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最下層で生き延び続ける燈たち

ケンジが何故<<アッシュ・ベヒモス>>と戦闘を繰り広げているという話はタクマサが闇に飲まれ、爆発してしまったところまで戻る。爆発直前、おそらくタクマサが使役していたと思われる鳥の魔物にケンジは上空へと連れ去られた。それは自分をあの場所から逃したかったからだとケンジは思っている。最後の最後でタクマサはケンジを助けてくれたのだ。


上空へと逃げたものの、おそらくは既に魔の手が伸びていたのだろう。別の箇所でも同じような爆発があり、ケンジとその魔物は爆風に巻き込まれて下まで落ちてしまった。


なすがされるままに落下したケンジだが、なんとか着地を成功した。というのもタクマサの鳥がケンジを受け止めてくれたのだ。ケンジが無事だったのを確認すると、主人を心配しているのか、そのまま飛び去っていった。その姿を勇ましいと思ったのも束の間、目の前に現れたのは聳え立つほどの大きな魔物であった。<<アッシュ・ベヒモス>>だった。攻撃の雨が止むのをじっと待っていたかのように、魔物は静かに<<魔障壁>>を解いていく。


次はこっちの番だと言わんばかりに、右手に保持していた石柱のような大剣を振り回し、そして火を吹き始めた。何が起きたかは把握できていなく、まだ呆然と突っ立っていた兵士が一瞬にして吹き飛ばされ、そして焼かれた。


場は混乱と化し、乱された隊はその場で生き残っている者で大雑把に組み直された。ケンジはその一員として一つのパーティに編成された。断るわけにもいかず、<<アッシュ・ベヒモス>>との戦闘を余儀なくされて、今現在に至る。



「はぁ…はぁ…倒れねぇ」


ケンジは嘆いた。当初のパーティ人数は8人ほどであった。しかし、今はもう2人しか残っていない。1人目はあの大剣によって胴体を半分に切られて飛んでいった。2人目は吐かれた炎に飲み込まれてしまい、なんとか皆で引っ張り出したものの火傷が酷すぎて戦闘離脱を余儀なくされた。3人目は逃げ出した。その後は数えていない…逃げたか…逸れたか…それとも。



ケンジが前衛で立ち続けてかなり時間が経つ。ダイゴとの鍛錬が実を結んでいるおかげで、まだなんとか持ち堪えることができている。もうかれこれ何度攻撃したことか覚えていない。<<細雨>>を何度から打ち込み、足から崩そうとするも一向に倒れる気配がない。


―――…


あの例の声はもうどこにも聞こえない。


「ケンジ君!」


「…マナブさん」


ケンジと同じパーティに編成されたマナブだった。同じように爆風に巻き込まれて不幸にもこの最前線まで吹き飛ばされてしまったらしい。かけていたそのメガネのヒビだらけで、一部欠け落ちてしまっている。服は燃やされたのか、肩がはだけて露出している。


かなり満身創痍だ。他の兵士も燈もそうだった。もっとも今ここで立ち上がっている者だけの話だが…。


ケンジは内ポケットに手を伸ばした。ミキジロウのためにとポケットに忍ばせていた回復薬も全て使い切ってしまっていた。


ーーーミキ、みんな…無事だろうな...。


「やはり、剣を振るった後に隙ができる。そこをひたすらついていくしかない!」


まずは<<アッシュ・ベヒモス>>の足元から崩す、という作戦を掲げて先ほどから皆で足を狙って攻撃している。が、一向に倒れる気配が見られないし想像もつかない…。


「くるぞ!炎を吹くぞ!!!」


誰かの叫び声が聞こえて、ケンジとマナブは後ろへと大きく下がった。二足歩行から四つん這いになった体勢は<<アッシュ・ベヒモス>>が火を吹く前兆だった。ケンジ達はそのまま大きな岩を盾にした。周りに撒き散らすように吐く炎は、岩でさえ赤く染め上げるほどの火力だ。巻き込まれれば一溜まりもない。


「はぁ…ぜぇ…」


何かが焦げたような異様な臭い。何より周りの煙が空気をさらに薄くし、ケンジの呼吸を妨げる。そして、熱。ケンジから流れ落ちる汗は尋常ではない。


不意にケンジに目眩が襲った。思わず膝をついた。剣を杖にして、なんとか倒れず耐えようとする。視界はどっちが上か下か判断がつかなくなるほど回転している。


「ケンジ君、しっかりしろ!」


薄らと見える視界の中で、吐かれた炎に巻き込まれた、今度は王族の兵士が包まれた。灼熱の中、黒い影だけが踠き、足掻き、やがて地面へと倒れていく。


次にああなるのは自分かもしれない。それが恐怖となり、かろうじてケンジの意識を保ち続けている。そんなことも何度も頭をよぎっている。


「アマテラスよ…光の恵みをここに降ろし、癒しの奇跡を起こしたまえ…<<キュア>>!」


心地よい空気に包まれた。まるで重りがつけられていたケンジの体が、徐々に軽いものとなってくる。目眩も止まる。


「ありがとうございます…」


「気にするな。これが僕の仕事だ」


マナブは光属性で回復魔法に長けていた。しかし、接近戦はからっきしだからこそケンジが盾役を買ってでた。瞬時で結成されたパーティだが、コンビネーションは単純で編成バランスも取れている。


