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ラブコメ絶対主義 ─初デートは野毛山動物園?─

「初デートどこに行きたい?」


 学校からの帰り道。

 付き合い始めたばかりの彼にそう聞かれて、私は咄嗟に答えていた。


「ど、動物園!」


 彼はその答えも想定内だったのか、特に反対するでも嫌がるでもなく、にっこりと笑いながら頷いた。


「お、いいね。じゃあ野毛山でも行くか」


 緩く繋いだ手をきゅっと握って微笑みかけてくれる彼に、私はドキドキしながら頷き返す。

 こうしてあっさりと初デートの場所は決まった。


 うちのすぐ近くの信号のある交差点までくると、どちらからともなく立ち止まる。

 繋がっていた手を名残惜しそうに離すと、手を振って別れた。


 姿が見えなくなるまで見送ってから、私は自宅へ向けて歩き出す……ことなく。

 その場にしゃがみ込んだ。


「ああああああああ……」


 まるでゾンビが出すような声で唸りながら、頭を抱えていた。

 その顔は、蒼白。


 自らやらかした大失敗に、私は後悔のどん底にいた。


「やっちゃった……」


 ううっ……。

 絶対に気をつけようと思ってたのに。

 つい、やっちゃった。


 激しい後悔が、まるで台風のように私をぐるぐるとかき回す。


 時間よ、戻れ!

