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奇襲される燈たち


長居は無用であった。残してきたミキジロウも心配であったし、ケンジ達が命を狙われているのは依然変わりはない。エナキはケンジが背負い、未だ目覚めないドーバンはモモカの風魔法で運ぶことになった。回復薬が入ったリュックサックがなくなった分、どうなってことなかった。


「エナキ」


背中にいるエナキは自分の顔は見えないだろうと、ケンジは伝えるなら今だと思った。


「何?」


「助けてくれてありがとな」


「…貸し一つにしておくよ」


狭い通路を抜け、溶岩のある空間へと戻る。本当にまるで別世界だった。大丈夫、みんなで帰れる。大切なものは取り返せたんだ、とケンジは思った。



最後尾にいたダイゴが吹き飛んだ。



*******



「なぁ??!」


ダイゴが一瞬にして消えてしまったのをケンジは目撃した。ちょうど、その穴から出てこようとしていたのだ。見間違いではない、石柱のようなものがダイゴの体を掻っ攫うように飛ばした。既にダイゴは遠くの方で宙に浮いている。勢いは止まらずほぼ直線で遠くの壁に激突した。幸いにも溶岩には落ちなかったものの、あれでは致命傷だ。確実に。


「ケンジ君!!!」


ミライの叫び声をして、ケンジは絶句した。


ドスン…。


と、一つ足音鳴らせて奴はいた。ケンジ達をまるで小さな虫を眺めるようにこちらを見下ろしていた。


奴だった。忘れもしない。なぜここにいるのだろうか、ケンジ達を待ち伏せしていたのだろうか。いや、ケンジにはすぐ分かった。ソイツの体の半分は溶岩に浸かったままだ。おそらく溶岩の中に潜んでいたに違いない。だから足音一つならなかったのだろう。その証拠に今、奴が地面に上がった時、確かに忘れもしないあの足音がケンジ達を襲った。


16メートルほどの大きな獣がいた。二足歩行で、口から巨大な八重歯を剥き出し、片手にも大きな剣が握られている。忘れもしない。忘れるわけもない。


<<アッシュ・ベヒモス>>だ。


奴がダイゴをその大剣で吹き飛ばしたのだ。ケンジの記憶は一気に蘇り、あの大剣で体を二つに切り裂かれた兵士の数々が瞳の中に映った。


誰もがその場を動けなかった。しばらく言葉を発しなかった。最初に声を上げたミライも、ティアも、モモカも。あのダイゴが一瞬にして遠くの彼方に消えていった、という現実をおそらく受け入れるのに時間がかかったのだろう。いや、受け入れられるはずがない。


「グォぉぉぉおぉぉぉぉォぉぉぉおぉぉぉぉ!!!!!」


「?!走って!!!」


ティアの声が飛び、硬直が解かれたようにケンジは走り出した。皆も同じで先頭を走るティアに着いていく。


「ダイゴさんは?!」


「…頑丈だから大丈夫よ! とにかく吹き飛ばされでもして溶岩に落ちたらタダじゃ済まないわ!」


「置いてっちゃうの…?!」


「…っっ!!!」


唸り声を上げつつもティアはダイゴの方へ向かうことなくこれまで来た道を戻っていく。ケンジ達も、言いたいことは色々あるものの、慌てるようにして着いていく。


がむしゃらになってケンジ達は道を駆け戻った。溶岩はすぐに見えなくなり、洞窟の細長い通路へと戻った。ダイゴが埋もれたと思う壁はとうに見えなくなった。


「大丈夫よ…!」


ティアが、こちらを落ち着かせるように言っているかもしれないが、ほぼ自分に言い聞かせるように呟いている。少なくとも近くで目撃していたケンジにはそうは見えなかった。瞬きした後、ダイゴはいなくなった。あと一歩近づいていたらケンジも巻き込まれていた。あの風を切るような音からして、そしてあの直線を描くように飛んでいたダイゴ。間違いなく、無事ではない…。


