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生還したその燈

夢。


夢を見ていた気がする。気がする、というのは本当に見ていたのか見ていなかったのかはっきりと覚えていないからだ。実際ケンジは起きた後ぼんやりと忘れてしまう。


白と黒の世界だった。一つ筋の光を浴びるように、誰かが顔を隠すように蹲っている。それを傍観するようにケンジはいつの間にかその光の片隅、暗闇中に立っていた。女性、だろうか。結ばれていない白くて長い髪は床に垂れてしまっている。小柄な体だ、おそらく子供であろう。


『消えちゃった』


とその子が言った。それは誰かに向けて発言したわけではなく、ただの独り言だろうとケンジは思った。その一言だけでは分からない、何が消えてしまったのか。ケンジは尋ねようとしたが自分の口が塞がっていることに気がついた。いや、体も暗闇に同化するようで、本当に自分の体がこの場に存在しているか分からない。ただ、ケンジの意識だけがある。


ただ、ケンジが口を開こうとした努力が事は動き出した。その少女と表現できる存在が顔を上げたのだ。その顔に見覚えがあった。ケンジがこの世界に召喚された日に会ったベルバート家の王女に顔立ちが似ている…。あの時の王女。ベルバート・ヒスメリアは大人に近い体つきであったが、この子はやけに小さい。


『誰かいるの…?』


戸惑いが含まれた声だった。これは明らかにケンジを探している声だった。ケンジは必死で、自分はここにいる、と伝えようとした。しかし、体もないから何もできない。


やがて少女はがっかりしたように、再び自分の膝に顔を埋めた。嗚咽がこの空間にやけに大きく響き渡った。


『消えたら…灯せない』


その時、急に景色が一変した。大量の水が押し寄せ、少女とケンジを一瞬にして飲み込んだ。思わず目を瞑ったケンジだが、呼吸ができないわけではなく、まるで幻想を見ているかのように、水の中の世界に引き込まれた。少女の姿勢も変わらず、ケンジと共に水底へと引き込まれていく。


水底に辿り着いたが、深くもなく、浅くもなかった。上の水面はよく見える。ただ、ケンジはその底を見て、言葉を失った。大量の人間がそこにいた。まるで泥、石、水草の全てが人間に変わってしまったかのように、皆が横たわっている。ケンジと少女はその少し上に浮かんで、しばらくしてその人の上へと降り立った。


ケンジが降り立ったのは青年男性の上で、体には壊れかけの防具が装着されている。暗闇から出た為か、ケンジの体は薄く透けつつも体は確かにそこにあった。

ケンジが足で踏んだというのに、その男性は動かなかった。


『消えたら…自分からも灯せない…』


少女は大勢の中から、一人の人間の手を取った。その人間の手に力などまるで含まれなかった。少女が離すと、水を漂うようにしてまた水底へと戻った。誰一人として横たわったままだった。姿形は綺麗で、皆安らかそうに眠っているような表情だ。しかし、ケンジが思い浮かべた言葉は的確なのかもしれなかった。


―――死んでいる…


『あなたは、生きているよ』


『!』


いつの間にか、ケンジの目の前に少女がいた。薄くて消えてしまいそうなケンジの手を少女は両手で優しく包む。背丈はケンジの腰くらいの位置ほどである。水を泳ぐように白い髪がケンジの周りに集まる。包まれた手は仄かに暖かくて、そしてその暖かさがケンジの体へと蓄積されていく。包まれた手の熱に負けないくらい、やがてケンジの体は燃え上がったように熱くなる。


『消えなければ…いつでも灯せる』


少女は、微笑んだように、最後に軽く笑った。



―――灯してください



*********



ケンジが目を覚ましたのは、あの作戦から陽が2回ほど山脈から顔を出した後だった。運ばれている途中で気を失ってしまったのだと気づくのにしばらく時間がかかった。


「これは…」


教会の簡易ベッドで寝かされていたケンジは、起きてすぐ別の惨状を目の当たりにした。同じようなベッドに教会を埋め尽くすほどの大量の怪我人が転がっていた。

治療にあたる者は必死であり、ただどこか疲れたような表情をしながら、それでも死ぬ物狂いで治癒魔法をかけている。包帯や何やらの医療器具を持ち歩き回る人々は2日経った今となっても絶える様子はない。


その中には、顔に白い布が被さられてベッドごと外に運び込まれている人もいる。

見た時は思い浮かばなかったが、すぐに分かった。あのベッドにいる者はもう治療する必要がなくなったのだと…。


服も誰かが着せ替えてくれたのか、安物の布ではあったが変わっている。ケンジの体もそこまで汚れてもいない。


ケンジの装備していたものはベッドの横に置いてあった。防具は傷がついて使い物になりそうにない。愛用していた剣についてはベッドの下を探してもどこにもなく、無事と言えるのはザボ爺からもらった刀だけだ。


