覚悟を決める燈たち
「それが、エナキ君がこのパーティにこだわる理由ね」
ティアが言った。ケンジの目の前で泣きじゃくるモモカの頭を撫でている。
「エナキ君が選抜パーティを断った理由、一緒に討伐に行った時もずっと疑問に思っていたの。どうしてこのパーティに居続けようとするのか。どうして、このパーティで生きていこうとするのかって…そういうことだったのね…」
ケンジはその場を動けなかった。ただこの時ケンジの瞳に映っていたのは、コウガと一悶着あった後の宿舎までの帰り道の会話であった。
『大切な記憶がいずれ忘れてしまう、それが怖い』というあの時のエナキの話は、間違いなくモモカのことだとケンジは思った。エナキはモモカが妹であることは覚えていた、けれども、モモカはそのことを覚えていなかった。加えて、姉という存在がどういうことなのか、兄という存在がどういったものかということもモモカは忘却していた。
ケンジの心はさらに重苦しくなった。エナキがどれほどの孤独と葛藤を抱えていたのか、ようやく理解し始めていた。
同時に、コウガの目の前でエナキが食料をぶちまけた理由も、なんとなくわかる気がした。あれは、もしかしたら自分の姉が、間接的ではあったとしても、燈のヘイトを買い、生計に苦しんだことでこの世を去ることに繋がったとエナキは考えたのではないのか。 そして、そのことにエナキは腹を立てたのではないか。
「モモカちゃんの髪飾り…多分だけど、サルビアの花ね」
とティアが言った。
「そうなの…?」
モモカが少し驚いた様子で聞き返した。
「そう。花言葉は『家族愛』。よっぽど大切に思っていたみたいね…」
「…っっ」
モモカが顔を手で押さえた。ポロポロとモモカの口から、その時の思い出がケンジ達に届く。
「この髪飾りも、くれたの。教えてくれた時、私は、お姉ちゃんとかお兄ちゃんとかその時よく分からなかったって言ったら…いつか思い出せるように。思い出した後も代わりに大切にして欲しいって…。いついなくなっちゃうか…分からないからって…」
後付けかもしれない。エナキがモモカに気を遣っていたこと、思えばそういう節々が多々あった。師匠を探す時にもわざわざ一緒に同行していた。何気ない日常だって、気を遣っているような場面がいくつか思い浮かんだ。服装がどうこうとか、ご飯をしっかり食べろとか、魔法を一つ覚えるようにとか。
何よりも、選抜パーティにいかず、ケンジ達と同じパーティにいたという事実が、エナキとモモカが兄弟と普通とは違う関係であったという、確固たる証拠とケンジの中でなっていた。
「そういうのは早く教えてくれればいいのにね…」
ケンジはティアと同意見だった。けれども、ケンジはエナキの性格を把握していた。多分この中で1番理解していると自負できる。アイツのことだ、衝突になることが面倒だったり、とか考えて、先送りにしていたに違いない。
呆れたような気持ちと、エナキらしいと納得するような気持ち。そして、どうして大切な妹をここに置き去りにしているのか。どうしてここに早く帰ってこないかという怒りの気持ちがケンジの中で湧き上がってきた。
「行こう、モモカ」
「行くってどこに…?」
「エナキを助けにだよ」
ケンジは思わず呟いた。先程の弱気な自分はどこにもなかった。例えエナキが生きている、生きていない関係なく、自分はモモカをエナキのところまで連れて行かないといけないということを自身の使命ようにケンジは思えた。その決意は、固かった。
「アイツが必死になってモモカのことを守って、その上で俺たちのことを考えて。なのに俺は、アイツのこと怖いと思ってたんだ。誰よりも、頑張っている。それだけなのに…」
「ケンジ…」
「もう、誰も失いたくないんだ。俺の友達も、その場で一緒に戦った仲間も死んだ。同じようにミキとモモカも、エナキもいなくなったと思ってた。ほんの少しでも、消えかけでも、もし少しでも取り戻せる大切なものだったら俺は命をかけてでも行きたい…」
もう、後悔はしたくなかった。あいつは生きてくれる、と言った。もし危なくなったら逃げろと言っていた。そしてやることがあると言ってくれた。信じるんだ、俺たちのリーダーを…。
そうと決まれば、ケンジのやることは決まっていた。
ケンジはダイゴ達を見た。相変わらずこちらを見守ってくれている。
「ダイゴさん、ティアさん、ミライ」
ケンジは頭を下げた。
「俺に力を貸してください! 俺とパーティを組んで、また洞窟までエナキを助けに!」
すぐにダイゴが目の前まで来て「顔をあげろ、ケンジ」と言ってきた。ケンジは少し恐れつつも、奥歯を噛み締めて顔を上げた。
「お前の答えは、それでいいのか?」
エナキを助けに行く。その気持ちに変わりはない。
「洞窟には<<アッシュ・ベヒモス>>がいる。それに俺たちを殺したいと思っている奴が命を狙いにくるかもしれない。命を失う危険が高い」
「…っ」
「それでもお前は、俺たちに助けを求めてまで、エナキを助けに行きたいか?」
揺らぎそうで、ケンジの気持ちは揺らがなかった。ミライの言葉がケンジの胸の中で響いていた。『大切なものを糧にしてそうやって生きていく。それは前の世界でも変わらない』。どうせ死ぬとしたら、大切なものを守るために命を落としたい、とケンジは思えた。
「ここで助けに行けないなら、ダイゴさんと鍛錬した意味がないです…」
ケンジは言い切った。しばらく沈黙が続き、ふいに笑い声が響いた。誰の笑い声か一瞬わからなかったが、それはダイゴだった。ダイゴが笑っているのだ。ケンジは驚き、周囲も同様だった。特にティアは口元に手を当てて目を見開いていた。
笑い声が止むと、ダイゴは真剣な表情でケンジに向き直った。
「ケンジ」
「は、はい!」
「エナキは生きている。」
「えっ……」「ええっ!!」
驚愕の声がケンジとモモカから同時に上がった。
「その髪飾りを見てみろ。」
モモカの髪飾りは確かに赤く光を放っている。ケンジにも、その中に魔力を感じ取っている。
「これはエナキの魔力で間違いないな、モモカ?」
モモカは小さく頷いた。
「買ってもらった時に、確かに注いでくれた気がする……。」
「エナキの魔力が残っているということは、彼は消えていない。つまり、エナキはまだあの洞窟の中で生きているということだ。」
ダイゴの言葉に、ケンジは息を飲んだ。エナキがまだ生きているという確証が彼の中に力強く芽生えた。
「ケンジ、さっきは試すようなことをして悪かった。しかし、お前の覚悟を確認しておきたかったんだ。救助に向かえば、あの怪物と再び遭遇するかもしれない。それに、命の保証はない。コウガと共にこの街から去る道もある。」
「じゃ、じゃあ……」
ダイゴがケンジの肩に手を置き、力強く言った。
「取り戻しに行くぞ、ケンジ」




