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現最強の燈に会う燈たち


「じゃあ、中に入ろう」


仕切り直すようにエナキがそう言った。ケンジの横をすり抜けて行く。ケンジが想定していた正面のドアをノックするのではなく、すぐ横の脇道へと入った。


「なぁ、こっちじゃないのか?」


「こっち」


仕方なくケンジはエナキの後を追う。陽が届かず、かなり薄暗い。路上には、空きのボトルやら食い散らかせられた果物やらが散乱し、汚れていた。石畳の僅かな隙間からはところどころ雑草が生え伸びていている。それをエナキは気にもせず踏みつぶしてズンズン進んでいく。迷いのないその足の運びからして、前にここに来たことがあるみたいだとケンジは思った。よほどの近道でもなければこんな場所、通りたいとも思えない。


裏口かと思われる木の扉がすぐに現れたが、その前を浮浪者が陣取っていた。なんとも言えないツーンとした臭いがケンジの鼻に襲った。


「僕の顔、知っているよね。()の1人なんだけど」


浮浪者はエナキの顔を一見すると、力が抜けたように頷き、やがて両手で受け皿を作った。「チィ」と軽く舌打ちしたのが聞こえると、その手にエナキが何かを投げて置いた。そのまま浮浪者には目もくれず、エナキは木の扉を押し開けて中へと入っていった。ケンジも慌ててエナキを追いつつ、けれど何を渡していったんだろうと気になって、すれ違いの際に手元を見た。


綺麗な銅貨が1枚。土のような茶色の手に置いてあった。


「……」


「足元、注意してよ。ところどころ崩れてるし、腐っているから」


「あ、あぁ……」


入ると、実に小さな空間であった。天井からの僅かな光だけがケンジの視界を助けてくれていた。入り口からすぐ真ん前には螺旋階段がギュッと詰め込まれるようにして聳え立ち、すでに中腹あたりまで昇ったのであろう、エナキの声が上から響いた。その姿はもう見えない。


言われた通り、慎重に階段を進んでいったケンジだったが、そこまで崩れているわけではなかった。どちらかと言うと、段差がかなり急だった。足元の幅も人の足を考慮しているとは思えない。現にケンジの踵は飛び出している。何よりも1番気になったのは手すりだ。無造作に白い糸で作られていた虫の巣の方がよっぽど気色悪い。


2階へと思われる階に到着をした。エナキの足音は上にあるので無視して進んだ。仕切りのドアもないから丸見えだった廊下には、形大きさ不揃いのガラスが散らばっていた。とても人が住んでいるとは思えない。


「どこまで上るんだよ...」


とどのつまり、4階まで上がった。さらに1つ上の階があったが、エナキの声がこの階で聞こえて上るのをやめた。体は少し汗ばんでいた。


ここは階段と部屋を分けるドアがあったので、ケンジはゆっくりと扉を押し開けた。入ってすぐに2階と同じような廊下があり、右手は寝室に繋がる思われるドアが数箇所存在し、エナキの姿が見えたのは左手だった。


肝心のエナキは既に誰かと喋っていた。人がいるのかと、ケンジは謎の胸を撫で下ろした。建物内からして、もしかしたら魔物とか話の通じないような奴が出てきてもおかしくない雰囲気だったからだ。


ケンジからはエナキの姿は見えるのだが、部屋が大きいのだろうか、中の状況が全く分からない。話の内容は入り口にいた浮浪者のことで「あんなの門番に雇って役に立つと思っているの? 僕はもうお金払いたくないよ」と文句を口にしていた。対する相手の声は、男の声だった。ハキハキと喋り、常に自信を持ち合わせたような強い口調。どこか聞いたことのある声に思えた。


ケンジは恐る恐る、足を忍ばせてエナキのいる部屋へと入った。


部屋の中は想像以上に大きく、綺麗だった。窓からは海が映り、棚やテーブルなど家具が一式置いてあった。その奥にはこれまた一際大きなテーブルがあり、そこに誰かが腰をかけていた。葉巻っぽいものを蒸し、太い足は机の上に置かれている。ケンジの知っている顔だった。


