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問題に直面する燈たち


エクリュ・ミエーラン、通称ミエーランにやってきて94日経っていた。


なぜ正確に分かるかというと、1日を跨ぐごとにケンジは寝床の壁に記録していたからだ。壁を削るように擦ると白い線が残る石を道端でたまたま拾い、何か使えないかと考えた結果がこれだった。流石に寝床の壁ではスペースもなくなってきており、消すか別の場所を探さないとこの習慣ともお別れしそうだった。


「ケンジー! 飯できたぞ!」


下から声が聞こえ、ケンジは寝床を這い出た。木組の自作2段ベッドは軽く揺れ、寒くないように、と支給された藁は服にくっつく。そのまま外に出たいところではあるが、藁でさえある程度貴重なものあるため手で取って自分の寝床にぶん投げた。


まだ陽が登って間もない朝はやけに寒く、素足で降り立った床は凍っているかのように冷たかった。この町のほとんどは灰色の石でできた建造物で、宿舎もそのうちの一つだった。


それも大昔に活火山があった影響らしい、という話をケンジは聞いていた。今では活動していなく、教えてくれた人はその証拠にと山を指差し「緑が生い茂っているだろう、火山なんかあればアレ全部丸坊主さ」と自慢そうに語っていた。



今すぐ火山が欲しい。火山があれば、少しは寒さもマシだっただろう。



前坪が壊れたかけた草履を履き、ケンジは部屋を後にした。2階に位置するケンジたちの部屋はすぐ廊下へと出てそこから中庭を見下ろせる。というか、宿舎は中庭を囲むように佇んでいるため2階にいればどこでも見下ろすことができる。


真下の方で、ミキジロウとエナキ、モモカの最近一緒にいる奴らがこちらを向いて手を振っていた。皆で作った焚火炉には鍋があり、その中から白色のスープに何やら緑色の葉のようなものが入っているのが分かる。また山菜のお粥だ、ケンジはゲンナリした。違う組を見てもどの鍋の大小の違いはあっても、中身に違いはない。


この世界は最初から甘いものではなかった。


エクリュ・ミエーランにやってきて94日目。

ケンジたちを含む多くの燈たちは、資金難に頭を悩ませていた。



お金が、ないのだ。


**********************************


召喚された日の夜、ケンジたちは今の宿舎に滞在することを強いられた。それもそのはず、どこも行く当てがなかったのだ。成り行きのまま案内されて、宿舎に着いた時には王女、ベルバート・ヒスメリアの姿はもうなく、代わりにケンジ達の質問に答えてくれたのはその隊の隊長だった。名はGジー・ゴルガード・ドーバンと言った。整えられた白と黒色が混じった髭を顎と鼻下に、腕はまるで丸太のように極太い。右腕には、昔大きな怪我を負ったのか、刺し傷のような跡が皮膚の色を変色して痛々しく残っていた。


宿舎の中庭に集まったケンジたちに向かい、ドーバンはこう言い放った。


『これからお前たちには、戦闘訓練を受けてもらう。()()()()()()()()()で、最低限身を守る術を覚える必要がある。明日の朝から陽が上るのを45回数えるまで、ヒスメリア様の命令に従い我々が直接指導を行う。お前らに拒否権はない』


言っておくが彼の対応は、悪くなかった。これには賛否両論あるが、少なくともケンジにはいい奴に見えた。


ただ記憶を失い、状況がわからないケンジたちは時間進むにつれ取り乱し始めた。我慢の限界だったのだ。急に泣き出した者もいたし、中には暴れ出し兵士と取っ組み合いになる奴もいた。それでもドーバンは日々冷静に対応してくれた。


