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反抗期に塩

作者: クロシロ

 なにひとつ不自由のない暮らしをさせてやりたかった。


 かすむ視界が鬱陶しい、溢れ出てくる血が煩わしい。


 今までのことが走馬灯のように頭の中を過ぎ去っていく。


 今回ばかりは本当に駄目かもしれない。

 騎士にとって名誉の死でも、兄としてはひとり残していく弟のことが心配でならない。

 金だけはたんまりあるので例え職無しになっても路頭に迷うことはないだろう。

少しおいたが過ぎるやんちゃも若いうちの特権だが、怪我にだけは気をつけてほしい。


 同僚達が必死に声をかける中、スターチスは死に際でもなお美しいマゼンタ色の瞳をそっと閉じた。



***



「兄さん、パンがたべたい」

「うん」

「あたらしい服がほしい」

「うん」

「ふかふかのベッドでねたい」

「うん」

「…おうちに住みたい」

「うん」


 五歳とは思えないほど痩せ細った弟の頬を撫ぜる。その指とて、平均的な十歳よりずっと細くて枯れ枝のようである。

 今にでも折れてしまいそうなスターチスのカサついた指をぐっと握りしめたニコチアナがべそをかき始めた。慰めるために骨張って軽い体を優しく抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫だよ。全部おれが叶えてあげるから」

「ほんと?」

「ああ」


 スターチスと同じ空色の柔らかい髪は汚れきって鳥の巣のようにくしゃくしゃにからまっている。引っ張らないよう注意しながらそっとひと撫でした。


「まずはパンからだな」


 もう三日間、何も食べていなかった。


 貧困な村から口減らしのために売られる子供は少なくない。

 運良く馬車から逃げおおせてもその後の暮らしなんて最低もいいところだ。

 路地裏に転がっている汚い孤児に慈悲をかけてくれる変わり者など滅多にいない。生きるためには自分達で食料を調達しなければならない。


 店主が会計のために他の客に気をとられているうちにスターチスは店頭に並んであった大きな丸いパンを腹の下に素早く隠した。

 飢えのせいで成長が遅く背丈が小さいので売り物の影にしゃがんで隠れると覗き込まれない限り見つかることはない。


 膨らんだ腹を抱えたまま隙を見て走り出す。


 このまま人混みの中に紛れてしまおうという時、後ろから首根っこを捕まえられてぐえっとおしつぶされたような声が漏れた。


 反射的に両手が喉に伸びかけるが、鼻を掠める小麦の香りにはっとして無理矢理体の抵抗を抑える。

 そのまま猫のように持ち上げられ、ますます首が絞まった。


「お前、今なにをした? その腹に何を隠してる?」


 二人組の若い騎士がスターチスを険しい表情で問い詰める。

 巡回中だったのだろうか。いずれにせよタイミングが悪いことこのうえない。


 騒ぎに気づいた店主が騎士から事情を聞いている。

 ほんの少し、掴む手が緩んだ。

 スターチスはぐるっと体を横に捻ってもがいた。


「うおっ!」


 予期せぬ方向から負荷をかけられたことで騎士の手が外れる。

 無理な体勢であらがったスターチスはそのまま地面に叩きつけられそうになったが、器用にくるりと一回転して猫のように着地すると、その運動神経に驚く騎士を尻目に人混みへと飛び込んでいった。