「それにしてもこの状況は…」


好転はしない。最初の統率力は失われており、皆が皆自分の身を守るので精一杯となってしまっている。撤退したいところでもあるが、近くの出入り口は魔物が溢れるように入り込んできてそれもいい作戦とは思えない。<<アッシュ・ベヒモス>>の後ろにある道、洞窟の奥へと繋がる道に逃げるのも手だが、正直その後生き残れるとも思えない。何せ、ケンジ達は水一滴すら持ち合わせていない。


「うわぁぁぁぁぁ!」


別の方向からの叫び声だった。後方で一際大きな悲鳴が上がったのだ。みると一際大きな四足歩行の魔物が人に噛み付いている。助けにいきたいケンジだが、そんな余力はない。


ここは2部体に分かれていた。一つは流れ込んできた魔物を対峙する部隊。もう一つはアッシュ・ベヒモスと対峙する部隊。それを指揮してくれたのはマナブだった。指揮官だったドーバンの姿はどこにもなく、王族側の兵士には誰一人指示を出せるような人間はいなかった。


その即席で編成された後方部隊も既に崩れかけ始めている。これでも善戦している方だ。ただ、目の前の倒れぬ敵と何度も湧き出てくる敵にケンジ達は防戦する一方だ。



そしてケンジは口には出していないが、気づいていた。このマナブという男もかなり限界が近いのだ、と。近くでよく見れば彼の体は傷だらけだ。ケンジが攻撃して目を離す隙に傷が増えていく。先ほどはなかったから、おそらくケンジが戦っている間に別の魔物とも戦っているのかもしれない。


「グぉぉぉ」


「!ごめんなさい!」


ケンジはマナトの服を引っ張り、地面へと伏せさせた。そして、ナイフのように鋭利な爪に対して剣で応戦した。爪は硬く、剣と接触しても傷一つつくどころか、金属音のような音が聞こえた。



体長がケンジの3倍ほどある。茶色の毛を生やし、胴体は丸太のように太い。


ケンジは魔物を観察した。少なくとも洞窟に住むような魔物ではなかった。なんとか競り勝ち、押し返したところで<<スラッシュ>>を打ち込んだ。目の前の魔物を切り刻んでなんとか倒した。


「マナブさーー!」


マナブの方に体を向けようとした時だ。視界に自分に迫ってくるものがあり、ケンジは反射的に剣を前に突き出した。


「ケンジ君!!」


別の魔物、アンデット系だった。生前前に装備していたのだろう、錆びついて刃こぼれした斧を振り回し、ケンジの頭を吹き飛ばそうと狙っていたのだ。剣を出すのがあと少しでも遅ければケンジの頭は体から離れて転がっていってしまったかもしれない。


「くそぉ!」


マナブが装備していたメイスで魔物を殴った。だが、アンデット系の頑丈さは異常だ。聖水といった有効打があれば簡単に討伐できるものの、持ち合わせていないと動かなくなるまで攻撃し続ければならない。


案の定、マナブに一撃では足りなかった。ケンジは自分がなんとかしない、と奥歯をありったけ噛み締めより力を込め直した。今使った<<スラッシュ>>をもう一度放つには、しばらく時間がかかる。ケンジの1番強力なスキルである<<細雨>>はアッシュ・ベヒモスにとっておきたい。


マナブもメイスで殴り続け、必死に魔物をケンジから引き離そうとする。しかしびくともしない。



これはやばい、とケンジは死期を予感した。このまま動かず戦い続けていたら格好の餌食だ。もうヤケクソになるしかなかった。ヤケクソになってでもこの状況から抜け出す必要があった。最後の力を込めて、さらに乱暴にスキル脈に魔力を流し込んだ。


「おぉぉぉ!」


その時、不思議なことが起こった。目の前の魔物が軽々しくもケンジの目の前から吹き飛んでいったのだ。力を入れすぎた余り、ケンジは地面へと倒れ込んだ。


最初は自分の力でやったのかケンジは錯覚した。それは間違いであった。明らかに突発的な暴風みたいなものがケンジの目の前で炸裂し、アンデット系の魔物を吹き飛ばしていったのだ。


倒れ込んだケンジの目の前に靴が現れ、そして手が差し伸べられた。ケンジは顔を上げた。


「なんだ。元気そうじゃん」


エナキが目の前に立っていた。

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