地獄の入り口に立つ燈たち
戦況は変わることなく、膠着状態となっていた。
ケンジ達人間側は砲撃・魔法の攻撃の手を緩めぬよう忙しなく動いている。対する<<アッシュ・ベヒモス>>はその場にじっと固まり、ひたすらバリア(エナキ曰く<<魔障壁>>と呼ばれる防御魔法)を貼り続けている。
当然、その<<魔障壁>>を使用し続けることは魔力を消費していることになる。加えて、この砲撃を耐えるほどの厚い障壁を張り続けるということはかなりの魔力を消費しているに違いない、というのが兵士の判断であった。ケンジ達側の狙いとしては<<アッシュ・ベヒモス>>の魔力切れであり、魔物側は人間側の砲弾・魔力切れを狙っていることだろう。この状況がかなりの時間続いている。
「手を休めるな、打てー!打てー!」
兵士達が木道を駆け回って、ケンジ達に大砲部隊に呼びかける。まさかここまで長期戦となるとは思わず、多くの大砲に派遣された燈や兵士が魔石を取りに行く羽目になっている。木道は、道幅を狭く作ってしまったことが仇となり、通路はしばらく多くの人で溢れかえった。人の行き来の悪さがしばしば顕著した。
ケンジ達は早めに数を揃えていたこともあって、ちょうど取りに行くタイミングがずれてそこまで影響を受けなかった。それもエナキのおかげだった。
「詰めたぞ!」
「はいよ、ミキ」
「任せろよぉ、おぉぉぉぉ!」
大砲がドンっという重い音を上げて、ケンジ達の体を振動させる。弾が飛んで行き、魔障壁へと当たる。障壁は揺らぐこともなく一向に壊れる気配がなかった。
エナキの大砲の命中率はかなり正確で9割くらいで魔物へと当たっている。ケンジが魔石を詰め、エナキが狙いを定める。そして狙いが定まったところでミキジロウが自身の魔力を大砲へと流して発射する。この連携をかれこれもう何百回と言っても過言でないほど繰り返しているが、状況は未だ好転しない。
「くそーっ!全然アイツのバリア剥がれないじゃないかよ!」
「本当に魔力が切れるのか…?」
滝のように流れる汗をケンジは拭った。人の熱、魔物の熱、大砲の熱がこの空間の温度を上げている。ケンジだけでなくエナキもミキジロウも汗だくとなっていた。
「おぉい、もう俺の魔力だって持つわけじゃないぞぉ。よくてあと数発だ…はぁ…はぁ…」
そうだ、とケンジは気がついた。射撃するためには魔力を込めなければならない。ミキジロウの魔力切れだって考慮しないといけないだろう。同時にケンジ達の上の魔法部隊はどうなっているか分からない。しかし、上を飛んで行く魔法の数々は攻撃開始と比べて明らかに減っている。魔物側の魔力切れでなく、こちらの方が先に魔力切れ・弾切れに陥りそうな予感がした。
「とにかく今は足止めできているだけ善戦と思うしかない。あとは上が考えてくれるさ。ケンジ、次は魔石と回復薬取ってきて。ミキの魔力を回復させる必要がある」
「あぁ!」
「ミキ、休む」
「そうさせてくれぇ」
ケンジは何度か歩いた木道へと戻った。ちょうど人が少ない時で、幸いにも道は空いていた。通り過ぎる大砲と配置された人はケンジ達と同じように汗をかき、疲労してきているのが分かる。鳴り響く爆音の中、木道から降りて砂利道へと入り、すぐに魔石が置いてある場所へとケンジは辿り着いた。
魔石は木箱の中にあり、ある程度の間隔があって置かれている。万が一誤って爆発してしまった場合、全て誘爆して失わないようにわざと距離を取ったと兵士は説明していた。
不思議なことにほとんど人がいなかった。ケンジと同じように木箱を取りにきた燈らしき人だけだ。本来なら木箱を受け渡してくれる兵士がいるはずなのだが、出払っているのか立ってもいなかった。