『話したい者から1人ずつ部屋に入って来い! 話はそこで聞く』


荒れ狂った自分たちを聞き入れ、そして宥めた。それが()()()()()()()()()()を弱めていき、最終的には収まった。最初の言い方が悪かっただけなのだ。


ケンジは自分でも驚くくらいやけに冷静であった。きっと周りの者の動揺っぷりが酷すぎて自分の出番を失ったのかもしれない。


そこから吐くほどの過酷な訓練を受け、ケンジ達は戦う術を身につけた。最初に宣言された45日間というのは嘘で、最終的には68日もの間訓練を受けていた。


『いきなり世界を救え、というのはあまりにも偉大すぎる。まずは、義勇兵となり己の生活を安定させてみよ。そして、いずれ大きな輝きを持つ燈となり世界を闇から救ってくれたまえ。心の火を灯せ、燈たち!』


訓練終了時、ドーバンはケンジ達にこの世界を救うべく最初の一歩として義勇兵となることを命じた。ミエーランの西側に進むと、そこに人間はいなく、魔物が棲みつく未開の地となっているらしい。さらに奥地へと進めば<<魔族まぞく>>と呼ばれた、ほぼ人間の姿をした凶悪な種族の国があるそうだ。つまり、ここミエーランは人類が切り開いた最西端の町であり、防衛線でもあるとのことだった。さらに言えば、ケンジ達は防衛線を守る者でもあると同時に、開拓者でもあるのだ。


当時、燈の皆は自分が()()()()()だと思っていたから胸を膨らませていた。俺が世界を救ってやるんだ、とか俺が開拓者となって魔族を滅ぼすんだ、とか。ケンジも少なからずそのうちの1人であった。ただ、訓練が終わり、支援されていた生活が終わりを告げると、そんな理想はどこにもなくなった。


もう10日も経てば、自分は死んでいるかもしれない。そんな状況まで燈たちは追い込まれていた。


「お金を稼ぐ術とかさ、そういうのを学ぶべきだったんじゃないのかと。私は思うんだけどね〜」


モモカがそう嘆いた。自身は一際大きな岩に腰をかけながら、仕留めた一匹の魔物を地面から浮かせ、運んでいた。四足歩行で、その毛並みは土の色と同じ薄汚い茶色だった。名前は<<グランドウルフ>>といいこの辺りでよく見かける。


「この<<グランドウルフ>>を1匹倒して、大体3ぺカー。4匹倒して…えっと…1銅貨と2ぺカー。でも、ある程度満足をしたご飯を食べるのには20銅貨あたりじゃん。つまり1日...どれくらい?」


その魔物はケンジの前に置かれた。他の個体と比べ、やや小ぶりだった。


「大体60、70匹くらい、倒さないと話にならないな」


他人事のように吐き捨てた。


腰に携えた短剣で、グランドウルフを慎重に剥いでいく。剥ぐのがケンジの役割だった。お金になる箇所は、その毛皮と爪と、耳、尻尾の部分。切り刻むと、真っ赤な色が草の鮮やかな緑色を恐ろしいスピードで侵食していく。血生臭いのは未だに慣れないし、肉に触れる手の感触は吐き気を覚えるほど気色が悪い。そのせいもあってかなかなか上達しない。


「今日これで何匹目?」


「5匹目」


「おーいおい、15ペカーしか稼げないっぺカー、ですか? ケンジ君」


なら、お前が剥いでくれ。それか、お前がもっと狩れるように努力しろよ。衣装や装飾品にお金をかけるんじゃなくて、スキルとか魔法とかそういった役に立つものにお金をかけてくれよ、という言いたくなったが我慢した。空腹ということもあるのか、最近は頭に血が昇りやすい。


「.....」


「あっ、怒っちゃった...。そんな怒らないでよ、私はただ事実を述べただけじゃんか」


「...怒ってない」


「怒ってるよ、顔が。私が言いたいのはさ、なんとかしようよって話だよ。だってこのままじゃ、私たち本当に餓死しちゃうよ。朝は陽が上る前に起きて、さて今日もいい1日しよーって思ったらそこら辺の雑草を入れたお粥」


