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ヨロヨロと進み始める燈たち

長居しない方がいいとのことだった。


宿舎でケンジは急いで服を着替えた。ずぶ濡れた服では風を引いてしまう。後は予備で置いてあった装備を持った。今回の1件で燈の命を狙われているというのは明白となった。居場所が割れているこの場所に、多分、戻ってくることはないだろう。ケンジは宿舎を軽く見納め、後にした。


『一人にさせてごめん』


とミライはケンジに謝ってきた。先ほどのこともあって、ケンジ達は少しだけ気まずい空気に包まれている。


ミライ曰く、今日もいつも通りケンジのベッドを確認しに顔を隠しながら教会へと向かったらしい。そこで寝ているはずのケンジが忽然と消えていたわけだから、かなり焦ったそうだった。


そもそも本来なら教会ではなく、場所を移動してケンジを休ませたかったらしい。

それは燈の命が狙われていた話があったからで、身の安全を確保したいという意味でも、少しでも近くに置いておきたかったそうだ。しかし、ケンジがいた部屋は人通りが多くなかなか連れ出せなかった、とミライは教えてくれた。


ケンジがいなくなったことをミライはすぐにダイゴ達に知らせ、自分も探しに街の中を走り回った。思い当たることを何ヶ所か回った後、この宿舎に来たらしい。駄目元ではあったが、幸いにもそこにケンジがいたわけだ。


『宿舎が荒らされていたのは、私たち選抜パーティの手がかりが探しに来たからだと思う、ってダイゴさんが…。誰が潜んでいるか分からないからすぐに離れそう』


自分が寝込んでいる間にかなり話が進んでしまっている、とケンジは思った。これまで王族側は選抜パーティの行方を追っていると聞いていたが直接手をかけるようなことはしなかったはずだ。


そして、ミライはこうケンジに告げた。


『それにモモカちゃんとミキジロウ君は無事。ミキジロウの怪我は酷いけど、命には別状ない、ってティアさんが』


聞き間違いではない。確かにミライはそう言った。つまりケンジが何もかも失ったというのは早とちりであった。不幸にもケンジが会えなかっただけであり、ケンジにはまだ大切なものが残っていた。ケンジの絶望が、少しだけ希望に変わった。


ミライになんで早く教えてくれなかったのか、と軽く問い詰めると、『私も同じような気持ちだったから…。本当は泣き叫びたかったけど、ダイゴさん達の前だと、なんだか申し訳なくて…』と答えられケンジは何も言えなくなった。おかげですっきりした、というミライの表情はその通りで、何かが吹っ切れたように清々しい。


ミライと街まで戻った。大通りを避け、裏通りで雨宿りをしながら待つことになった。ここでダイゴと待ち合わせしているのだという。人の気配は一切なく、霧の中に身を潜めるようにしてケンジ達は待ち続けた。気まずさは消えず、特に何も喋らなかった。


ダイゴが現れたのは、あまりの肌寒さで上着が欲しいと思っていた矢先だ。ダイゴは何一つ変わらなかった。いつも通り斧を背負っており、唯一変わったと言えるのは頭に巻いている包帯があることだった。


色々と話したいことはあった。特にザボ爺の件だ。ただこの時、ケンジは言葉を選んだ。


「ダイゴさん…ご無事で」


「…お前もな」


常時仏頂面のダイゴは、この時少し笑ってくれた。


そのまま3人で街の中を歩いた。変わらず大通りではなく、迷路のように広がる裏道を。やがて一つの家へと差し掛かり、前の建物と同様に裏口から建物の中へと入った。聞くと、ここはダイゴが拠点場所で何かあった際にと念の為に用意しておいた場所らしい。


入ってすぐ元々ここは酒場だったということが分かった。厨房を通り抜け、表口へと面している部屋はカウンターや積まれたテーブル、椅子が現れた。


床の木の板を一つ外すと下に降りる階段が現れた。隠し階段だった。ケンジ達は下へと降りた。降りた先には色々なボトルが置いてある。どうやらこういったボトルの飲み物は温度の変化が少ない地下で管理をする方が適しているらしく、先住民がわざわざ穴を掘ってこの場所を作っていたのを拝借した、とダイゴは言った。


真っ直ぐと伸びた穴をさらに奥へ進んだ。突き当たりには扉があり、開いて中にあるとまた一際大きな通路に繋がった。どうやらここが拠点らしく、足元も木の板は貼られ、生活基盤となる部屋や食料などが蓄えられている。