変だな、と思いつつもケンジは木箱を取った。近くに瓶に入った回復薬はポケットに入れた。実際の値段は知らないが、少なくともケンジの手には届かないほどかなり高価なものであるらしい。今攻撃の手を緩めるわけにはいかなかったというのは確かにケンジの念頭にもあった。ケンジは急いで戻ろうとした。
しかし。
この時、誰もが<<アッシュ・ベヒモス>>を倒すことに全力を注いでいるはずだった。だから木道に戻ろうとしたケンジが視界に捉えた、ローブを被った複数名が大砲へと続く木道ではなく、木道の脇に逸れて、その下を潜って進んで行ったのがやけに目に付いた。
思わずケンジは立ち止まって、しばらく考えた。木道の下の道から大砲へと向かう必要はなかった。むしろ大量の岩が転がり足元が悪くて通りにくい。だから足場を用意したはずだ。道は別に今は混んでいるわけでもない。迂回する必要はないはずだ…。迂回することになるのかも怪しい。
いや、そもそも、とケンジは思った。何故ローブを被る必要があるのだろうか。この場において顔を隠す必要なんて…。
嫌な予感がした。
ケンジはその場に木箱をおき、すぐさま後を追った。一瞬、エナキやミキジロウ、もしくはどこかで戦っているダイゴと合流した方がいいと考えたが、時間はなさそうだった。そんなことをしていては彼らを見失ってしまう。
「足元悪い…!」
木道の下は想像以上に岩がゴロゴロと転がっていた。そしてやけに薄暗い。彼らが進む先には、時には斜面を急なところもあり、ケンジも慎重に降りていく。
この間も爆撃は続いている。あちらこちらで大砲から魔石が放たれる爆発音が鳴り止むことはなく、砲撃の光でたまに一瞬の光がケンジの顔を強く照らす。
下の方ではまだ魔物は<<魔障壁>>を貼り耐え続けている。まだしばらくは膠着状態が続くだろうと思い、ケンジは気づかれぬように先を急いだ。エナキ達も帰りを待っているはずだ。
目の前で数人、いや、3人が、時折上を歩く足音に怯えながら岩陰に身を隠し、身を低くしてさらに奥へと下るように進んでいく。降りて行くにつれさらに薄暗くなり、一瞬の明かりが辺りを照らすも、フードも被っているので顔まで分かるのは困難だろうと思った。顔を見て引き返すのも得策なのではないかと考えていたのだが…。
やがて、彼らは大きな木の板の前で止まった。それを確認してケンジは岩陰に隠れた。扉の下にはちょうどランプがあり、彼らの周りは明かりがあった。つまり、彼らの顔と彼らがこれから何をやろうとするのか目撃できる絶好の機会だ。
その扉にケンジは心当たりがあった。あれはここらに魔物がこの空間にやってこないように即席で設置した扉の1つに違いない、と。感覚的な話だが、あの扉の奥には魔物の気配をなんとなく感じている。
扉はケンジが今まで見てきたものよりも一際大きい。それがさらに不吉な予感を醸し出している。夥しいほどの魔物が扉の外側にいるのではないか…。
―――何をする気だ…。
そもそもこの場所に兵士一人もいないということだって不思議だった。辺りは木箱や毛布やらが置いてあるものの、ローブの3人以外見当たらない。
彼らは何者だろうか。僅かにローブと靴の間から覗かせている肌色で人間であるということは分かる。背中には杖を、槍を背負っているものが1人ずつ。残りの1人は手ぶらであるが、多分短剣辺りだろうとケンジは予測する。ローブの下に隠せるほどの小さな武器であるのは間違いない。しかし、この場所に来て何をする気なのだろうか。
体格的に槍の奴はケンジよりも背丈があり、残り2人は小柄だ。戦闘避けたいが、仮に襲われでもすれば槍の奴に力負けしそうだ。
