第4話 そして〝建国〟へ・・・
ヴィセリア帝国を撃退してから一ヶ月半ほどを経た頃、ルセリア王国からアモス島に一艘の船が来島した。その船には先のヴィセリア帝国と連帯した関税の一方的な引き上げを詫びて関係修復を図りたいルセリア王国の外交使節団が乗船していた。島の北西にある桟橋に近づいて来ると数名の者達が出迎えに出て来ていた。
彼らを出迎えたのは七人の魔導士の中で交易を担当するフェリアという妙齢の女性と彼女に付き従う豹頭族や猫人族の獣族五名だった。
「ようこそアモス島へ。お久しぶりですねフレドリク殿。今回は以前の様な一方的な関税の引き上げの様な悪い話ではないと良いのですが」
と、優しげな口調とは裏腹に棘のある内容でフェリアが口火を切った。
「はは。これは手厳しい。もちろん今回こちらにお邪魔させて頂いたのはその様な話では御座いません。此度、我々がこちらに出向かせて頂いたのは先の非礼のお詫びと以前の様に関税を元に戻して再び互いの利益の為に交易の再開をしたい旨をお伝えする為に参らせて頂きました」
「そうですか。中々に良いお話の様ですね。どうぞ上陸してください。その様に離れた船の上からですと込み入った話も出来ませんわ」
桟橋に着岸した船の甲板にいたのは光葉族のフレドリクだけだったが桟橋に着岸した後に彼に続いて船内から彼と同じ服装をして頭巾を被った者達が四名現れた。更に五名の人族の者達が荷下ろしを始めた。荷下ろしが終わるとフェリアの後ろを五名の使節団が付いて行き、更に先ほど荷下ろしをしていた人足達五名が使節団の後に付き従う行列になっていた。フレドリクと呼ばれた者と後に続く光葉族達は白い衣に緑の刺繍が所々入った民族的な衣装を着ていた。
前方にフェリスと獣族がニ名、一団の後ろで荷物を背負った人足達の後を付いて来る獣族三名に挟まれる形で一行はなだらかな丘を歩いて行く。やがて気色は所々に草花が生える中に建設中の家々が見え始めた。
「それにしてもしばらく見ない間に随分この辺りも変わりましたなぁ~」
歩きながら団の引率をするフレドリクがのんびりとした感想を漏らした。
「あら?お気づきになられましたか?」
「えぇ。浜辺から歩いたこの辺りは以前に来た時には家がまばらでしたが今は石垣が組まれたり大きな建物が増えたり随分と様変わりしましたね」
「この辺りは今ではメース地区と言いまして島の北西の守りと共に交易を行なえる様に造り変えている最中なのです。何ぶん今までは敵の攻撃など全く想定しておりませんでしたから。島全体で今後はそうした事に対処せざるを得なくなりました」
「・・・なるほど」
チクリと深く刺して来る一言にフレドリクは黙った。彼女の言う〝敵〟が何もヴィセリア帝国だけではないと暗に言っている様な物である。それに頭巾を被った者達も気づいているだろうが、そこかしこで農作業や外壁の施工等をしている獣族や人族の者達から時おり向けられる視線には鋭い物が混じっていた。
やがて周囲は家々が立ち並ぶ村落の様相を呈して来た。更に奥まった場所に入ると村の中でも比較的大きな三階建ての石造りの建物の二階に一同は案内された。一番大きな部屋に入ると調度品が並ぶそれなりに広く綺麗な部屋に通された。会議が開けそうなほどには広い。
天井からは簡易なシャンデリアが二灯下げられていた。以前から交易に従事していたフレドリクは半年前にこの島に来てからの短期間で良くぞここまで変化した物だと感心していた。以前までは交渉の為に案内された部屋などはもっと狭くテーブルは木が剥き出しだったのだが今では大きな長机にテーブルクロスが掛けられている。来客用かも知れないが半年前まではその様な気遣いさへなかったのだ。
建物に到着した後、フェリアが責任者を呼ぶ為に退出したので今、部屋にいるのは彼ら使節団五名の他に壁際に立ったメイド服を着た豹頭族と猫人族の女性が二名だけだ。人足達は一階の広間に荷物を置いた後で別室の休憩室に案内されたので今はここにはいない。入室した事によって頭巾を被っていた者達も今では外して長テーブルを前に着席している。五名は会話すらせずに周囲を目だけで見回していた。部屋の中にはうっすらと良い花の香が満ちていた。良く見ると壁際の棚には花瓶に花が生けられていた。フレドリクは思わず呻った。
