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風前のその燈

いつぞやの水底付近に。気がついたらケンジは、浮いていた。


ほぼケンジの意識はない。水面に投げられた石のように。そしてそのまま水底へ沈んでいくように。ケンジの体も水面に投げられてここまで沈んできたのだがケンジは何を覚えていない。


真っ暗で何も見えない。ただ、なんとなくケンジは覚えていた。そう認識すると、未だ薄暗いものの、視界がパッーと広がった。そこには多くの人間が、本当の底の地面を隠すように、人の姿をしたまま倒れ込んでいた。誰1人動くものはいない。表情もよく分からない。


その皆が倒れ込む中、ケンジはついに降り立った。前は見ることはあったとしても、実際に触れるようなことはないはずだった。そのまま仰向けで倒れる。うっすらと目が開いているものの、不思議とだんだんと閉じかけてくる。やがて自分もここにいる皆と同じようになる、そうなるとケンジは思った。


冷たい水底で、ケンジの体は冷えていく。ピクリと動いていた指は、気がついたら他人の指になってしまったかのように、自分でコントロールできなくなっていた。


手も。足も。頭も。心臓も…。


唯一他の者と異なっていたのは、ケンジの口から気泡が漏れていた。他の箇所でも気泡はあるのだが、それは人間の口からではなく、底に埋まる地面からであった。


―――ミライ…


ケンジの心に、一つ、彼女の名前が響いた。


彼女と、話したはずだった。失う辛さと怖さと知った。自分自身の弱さを呪った。エナキやミキジロウやモモカを永遠に失ったと思ってケンジは絶望した。それでも残された大切なものを糧にして生きていこう、と決めた。目の前にある大切なものを取り戻しにいこうと、決めた。


もう2度と失いたくない、と心に誓った。

けれども、また失った。


―――失いたくない…



自問自答するように、ケンジの気持ちは動いた。

それが引き金となったのか、ドクンッ、とケンジの心臓が大きく波打った。その音は水底に響き渡った。ケンジの心が動く度に、それは確かにケンジの心音へと変わり、周りに影響を与えて浮く



みんなが死んでいく。



―――死んで欲しくない



前の記憶が失われていく。



―――失われたくない



自分が絶望に追い込まれていく。



―――追い込まれたくない



自分が死んでいく。



―――死にたくない



想いは消えていく。



―――いや、想いはここにある


大切なものを守りたい、と。まだ戦いたい、と。


ここで死ぬわけには行かない、と。


そう思った瞬間、ケンジの体に火が灯った。水の中で、確かに消えずに火が灯っている。淡いオレンジ色の炎の中に包まれた。急速に冷え切っていた体はみるみると熱を取り戻しケンジの自由を取り戻してくれる。


『生きていれば…いつでも灯せる』


気がついたら少女が現れた。白くて長い髪が実に印象的でケンジはどこかでこの少女を見たことあるのでは、と思った。『あの時』と同じように、ケンジの手を両手で優しく包みこみ、さらにケンジの体に熱が籠る。


少女だけではなかった。そこにいたのは。


ふと気づくと、ケンジの隣に誰かがいた。優しそうにこちらを見て笑ってくれている。ケンジの背中に手を伸ばし、少女と同じように熱を送ってくれる。


―――タクマサ…


タクマサであった。タクマサだけではない。その横には、一時的だけだが、ケンジと共に戦ってくれた、マナブの姿もある。片手を伸ばし、同じようにケンジに熱を送ってくれている。


―――マナブさん…



2人だけではなかった。倒れていた者、全員だ。水底で先ほど倒れていた者達が1人1人立ち上がり始めた。全員が立ち上がって、片手を伸ばし、ケンジに熱を送ってくれている。それが徐々にケンジを纏う炎を強くしてくれる。その顔ぶれをケンジは知っている。


燈だった者達だ。


『失った、と思っても… 』


「?」


少女は続けた。


『大切なものは、そこにある。あなたの心に、ある』


そうだ、とケンジは思った。タクマサは確かに死んでしまった。けど、ケンジの心の中にいる。今も忘れずに覚えている。そうやって生きている。生きている間に思い出して。その心の中にいる大切だった人で、また立ち上がれる。


ケンジの体は少女と共に浮上していく。


水面はすぐに見えた。


『あなたは、生きているよ』


少女は言った。


ケンジはこう返した。


「消えなければ…いつでも灯せる。だろ?」


少女は笑った。可愛らしく。


水面にたどり着いた瞬間、少女はケンジの手を離した。


―――灯してください

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