コウガだった。


「お前だったか、エキナのパーティにいるケンジって奴は。確かに訓練場で見たことがある、チラッとだがな」


ケンジ達と同じ境遇である、燈のコウガであった。騎士、としての才を持ち得たコウガは訓練時からあのドーバンでさえ称賛するほどであり、抜き出ていた。卓越していると言えばケンジの元パーティであったダイゴでさえも『コウガには勝てない』と言っていた。訓練生の中で間違いなく1番腕が立つ人物であった。


多分、最強だ。少なくともコウガ以上に強い燈をケンジは知らないし、聞いたこともない。


「ケンジ、紹介......する必要はないか。有名だしね。選抜パーティにいたコウガさん、今はここに住んでいる」


ケンジは深々と頭を下げた。対するコウガには片手をあげて返事をされた。雑に。


訓練を終えた燈の全員が寝床にしていた宿舎へと戻ったわけではない。町の方で暮らしたいと宿舎から出て行ったパーティもチラホラ見かけた。住まいを紹介してくれる組合のところに行き、気に入ったらそこと契約して住むことができる。もちろん、お金がかなりかかるからケンジたちには無縁の話である。


「好き好んで住んでいるわけじゃないけどな......。まぁお前ら、よく来てくれた。適当に腰をかけてくれ。ーーーティア、客だ! もてなしてくれ」


コウガが部屋の外に向けて大きな声を飛ばした。ティア、その単語もケンジの頭の中で引っかかった。同じく燈で選抜パーティだったあのティアではないだろうか、と。身長が高く、黒髪なケンジたちとは違いブラウン色。お尻や胸がこれまた大きくて、男からの人気が非常に高かったあの......。


階段付近から、ドアの開いた音が聞こえるとトットットッと軽い足音が聞こえ、


「もう、これから外に出るんですけど?」


ひょっこり、とケンジのイメージ通りだったティアが顔を覗かせた。そのまま部屋へと入ってくる。


黒っぽい皮の上着を羽織っており、インナーに白い服。羽付きの大きなハット。背下には大きな弓矢の一部が顔を覗かせている。狩人の装備、という感じであった。短パンから伸びる白い肌の太ももは、少し擦り傷が見えた。


「飲み物を出せる時間くらいあるだろ?」


「それくらい自分でやりなさいよ。私は、あなたの召使いじゃないんだけど?」


と文句垂れながらも、ティアは棚に手をかけた。棚の中は、等間隔に綺麗に並べられた食器類が自慢するかのように並べられていた。


「エナキ君と......ケンジ君だっけ。うち、今は水しかないけどいいかしら?」


「いや、自分たちジュース買ってきたので......」


とケンジが言いかけて、しまった、と思った。果たしてこのボトルたちがコウガやティアのために買ってきたかどうか分からなかったからだ。だが、それは杞憂に終わった。「そっか、いつもありがとうねエナキ君」とティアが言ったからだ。「本当だよ、全く。荷物持ちは性に合わないのにさ」とエナキは軽々しく返していた。


となると先ほどの食料はここに持ってくるためだと分かった。


もう一つ、分かったことがある。コウガ、ティナの2人がここにいる。彼らの共通点は訓練時の選抜パーティに所属していたということだ。選抜パーティは名の通り、訓練時に技量が卓越したもので構成されたパーティ。


ならば、ここには他のメンバーもここにいるのではないだろうか? 元々ケンジ達のパーティに所属していたダイゴに。そしてケンジが気になっている人物もここにいるのでは、と期待したが、エナキが「他は?」と聞くとコウガが「出払っている」と短く答えられた。