 走って走って、遠回りしてからニコチアナが待つ路地へ帰る。

 兄の足音を聞いて、ニコチアナは俯かせていた顔をぱっとあげた。


「兄さん!」

「ただいま、ほらこれ」


 まだほんのりと暖かいパンを見たニコチアナの暗緑の瞳がキラキラと輝く。


 嬉しくて仕方がないといった顔でパンに齧りつく弟の様子にスターチスも満足げに微笑んだ。


「うまいか?」

「うん!」


 半分ほど食べ進めるとニコチアナはスターチスに残りのパンを差し出してきた。


「兄さんもたべて!」

「ふ、ありがとう。でもおれはここに来る途中で自分の分を食べてきたから。それはお前が食べな」


 マゼンタの瞳が柔らかな弧をえがく。


「ニコチアナ、聞いて。おれ決めたんだ」

「なあに?」

「騎士になる」


 ニコチアナの食べる手が止まった。


「かっこいい! 兄さんかっこいい! おれもなる!」

「ははっ」


 可笑しそうに笑いながらスターチスはニコチアナの額を小突いた。


 思い出すのはあの二人組の騎士の驚いた顔だ。


 平民がなれる職業で一番稼ぎがいいとされるのが騎士である。

 チャンスを掴めそうなら逃す手はない。


「きしになったら、おおきくなっても兄さんといっしょにいられるかな」

「別にならなくてもいればいいだろ。兄弟なんだから」


 ニコチアナの頬に付いた小麦の白い粉を拭ってやりながらスターチスが答える。


「おれが全部なんとかしてやるから、お前は好きにすればいい」



───在りし日の記憶、遠い思い出



 けれどスターチスは十年間その約束を一日たりとて忘れたことはなかった。


 有言実行の通り騎士になったスターチスは次期副団長として名が上げられるほど優秀な人材として育っていた。

 また、ニコチアナも十五歳という史上最年少の若さで騎士になったのだが、彼の素行の悪さが大きな噂になっていた。


 所謂、騎士団きっての問題児として人の目を集めてしまっているのだ。


「ミイラ取りがミイラになるのも時間の問題か」

「……」


 真面目で黙々と自分に課せられた任務を文句ひとつこぼすことなく遂げるスターチスは、人望もありやっかみにかられることはほぼない。

 むしろ、弟の素行の悪さに同情されることの方が多い。


 こうして彼の悪口を耳にするのも日常茶飯事で、スターチスは表情に出さないながらも虫の居所が悪くなり食事の手を止めた。


「どうした?」

「いや」


 共に食堂へやって来た同僚に聞かれ短く答える。

 しかし同僚は分かったふうにスターチスの肩を叩くとうんうんと頷いた。


「あんだけ暴れん坊じゃそりゃいくら兄貴でも愛想が尽きるよな」

「別に。好きにすればいい」

「ははっ、なんだ、結構つめてーじゃん」


 スターチスは眉根を寄せて少し考え込むような仕草をした。


「私は…」


 その時、がしゃんと派手に皿が割れる音が食堂に響いた。

 自然と皆の視線が一カ所に集まる。ニタニタと意地悪く口元を歪ませているニコチアナが先輩騎士に胸倉を掴まれていた。


 一触即発の雰囲気である。


「なめ腐った面しやがって! てめえいい加減にしろよ!」

「はー? なーにをそんなにイライラしてんすかあ? 人生上手くいってないからっておれに八つ当たりすんじゃねえよ、ばーか」


 最早怒りで顔の額に血管を浮かばせている相手騎士が拳を大きく振りかぶった。

 それでもなおニコチアナは余裕綽々に口角をつり上げている。

 あわや暴力沙汰になるのではと周囲の緊張感と呆れが頂点に達した瞬間、パシッと乾いた音がそれをうち破った。


 スターチスが先輩騎士の腕を掴んで止めたのだ。


 それまで飄々としていたニコチアナがあからさまに顔を顰め、相手も怒り心頭に離せと唾を飛ばす。


「何故言い合いになったのですか」

「それはこいつが…!」

「こいつが?」

「こ、こいつが……」

「はい」


 端整なニコチアナから幼さだけを削ぎ落とし、より冷淡さに拍車をかけたような群を抜く顔立ちのスターチスが凄むと迫力がある。圧に押された先輩騎士は二の句が継げなくなってしまった。

