幸せを逃す燈たち
そして、ついにエナキ用に持ってきた回復薬にも手をつけ始めた。アンデット系の魔物との戦闘が増え、聖水も切らしてしまった。形がなくなるまで攻撃しなくてはいけなくなり、戦闘は一気に長引くようになったのだ。おかげでその体力の消費もかなり激しい。
正直、ここら辺で引き返した方がいいのではないか、とケンジは思っていた。共倒れになってしまっては元もこうもない。しかし、言い出しっぺということもありケンジの口から言わなかった。
唯一幸いなのはあの傷跡は続いている。壁の傷跡はまるでケンジ達を待っていたかのようにまた次の壁、また次の壁と絶え間ないように見つかる。その発見する間隔も短くなっていることから、この傷をつけたものとの距離はそこまで長くないのでは、と希望を持っている。それだけが希望だった。
「あれ!見て」
それは、やけに明るい光が道にあった。ミライの<<スターライト>>とは違う別の光だ。ケンジ達は慌てるようにしてその明かりが差し込む方向を見て、驚愕した。壁の隙間から下の方が見え、そこに広がるのは灼熱と言わんばかりの赤い液体だった。
「溶岩!!」
「本当にあったのか…」
さらに道に進めばその景色は壁の隙間だけではなくなり、開けた空間に出たと思えば、そこらかしこで溶岩が流れていた。熱でやられないように、とティアが水分補給をケンジ達に促した。もう、ケンジの残りの水は僅かだ。あとは予備の水を使うしかない。
ここをエナキが進んでいったとは考えにくかったが、
「あそこに傷跡!」
モモカが傷跡を見つけた。それは溶岩の道に行く手前の道で一際小さな洞穴であった。人一人分が通れるような大きさだった。ダイゴを先頭に順番に進んでいく。
やがて、また違った空間に出た。別の世界、と表現するのがいいのかもしれない。そこまで広くはない。ただ、ここの空間だけひんやりと涼しかったのだ。灼熱のような色が水色へと変わり、その景色はまるで水の中にいるようだった。
「綺麗…」
ミライとモモカが宝石のような石へと駆け寄る。おそらく魔石であろう。魔石はこの空間を作り出しているのだ、とケンジは思った。
そして、なんとなく、ケンジは予感がした。ここにいる気がした、傷をつけた主が。
「ケンジ!!!」
その思ったところではあった。突然、ダイゴの鋭い声が響いた。
もしかすると。
もしかするかもしれない!
ケンジは大急ぎでダイゴの元へ近づいた。
ダイゴはさらに一際小さな空間にいた。入り口は屈むようにしないと入れなく、背負っていたリュックを先頭にして押してケンジはその中に入った。中は横幅は部屋一つ分くらいだったものの、天井はそれなりに高い。
エナキではなかった。
ダイゴの目の前には1人の兵士が倒れていた。傷が深いが、胸が上下に動いている。生きている。この人は、生きている。
エナキではなかった。しかし、エナキを見つけたくらい衝撃だった。
「ドーバンさん…」
ケンジが呟いたと同時にダイゴが再び叫ぶ。
「ティア!」
「分かってる!ケンジ君。リュックサックを貸してもらえるかしら?」
後ろから来ていた、ティアがすぐさま応急処置へと入る。
ドーバンだ。あの隊長だったドーバンがなぜここにいるのか。ケンジには分からないし、ダイゴも驚いている様子だった。確かに最後見かけたのは、エナキがケンジを助けに来てくれてから間もない時であった。残されたケンジ達を通路に退避するようにと声を上げて呼びかけていた姿をケンジは覚えている。しかし、てっきり脱出していたのかと思っていたのだが。
教会で見たリストには、その名前すら載っていなかったはずだ。
「大丈夫、誰がやったかは分からないけど、一通り手当はされているみたい。症状からして脱水かしら」
というひとまずケンジ達は安心した。
「きゃぁぁぁあああああ!!!!」
「!!!」
その時、一際大きな声がした。間違いない、今度はモモカの声だった。
ある程度ここにいる時間が経ったのに、そういえばモモカとミライがいないことにケンジが気づいた。ダイゴよりも早くケンジが素早く反応し、頭をぶつけながらも狭い空間から這い出た。そして、すぐさまケンジは声のする方に向かった。
叫んだ箇所からそこまで離れていないように思えた。しかし、見当たらない。
「ケンジ君!した!!」
下の方から聞こえると、崖のようなになった急斜面の下にミライが見えた。水色ではなく、より深い青色のような石に囲まれている。その上をケンジは滑り落ちるように降った。ミライの元に向かった。
「ミライ!モモカは?!」
すると、ミライは落ち着いた声でこういった。
「あそこ」
そこで、確かにケンジは見た。
ケンジが見たものはモモカが何かを抱きしめていた。兄だった。
「お兄ちゃん…モモカ、きたよ。お兄ちゃん…」
モモカが呟いて、抱きしめていた。
ボロボロになったエナキを。
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エナキの息は、あった。崖から引き上げて、ドーバンと並べて寝かせた。その間、ティアの必死な治療が続いた。ミライとモモカが手伝い、リュックに詰めていた回復薬、包帯等はみるみるなくなっていく。
その間、ケンジとダイゴで他に誰かいないか探したが、生きている者はいなかった。代わりにアンデットの魔物が1人寂しく漂っていただけで、ダイゴがトドメを刺した。
エナキの体には火傷の跡が多かった。おそらく患部を少しでも冷やすために、ドーバンと離れたわざわざ岩の谷間に挟まれていたのかなとティアの治療を見ながらミライと話し合った。ちなみに先ほどの悲鳴は下で倒れているエナキを見つけたモモカが後先考えずに崖から転がり落ちたことで発せられたものだと分かった。
大きな外傷は見られなく、どうやら2人とも脱水症状に近かった。ここら周辺で天井から垂れてくる一滴の水を頼りになんとか今日まで凌いでいたのだろう。
エナキが目を覚ますのに時間はかからなかった。目覚めた瞬間、モモカがエナキに飛びついた。
「よくここまで来れたね…」
とエナキはモモカの頭を撫でていた。
ひとまず治療の最中に聞いた話では、ケンジと別れた後、なんとかエナキはここまで逃げることができたらしい。多くの魔物の追撃を受けつつも、同じように逃げ遅れたドーバンと協力した。最後の最後でドーバンが痛手を負ってしまったものの、幸い命に別状はなかった。
あとは救援が来るか、来ないか。前者にかけてここら周辺の天井から垂れてくる何滴かの水だけでなんとか凌いでいたという。ここはケンジが思っていた通りであった。
長居は無用であった。残してきたミキジロウも心配であったし、ケンジ達が命を狙われているのは依然変わりはない。エナキはケンジが背負い、未だ目覚めないドーバンはモモカの風魔法で運ぶことになった。回復薬が入ったリュックサックがなくなった分、どうなってことなかった。
「エナキ」
背中にいるエナキは自分の顔は見えないだろうと、ケンジは伝えるなら今だと思った。
「何?」
「助けてくれてありがとな」
「…貸し一つにしておくよ」
狭い通路を抜け、溶岩のある空間へと戻る。本当にまるで別世界だった。
大丈夫、みんなで帰れる。大切なものは取り返せたんだ、とケンジは嬉しく思った。
最後尾にいたダイゴが吹き飛んだ。