雑草ではない、しっかり食用であると事前に調べてから調理している。


「お腹にも全然溜まらないし、それで魔物退治とか言って、1日中の肉体労働。そこから帰って取った素材を換金してもせいぜい10ぺカー前後。落ち込んで、でも気を取り直して明日は頑張ろっ、と思ったら晩御飯はまた雑草お粥で気分激沈み...」


「それは分かってる…。でも、今の状況じゃどうしようもないだろう」


「どうしようもないって、何がどうしようもないのよ?」


「ようやく数匹倒せるようになってきたんだ。それがいきなり何十匹も狩れるわけがないだろ」


切り取った耳から血が飛び散り、ケンジの顔にかかった。急いで拭う、と思ったが両手血だらけだ。肩を窄めてそこに顔を擦り付ける。


「じゃあなに? ケンジは餓死してもいいわけ?」


「…そうは言ってねぇよ」


「でも、そうじゃん。死んじゃうじゃん、満足にご飯も食べられなくてさ」


手元が狂い、毛皮に鮮血が染み付いてしまった。こうなってしまうと値打ちが下がってしまうから急いで服の切れ端で取り血を拭った。


「お粥の米は5ぺカーだろ。山菜は無料、それが賄えるようにここ最近でなったんだ。それでしばらくは凌ぐしかないだろ」


「肉も、満足な野菜もなしで? 栄養なくて体に絶対悪い、いつか病にかかりそうだよ。今は動けるからいいけどそうなったら本当に私たち終わりだよ? 体が1番大事だよ、やっぱ」


「ならさ!ーーー」


ーーーその帽子とか指輪とか全部売っぱらって肉や魚や好きな食べ物に変えてこいよ!必要ないものばっか買いやがって...。


言いかけて、ケンジの喉すれすれで止まった。今ここで争いをしても、逆に連携が取りづらくなって今の狩のペースが保てなくなっては本末転倒である。黙って適当に合図打って、頷いていればそれが1番利口だとケンジは思う。でも、その余裕もなくなりかけてきているのが現状であった。


とにかく今は、チームが崩壊するような致命的な発言は避けなければならない。それがこのチームを成り行きでまとめ役となったケンジとエナキの方針であった。


くそッ、と心の中で舌打ちし、体の外では短剣を魔物に突き刺した。


「ならさ、ってなによ...」


「…なんでもない、ごめん。この耳、尻尾。終わったから袋に入れておいてくれ」


「謝ることなんてケンジ…なにもしてないじゃん」


「.....」


「...分かった。...なら、あの…一応さ。私も謝っとく。ごめん...」


「....あぁ」


「....」


「....」


「袋、に入れたよ。耳と尾っぽ」


「ありがと」


「...うん」


チーム、この世界ではパーティと言われるが、ケンジ達のパーティは4人であった。ベルバート家の戦闘訓練を受けていた際に組まされたパーティがこの顔ぶれであった。


当初は6人いた。うち1人はあの王族相手に大きな態度を取ったダイゴだった。そのダイゴは訓練中に、ドーバン率いる選抜パーティに引き抜かれた。元々体格がいいと思っていたが、案の定その腕っぷしは卓越していたのだ。同じ剣技に身の覚えがあるケンジはダイゴと自分の差を痛いほど知った。


もう1人は、訓練中にどういうわけか突然失踪してしまったのだ。もう名前も忘れてしまった。ドーバン曰く、たまにあることだと言っていたが、ケンジ達が気になったのはそこではない。失踪したとしてどこに行くというのだろうか、何かアテがあったのか、というモモカの問いに対してドーバンはなにも答えなかった。


従って、今のパーティは4人なのだ。格闘に覚えのあるミキジロウ、短剣と盗みに自信のあるエナキ、簡易な風魔法を扱えるモモカ、そして剣技の腕を身につけたケンジだった。人数は少ないとはいえ上手くやっている方だと思う。他のパーティはまだ1匹も仕留められないと飛び交う中で、ケンジ達のチームはなんとか数匹は仕留めるという成果を出せるようになってきた。それでも安定した生活を手に入れるのは程遠い。