彼らはまずその板に手をかけ始めた。叩いたりして、まるでこれから破壊するために強度を確認しているように。そして唐突に、
木の板に火をつけた。
「なっ!!!」
魔法で扉を燃やし始めたのだ。小さい火だが、扉がパキパキと割れるような音が聞こえ始めた。燃えているのだ。そこから展開はすぐに想像ができた。もし扉が燃え、壊れてしまえば外から魔物が入ってくる。先ほどの考えたように扉の大きさからかなり数の魔物が外側にいるのではないだろうか。そんな大量の魔物がこの作戦場所に入ってきてしまったら…大惨事となるに違いない。
ケンジは思わず飛び出していた。
一刻も早く火を消す必要がある。今ならまだ間に合う。
戦闘には慎重な部分があり、何より人との戦闘を好ましくないと思っていたケンジだったが、この時には自身の正義感が強く、体を動かしていた。ケンジの砂利を踏む音で、相手もすぐに気づいた。
3人。
しかも、人が相手。殺す必要はない。取り押さえればいいのだ。走りながらケンジは自分に言い聞かせた。手を剣へと伸ばしていく。というのも、相手も躊躇がなかったのだ。魔法、そして槍がケンジに向けられていて、ケンジが情けをかける道がほぼ絶たれた。
まずケンジは魔法使いを狙った。魔法は威力が高いし、こちらを不利な状態にしてくる可能性があった。槍使いも恐れていたが、魔法の方が強い一撃を喰らいそうで怖かった。
「はぁ!」
槍使いの突きを剣で弾き、さらにケンジは魔法使いへと接近した。短剣を使うと思われる者は脚がすくんでいるのか動いてこなかった。好都合だ。ケンジは魔力を流し始める。
「<<細雨>>!」
握られていた杖をスキルで切断した。思わずのけぞった魔法使いにダイゴがよくやっていたように蹴りを入れて地面へと倒した。
「おぉぉ!」
「!!」
キィン、と金属音が鳴り響いた。ケンジの剣と槍がぶつかり合ったのだ。
槍使いがケンジを仕留めようと何度も突いてくる。それをケンジは剣で弾き返し続けた。正直、突きの速度はかなり遅かった。これはケンジの読み通りで、岩場を下るところでもたついているのが目に入っていた。故にそこまでの実力者ではないのだろうと予想していたのだ。
ましてやダイゴの方が数段も上だった。ダイゴの剣の振りは目で追えない。槍で心臓を狙われている中で、ケンジはこの時初めて自身が大幅に成長しているのかもしれないと思った。
余裕があった。思いっきり下から掬い上げるように剣を振るった。
「あっ!」
下からの衝撃に耐えきれず槍は主人からの手元を離れ、宙を舞った。そのまま4人からかなり離れたところで地面に深く刺さった。ケンジが剣先を喉元辺りに突きつけると槍使いは尻餅をつき、両手をあげた。
残るは短剣使いだったが、未だに短剣を出すどころか体が震えてしゃがみ込んでいた。それを確認してケンジはまず火を消しにかかった。偶然にも支給された毛布が落ちていて、叩いたり、被せるなどして火を消した。
ケンジは彼らの方を向いた。どうやらケンジが一生懸命に火を消すのをただ眺めていたらしい。向き合った瞬間、彼らが竦んだのがローブの上からでもよく分かった。
「ここで何をしようとしていたんだ?」
誰も答えない。ケンジは剣の柄に手をかけた。
「どうして扉に火をつけたんだ?答えろ!」
同じだった。ローブを被ったまま俯くだけで何も言おうとしない。この間にも戦闘は続いているというのに…。
焦ったいと思ったケンジは1人に近寄って剣先を再び向けた。恐怖のあまり地べたに座り込んでいた奴で、そいつの問答構わず剣先でフードを持ち上げた。
「っ」
それが顔を晒すきっかけとなった。顔晒された奴は短く声を上げた。
そして。
ケンジはその顔を知っていた。