やはり半年前までの粗野な感じと比べてしまう。それが今や―—
「失礼いたします」
その声と共にメイド服を着た人族の女の子が台車を押しながら給仕の為に入室して来た。テーブルが彼女の胸当たりまでしかなく年は十歳前後かと思われた。彼女は作法に乗っ取って受け皿とティーカップを置きティーポットから紅茶を順番に注いで行った。座っていた者達はそれを穏やかな顔で見守っていたがフレドリクが彼女を助けようとした。
「お嬢さん。私の物は私が注ごう」
「いえ。これは私の仕事ですから」
と、無下なく断られてしまい。ばつが悪そうな顔で「では頼む」とだけ彼女に言った。やがて使節団全員に入れ終わると彼女は再びペコリと頭を下げるて「失礼いたしました」という丁寧な挨拶と共に部屋から出て行った。
居合わせた者達は(あんな子供に給仕をさせるほど人がいないのか)と考える者や(子供を扱き使っているのか)と考える者達がいたが、経験と知識に富む者達数名は子供の頃から礼儀作法を教えられている事に気が付いた。それは助け様とした仲間の言葉にハッキリと断った少女の言葉事態に自分の仕事に対する誇りと意思を感じたからだ。やがてメイドの女の子が部屋から出て行ってしばらくするとフェリアが戻って来た。
「お待たせいたしました。この島の代表者が参りましたのでご挨拶させて頂きます」
使節団の五人全員が椅子から立ち上がった。フェリアの後から魔導士マーリンに続いて彼と同じ灰色の長衣を来た若い男性が入室した。彼の名はスリアと言い七名の魔導士の一人であった。二人が挨拶を済ませると光葉族の使節達も次々に挨拶をしていった。だが奇妙な事に使節団は気づいた。長机の上座には椅子が三脚用意されていたにも関わらず彼らは中心の席を開けて二人が両脇の椅子の後ろにに立ったのである。フェリアは最初から壁の角に立っていた豹頭族と猫人族の二人のメイドの間に壁を背にして立った。使節団全員が(誰の為の椅子なのか?)と疑問に思ったが口に出す事は躊躇った。今は関係修復が先である。
「まずは先の関税の件ですが、我らの国とヴィセリア帝国との間に起こったハーン平原に於ける戦で自軍が多大な被害を出してしまいまして向こうの関税同盟の要求に抗いきれませんでした。伏してお詫び申し上げます。今後は引き上げ前よりも更に安い額に引き下げたいとも考えております。もし、よろしければ後日、正式に我が国と契約を結んで頂きたいのです」
フレドリクがそう言うと光葉族達全員が頭を下げた。
「どうか頭をお上げください。ルセリア王国の事情も理解出来ます。過ぎた事を言っても仕方がありません。共にこれからの事に目を向けようではありませんか」
マーリンのその言葉に頭を上げるとフレドリクは感謝の言葉を述べた。
「こちらの一階にお持ちいたしました品はお詫びという訳には参りませんが我が国の特産品や工芸品です。どうかお納めください」
「おぉ。その様な貴重な品の数々を我らの為に?痛み入ります」
こうして社交辞令的なやり取りを終えると全員が着席して和やかに会話は進んで行った。そして、年長の光葉族であるヨハンと名乗った男性が最も欲している情報に向かって一歩踏み込んだ。
「ところで小耳に挟んだのですがヴィセリア帝国をたった一人の人物が追い返したという話を聞いたのですが誠でしょうか?」
「これはお早い。皆様のお耳にまで噂が届いておりましたか。それは事実です」
「なんとッ!では一体どなたがその様な驚くべき偉業を成されたのです?」
「うむ。これは良い機会ですな。本日は皆様がおいでになると言う事を事前に承っておりましたので顔合わせするには丁度良いと思いお越し頂いております。フェリア」
彼女は頷くと部屋を出て行った。しばらくすると「こちらへ」という声と共に扉が開かれると彼女の後に一人の青年が入室して来た。
使節団の全員が一瞬、息を飲んだ。その青年は美しかった。美しい容姿で有名な光葉族が見惚れるほどに―——
黒く腰まで届く長い髪はは後方で三つ編みに結ばれていた。長く細くスッキリとした眉、二重の瞳は大きく、鼻筋は通り、口元は引き締まっている。一見、女性と見間違えてもおかしくはないが全員(男性だ)という直感が働いた。ゆったりとした黒を基調とした着物に白い羽織が非常に合っていた。皆がぼぅとしている中で彼が挨拶をした。