惜しむ時間もなかった。後ろを振り返る。ダイゴが来る気配はない。代わりにドスンっ、ドスンっ、という力を込められた足音だけがケンジ達に迫ってくる。地面は揺れ、天井からは砂が降り注いできてケンジ達の目を痛める。


「ケンジ!」


後ろでエナキが呼ばれる。


「ありったけの回復薬を僕によこせ。このままじゃ追いつかれる。逃げきれない…!」


回復薬。さっきの治療でほとんどを使ってしまったのだが、万が一ということを踏まえてあえて何本か残し、皆数本ずつ持ち合わせている。


「戦うのか?!」


「かなりキツイけどそれしかない…!」


無謀すぎる。あれだけの人数を相手にしても倒しきれなかった魔物にたった数人のケンジ達で勝てるとでもいうのだろうか。ヤケクソになって、ケンジは自分が持っている全ての回復薬をエナキに渡した。と言っても回復薬の効き目に即効性はない。今ここで飲み干したところで、エナキが立ち上がれるほど回復するのか怪しい。


「ティア、左!」


エナキが指示を出す。ティアは戸惑いつつも、頷いて先ほどとは違う道を進む。


やがてまた大きな空間へと出た。ここは整備がある程度しっかりしているのか、まだ奥地というのに、天井からの明かりは十分であった。周りには作業道具がまばらに置いてあった。


ケンジ達は全力を尽くして、地上へと繋がると思われる道に入ろうとしていた。しかし、後ろで足音がなくなったのを不思議に思いケンジは振り返った。


大きな岩が飛んできたのを見て、ケンジは叫んだ。


「ティアさん、止まって!」


それは間一髪であった。先頭を走っていたティアが止まった。モモカ達も止まる。そのすぐ目の前に大きな岩が目の前に落ちてきた。同様に進もうとしていた道が絶たれる。


「道が…!」


「意地でも逃さない…って感じね」


ケンジ達の反対側、向こうの入り口には<<アッシュ・ベヒモス>>が向かい合うように立っていた。今<<アッシュ・ベヒモス>>が入ってきた道以外、他の道はどこにも見当たらない。


「これを全てエナキ君に渡しなさい」


突然、ティアがケンジに回復薬を渡してきた。

ティアがそのまま<<アッシュ・ベヒモス>>に歩いて、向かっていく。


「いい、みんな聞いて! 私がここでしばらくアイツを引きつけるわ」


「そ、そんな…!」


とモモカが声を上げたのをティアは被せるように


「いいから黙って聞きなさい!!!」


と一括した。モモカは黙った。ケンジ達も黙ってティアの話に集中した。


「その間、みんなで脱出しなさい。ミライは魔法でこの岩を退かすこと。モモカちゃんも同じよ。いざという時はドーバンさんを捨てること、自分の身を守ることだけに専念しなさい。ケンジ君とエナキ君、もし私が万が一倒れてまた再びアイツと戦うことがあれば今度は2人が後衛の2人守ること。いいわね?」


少なくともケンジは何か言おうとした。ケンジだけでなく、ミライとモモカも一緒だった。ただその言葉が届くその前に、ティアは物凄い勢いで<<アッシュ・ベヒモス>>に向かっていった。その足元の地面から木の幹が生え伸びて、ティアの動きをより加速させている。みるみるティアの姿が遠くなっていく。


「ティアさん…」


「モモカちゃん、落ち込んでいる場合じゃない。道を開けよう。ティアさんが戻ってきたらすぐに逃げれるように」


ミライは強かった。ケンジの顔を見ると頷き、杖を構えて詠唱を始めた。そんなミライの姿にモモカは感化されたのか、ドーバンを風に乗せながら寄りかかれる壁際へと静かに置いて、同じように詠唱を始めた。


ケンジにできることは2つだった。何がなんでもこの2人を死守すること。そして機会があればティアを連れ戻せるよう準備しておくことだ。ケンジは戦場を見た。


「は?」


驚愕した。それを見た瞬間、少なくともこの作戦は上手くいかないと思った。


まるで嘲笑うように<<アッシュ・ベヒモス>>がティアを軽々しく飛び越えていた。ティアが驚いた顔をして上を過ぎ去る怪物を見上げている。そしてこちらへとどんどん近づいてきているのだ。ケンジ達の方へと。