すぐ横の部屋にはベッドやら机やらが置いてあった。そのベッドの上に誰か横たわっていた。それを見たケンジは思わず駆け寄った。


「ミキ…」


ミキジロウだ。ミキジロウだった。死んでしまった、と思ったミキジロウが生きていた。確かにベッドの上にいた。右腕は包帯でぐるぐる巻きにされていて、今も血が滲み出ているのか真っ赤であった。


「ミキ…俺だ! しっかりしろ!」


体を揺すったが、ミキジロウは反応しなかった。ダイゴ曰くしばらく意識が戻ってないという。


さらに話を聞くと、ミキジロウ達のところもケンジと同じように爆発にあったらしい。何人かの燈が闇に呑まれ、爆散した。その爆風に巻き込まれ、かつ侵入してきた魔物にミキジロウは、特に右腕をやられてしまったそうだ。幸い、後に合流したティアが付きっきりで回復魔法を施してなんとか一命を取り留めたらしい。そうでなければ出血多量で死んでいたかもしれない、とダイゴは一通りケンジに教えてくれた。


満足したら奥の部屋に来てくれ、とダイゴは奥の部屋へと消えていった。長居はできないと、ケンジはミキジロウの左手を握った。そして、治るように祈った。


「ミキ…。俺、頑張るから…。お前も頑張れよ…」


ミキは反応しなかったが、ケンジにとってはこうして会えて、いや、生きていてくれただけで十分だった。


ケンジはミキジロウがいるベッドを後にした。まだ部屋の入り口で待っていてくれたミライが「前を向かないと会えなかったんだよ」と言わんばかりに得意げな顔をしていた。


ケンジ達は奥の通路へと進んだ。


*********


ダイゴ達がいる奥の部屋へとケンジは向かった。地上の部屋とは何も変わらない作りに、正直ケンジは驚いている。少し土が漏れ出しているとか、壁から剥き出しになっているなど、ここに降り立った時色々考えていたが、そんなことは全くない。


通路をそのまま進むと、またそれなりの広さのある部屋へと出た。物置小屋に近い。樽やら木箱やら多く、あちこちに置かれている。部屋の半分を占めているくらいだ。あの洞窟のように天井にはランプが吊るされていて、部屋を照らしていた。


部屋に入った瞬間、ケンジは鋭い視線を感じた。思わず腰の刀に手を伸ばした。しかし、敵ではなかった。そこにはコウガがいた。片手で果物を持ちながら、小さな粒を宙に投げて器用に口の中に入れている。随分と前にあったが、姿や顔つきに大した変わりはない。


ケンジだと気づくと、コウガの威圧は消えていった。


「エナキのところのやつじゃねぇか。生きてやがったのか」


「…コウガさん」


選抜パーティのリーダだ。ここにいても何も不思議ではない。ここは本来のダイゴが自分の為に用意した場所であったが、前の建物は包囲されてしまったことから選抜パーティの第二の拠点となった場所となったのだろうとケンジは思った。


コウガとほぼ反対側の位置に木箱を椅子の代わりにしてダイゴは座っていた。ひとまずダイゴの近くの木箱にケンジは座った。後ろにいたミライは入り口付近でコウガとダイゴの中間地点にいる。


「ケンジ、結論から言おう。俺たちはすぐこの街を出る必要がある」


ケンジが座ってすぐにダイゴはそう言ってきた。ケンジは特に驚かなかった。なんとなく想像はついていた。


「時間はない、今もこうして兵士達によって俺たちは追われている。これは選抜パーティだけでない、燈全員だ。あの教会で何人かの燈は意識が戻った。ケンジ、単刀直入に聞くが、そいつらは今どこで何をしているか想像できるか?」


「…死んだんですか?」


ダイゴは頷いた。


「そうだ。正確には、殺された。教会を去ったその後に、何者かによって殺されていたのを確認した。特にあの宿舎でな」


ゾワっとした。気がつかなかったが、あそこには死体が…。


「そしたら、俺も結構危ないんじゃ…」


「合流する前、追っ手がいないことは確認済みだ。偶然か必然かは分からないが、ひとまず気にしなくても大丈夫だ」


ケンジは安堵した。気がつくのに遅れたが、そもそも、ミライはそんな危険な場所にわざわざ探しに来てくれたということだ。もしケンジがそこにいない場合や、もし入れ違いになっていたら…。そして、誰かが待ち伏せていたとすれば…と想像するだけでも恐ろしい。