 無理と解っていながらも、そう願わずにはいられなかった。


 道をゆく人が不審な目で見ていくけど、全く気にならない。

 はっきり言って、今はそれどころじゃなかった。


 零れ落ちそうな涙を堪えて、そのまま俯いていると、


「杏ちゃん?」


 不意に名前を呼ばれて顔を上げた。


「!」

「どうしたの?」

「桃ちゃん!」


 私の双子の姉の桃ちゃんがいつの間にかすぐ横にいて、声を掛けてくれた。


 ん?と首を傾げて不思議そうに私を見つめる優しい目。

 私と同じ猫っ気のふわっとした髪が、柔らかく揺れた。


 あ、やばい。

 桃ちゃんの顔を見たら。


「桃ちゃーん!」


 私は素早く立ち上がり、がばっと桃ちゃんに抱きついた。


「おっと。どうしたどうした」

「えーん」

「よしよし」


 同じ日に産まれたのに完全にお姉ちゃんな桃ちゃんに慰めてもらいながら、私はぼろりと涙を落とした。


「桃ちゃん、」

「うん」

「桃ちゃん、」

「うん」


 優しく頭を撫でてもらえば、何とか落ち着いてきた。


「どうしたの?彼とケンカでもした?」


 桃ちゃんに聞かれて、私はふるふると首を振る。


 桃ちゃんには、片思いの時から告白を決めた時まで、それからお付き合いをすることになってからも、ずっと相談に乗って貰っている。

 だから、私がこんなに取り乱すのは彼の事くらいだということは、既にバレバレなのだけど。


 今回はちょっと言いにくかった。

 それでも、


「あのね、」


 私は意を決して、過ちを口にする。

 桃ちゃんに隠し事は、したくなかった。


「初デートする事になったの……」


 そう伝えれば、ぱっと笑顔を浮かべる桃ちゃん。


「良かったじゃん!」


 すぐにそう言ってくれたんだけど。


「……うん」

「?」


 私の微妙な反応に首を傾げた。


「嬉しくないの?」

「……っちゃった」

「え?」

「……って、言っちゃった」

「何?聞こえないよ」

「……動物園に行きたいって、言っちゃった」


 私がやっと聞こえるくらいの声量で答えれば、フリーズする桃ちゃん。

 私たちを沈黙が包み込んだ。


 車の走り抜ける音や、歩行者用信号の音だけが耳に煩い。

 それでも、私にはこのいたたまれない空気が少しだけでも薄れてくれそうで、その騒音が有り難かった。


 歩行者信号が点滅しながら、間もなく赤に変わると音で知らせた。

 それを合図とするように、固まっていた桃ちゃんがひゅっと息を吸い、


「はああああああああ!?」


 正に度肝を抜かれた、と言う顔で叫んだ。


 ……うん。わかってた。

 きっと、そういう反応だろうって、わかってた。


 私はガクッと肩を落としたまま、家に向かってよろよろと歩き出す。

 桃ちゃんはまだ交差点で、驚愕の表情を浮かべたまま立ち尽くしていた。




「なんでよりによって」

「だよね……」


 帰宅した私が部屋で部屋着に着替えていると、私の部屋に桃ちゃんがやって来た。

 手にはお茶とお菓子を持っていて、話を聞く気満々といった様子に、私はふっと少し笑った。


 そしてテーブルにそれを置いて落ち着いたところで、桃ちゃんがズバッと聞いてきた。

 私はあはあはと力なく笑い声を上げながら、ずずずとお茶をすする。


 そして、はぁと大きな溜息を吐いてから、どうしてこうなったのか話した。


「今日ね、彼掃除当番だったの。だから図書室で待ってたんだけど」


 私と桃ちゃんは違う高校に通っている。

 桃ちゃんは行きたいと自分で決めた進学校、私は制服が可愛いくてすぐ近所という理由で選んだ私立高だ。


 私の高校はうちから歩いて二十分くらいなんだけど、電車通学の彼はいつも駅を一度通り過ぎてうちの側まで送ってくれる。

 付き合うようになってからは、帰り道は毎日一緒に帰っていた。


 大変だから駅まででいいよって言ったら、もう少し一緒にいたいからって言ってくれた。

 少し赤くなって視線を反らしながらそう言った彼が可愛くて、言葉が嬉しくて、それから毎日こうして下校していた。


 だから今日も、掃除当番の彼を待っていたんだけど。


「うちの図書室、結構雑誌とかあって」

「うん」

「待ってる間、ぱらぱら読んでたんだ。そしたら……」

「そしたら?」

「おすすめ初デートスポットベスト5っていう特集記事があって……」

「……」


 それだけで全てを察したらしい桃ちゃんは、さすが私の姉である。


「つい、1位だった動物園って、言っちゃった……」


 ジト目が痛い。

 ちゃんと声に出して、告白してるのに、痛い。


「つい、って」

「……うん」


 わかってる。

 桃ちゃんの呆れはわかってる。


「だって杏ちゃん、」

「……うん」

「動物が大の苦手じゃん」

「……」


 私はそっと視線を反らして、遠くを見つめた。

