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タイムリミット ─シーバスの行き着く先は─

 夏休みも半分が過ぎた頃。

 唐突にそのラインが来た。


 “明日ヒマ?ヒマならベイクォーターで飯でも食わん?”


 それは割と仲の良い、クラスメイトの男友達からのお誘いだった。


 明日?

 特に予定は何にもなかったな。


“いいよ”


 私は深く考えずに返事を返す。

 すぐに既読がついて、スマホは沈黙した。


 だらだらと無駄なやり取りはない。

 スタンプもたまに押すくらいで、大体いつも既読が付けば見たんだな、とお互いに納得していた。


 面倒くさいところもないし、サバサバしていて気も合う。

 バスケ部のそいつは、夏休み前に怪我に苦しんだりもしていたけど、今では無事に完治して部活に明け暮れているはずだった。


 明日は部活休みなのかな?

 仕方ないから、息抜きに付き合ってやるか。


 そういえば怪我で苛立っていた時は、よく相談に乗ったりしたっけ。

 苦しみを聞くというよりは、ただ側にいてどうでもいい事を話していただけだけど。


 夏休みに入る直前、完治を報告してくれた時は嬉しそうだったな。

 面と向かってありがとうとか言われて、なんだか照れた。


 男とか女とか関係なく、気が合う友達はあんまりいない。

 本当はモテ男子のそいつの側にいると、やっかみもあったりするんだけど、居心地が良くてつい側にいた。


 まあでも、あいつに彼女でもできたら離れなきゃな。

 私だってちゃんとその辺は考えていた。


 今は部活一筋だけど、いずれ引退すれば、恋に勉強にきっと忙しくなるだろう。


 私は誰かに恋する予感もないから、気長に心がときめくのを待っているけど。

 モテるやつは早そうだからな。


 もし誰か好きな娘でもできたなら、協力してあげようと思っていた。




 翌日。

 私はベイクウォーターのマックの前で、ぼんやりと海を見ながら待っていた。


 ノースリーブのトップスにショートパンツというかなりの薄着だが、暑くてたまらない。

 時折海風は吹いてくるけれど、そこまで涼しくもないし、私は早くエアコンの効いたお店に入りたくてウズウズしていた。


 もう待ち合わせ時間は過ぎているけど、あいつはまだ来ない。


 寝坊かな?

 それとも、電車が遅れてるのかな?

 事故とかじゃなきゃいいけど、と思っていると。


 ラインが来た。


“着いた?”


 ?

 なんか、違和感。


 遅刻を謝るでも、言い訳をするでも無しの文面に首を傾げる。

 私はなんだろうと思いつつも、取り敢えず簡単に返事を返した。


“着いてるよ”


 すると。

 すかさず返事が返ってきた。


“じゃあ、シーバス乗って”


 は?


“ぷかり桟橋まできて”


 はあ?


 流石に意味がわからなくて、聞いてみた。


“なんで?”


 しかし、しばらく待っても返事はない。

 既読はすぐ付いたのに、なぜか放置。


 どういうこと?

 ベイクォーターじゃなくて、ぷかり桟橋のレストランで食べるってこと?


 私はそう思い至って、少しイラッとしながらもシーバスのチケットカウンターに向かった。


 シーバスはその名の通り、海上バスだ。

 横浜駅からベイクォーターへ連絡通路を渡ってくれば、シーバスに乗って赤レンガ倉庫や山下公園に海から直結で行くことができた。


 いくら待っても返事をくれる素振りもないので、私はカウンターでみなとみらい21までのチケットを買った。


 そこが、所謂ぷかり桟橋。

 小さな桟橋に白くて可愛い2階建ての建物が建っている、シーバスやその他の小型船の停船場だった。


 チケットを受け取ると、ちょうど次の船が到着した。

 私は列の最後尾に並び、それに乗り込んだ。


 みなとみらい21までは、約10分。

 私はデッキ側の海風の抜ける方に乗り、海や町並みを眺めて過ごした。


 出港してすぐまたラインが来た。


 今度は何よ。

 散々無視しておいて、ふざけてるんだったら怒ってやる。


 私は暑さに募る苛立ちも相まって、多少乱暴にポケットからスマホを取り出した。

 そして、画面に視線を向けると。


 私は動けなくなった。


 ……。

 え?


 頭が真っ白になり、その文面が理解できなかった。


“好きだ”


 は?


“付き合ってほしい”


 な、


“返事は降りた時に聞かせて”


 ま、


“そこで待ってる”


 ……。


 は?


 やばい。

 頭が、働かない。


 え?

 す、好き?


 私を?

 あいつが?


 スマホを両手で握りしめて、私はへなへなと造り付けのベンチに座り込んだ。


 え。

 えっと、ど、どうしよう。

 どうしよう!


 着いたら、返事をしなきゃいけない、って。

 なんて応えればいいの?


 つ、付き合うか、付き合えないか、どっちかを言わなきゃいけないんだよね。


 え、でも、付き合うってなったら、その、彼氏と彼女に、なるんだよね。


 は!恥ず!

 恥っず!

 無理!


 でも、付き合わないって言ったら、もう今までみたいに話せなくなっちゃうのかな。

 もうこんな風に会うことも、気楽に話すことも出来なくなる?


 それとも、あいつは優しいから、友だちのままでいてくれるかな。


 でも、もし友だちでいられたとして、私やあいつに好きな人ができたら、やっぱり離れなきゃいけないよね。


 初めからそのつもりだったけど、どうしてだろう。

 なんか、今それを想像すると無性に寂しかった。


 パニックに陥った私は、目をぐるぐるさせながら必死に考えていた。


 ああ、暑い。

 暑すぎる。

 顔が、熱い。


 心臓も痛いし。

 ドキドキは煩いし。

 堪らない。


 ど、どうしよう。

 今まで考えたこともなかった。


 というか、あり得ないと思ってた。

 あいつが、私を好きになるなんて。


 気づかぬ内にニヤけてしまう頬を、はっと我に返り引き締めた。


 なんか、嬉しいって、思ってる自分に気が付いた。

 これって私も、好きってこと?


 私は海風に髪を遊ばせながら、考え込む。


 そりゃあいつは気が合うし。

 一緒にいて楽しいし。

 好きか嫌いかで言ったら、断然好きだし。


 でも、今までそんな風に見た事なかったのに。


 まだ考え始めたばかりというのに、シーバスはぐんぐん進む。

 次の停船場が近くなり、アナウンスがかかった。


 ベイクォーターからぷかり桟橋までは僅か十分。

 よく考えるには、短すぎた。


 どどどどどどうしよう。

 もう着いちゃうよ。


 ああもう、このまま海に飛び込んでしまおうか。

 泳いで逃げてしまおうか。


 暴れ狂う鼓動を抑えて、私は必死に考える。

 進行方向には、もう桟橋が見えていた。


 タイムリミットは、もう目の前。

 シーバスは着岸の体制に入る。

 胸の高鳴りは、最高潮。


 数分後には、きっと、私とあいつの関係が変わる予感がした。

シーバス乗場は現在は「みなとみらい21」から「ハンマーヘッド」に変わっています。

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