避けろ、という声もあげる余裕もなかった。ケンジ達の少し手前で奴は降り立つと、その風圧で瓦礫を四方八方に飛ばしてケンジ達に降りかかった。そしてそのまま空中へと体が浮く。


「くぅ…!!」


飛ばされたケンジはしばらく宙を舞って、そのまま地面へと倒れ込んだ。結んで背負っていたはずのエナキが外れ、少し離れたところでエナキも地面へと落下した。ミライとモモカは見当たらない。どこにもいなかった。


探す時間も与えてくれない。<<アッシュ・ベヒモス>>そのままそのままケンジ達の方を向いてくる。


「エナキ…!!!」


「まだ立ち上がれない…!」


―――俺がやるしかない…


ケンジは刀を抜いた。一度手を合わせているから力量は分かっていた。化け物だ。ケンジに出し惜しみはする余裕はない。最初から全力で行かなければ敵う相手ではない。全力を出しても敵わないかもしれない。


改めて<<アッシュ・ベヒモス>>を観察した。そこでケンジは一つ気がついた。よく見れば傷だらけであった。それもそのはずで、大砲を撃ち込まれ、その後も多くの兵士や燈が奴の体を削っていた。ケンジもその1人で、何度も足元に剣を振るったはずだ。つまり、あの時と同じように全快というわけではない。明らかにダメージがある。


ケンジの最大威力のスキルは<<細雨>>だ。攻撃の絶好のタイミングも分かっている。あの大剣が振られた後に、僅かに隙が生まれる。そこを狙うだけだ。その時にありったけの魔力を込めてスキルを叩き込む…。そうケンジは心に決めた。そして、刀を構えた。


<<アッシュ・ベヒモス>>がこちらを見ているのはケンジにも分かった。そんなケンジの覚悟を読み取ったのか、はたまたケンジのことを覚えていたのか。不思議なことに、魔物の歩みが途中で止まった。


「?」


―――来ないのか…?


そんな疑問すらも抱けない。ケンジの視界に魔物の横から物凄い速度で向かってくる者がいた。ティアだった。変わらず木の幹が彼女の移動を補助してくれており、そのティアはというと主力武器である弓の弦を今にも引こうとしている。


「<<ランス・アローレイン>>!!!」


複数放たれた魔力の矢が、放たれたその瞬間、茶色の蔦状へと変わった。そのまま<<アッシュ・ベヒモス>>に向かっていき全身を縛りつけるように絡みついた。思わずケンジはその迫力に声を上げた。あの大きな巨体を縛りつけられるほどのスキルを持ち合わせているとは思わなかったのだ。


<<アッシュ・ベヒモス>>は暴れ回った。巻きついた蔓からなんとか逃れようとしている。それを嫌がるように<<アッシュ・ベヒモス>>はしゃがみ込んで四つん這いになった。いや、ただしゃがみ込んだわけではない。ケンジの記憶が訴えた。四つん這いになったということは次の攻撃はおそらくーーー


「ティアさん!火が来ます!!!」


そのケンジの叫び声はなんとかティアに届いた。しかし、圧倒的に遅かった。ティアが避ける前に、炎が一瞬で広がってあっという間にティアを飲み込んでしまった。


「ティアさぁぁぁん!」


ダイゴだけでなく、ティアも一瞬にしてやられた。業火の中に消えていったのだ。ケンジはあの中に入った者の末路を知っている。


「お前ぇぇぇえええ!!!」


「馬鹿、ケンジ!やけになるな!戻れ!!」


気づいたら、ケンジは駆け出していた。エナキの声など無視した。もう心の中は憎しみと怒りで埋め尽くされた。感情がケンジの体を支配する。これ以上、奪われてなるものか。多くの兵士や燈を奪っていったコイツだけは絶対に許せなかった。準備していた、ありたっけの魔力を流せるだけ背中に流し込んだ。