 口論のきっかけは私情だ。それも実に幼稚な理由であり、彼の圧を散らすような納得のいくものでは到底なかった。

 勢い任せにして言うにはプライドが高く、肝も小さかったのである。


「くそっ、なんでもねえよ!」


 掴まれている手を無理矢理ほどくとそそくさと逃げるように食堂から出て行った。

 残されたのは無感動にニコチアナを見上げるスターチスと、襟元を正しながらも不機嫌全開に暗緑の瞳を歪ませるニコチアナである。


 そして先程とはひと味違う殺伐とした場の空気に固唾を呑む仲間達。


 この二人の仲の悪さは騎士団では有名な話だった。


 だからこそこうしてスターチスがニコチアナの喧嘩の仲裁にはいることは珍しく、いつもなら全く興味なさげに素通りして終わりなのだ。

 注目されるのもさもありなん。


「ニコチアナ」

「…なに」


 返事するんだ。誰かが呟く。


「お前の反抗期はいつ終わるんだ。五年経ったがまだ続くのか」


 一体こいつは何を言っているのだろう。

 はからずともその場にいる全員が思った。


「あんた意味分かんないんだけど」


 皆の心中を代弁するかのようにニコチアナが声を震わせた。

 ありありと動揺する弟の様子に首を傾げながらも言葉を選んだ。 


「自立するために必要な期間だと聞いた。保護者と心理的な距離をとろうとするとも」


 だから、とスターチスは続ける。


「なるべく不快感をあたえないよう私の方からも距離を置くようにしていた。お前の自立性はいつ自立するんだ」


「は、え? いや、は?」


 こんなに呆けた顔を惜しげもなく晒すニコチアナは初めてなのだが、それを引き出した張本人はなかなか答えが返ってこないことに諦めをさしたのか小さく息を吐いて目を伏せてしまった。


「今回はつい干渉してしまった、すまない。私はまだ待てるから、ニコチアナの好きなようにすればいい。くれぐれも怪我にだけは気をつけてくれ」


 口下手なりにずっと伝えたかったことを言いきったスターチスは、やっと喉の奥に刺さっていた小骨がとれたとばかりにすっきりと、しかしどことなく寂しそうに微笑してから振り返ることなく食堂を去って行った。


 今にも泣きそうな顔になって頭を抱えてしまった弟にはついぞ気がつけなかったのである。



──スターチスには、ニコチアナに嫌われているという自負がある



 騎士になったばかりの頃、たらふく貰えると思っていた金は実践と経験についてくるもので、実際見習い扱いされていたスターチスが手にできた稼ぎはたかが知れている額でしかなかった。


 それでも安い宿に泊まり食事にありつける毎日が二人にとってどれほど幸福だったことか。

 硬いベッドも慣れてしまえばよく眠れるようになっていた。

 寒い日も暑い日も二人で転がって互いの寝相に文句を言ったりして、それでもまた一緒に寝て。


 段々と忙しくなるにつれ帰る時間が遅くなり別々で寝ることが増えた、顔を合わせる機会が減り食事をとるタイミングもすれ違い、次第にニコチアナが素っ気なくなったのは間違いなくスターチスのせいだ。


 なんとか自分の時間をとれるようになって、やっとニコチアナの態度がおかしいことに気づいた己の情けなさが悔しくてならない。


 貯まった貯金でそこそこ広い屋敷を買って一緒に住もうと誘った時も、断られなかったのが不思議なくらい適当な返事しかもらえなかった。


 焦りと不安で簡単に食欲が落ちた。


 関係を修復するにはどうしたらいいか愛妻家で子供の面倒見もいい上司に相談したところ、反抗期なんてそんなもんだと言われたのだ。

 兄貴らしくどんと構えて背中をみせてやれと酔いで鼻を赤くしながら豪快に笑った上司の教えを、スターチスは律儀に守っているのである。


 家に帰ってきたスターチスはシャワーを浴びると早々にふかふかのベッドに横になった。

 明日は祝典の任務がある。それなりに気を張らなければいけない任務だ。備えるため今日はもう寝てしまおう。


 目を閉じる。あっという間に意識は闇にのまれていった。

 