ケンジとエナキは部屋に置いてあったローテーブルに紙袋を置き、テーブルの片側にあった木の椅子に各々座った。コウガはというと、ケンジ達の対面にある大きなソファにドカッと座った。ふかふかしているのか、コウガの体が大きく沈んだ。装飾され、かなり高価なものに見える。


「あぁ、これか。いいだろ。そこら辺の空き家から色々拝借したんだが、これだけは()()()()()()()()()()()。本当は2つ用意したかった。けど、残念なことに1つしかなかったわけだ、これが」


陶器のマグカップが置かれた。ケンジたちが持ってきたボトルの1本がティアによって開けられ、紫色の液体が注がれた。同時に果実臭が部屋の中に広がった。「私の分とみんなの分も残して置いてね」と言ってティアさんは出ていった。やはり、当時の燈の選抜パーティがここに滞在している口ぶりだ。


それにしても果実のいい匂いだった。まだ心にわだかまりがありつつも、空腹もあり好奇心もあり、ケンジの心は少し踊った。マーケットではいつか飲めるのだろうかと思っていたが、まさかこんなに早く口に入れることになるとは思ってもみなかった。コウガはもちろん、隣で座ったエナキも何の反応もなく飲んでいる。


「で、調子はどうだエナキ?見た感じは何も変わらないな」


「まずまずってところかな」


「早速出たよ。相変わらずのどっちつかずの言い方、気に食わねぇな。調子はどうかと聞いているんだ、いいのか、悪いのか。あるのは2択だろ?」


「誰もが君みたいに2択に絞り込めないってこと、いい加減覚えた方がいいじゃない?」


「俺が気を遣えないほどの単純で、馬鹿だ!とでも言いたいのか?」



おぉ……。一気に飲めるような雰囲気ではなくなった。


「別に。そう思うならやめたらいいさ。僕はそういう意味で言った覚えはないよ」


「じゃあ、説明してくれよ。まずまずってなんか言った意味」


「可もなく不可もなく、普通ってことだよ。ていうかさ、こういった挨拶にいちいち突っかかったり、文句言ったりしないでしょ、普通。ただの礼儀、というか作法的なことにさ」


恐ろしい速さで会話が流れていくのに圧倒された。加えて、普段の喋り方とは違うエナキに、ここでも裏切られたような気持ちがケンジの中に生まれた。通常はもう少しゆっくり話すし、こんな好戦的というかなんというか。いかにも、揉めに来ました、という感じではない。今日のエナキはもはや自分たちの知っていたエナキではもうない。別人だ。


「そっちは?」


「最高さ。金にはもう困らん。 ()()()()も次の計画に向けて着々と準備中さ。恐ろしいほど、順調にな」


例の活動とは。引っかかったが、ケンジに知る余地はない。


「それは良かったね」


「それだけか?」


「それだけだね」


「......なぁ、エナキ。お前にうちに来ないのか、って誘ったことがあったがあれは間違いだったな。よかったよ、お前みたいなクソ生意気な奴はこっちからお断りだ。俺好みじゃねぇ」


「はぁ、一度も入りたいとも言ったことはないよ。そもそもダイゴを引き抜いた時点で、君は一体何の恨みを持っているというのさ、このパーティに。それでさらに僕を引き抜こうとしていた、なんて知ったらここにいるケンジだって黙っていないと思うよ?」


「へぇ」


コウガの目がケンジに向いた。緑色の瞳がケンジを捉えている。まっすぐで、見定めるような目を向けられている。


だが、それよりもケンジが気になったのはダイゴさんはともかく、エナキまでも選抜パーティに引き抜かれようとしていたとは。もっと驚きなのが、そのお誘いをエナキは断ったということだ。


「お前、剣士か」


剣士?そんなのになった覚えはない。


「剣士? いや、剣技は覚えていますけど…...」


「スキルは何が使える?」


「スキルは、応急処置の回復スキルと斬撃スキルの『スラッシュ』の2つです」


いずれのスキルも訓練時に習ったもので、応急処置は燈の全員が習い、スラッシュは剣技の腕を覚えているもの皆が覚えさせられた。要するに、ケンジは覚えているスキルは訓練時の時から進歩していない。言い訳をすれば、ケンジは狩りに行っているほとんどの時間は剥ぎ取りをしなければならず、そこまで戦闘経験を積んでいるわけではなかったのだ。