 はい、言葉もありません。


「はぁ……」

「桃ちゃん、」


 溜め息まで吐かれちゃって、ちょっと落ち込んでいると、桃ちゃんはそれに気付いて眉を下げた。


「全く杏ちゃんは、しょうがないな」

「桃ちゃん……」


 いつも優しい大好きな桃ちゃんの笑顔に、一瞬で心が軽くなった。


 私のどうしようもない失敗は、いつも桃ちゃんが一番に許してくれる。

 本当に大好きだなあと再認識した。


「で、どうするの?」


 私が涙ぐみながら桃ちゃんを見ていると、そう聞かれて。

 私はぎゅっと手を握りしめた。


「うん、」

「行き先変えてもらったら?」

「……」


 それも考えなかった訳じゃない。

 でも、あの時の彼の顔が、どことなく嬉しそうだったから、変えて欲しいなんて言えそうもなかった。


「じゃあ、……行くの?」

「……うん」


 私は意を決して、口を引き結びそう答える。


「大丈夫?」

「が、がんばる」


 無意識に声が震えてた。


 でも、せっかくの初デート。

 絶対に成功させたかった。


「そう」


 私の決意が伝わったのか、桃ちゃんはそれだけ言うと穏やかに微笑んで頷いてくれた。

 それだけで心から応援してくれるのが伝わってくる。


 なんだか、力が湧いてくるのを感じた。


 桃ちゃんがいてくれるだけで、私はいつも頑張れるんだ。

 だから、


「あの、桃ちゃん」

「ん?」

「……ついてきて、くれないかな?」


 私はぎゅっと目を閉じてお願いする。

 人のデートにこっそり付き添うなんて嫌だろうなと思いつつも、ダメ元で言ってみた。


 すると、


「はぁ」


 また、しかも今度は盛大な溜め息が返されて、私はしゅんとした。

 しかし、


「いいよ」


 そう言って頭をぽんぽんとしてくれるから、私はぱっと顔を上げた。


 見つめた先には、私と同じ顔。

 でももっと優しくて賢そうな、桃ちゃんの顔があった。


「ありがとう!」


 私は桃ちゃんに飛び付いた。




 そして、デート当日。


「おまたせ、杏」

「あ!おはよう!」

「おはよ」


 待ち合わせ場所に決めてあった相鉄線の横浜駅の一階改札前で待っていると、時間前に彼が来た。

 簡単に挨拶だけすると、手を繋いでそのままJRの改札へ向かう。

 京浜東北線に乗って一駅揺られ、桜木町駅で降りた。


 手を繋いでのんびり歩く。

 飲み屋や飲食店の多い賑やかな下町を眺めつつ、他愛ない会話を楽しみながら緩やかに坂を登っていった。


 野毛坂の交差点を渡り、中央図書館を通り過ぎればもうすぐ。

 何となく、動物の気配を感じた気がして、私の緊張も高まっていった。


 も、桃ちゃんは……

 ちらっと後ろをさり気なく振り返ってみる。


 キャップにパーカーという私とは全く違ったラフな格好の桃ちゃんが、五十メートルほど後ろをついてきていた。


 も、桃ちゃん!

 見えた瞬間、後光が差して見えた。


 天使!

 女神!


 私はそんな有り難すぎる姉の姿を確認すると、彼と一緒に動物園のゲートを潜った。


 野毛山動物園は横浜市営の動物園。

 入園料も無料の、子どもや家族連れに大人気のスポットだ。


 開演時間を一時間ほど過ぎているので、もう結構人がいる。

 早く早くと母親を急かす子どもや、きゃっきゃと楽しげな声がたくさん聞こえてきた。


 そんな中、私はというと。


 繋いでいた筈の手は、今ではむしろ腕にしがみついているような形になっていた。


「あ、杏?」

「ん?なななななあに?」

「い、いや」


 どうもしないよ?という表情を必死に作り、引きつった笑顔を向ける。

 彼は戸惑いつつも、いつもにも増してくっついてしまう私に顔を赤くした。


 わ。

 か、可愛い。


 全く不本意だけど、この大接近、大密着状態に彼は別の意味で動揺していたようだった。


 よ、よし。

 このままくっつき作戦で乗り切ろう!

 私も心強いし、彼も何だか喜んでくれてるし!


 私はそう決めて、更にひしっと腕に絡みつく。

 少し離れた後方で桃ちゃんの溜息が聞こえた気がしたけど、気にしない。

 私たちはそのまま先へと歩き出した。


 入って少し行くと、ちょっとした人だかりがあった。

 彼が何だろうね、と言いながら近づく。

 必然的に私も一緒に近づいて行った。


「あ、レッサーパンダだ」


 彼の声で、そこには世間では人気のその動物がいるのだとわかった。


 レッサーパンダか。


「う、うわー可愛いねー」

「あ、杏?」


 明後日の方を見て可愛いと言う私に、訝しげな声で名前を呼ぶ彼。

 油汗がだらだらと流れてくるけど、気にしたら負けだと思ってひたすら笑っていた。


「つ、次行こ!」

「うん、いいけど……」


 さっさと全部回っちゃえば、出ようって言っても不自然じゃないよね!