 ドン、と後ろから腰に勢いよく何かがしがみついてきた。



「ニコチアナ」

「やだ、兄さんどこいくの? いかないで、ここにいて」


 ニコチアナに頭を強く擦り付けられる。

 騎士になったばかりで日々忙しさに殺されそうなスターチスは血の気が引いた顔で申し訳なさそうに微笑んだ。


「すまない、なるべく早く帰ってくるから」


 離すまいとスターチスの服を手が白くなるほど強く掴んでいるニコチアナ。

 寂しいと追い縋られるたびに心がすり減るような罪悪感に見舞われる。

 毎日毎日それを繰り返して、ふと気づけば見送られることが少なくなっていた。


「ニコチアナ」

「いいよ、分かってる。忙しいんでしょ。早く行きなよ」

「…ああ」

「おれのことはかまわなくていい。勝手にやるから」


 小さなすれ違いは、時が経てば経つほど二人の距離を遠くさせていったのだ。



「……」



 じっとりした嫌な汗が額に滲む。

 

「ゆめか」


 腹の底に溜まった淀みを吐き出すかのようにスターチスは深く長く息を吐いた。

 そんなことをしても気分が晴れないのは変わらずで、夢見の悪さで疲労感すら感じていた。

 寝起きなのに怠い。仕事の直後みたいに体が重い。

 

 着替えながらドライフルーツをつまむ。深夜に物音がしたのでおそらくニコチアナも帰ってきているのだろう。半分残して食卓に置こうとして。

 

「兄さん」

「っ?!」


 危うく皿を落としそうになった。


 テーブルの上にこぼれ落ちたドライフルーツもそのままにスターチスが振り向くと、ドアにもたれかかりながら気まずそうに口をもごつかせているニコチアナがいた。


「話があんだけど今日って忙しい?」

「…祝典の護衛がひとつ。夕方には終わると思う」

「ならそれが終わってからちょっと話せない? 嫌なら別にいいけど」

「嫌じゃない。いいよ」

「…そ」


 用件はもう済んだだろうにニコチアナはまだそこにいて、なんでいるんだと言いかけた口をスターチスは直ぐさま閉じた。

 昨日同僚に言われた言葉を思い出したからだ。


 代わりにもっと優しく針のない言葉を選んで、声音も柔らかくなるよう意識した。


「どうした?」

「いいから。早く行けば」


 ぶっきらぼうであるが見送ってくれる気のニコチアナにスターチスは嬉しくなって子供みたいに笑った。

 見通されたニコチアナはますます不貞腐れた顔になったが何かを言うこともなく、ただじっと兄を見つめている。


「いってくる」

「……ってら」


 なんだか今日は凄くいい日になりそうだとスターチスは思った。



 スターチスがなにかと式典の護衛に選ばれ王族の近くに配置されることは周知の事実になっており、勤務態度が真面目で優秀という評価の他にも、シンプルに正装した彼は見栄えがいいので他国からの感嘆を受けるのだ。


 長い祝詞を神官が読み上げている間、欠伸を必死に噛み殺している隣の同僚を一瞥することもなくスターチスはひたすら客席を監視して、不審な動きをしている人物がいないか目を光らせていた。