正しく、簡潔に答えたつもりだった。だが、コウガは何やら面白みがないような顔を見せ、再びエナキを見つめ直した。もうケンジを見ている様子はない。


「他の奴らは?」


「同じ。武術と魔法使いかな。少なくとも2人とも君のパーティのように才能があるタイプじゃないよ」


ケンジの胸が小さな針に刺されたようにチクリと痛んだ。コウガは豪快に飲み干した。


「ハッ、ますます飲み込めないな。お前がこのパーティにこだわる理由」


―――エナキがこのパーティにこだわっている......?


思わずケンジはエナキを見た。エナキはすぐに否定した。


「こだわっているつもりはないさ、ただ君のところに行くつもりがなかっただけ」


「どうかな?何に対してもめんどくさがりのお前だ。こっちにくれば、どれだけ楽に過ごせたのはよく知っているはずさ。力のある俺たちだ、討伐だってなんだって、金にも困ってない! だが、エナキ。お前はそっちを選んだ。なぜ苦労する道を選ぶ、って話を俺はいつもしているんだよ」


「......」


「お前の性に合わないだろ、その環境は。何か、何かそれなりの理由がある。少なくとも俺はそう見ているが?」


「どう思っても自由さ」


「へっ」


コウガは勝ち誇ったかのようにニカっと笑った。対してエナキは、何も言わなかった。横顔から見える表情は来たときと変わらずといえど、どこか先ほどのようなエナキらしさはなかった。コウガも気にせず、テーブルの上に飾ってあった石のオブジェクトを手に取り眺め始めた。しばらく静寂が続いた。


ケンジはどうしたらいいのか分からなくなった。とりあえず、ジュースを口につけるかと思った矢先だった。


「そうだ、これはもらうぜ。礼は言わないぜ、金は俺たちだからな」


その時、不可解な行動を目の当たりにした。


紙袋を取ろうしたコウガの手を、何故かエナキがはたき落とした。そして、そのまま奪い取ったのだ。最終的には、包み隠すこともなくコウガの目の前で紙袋の一つを宙へと放り投げた。


ケンジも、目の前にいたコウガも、宙を舞った紙袋の軌道を追いかけた。紙袋はすぐに失速し、下降し。


グシャ。という音を発した。同時に中身が床へと転がった。


その直後だ、物凄いプレッシャーというか圧というものが飛んできたのは。


「どういうことか説明してくれよ」


発信源はコウガからだった。先ほどのように楽しんでいた様子はどこにもなく、それどころか眉間を寄せていた。さっきまでとは別人であるかのように、さらに低い、ドスのきいた声だった。ケンジも思わずエナキに突っかかった。


「お、おい! 何やってんだよ!」


エナキはこちらを見ることなく目の前にいるコウガにだけ視線を注いていた。


「……例の討伐の件、僕らは受けることにしたんだ」


コウガが立ち上がった。


「あっ」


一瞬だった。


そのまま目にも止まらぬ速さでエナキの首を片手で掴んだ。やや小柄なエナキの体はコウガの方に吸い寄せられて、ローテーブルの上に押さえつけられた。ドカッ、という音と共にテーブルの物が四方八方に飛び散った。


コウガの反対の手には、どこから取り出したのか分からないナイフが握られていた。それをエナキの後ろ首に当てた。小さいが人間の首を刺せる。そして簡単に絶命できる。


「俺は説明しろ、って言ったんだが....」


ここまでされても、エナキの態度は変わらなかった。


「君にこの前話した魔物だよ」


「説明しろって言ってんだよ!!!」


とんでもないことになった。

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