 そんな思惑は露知らず、ぐいぐい引っ張る私に彼は特にそれ以上何も言わずについてきてくれた。


 しかし、その後もたくさんの檻の前に行くにも関わらず、殆ど動物を見ることもなくそそくさと次へ行こうとする私。

 きりんの檻の前では、顔をグイーっとこちらに伸ばしてきたきりんにぎゃーと悲鳴を上げたり、ライオンの檻の前では動物特有の匂いにえづいたりとひどい有様だった。


 それでもなんとか奥の方まで来ると、ペンギンのプールが見えた。

 私はふらふらとそのプールを囲う腰壁に寄ると、両手をついて身体を預ける。


 ペンギンなら、なんとか平気。

 唯一見つけた落ち着けるスポットで、魂が抜けそうになりながら深呼吸を繰り返した。


 すると、


「ねえ、杏」

「は、はい!」


 真面目な声で名前を呼ばれて、びくりと肩を揺らして顔を上げた。

 そしてゆっくり振り返ると、その声と同じく真剣な顔をした彼が私を見つめていた。


 あ、やばい。

 そう思って言葉を探す。


 けれど、それよりも早く。


「動物苦手だった?」


 ズバッと図星を刺されて、私は固まった。

 その反応を肯定を捉えて、彼は俯いた。


 あ、ど、どうしよう。

 どうしよう!


 私が未だに言葉を探していると、


「はぁ……」


 大きな溜息。


 彼から溢れたそれが、私に降り注いだ。


 それがあまりにショックで、手が震える。


「あ、あの、」

「……言ってくれればいいのに」

「……ごめんなさい」


 力なくしゃがみこんだ彼を前に、私はしゅんと肩を落とした。


 ああ、失敗しちゃった。

 がんばって楽しいデートにしようと思ったのに、できなかった。


 ちらっと視線を移すと、少し離れたことろにある隣の檻の前に桃ちゃんを見つけた。

 おろおろと、どうしようかと挙動不審に動いている。


 ごめん、桃ちゃん。

 無理言ってついてきてもらったのに。

 結局、失敗しちゃったよ。


 彼も、桃ちゃんも、こんなに振り回して。私、最低だ。

 これは振られちゃうのかも、とまで思いつめて、ひとりで落ち込んでいると。


「じゃあさ、」


 彼がすくっと立ち上がって、私の顔を覗き込んだ。


「え?」


 私は混乱しながら、そんな彼の顔を見つめ返した。


「遊園地は?」

「え?」

「遊園地は、好き?」

「す、好き」

「本当は?」

「す、好き」


 念入りに聞かれて、力強く頷いた。


 遊園地は、お化け屋敷も絶叫系も大丈夫。

 むしろ、大好きだ。


 彼はこくりと頷いて、少し私をじっくりと見つめてから、再び口を開く。


「動物園は?」

「……う」

「動物園は?」

「……苦手」


 私は視線を落として小さな声で答えた。

 漸く言えた本音が、周りの喧騒に消える。


 すると、


「わかった」

「……え?」


 彼の明るい声に、反射的に顔を上げる。

 その顔を見上げてみれば、優しげな笑顔。


 ……まだ、笑ってくれるの?

