物ではなく魔法を使えないと意味が無いからだ。魔法の白墨を使い魔法陣を空中に描いた後に呪文を唱える。最低でも第三種魔法が使える者が行ったはずだ」
「他国に潜入して工作員を送り込む方法などに使われますが何処の国もそれを怖れて感知魔法を使える者や魔法装置を様々な場所に配置していますから普通の国では直ぐに発見されて消されてしまいます。だから余り使われる事はないのですけれどね。我々はまだそこまで対処し切れていない事が悔しいですわ」
「その通りだ。何よりも問題なのは第三種魔法を使える者を工作員にする行為は失敗した時にあまりに損失が大きすぎる。ひとつの国でも数えられる程しかおらぬ存在だからな」
「それだけではありません。工作員として潜入させる為に特別な訓練まで行わねばなりません。あまりにも費用が見合いませんわ」
フェリアが自虐的な笑みを浮かべながら話した。要するに彼らは運動が苦手な者が多いのである。運動する時間があるならば勉学に勤しむのが魔法士という存在である。
「しかし、これを描いた者は第三種魔法を・・・少なくとも転移門を描ける魔法士であり且つ工作員としての訓練も受けた者だという事なのですよね」
豹頭族の監視者の言葉にマーリンもフェリアも頷く。
「これはルセリア王国の仕業ではないな。恐らくルセリア王国と何者か・・・いや、何処かの組織か国が絡んでいる」
「見極めねばなりませんわね」
「では、この転移門はどういたします?このまま放置して置いてもよろしいのでしょうか?」
「相手がどの様な者達なのか探らねばならん。目的もな。今は監視を付けてこのままにするしかあるまい。この門は一人づつしか通る事が出来ん。大兵力を送る事は出来ぬ。交代で監視を付けよう」
「後、二か所か・・・移動するぞ。恐らく同じ物が作られているはずだが確認せねばならん」
こうしてこの〝転位門〟は放置される事となった。だがこれが後にある事件へと発展する事になるのだった。