しかし、ケンジの刃が届くことはなかった。どこからか飛んできた衝撃に一瞬にして吹き飛ばされた。


―――尻尾…


尻尾で薙ぎ払われた、と気づいた頃には地面を転がっていた。腕や膝を擦りむき一瞬でかなり痛手を負ったのを感じた。けれども、すぐに立ち上がった。もう一度と、また魔力を流しこむ。ズキン、と背中が痛み始める。


「<<シューティングスター>>!!!」


「<<ウィンド・ブラスト>>!!!」


「!!!」


ミライとモモカの声が聞こえると、竜巻のような暴風と、太い光線が<<アッシュ・ベヒモス>>を襲っていた。2人の放たれた魔法はかなり強力であった。<<アッシュ・ベヒモス>>の体をよろけさせるほどであった。実際、立ち上がった魔物は火を吐きたいわけでもなく、再び四つん這いにさせた。


しかし、


―――駄目だ、押される…!!!


決定打にならなかった。最大出力が終わり、だんだんと弱まっていくと後ろに下がっていた<<アッシュ・ベヒモス>>が一歩、一歩とミライ達に迫り始めたのだ。


再びケンジが駆け出したのはその時で、スキル脈にできる限りの魔力を流し込んだ。出し切ってしまった2人の前に、<<アッシュ・ベヒモス>>の巨大な剣が振り上げられ、そしてすぐ振り下ろされた。


そこにケンジは割り込む。ミライ達の前に立つようにその刀に力を込めてスキルを放った。


「<<細雨>>!!!」


全てが持ってかれそうな一撃を、僅かに一瞬だけ、ケンジは耐えた。しかし、所詮は一瞬だった。そのまま振り抜かれたケンジは、その後ろのモモカ達も巻き込んで吹き飛ばされた。


ほんの短い時間だが、ケンジは意識を失いかけた。


痺れたような体をなんとか動かしながら、目の前に落ちている刀に手を伸ばした。

その遠くで皆が倒れているのが見える。ティアがいた場所は未だ火の海で、何も残っているようには思えない。


いつもの元気で緊張感のないモモカが、波打ち際で打ち上げられたように岩に仰向けになって倒れている。指一本すら動いていない。


エナキがいた方も地形が変わってしまったように、瓦礫が散乱していた。もう姿が見えない。案の定、向こう側の通路からダイゴも現れそうにない。


「はぁ…はぁ…なんなんだ…お前…」


―――全部、奪われいく…


ヨロヨロとケンジは立ち上がった。その少し前に、不幸にも<<アッシュ・ベヒモス>>がいて、そこにミライがいた。ミライはうつ伏せで倒れつつも、僅かに動いていた。帽子はどこかへと飛んでいき、お気に入りの服は破れ、そこから血を流しているのが見える。そして、顔を上げてこちらを見た。


「ケンジ…くん…」


ドスン…。


<<アッシュ・ベヒモス>>は勝利を確信したように、ゆっくりとミライへと近づいていく。


「にげて……ケンジ…くん…」


ドスン…。ドスン…。



その歩みは止まらない。



ドスン…。ドスン…。ドスン…。



「やめろよぉ…お前…」



ドスン…。ドスン…。ドスン…。ドスン…。



「やめろ、って…言ってんだろぉ…!!!」



歩みは止まった、射程範囲へと入ったのだ。そしてゆっくりと大剣が天井に登っていく。その前にはミライがいる。


「だめ…だよ…」


ケンジは歩み出した。けれど、まだ体が思うように動かず倒れた。


大剣は、登る。


「こっちきたら…。だめだよ…」


ケンジは這って向かう。


「やめろよぉぉぉぉ…!!!」


―――大切なものが奪われる…


やがて、大剣は止まった。


ミライがこっちに手を伸ばす。


ケンジも、手を伸ばした。


大剣は振り下ろされた。ケンジが残された全部の力を振り絞って、ミライに向かって飛び跳ねた。


「ミライィィィイイ!!!」


数秒後、大剣は地面に接触した。物凄い音を立てて。

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