 そう思ったら、ぎゅっと胸が苦しくなった。


 絶対に呆れるって、思ってたのに。

 むしろ、嫌われたかもって怖かったのに。

 そんな事はなかった。


 彼は優しく、私の頭を撫でる。

 それからそっと手を取って、握ってくれた。


「じゃあ、観覧車乗りに行こう!」


 そしてそう言うと、早足でもと来た道を歩き出した。


 私は縺れる足をなんとか動かしてついていった。

 もう動物なんて目もくれずに、颯爽と行く彼に手を引かれながら必死について行った。


 あ。

 慌てて桃ちゃんを振り返ると、桃ちゃんはにっこりと笑って、手を振ってくれた。


 私はそれに、同じくにっこりと笑顔を返して頷く。

 そして、あっという間に野毛山動物園を後にした。




***




「ふふ。良かったね、杏ちゃん」


 取り残された動物園でそう呟くと、目の前にいた鸚鵡が賑やかに鳴いた。

 まるで、そうだね!と言っているようで、可笑しい。


 私は顔を隠すために被っていたキャップを取ると、ゆっくりと動物園を出口に向かって歩き出した。

 可愛い妹の為に来たは良いけど、結局何もできなくてどうしようかと思った。


 でも、妹の好きになった人は、同じくらい妹の事も好きになってくれたようで、ふたりはとてもいい顔で、颯爽と行ってしまった。


 ちらっと観覧車と聞こえたから、きっとコスモワールドに行き先を変更したんだろうな。

 そこなら杏ちゃんは大丈夫だ。

 きっと可愛くはしゃいで楽しいデートになると、私は確信した。


 私は彼氏どころか、好きな人すらまだいない。


 一卵性双生児で見た目も声もそっくりの私達だけど、性格はかなり違うし、いろんな好みも違う。

 だから、特に杏ちゃんを羨ましく思うこともなかったんだけど。


「なんか、いいな」


 今はちょっと羨ましかった。


 動物が苦手な事に気がついてくれて。

 ささやかな嘘も笑って許してくれて。

 颯爽と連れ出してくれて。

 今度は好きな所に連れてってくれる。


 杏ちゃんは、素敵な彼を見つけたと思った。


 私もいつか、なんて。

 さっきの二人を思い出してにやけつつ、そんなことを思いながら入り口まで戻ってきた。


 そのまま帰ろうかなとも思ったけど、出口の前にあるショップに目を留めて立ち止まった。

 ショップには大小様々な可愛いぬいぐるみたちが所狭しと並べられている。


 そうだ。

 初デート記念に一個買って行ってあげよう。


 杏ちゃんは、生き物は苦手だけどぬいぐるみは好きだから。

 理解し難いその好みに苦笑を零しながら、手を伸ばした。


 一つだけ残っていたレッサーパンダのぬいぐるみ。

 実物は見てもいなかったけど、やっぱり可愛いから、これがいいかな。

 そう思って。


 しかし、それを手に取る前に私は慌てて手を引っ込めた。


「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ」


 他の手も同時に伸びていて、危うくぶつかる所だった。

 軽く下げた頭を上げて、相手の人の顔を何気なく見る。


 と。


「「え?」」


 お互いに固まった。


 え。

 だって。


 は?

 どういう事?


 しばし沈黙したまま、間抜けな顔でお互いにガン見していた。


 そして、ほぼ同時に思い当たる。


「「もしかして、そっちも?!」」


 私が指を差せば、その人も私を指差していた。


 杏ちゃんの彼と同じ顔をした男の子が、私の前にいた。


「……嘘みたい」


 私がぽろりと呟けば、相手も口を開く。


「そっちも双子?」

「うん。そっちも?」

「そう」


 初対面にも関わらず、思わず弾む会話。

 もうあり得なさ過ぎて、笑いがこみ上げてきた。


 しかも、ここにいるってことは、


「そっちも付き添い?」


 私は思いっきり笑いながら、そう聞いた。

 でも、それに対する答えは予想に反して、


「いや、弟が妙に張り切ってて心配で」

「え、尾行?!」

「そう」


 ここに来た理由はちょっと違うらしかった。


 でも、そっか。

 この人もお兄ちゃんなんだ。


 心配してこっそりついてきちゃったんだ。


「ふふ」


 私は思わず声に出して笑った。

 可笑しすぎて涙が出そう。


 それにつられてか、お兄ちゃんも笑い出す。


「あはは」


 ああ可笑しい。

 それに、楽しい。


 穏やかそうな杏ちゃんの彼と違って、どこかニヒルな笑いの似合うお兄ちゃん。

 なんとなく、この人も進学校に行ってる予感がした。


「ねえ、よかったら話さない?」


 笑いの波が落ち着くと、私が言おうか悩んでいた事を、あっさりと提案された。


「うん。ぜひ」


 私は笑顔で頷いた。


 もう少し話したいって、思ってた。

 もっとこの人のことを知りたいって、思い始めてた。


 今日は妹の初デートだった筈だけど、どうやら私の初デートにもなるみたいだ。

 まだ知り合ったばかりでなんの関係も無いけれど、何となく予感じみたものを感じる。


 ふふと堪えきれない笑いをまたこぼして、私たちもゆっくりと歩き出した。


 今度は私が、野毛山動物園に改めて来よう。

 きっとその時は、素敵な彼も一緒に。

野毛山動物園のライオンは今年亡くなり、今はライオンの展示はありません。

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