いまいち状況が掴めていないケンジに、王族の兵士だろうか。中年のやや太った男性がやってきた。手には何やら紙の束を持ち歩き、記せるようにと反対側の手にはペンが握られている。明らかに不機嫌な様子だった。ケンジの容態を聞くことなく、投げやりな感じで


「お前、所属は?」


と聞かれた。他に聞くことがあるのではないか、と思いながらケンジは答えた。


「燈です」


「はぁー…所属だ、燈は所属名じゃないだろ!…義勇兵だな。名は?」


「ケンジです…。あの、これ一体…?」


「見て分からんのか。生存者確認だよ、上層部が、誰が亡くなって誰が存命しているのか知りたがっているんだよ。だからこうして聞いて回っているのさ」


その紙に生存者リストが刻まれているのか、そう思った時にはケンジの手はその紙に伸びていた。ケンジはその紙を力任せに奪い取った。そして血眼になって読み始めた。


「お、おい!」


紙は、汗の手で握られていたのだろうか、ケンジが掴む前にくちゃくちゃになっていた。書かれていた文字も所々滲んでいたが、全く読めないわけではない。1番上の表紙は『王族:兵士』と書かれており、ある程度ページが捲れると『義勇兵』と記述されていた。おそらくこの義勇兵欄に燈である自分達が記述されているはずだとケンジは判断した。


「勝手に取るんじゃねぇ! まぁいい、どうせ見てもらうつもりだ。情報に誤りがあるなら教えてくれ。お前の仲間、知人、生きているのか亡くなったどうか教えてくれ。お前は最後のページだ」


必死で仲間の安否を探すケンジの耳にはほとんど届いていなかった。


流れるように読み漁っていく。ケンジの判断は間違っていなかった。まず目に入ったのが選抜パーティの名を見つけた。ダイゴ、ミライ、ティアは『生存』と書かれていて一安心する。細かい状態までメモ書きされており、ダイゴは肩をそれなりの負傷しているらしく、ミライとティアは魔力を消費過多と書かれている。いずれにせよ命に別状はなさそうだ。


そして何故か参加していなかった選抜パーティのリーダー格、コウガの名前もあり『行方不明』と書いてある。気になったが一旦後回しにした。


とにかく自分のパーティだ。エナキ、ミキジロウ、モモカ。しかし、見当たらない。代わりに見つけたのはタクマサの名前であった。『死亡』とだけ書かれている。ケンジは息を呑んだ、最後のタクマサの姿を思い出しながら。


―――タクマサ…


今思い返せば、あの闇に飲まれるタクマサの姿はかなり不気味だった。紫色のリングが彼の首を締め付け宙へと舞い、そしてゆっくりと漆黒の球体が彼の体を飲み込んだ。そしておそらく、体ごと爆散した…。


<<アッシュ・ベヒモス>>の戦闘で考えている余裕はなかったが、恐怖だ。ケンジの体に鳥肌が立った。


燈の欄は先ほどから『死亡』という文字が、まるで当たり前であるかのようにずらりと並んでいる。これだけケンジが読んでいるというのに選抜パーティの3人くらいだった、『生存』と書かれているのは。それがよりケンジを焦らせる。


ケンジが自身のパーティを見つけたのは最後のページであった。最終ページに近づけば近づくほど、備考欄に書かれていることが多く、エナキ達はそこに該当した。ケンジを含め、そこにはこう記述されていた。



―――――――


ケンジ、生存確認。意識もしっかりある模様。


ミキジロウ、例の事件で意識不明の重体。

右腕の負傷激しい。


エナキ、例の事件で生息不明。最終目撃、鉱山作戦実行場所。

生存見込みなし。


――――――――


「はぁ…はぁ…」


気がついたら、ケンジの呼吸は乱れていた。


「おい、紙を落とすんじゃないよ!汚れるだろ!」


信じられなかった。でも現実だ。特にケンジの目の裏に残っていたのは、最後のエナキの姿だった。短剣に竜巻を纏っていた、あれは隠し持っていたスキルだろうか。いずれにせよ、めんどくさがり屋とは思えない、あれは紛れもなくエナキの全力を出し切った姿だった。そして、ケンジの向こう側にいるエナキを引き離すように、太い大剣が降りて、ケンジとエナキを隔てた。さらに、岩が落ちて道すら断たれる…。


あれは夢じゃない。ここに書かれていることは紛れもない事実であり、ミキジロウは意識不明の重体、モモカに関しては名前すらない。いくらページを捲っても見つからない。きっと行方不明で兵士側も未だ存在すら把握されていないのだ、とケンジは思った。


「まったく…で? 何か違うところはあったか?上はなるべく詳細に知りたがっているんだが、明日の夜にまとめ上げろとか、正直この人数の多さだ。無理がーーーっておい!どこ行くんだ!」


「俺のパーティにモモカっていう子がいるんです!リストに付け加えてください!!」


それだけ伝えて、ケンジは走り出していた。刀だけ握りしめ、皆を探しに。


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