「終わった、帰るぞ」


「うん...」


その後、宿舎に着くまで終始無言だった。


ケンジとモモカは来た道を戻り、まず町へと戻った。崩れかけた大きな門の前にいた兵士に挨拶し、戸を開けてもらう。魔物が入ってこないように警備していると思うのだが、門から伸びる壁は町全体を覆っているわけではないからあまり意味がないというのがケンジとミキジロウの意見だ。


その足で小道具家に向かい、今日収穫したものを店主に渡した。店主は王都から派遣された者であるらしく、仏頂面で無口だった。何も言わずケンジ達が収集してきたものを受け取り、そしてほぼ投げて渡すような形で台にお金が置かれた。


今日は17ぺカーだった。10ペカーで1銅貨だ。つまり17ペカー、1銅貨と7ぺカーはケンジの剣を修理するのにすぐ消えた。刃こぼれが酷かったのだ。もちろん、それだけでは足りずケンジは自分の懐から16銅貨を支払った。これで、ケンジの持つ全財産は23銅貨と8ぺカーだ。訓練終了時に渡された90銅貨はもう半分以上失ってしまった。


のしかかる不安を胸に宿舎に戻ると、先戻っていたはずのミキジロウが何故か門の前で待っていた。


「エナキがよ、景気付けにご飯食べに行かねぇかって」


モモカははしゃいだが、ケンジは乗る気がしなかった。何かと理由をつけて断ろうと思ったが、その前にエナキがやってきてケンジも行かざる終えなくなった。3対1。それに、元々断る勇気がなかった。今溢れ者にはなりたくない…。



荷物を宿舎に置き、来た道を戻り、町中まで戻る。夜の暗闇をかき分けながら適当な、見た感じ安そうな酒場を見つけてケンジ達はお店に入った。道の脇に用意されたテーブルへと案内されメニュー表を受け取り、皆でなるべく安く、かつ量が多そうな奴を探して頼んだ。飲料も入れて、一度の注文だけで50銅貨前後と膨れた。


「明日は休暇にしよう」


突如エナキが真剣な表情をしたと思った矢先だった。ケンジはあんぐり口をあけた。


「はぁ? 正気かよ、エナキ」


ミキジロウがケンジの代弁をしてエナキに聞く。でも、表情からしてエナキは本気だった。よく冗談を言って人を揶揄い癖のあるエナキだからこそ、今が真面目に言っているのかそうでないのか分かりやすい。癖毛の前髪を弄りながら話すのはエナキの癖で、こういう時は大抵考えながら話している。


「おい、俺を気遣ってって言うんだったらソイツはなしだぜぇ、エナキ。傷は浅いし、特に問題はなさそうだ。今日はたまたま油断しちまったけどよぉ、次はこうは行かねぇよ。あんなイヌ野郎なんて、片っ端からぶち呑めてやんよ」


「いいね、ミキジー。気合い入りまくってんじゃん」


「あたぼーよ、モモカちゃん。なんたって俺様、あぁ〜がんじょうだけが取り柄なんだぜぇ!」


「よっ、ミキジー!」


力拳を見せつけるミキジロウに、エナキは目に入れてもいなそうだった。反応しているのはモモカだけだ。


「僕は正気さ。ここ最近は毎日森に行き、魔物と対峙して、帰ってきてを繰り返している。集中力も欠けているし、今日だってミキが怪我をして僕らは先に帰っている。それは事実だし、次は怪我をしない、という保証はどこにもないでしょ。そろそろ体を休めないと取り返しのつかないことになる」