「アモンと申す。以後、見知りおき願う」
堂々とした声に皆がハッと我に返った。いつまでも呆けている訳には行かない。
「いやはや、まさかこの様にお若いお方とは・・・」
「それにしてもどの様にしてヴィセリア帝国を撃退されたのですか?」
「どの様にか・・・魔法でも良かったのが思わず試してみたい事が頭の中に浮かんでな。〝気〟を溜めて刃化すれば使えるのではないかという考えを試して見たのだ。要するに思い付きだ」
「!?気を溜めて放つ・・・ですか?」
「そうだ。持っていた剣に〝気〟を集めて飛ばして見たら船が斬れてな。上手く行った」
アモンはさらりと言い放ったが使節団一行にとってはどうも要領を得ない話だった。光葉族は種族的に精霊と交信できる素養を備えており大なり小なり誰もが精霊士として精霊術を行使できる。だが肉体的な頑強さでは他種族に劣る故に剣技に関する知識には少々疎い処があった。それにしても〝気〟で離れた場所の軍船を斬り付ける技など聞いた事も見た事も無かった。誰もが疑問に思いながらも話を続けた。
「して、その一撃の後にはどの様な作戦をお取りになられたのです?」
「うん?どの様な作戦も取ってはいないぞ。マーリンと共に転移を繰り返して島を包囲していた敵の旗艦と思われる船に一撃づつ攻撃を浴びせたら引き返して行ったのだ」
「・・・その・・・つまり合計四度の攻撃のみでですか?」
「そうだ。その攻撃以外は何もしていない」
「う・・・む・・・・・・・なるほど。それは素晴らしいご活躍だ」
紹介時にジョルジュと名乗った光葉族の男性がアモンを称えたが使節一行は何とも言えない空気に包まれた。彼も含めて五名の心に湧いたのは、やはり大きな疑問符だけだったからである。たった四度、想像するに難しい攻撃をしただけであの武力に秀でた帝国が撤退したと言うのだから仕方のない事だった。少なくともこの場で理解する事は難しい。帰国した後に大勢の者達を交えて議論する事になるだろう。事によれば帝国に潜んでいる密偵に更なる調査を行う様に指示せねばならない。
「おぉ。そう言えば良い機会なので皆様にお伝えしておく事が御座います。我らはこの島を〝国〟として興そうとと考えております」
マーリンからその言葉を聞いた瞬間、光葉族達の時間が止まった。いや、驚愕したと言って良い。だからこそ次の言葉が出て来ずに只々、全員が無言になってしまった。
「先のヴィセリア帝国の件もありますが、この島に住む者達との間に話し合いが持たれまして島の者達全てが一つになるべき。と、いう結論に全種族、部族で合意に至りましてな。幸い領土、住民、王、その全てを満たす事が出来ましたので建国する事となりました」
「し・・・少々お待ちを。いきなり建国と言われましても。他国への根回しも必要なのではありませんか?」
交渉役を務めるフレドリクは焦った口調になった。彼らからすれば寝耳に水の話である上にこの島が〝国〟になる事は最も恐れる事態の一つだったからだ。
この〝魔の島〟と呼ばれる島の大きさは大陸の四分の一ほどの大きさになる。住民の数は獣族が圧倒的に多く、次いで人族、更に闇葉族が住んでいる。他にも僅かな少数種族もいるだろうが島民の人口を全て合わせれば恐らく500万人前後に上る事だろう。突然そんな国が近隣に出来る事、事態が脅威になる。だが問題はそれだけではない。
今までは彼らが種族毎、部族毎に暮らし、それぞれが自由に交流しており、時には諍いも起こったらしいが島内は概ね平穏だった。
交易に関しては魔導士達が表面的に交渉を行うが、それはあくまで関税などに関してこの島の者達を一方的に毀損させない為であり、それは各種族・部族から依頼されての事でもあった。交易その物は大陸各国がソレらと個々に取引を行い大きな利益を得る事が出来ていたのである。
この島の由来である〝魔の島〟と呼ばれる由縁は獣族が多い事や大陸の者達よりも強い魔力を持った住人達が多い事の他にも島事態が発する魔力が大陸よりも強い事に由来している。
