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地獄へと叩き落とされる燈たち


フードを捲って顔を見た時、何も言うことができず、ケンジは思わず剣先を相手から外してしまった。衝撃だった。相手も同じだったようで、ケンジは何も被っていないから初めから分かっていただろうが、今も体を震わせ泣き出しそうな表情でケンジを見つめている。


「タクマサ…お、お前…」


ケンジの唇は震えていた。


―――嘘だろ…


タクマサだった。フードの中身はタクマサだったのだ。召喚されてからこの世界でケンジが一番初めに声をかけた相手であり、キラーモント討伐前は山菜粥を分け与えてくれたあのタクマサだ。今は痩せ細っていて当時の面影はほとんどない。けれど、見間違えるほど変わっているわけではない。そのタクマサが、ケンジには目の前でひどく怯えて、咄嗟もローブから取り出した短剣を構えながら震えている。


「終わりだ。ミキジロウのところの奴だ、敵うわけがない…」


同時に、他の奴らもフードを取り始めた。ケンジにはある程度予想できていたが、想定通り、タクマサのパーティだった。宿舎でタクマサがケンジに話しかけてきた時、後ろにいたあの2人だ。


「タクマサ…なんで、お前がこんなことを…」


想定外だった。少なくともあの優しかったタクマサがまさかこの場にいるなんて思いもしなかった。認めたくはない。しかし、もう紛れもない事実だ。タクマサがこの作戦を台無しして、皆を殺そうとしていた…。そう考えるだけで、何よりもケンジの心を痛める。


「…違うんだ」


喉から搾り出して声を出すタクマサにさらにケンジは混乱した。けれど、段々と状況を飲み込めてきた。


「違うって…何が違うんだよ…タクマサ。何をしようとしてたんだよ…?」


「…違うんだよ」


「何をしようとしてたかって聞いてんだよ!!!」


やり場のない気持ちをぶつけるようにケンジはタクマサの胸倉を掴んで問いただした。短剣は手で奪い取り、明後日の方向にぶん投げた。そして、彼の体を強く揺った。


「その扉を燃やしたら、魔物が入ってくるんだよな?!」


「…」


もちろん、この間に他の2人の警戒もケンジは怠っていない。残りの2人はこちらを見て地面へと座ったままだった。援軍を呼びたいが、いかんせんここは皆がいる箇所から少し離れている。


「そうだよな!!」


「…うぁ…」


「魔物が入ってきて、みんなはどうなんだよ?!」


「…うぁぁぁ!」


唸り声をあげタクマサは頭を抱える。やがて、タクマサの首が力をなくしたように前に倒れ、後ろに下がった。頷いたのだ。


「お前は…それで…皆を殺そうとしたのか…?」


「…ぁぁぁ」


「俺たちも、燈も殺そうとしたのか?!」


「…ぁ」


否定はされなかった。となると、ケンジの次の言葉は決まっていた。


「燈を殺したのも…お前らなのか…?」


タクマサの体が一瞬、動いた。悔しそうに奥歯を噛み締め、何か言いたいような顔であった。しかし、すぐに引っ込んだ。


遠くで破裂音が聞こえる中、確かに先ほどと同じようにタクマサの首が動いた。認めたのだ。その瞬間、ケンジの体は凍ったように冷え切った。暑さでダラダラと流れ落ちている汗が別の意味を持って身体中から吹き出し始めた。



あっさりだった。実に、あっさりだった。あっさりと肯定するタクマサにケンジはますます自分がどうしたらいいのか分からなくなった。


ダイゴと追った殺人鬼が目の前にいる。ケンジが胸倉を掴んでいる。この目の前にいる人が殺人犯だった…しかも知人…という事実に気持ちが追いついてこない。


「タクマサ…」


パーティの1人が項垂れながら呟いた。先ほどの魔法使いだった。魔法を発動すれば体外に魔力を出力するはずがある。故に発動すればケンジはすぐ気がつく事ができる。


目の前に集中しているケンジだが、裏でもこの後のことを必死になって考えている。誰かに引き渡すべきだろうか。いや、ここに人気はなくタクマサ達から目を離すのは逃げられる可能性や再び扉を壊される可能性がある。しかし、このまま3人を1人で見張り続けるのは無理だ。集中力が持たない。


ケンジが1番期待しているのは、エナキ達がケンジを探しにここまでやって来てくれる事だ。問題はこの場所を見つけられるかどうか。谷底のように岩が左右に積み上がっているため、燈や兵士がいる方からは死角となってしまっている。


「どうしてそんなことするんだ…。どうしてそんなことしたんだよ!」


「…」


「タクマサ、前に山菜粥分けてくれただろ…。俺が一人で朝飯用意してた時にわざわざ声をかけてくれたよな?