瞬時、ミキジロウは不味そうな顔をした。そして怪我の足を摩ったのか、体が縮こまった。


「私もそれは賛成、もう何日も休んでいないもん。町の中でさえ、私たちよく知らないしさ。気晴らしに歩き回ってみたなーって思ってた」


すぐさまモモカも賛同した。事の成り行きに嘘だろ、とケンジは慌てた。


「エナキ」


「なんだい、ケンジ」


「なんだい? じゃなくて、お金はそうするんだよ…」


「なんとだってなるさ」


「なってないだろ、今日だって1銅貨と少ししかならなかったぞ。しかも、それ、俺の剣を直すのに使った、使っていいからって言ったから。しかも、結局は足らなくて自分のところから16銅貨もなくなった。もう、俺はあと20銅貨くらいしかない!」


我ながら酷い言葉の並べようだったと思う。でも、それでも、休むなんで考えられなかった。


「20銅貨もある」


何かが切れた、頭の中で。


「20銅貨、しかない!!!仮にあったと思ったとしてすり減っていく一方だ!このままいけば本当に俺たちは行き倒れる。武器も食糧も調達できない!!!」


ケンジはエナキを睨みつけた。しかし、エナキは動揺する素振りもない。


「そしたら、俺たち、本当に詰みだぞ...状況分かってんのか...。頼むから馬鹿なことは言わないでくれ」


シーンとする俺たちのテーブルを他所に他のテーブルは馬鹿みたい騒がしい。


しばらく放心状態だった。やがてエナキの手がゆっくりと伸び、軽く肩を叩かれた。座れ、という意味らしい。ここで初めてケンジはいつの間にか自分が席を立っていることに気がついた。よく見れば心配そうに見つめるモモカといつでも止めに入れるよう準備しているミキジロウが視界に入った。周りの人、店員や客、通行人までもわざわざ足を止めてケンジを見ている。


悪い、とケンジ椅子に座り直した。それも、椅子がひっくり返っていたから立て直した後で。


しばらくして、エナキが話し始めた。口調は変わらないどころか、ケンジに詫びる様子もない。それがケンジを余計にイライラさせる。


「今日さ、ミキを手当てした後、時間があったから町中を歩いたんだ。そしたらたまたま僕らと同じ境遇を持つ別のパーティがいてさ」


エナキの視線はケンジにも誰にでもなく、テーブル真ん中、蝋燭に向けられている気がする、とケンジは思った。テーブルの上の蝋燭はユラユラと風で揺れ、その度に光の届く範囲が変わり、変わらないエナキの表情を少しだけ変化させていく。


「陽が傾き始めたとはいえ、まだ全然明るかったしさ。彼らの様子も少し変だったから声をかけたんだ。今考えれば大した顔見知りでもなかったし、やめておけばよかったと後悔しているんだけどね…」


「あぁ? どういうことだよ。やめておけばよかったってよ。普通に話せばいいじゃんか」


「いや、そもそもそういう雰囲気じゃなかったんだ。雑談も交わせないくらい、彼らは絶望にいたんだ」


「...何があったの?」


モモカが恐れながら聞いた。ケンジも黙ってエナキを待った。エナキは全く同じ口調でこう告げた。


「死んだんだ、パーティの1人が」


「はぁ?!」「えっ?!」とミキジロウとモモカが声をあげる。ケンジも、声は出なかったものの驚愕だった。モモカがすぐにその話題に飛びつく。


「どこのパーティ? 私たちが知っている人?」


「それは知らないさ、流石に僕もここにいる全員の知人状況を把握しているわけではないからね。けど、リーダーの顔は知っているはずさ。ほら、いたでしょ? 最初の日の洞穴で皆に呼びかけていた眼鏡の奴さ」


ケンジにはなんとなく心当たりがあった。皆記憶喪失の中、1人の女だけ僅かに別の記憶があり、それを皆に共有しようとした奴か。ちなみにその女性、ミライとはしばらく会えていない。他の2人を見ても覚えがあったのか、知っているような反応だ。