この島が国家として成立してしまうと言う事は今後は各個に交易する事が出来ないと言う事でもある。国同士の対等な関係として交易から貿易に変更する事になる。複雑な駆け引きも必要になるだろう。特にこの島の特産品でもある〝アルテマ鉱石〟は希少な鉱石で武器や防具に加工すれば切れ味鋭い武器となり何もしていない状態でも高値で売れ、更に魔法士が魔法付与すれば破格の値段が付く事になる。
その他にもブルー・レアリス鉱石、ホウロウダケ等など、魔術の研究に使用される植物や薬草士が薬剤に使用する品などの原料が大量に自生しており、この島は希少物の宝庫とも言える場所だった。では、何故どこの国もこの島を侵略しようとしなかったのかと言うと、それは大陸の国家間同士が互いに牽制し合っていたからに他ならない。
もし、最もこの島に近い南部のヴィセリア帝国が南下して先に行った様な包囲戦を仕掛けようとすれば数百名もの魔法士と三千名以上の兵士や統率する騎士達が必要になる。実際にこの島を包囲した時にはそうしたはずだ。
だが、それを行なえば兵力の減った隙をついて本国を他国が侵略する可能性が高かった。だからこそ今までこの島は国家観の均衡の下に安全でいられたのである。だがヴィセリア帝国の先皇帝はその状況を打開すべく軍備増強に乗り出した。数十年に渡って戦力を増強し続けた後に息子が皇位継承をすると前皇帝の意思を継いだ現・皇帝が直ぐに先の包囲戦に移ったのである。更にルセリア王国との間に起こったハーン平原の戦に勝利していた事も大きかった。
本国に充分な戦力を残したままアモス島を手に入れる事によって新たな皇帝即位後の箔付けと合わせて一石二鳥を行なおうとしたのだ。長期戦略に長けた行為と言える。だが失敗した。今後、ヴィセリア帝国の内部は今回の敗戦の事で揺れる事になるだろう。
「他国への根回しなど国を造った後で知らせれば良い事。それに他国に建国を承服しかねる。等と云われましても我々は従う気など有りません」
「確かに・・・その通りですな」
フレドリクは吹き出る汗を懐に入れていた汗拭きを取り出して拭った。マーリンの言う通りだからである。他国の都合など関係ないし「国として承認しろ」と言った処で条件を突き付けたり拒否するに決まっている。で、あればさっさと建国してしまった方が良い。自分がマーリンの立場でもそう考える事だろう。
「いえ、しばしお待ちを。外交はどうなさるおつもりですか?我らは今日この地に参りました故に本国にこの話を国元に持ち帰り伝える事になりますが他国はどうなさるおつもりでしょうか」
こう切り出したのはシャリスと名乗った光葉族の女性だった。使節団の中でもまだ若年と思える面立ちで一族特有の翠眼は冷たい眼差しをマーリン達に向けていた。
「各国に対して親書を送った後に外交使節団を立てようと考えております。もちろん相手国がどの様な反応を示す事になるのかは判り兼ねますが納得しようと拒否しようと我らの方針は変わりません」
答えたのは魔導士スリアだった。今後、外交を担当する予定になっているのが彼である為だ。事の成り行きを静かに見守っていたのだがシャリスの発言に思う処があったのか、自分達の建国に異論を差し挟ませない口調でシャリスに返した。
両者共に冷めた印象を受けるのだが、蔑視の様な物が混ざったシャリスとは違いスリアからは物事を冷静に観察している魔法士特有の冷たい印象を受ける。二人の視線は一瞬、空中で交差したが互いに何かを発言する事はなかった。
「では先ほどの話では王政を布かれると言う事ですが一体どなたが王位に就かれるのでしょうか?」
「おぉ。そうでした。申し訳ありません。私の説明が少し足りませんでした。皆様に判り易く王という言葉を使ってしまいましたがそれは正しくありませんでした。王ではなく我々は‶神〟を頂く事になったのです」
「〝神〟ですと?」
さすがに使節団の全員が(一体、何を言っているのだ?)と、いう怪訝な表情になった。
「そう〝神〟です。我らにとっての神。神皇陛下を頂く事となりました」
光葉族からすると更に驚くべき発言だった。〝神〟を頂くという事は宗教国家にすると言っているのに等しい。この島に抱く印象とは真逆である。
「では一体どなたがその座に就かれるのです?マーリン殿ですか?」
「はは。まさか、今、皆様の目の前におわす御方。アモン様です」
沈黙が場に満ちた。