「…」


「なんでそんな優しいお前が、こんなことを…こんなことできるんだよ…なんで人なんか殺せるんだよ」


ケンジはタクマサの体を引っ張った。まるで気絶したように、まるで死んでしまったように、彼の体の力は抜けきっていた。反面、ケンジには煮えたぎるような怒りが込み上げてくる。


「どうしてそんなことできるんだよ…」


「…」


「俺たちは…燈は仲間じゃないのかよ…!!!どうして殺せるんだよ!!!」


「…っ」


「タクマサ!!!」


「…っっ!」


タクマサは何か言いそうだった。もう喉の手前まで出かかっているのがケンジにも見て取れた。しかし、中々話してくれない。前髪で目を隠しているタクマサの頬には涙の跡があちらこちらにあった。依然力が全く入っていないタクマサの胸倉から手を離すと、彼はそのまま地面へと倒れた。倒れたまま静かに泣いている…。


「仕方なかったんだ…」


誰が呟いた声かも分からないほどの小さな声だった。


「こうするしかなかったんだ…」


そこまでタクマサが呟いて、急に隣の奴が、ケンジの鼓膜を破るように叫んだ。


「やめろ、タクマサ!それ以上は…何も言うな!話したら死ぬぞ!!!」


「?!」


ケンジはまだ追いついていない。しかし、確かにそう言った。話したら殺されるぞ、と。誰に。この場所には4人しかいないはずだ。一体誰に…。



―――悪い子がいるようだ…



その声は頭の中でポツンと響いた。確かにケンジの頭の中で響いたのだ。ここにいる誰の声色ではない。思わず周囲を見回したが新手はどこにも見当たらない。その時、ケンジは目の前にいるタクマサから目を離していた。だから、紫色のリングがタクマサの首を絞め、彼が苦しむ声を上げるまで気づかなかった。


「くぁぁ…」


「タクマサ!」


「ケ…ンジ君…」


タクマサの体が、そのリングに持ち上げらえるようにして、首を絞められたまま宙へと浮いていく。



―――悪い子が、いるようだ…



またあの声が頭の中でなった。誰なんだ、とケンジは必死に自身の記憶を探った。


この時、ケンジが周りの警戒を怠っていたのは言うまでもない。突然、ケンジの体に衝撃が加わり、吹き飛ばされた。しゃがみ込んでいた魔法使いが何かしらの魔法を放ったんだろう、そのままケンジは扉から離れたところまで戻される。


幸い目立った外傷はない。初級の魔法だったのか、ケンジは自分が単純に吹き飛ばされただけだと判断した。しかし、彼らまでの距離が結構できてしまった。ケンジはすぐさま彼らの場所へと戻ろうとした。



「タクマサ、この馬鹿野郎が!死にたいのか!!!生きるって決めてここまできたんだ、もうやるしかないだろ!!!」



仲間の1人がそう叫んでいる。それを塗り潰そうな形でタクマサは叫んでいる。喉元を締め付けられているはずなのにその声量は劣っていなかった。


「仕方なかったんだよ、ケンジ!僕らは脅されていたんだ!こうでもしないと殺されてしまうんだよ!!」


まだタクマサまで距離があった。ケンジは懸命になってタクマサを救おうとした。


「殺されるって…お前らは脅されているのか?!!」


それがタクマサとの最後の会話になってしまった。途端、タクマサの体が徐々に光出したのだ。ドス黒い闇のような光だ。それはスキルや魔法を発動したのとは違うというのはケンジでもすぐに分かった。その光に飲まれるようにして、タクマサの体は沈んでいく。


「トニー!!!ケンジを!!!」


タクマサは天に向かってこう叫んだ。そのすぐ後、ケンジは横から別の衝撃を受けた。衝撃だったが、正確には攻撃ではない。掴まれたのだ。そして掴まれたまま足が地面から離れた。


横を見るとケンジの3倍以上ある大きな鳥がケンジの体を鷲掴みにしている。


『ぼくもなんです、ぼくも...何も覚えていなくて...。覚えているのは、名前と...年と...鳥類と話せるのと...それくらいしか...』


出会った時にタクマサが話していたことをケンジは思い出した。おどおどして怖がったように震えていた彼が、そのタクマサは、今、闇の中へと完璧に消えていた。


「タクマサ!!!」


どんどんケンジは地面から離れ、タクマサと離れていく。ケンジはジタバタ暴れるも鳥は逃してくれそうにない。タクマサを吸い込んだ闇の球体はフヨフヨと扉を舞い、扉に辿り着いたところで発光した。そして、爆発した。仲間の2人も巻き添えにして…。


「タクマサァァアア!!!」


ケンジは気づいていなかった。この時に起きた爆発は一つではなかったのだ。大砲のある木道にも爆発が起こっていた。壮大な爆発音に皆の悲鳴が交わった。その爆風がケンジとケンジを掴んでいる鳥に直撃した。


何が起きたか分からないまま1人と1羽はあっという間に熱風に包まれ、鳥はバランスを崩してケンジを掴んだまま墜落していく。あろうことか、この場所の最下層を目指して、地面へと落ちていく。


―――さぁ、フィナーレだ


あの声が、また頭の中に響いた。

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