「前と死因も変わらない。短剣で、複数回に渡って刺されたような刺し傷が残っていた。相当恨みを持った奴だろうな」


ダイゴはザボ爺の件について何も言わなかった。ザボ爺が殺されてしまった理由もきっと燈、ケンジ達のせいのはずだ。ふとダイゴの膝の上に目を向ければ、乗っていた手は拳が作られて震えていた。


しかし、そのことよりも何かがおかしいとケンジは思った。その話を聞いた時、ケンジの中で違和感が胸の中一杯に広がったのだ。なぜなら短剣で殺したのはタクマサとその仲間だと思っていたのだ。彼らが亡くなった今、誰が短剣で複数回も刺して殺すのだろうか…。


「なんだ。何か言いたいことがあるのか?」


まだ考え途中であったが、ケンジは「はい」と短く答えた。以前の自分ならまだ迷っていたかもしれない。しかし、自分でも考えらないほど、はっきりと。


「俺…ダイゴさんと追っていた燈を殺した奴と対峙したんです」


瞬間、周りがガタついた。コウガ、ミライとそれぞれの方向から音がした。目の前にいるダイゴさえも身を乗り出すように体が動いた。「詳しく話してくれ」と言われ、ダイゴからケンジに話す番に変わった。


ケンジはそこであの作戦で自分の身に起きたことを話した。タクマサ達が扉を壊して魔物を呼び込み作戦を失敗へと追い込もうとしていたこと。そして、皆を殺そうとしていたこと。同様にタクマサ達が燈を殺めたこと。それもどれも理由は誰かに脅されてやっていたこと。


ケンジが取り押さえたら、タクマサが後悔しながら何があったのか話そうとしてきたこと。話そうとしたら首にリングが現れタクマサが苦しみ出したこと。そして闇の球体に体を飲まれて、爆散したこと。ケンジはタクマサが使役していたと思われる鳥の魔物に掴まれて上空へと逃れられたこと。


全て惜しみなく語った。話し終えてまずダイゴが口にしたことは、


「タクマサという奴は俺に助けを求めてきた燈だ」


「え…」


「つまり、ケンジ。お前の話を合わせると、自分のパーティを殺していることになる」


「そんなっ」とミライが短い悲鳴をあげた。ケンジも気持ちは同じだった。すぐにダイゴは否定した。


「いや、そんなことはありえん。話からして、まだ生活の基盤が安定していない時に自分の仲間を自ら失うことをするわけがない。タクマサ…は理由もなく人を殺すようなそんな気が狂った奴にも見えん。考えられることとして、もうその時には毒牙に掛かっていたに違いない」


「…脅されたってことですか?」


「そうだ。だとすると、話が見えてくる。つまり俺が、燈が虐殺されたと気づいたその前から脅したソイツは行動していたということだ。その時の殺し方も今と同じであることから同一人物だ。間違いなくソイツは今も生きて、燈を殺している」


ケンジの心にチクっと何か刺さった。タクマサが死んでいる事実は変わらないというのに。


「タクマサだけでない。さっきも話したが闇の球体は他の燈にも見られた、爆発する前にな」


「じゃあ、俺とタクマサの使役した魔物が巻き込まれたのは...」


「おそらく、その時の爆発であろう」


ケンジは驚愕した。脅されていたのは、タクマさだけではない。つまり、あの場でケンジがタクマサの爆発を阻止できたとしても、他の燈も同じように脅され、ソイツの手中にあった。


「話を戻そう。話の流れからソイツがタクマサの仲間に手を出したはずだ。タクマサという奴は、自分からその仲間に殺めたんじゃない。大方目の前で殺されたか…」


「目の前で殺されたということは…他に目撃している人はいないですか?」


後ろのミライがダイゴに聞くが、ダイゴは首を振った。


「ほとんど殺されているだろう…。そこら辺を考慮して殺しているとも受け取れる。加えて、ケンジ。タクマサは『脅されている、こうでもしないと殺されてしまう』と言ったんだよな?」


ケンジは肯定した。間違いない。紫色のリングに首を絞められながらも、確かにタクマサはそう叫んでいた。そして闇に飲まれていった。


「そしてその仲間は『話すな、話したら死ぬぞ』と言った。これで合っているか?」


「…はい」


口止め、後ろでミライが呟き、ダイゴが頷いた。


「つまり敵の像は、一つは俺たちに絶大な恨みを抱いていること。二つ目として『秘密を話すと爆散する』といったような魔法かスキルを持ち合わせていること。三つ目、そんな芸当を俺たちは聞いたことがない。予測するにかなり手慣れた奴だ。ここにいる誰よりも、な」