 決して人と視線が合わないよう注意する。特に女性。大変面倒なことになると過去に経験済みだからだ。 


 今回の祝典には剣舞の披露も用意されている。舞うのは騎士団から選ばれた男女十名で、スターチスも声をかけられたことはあるのだが丁重にお断りしている。


 そういえば、ニコチアナはちゃんと仕事に行っただろうか。


 彼はフルーツが好きだから今日の帰りにスイーツでも買って帰ろう。話し合いが少しでもいい方向へ転がるようにという打算も込めて。


 スターチスが緩みそうになった口許しをきつく結び直すのと同時に剣舞の披露が始まった。

 しかしそこで妙な違和感に胸がざわつく。


 明確に何が違うとは言えないが、それでもいつもと何かが違う。


 紙吹雪が舞って、剣が一閃、二閃、三閃して。


 太陽に反射されて宵の明星のように煌めいた一本の剣が国王に向けて真っ直ぐに突き放たれる。


 持ち主の指先が完全に離れる前にいち早く危険を察知したスターチスが咄嗟に体を滑り込ませた。


 崩れる体。上がる悲鳴。飛び交う怒号。


 そのどれもこれもを遠くに聞きながら、スターチスは自分の意識が消えるまでニコチアナのことをぼんやりと考えていた。



***


 あと少しでも剣が右にズレていたら、心臓を貫かれていたらしい。


 一ヶ月もの間昏々と眠り続けていたスターチスは、寝起きに優しくない薬品の匂いと医師からの説明を聞きながら神殿の医務室に横たわっていた。


 国王がどうちゃら、英雄にどうちゃら、復帰はどうちゃらと話しているがスターチスが聞きたいことはそれじゃない。


 ニコチアナはどうしているのだろう。


 約束を破ってしまった。謝りたい。せっかくまた仲良く出来そうだったのに。今度こそ愛想を尽かされてしまったらどうしよう。


 こんな格好悪いところなんて見せたくなかったのに。


 かすれた声で医師の話しを遮る。


「ニコチアナは、どこにいますか」

「…呼んできますけど、その、うーん……。呼んできますね」


 なんだその言い方は。


 もしかして、現在進行形で問題でも起こしているのだろうか。

 戦闘センスが追随を許さないレベルで天才だとしても、いい加減大目に見てもらうには限界だ。本当にクビになってしまう。


 そんなに嫌なら、何故騎士になんてなったんだ。弟の考えていることがなにも分からない。


 鬱々とした気分は勢いよくパーンと開かれた扉によって何処かへ飛ばされていった。


「兄さん!」


 ボサホザの髪、服なんか絞った雑巾みたいによれよれになっているというのに、綺麗好きな彼からしてみれば考えられないほど廃退的な姿になってスターチスの元に駆け寄ってくる。


 隈がすごい。頬が痩けてる。血走った目が痛々しい。


 人は一ヶ月でここまで不健康になるものなのか。


「ニコチアナ、」


 起き上がろうとした体を抱きしめられる。筋肉が落ちたせいで彼の腕の中にすっぽりと収まってしまう。 


 引き攣った声を零しながら泣きじゃくるニコチアナは壊れたように兄さん兄さんと言うばかりで、いかに精神状態が不安定だったか分かる。


 安心させるように彼の背中を何度も撫でた。

 格好なんて、最初から何も気にする必要はなかったのだ。


「いかないで、おれをおいていかないで」

「ああ。ここにいる。すまなかった。もう何処にも行かないよ」


 縋り付いてくる腕がブルブルと震えている。


 ずびずびと鼻水を垂らしながらニコチアナがとつとつと気持ちを吐露し始めた。


「何が大事なの。おれじゃないの。なんで一番大事なもんをいつもいつも疎かにしてんだよ」


 ずっとずっと、置いていかないでと泣くニコチアナの手を離していたのはスターチスの方だった。

 

「ごめん」

「反抗期なわけねえだろふざけんな」

「うん」

「寂しすぎて拗ねたって仕方ないでしょ」

「うん」

「俺の兄さんだろ、俺だけの兄さんなのに」

「うん」


 そうやってニコチアナが落ち着くまで相槌をうってから、スターチスは晴れやかに告げた。


「おれ、騎士辞める」

「……は?」


 目が覚めた途端に周りを阿鼻叫喚の渦に叩き落としながら、スターチスはニコチアナと一緒に騎士団を辞職して小さな港町に引っ越した。


 細々と二人で傭兵として仕事をしながら貯めたお金で新しく家を建てた。

 前と違う、部屋の数も少ない小さな家だ。


「はよー」

「………ぉ、はよう」


 まだベッドで心地よく眠っていたスターチスの上にニコチアナがのしかかる。

 重みに息を詰まらせながらうっすらとスターチスが目を開けた。

 騎士を辞めてから気が緩んだのか、朝はこうしてニコチアナに起こされる日が増えていた。


「今日は仕事の日だよ。ほら、常連の商人に頼まれたじゃん。道中の護衛」


 のっそりと動き出したスターチスの肩に腕を回しながらニコチアナが彼の口にフルーツを押しつけた。


 微塵も拒否せずもごもごと食べるスターチスは、そういえばそうだったとマゼンタの瞳を瞬かせてニコチアナの頭をくしゃりと撫でた。


「着替えてくるから、そうしたら、一緒に行こう」

「ん」


 ニコチアナが、嬉しそうに微笑んだ。


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