「アイツかよ、なんかアイツリーダーになりたいっていうか皆を纏めたがるっていうか、言い方が上から目線でうざったい奴だよな?えっ、じゃあよ、アイツが死んだのか?」


「いや、彼は生きてたよ。生気がないくらい、落ち込んでいたけどね。亡くなったのは、そこの魔法使いらしい」


喉を潤すためか、エナキはジュースを飲み干した。ケンジも同じように飲み干した。

柑橘系のやや酸味のある味わいで、なんだか余計に喉が渇きそうだった。あんなにお腹が空いていたのに、もう食欲はどこかへと飛んでいってしまった。


「そもそも彼らがいた場所っていうのが教会の目の前だったんだ、僕は初めにどの建物か確認すべきだったよ。どうやらこの世界で人が死ぬと、教会に行って火葬する前に死体を清める必要があるらしい。でないと、アンデット系の魔物に生まれ変わる」


ヒッ、とモモカが悲鳴をあげる。


「…亡骸も見たよ、無惨ーーーいや、すまない。やめておくよ、食事が不味くなる」


見た、といったエナキだったが、平然として魚料理をつつき始めた。


「でも、基本的な応急手当ての魔法を教わったじゃないか。訓練の皆んなで。ソイツらは使わなかったってことか?」


訓練中、ケンジ達はごく基本的なスキルを学ばされた。各々の才能にあったスキルか魔法、ケンジでいうと剣技に覚えがあったから剣のスキルを一つ覚えさせられた。そして後は誰でも習得可能な必要最低限のスキルであり、そのうちの一つが負った怪我を治療できる『応急処置』というスキルであった。


人間の体には、もとい全ての生物には必ず魔力というものが体内に蓄積されている。魔法を使うにせよ・スキルを使うにせよこの己の魔力が最も重要であり、スキルの場合は体内の魔力の流し方を各々覚えることによって発動することができる。『応急処置』の場合は、心臓辺りに魔力を集めて、絶えず血を送っている血管に沿って負傷箇所に魔力を流すと作動する。これは案外難しくなく、日数がかかった人でも3日もあれば十分だった。


ケンジの問いにエナキは断言した。


「使えなかったんだ」


「...どういうことだよ。『応急処置』はみんな使えるだろ」


「僕が何を言いたいか。結論からいうと、体が資本だし、しっかり休息を取るべきだ。いいかい、どんなスキルにしても魔法にしてもそうだけど、使う度に消費するのは体内の魔力だ。その体内の魔力はしっかり食事をしたり、体を休めたりしないと蓄積されない」



「じゃあ、アイツらは体内の魔力がなくなってスキルが使えなかったってことか」


「そういうこと。今のままだと僕らも彼らの二の舞になると思わないかい、ケンジ」


ケンジはハッとした。そういうことだったのかと。もちろん、反論できなかった。心当たりもあった。確かにここ最近ケンジのスキルの発動は悪い。不発することもしばしばあった。


「ーーーただ」


とエナキは続けた。


「ケンジの言う通り、もう僕らの財産に余力がないのも事実だ」


エナキを見た。まるで悪巧みをした子供のようにニヤニヤと笑っていた。


「このまま今日まで見たく、そこらにいる野良の魔物を仕留め素材に変えて換金したとしても大したお金になりもしないことが分かった。ジリ貧だよ、こっちの命が燃え尽きるのが先だ」


「ーーーーだから、ここで大きく打って出よう」


ミキジロウは不適な笑みを浮かべ、モモカは顔からして楽しそうに聴いている。

エナキはある紙切れをバンっと机の上に叩きつけた。


「3日後、懸賞金の賭けられた魔物を僕たちは狩りに行く」


「報酬は5銀貨だ」



*************



ケンジ達が話しているその頃、教会から一つのランタンが空へと飛んだ。

白く、縦に長い円筒形の中に仄かな炎が、確かにそこにあった。ランタンは静かに、誰にも気づかれることなく、空へと昇っていく。屋根を超え、山脈を超え、雲を越えて。


そして炎は、消えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに最初は理由もわからず右往左往であれば興奮状態で感情も一旦置いとかれますよね。時間が経って状況が理解できるようになって泣き出したりと言うのはその通りだと思いました。
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