ダイゴが額に手を当てた。ケンジも同じだった。

しばらく誰も喋らなかった。


********



沈黙を破ったのは今まで黙っていたコウガだった。


「四つ目、ソイツは王族か貴族に決まってんだろ」


ケンジはダイゴを見た。ダイゴは耳だけ傾けている。


「いいか、これは私情じゃねぇ。一般市民がここまで手が込んだことをやってくるとは思えねぇ。そもそも俺らは昔に終わった英雄だ。忘れかけている一般市民がわざわざ討伐作戦まで手をかけて何のメリットがある?」


「ないな」


「テメェは俺が王族から反感を買ったからかと思っているかもしれないが、そうじゃねぇ。明らかななる因縁だ、殺意だ。既に終わったような英雄、燈に対して相当恨みがある奴が王族か貴族側にいる。ソイツが兵士に命令を出して俺たちのアジトをめちゃくちゃに壊しやがった」


そこらに転がった木箱にコウガ八つ当たりした。木箱は壊れ、中にあった食料が床にこぼれ落ちた。


少なくともケンジは、コウガが言っていることは間違ってないと思った。コウガが窃盗を働いていたとしても、それだけでここまで手の込んだことをするわけがない。あの凶悪な魔物、<<アッシュ・ベヒモス>>を生かして欲しいなどと考える人もいるとは考えにくい。


「ドーバンもエナキもユキムラも死んだ。ギラッチョは連絡がつかねぇ。ダイゴ、俺たちの負けだ。俺たちが互いに争っている場合じゃなかったんだよ」


そのコウガの発言を聞いた途端、思わず、ケンジは口を出していた。


「え、エナキはまだ死んだかどうかは…」


コウガはじっとケンジを見つめていた。その眼差しは冷ややかで、どこか馬鹿にしているようだった。その視線を受け止めたケンジの中で、胸の奥で何かがゆっくりと沸騰するような感覚を覚えた。怒りだった。ひびが入るかのように、心の中で何かが崩れ始めるのを感じた。


「死んだも同然さ。3日前だ、死んでいるに決まっているだろう」


コウガの言葉、言い方、態度が鋭い刃のように容赦無くケンジの心を切り裂いた。それが火種となり、ケンジの中で怒りの炎が一気に燃え上がった。彼は拳を握りしめ、自分を抑えようとしたが、感情は制御不能なほど激しく渦巻いていた。


「アイツは、あんなところでくたばるような奴じゃないです!生きて帰ってくるって!」


声は震えていた。自分でも驚くほどの必死さが声ににじみ出ていた。エナキを信じたかった。ケンジの先を行くエナキ。そのエナキは「生きて帰ってくるから」とケンジに言った。その記憶だけが心の支えだったからだ。逆いえば、それだけしかない。


「生きたいって口に出して人様が生きれたら、誰も死んでねぇんだよ」


「…!」


コウガが吐き捨てるように言った。ケンジは思わず、自分の言葉を飲み込んだ。コウガの言葉には、思いがけず怒りが込められていたのに気づいた。ケンジと同じように、彼の瞳には怒りと、そしてかすかな悲しみがあったようにケンジには見えた。


先ほどの言葉をケンジは思い出していた。ユキムラとギラッチョ、というのはちょうど2人で、ちょうどケンジの知らない選抜パーティの人数と一致する。合計6人の選抜パーティで、ケンジが知らないのは2人だ。もしそうであるならば、mそのうちの1人は死んでしまった、とコウガは言っていた。


『失ったのは何もケンジ君だけじゃない』


ケンジの頭の中に先ほどのミライの言葉が思い出された。


「俺はもう今夜中にこの街を出ていく。お前らは好きにしろ」


コウガはそう言い残して、部屋を出て行った。彼の足音が遠ざかるたびに、部屋の中に静寂が広がっていった。


しばらくして、ダイゴがその静寂を訪れた。


「ケンジ、お前はエナキが死んだと思うか?」


ダイゴの問いかけは、ケンジの心は揺れ動いた。しかし、答えることができなかった。生きていると信じたい。けれど、自信がない。言葉を失い、ただ黙っていることしかできなかった。


ダイゴはそんなケンジの様子を見て、立ち上がった。「ついて来い」と言って、彼は歩き出した。


心の中で再びエナキの姿を思い浮かべた。彼が本当に死んだのか、それともまだどこかで生きているのか。その答えを求めるように、ケンジはダイゴの後をついていった。


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