作戦開始場所へと向かう燈たち
エクリュ・ミエーランの地に召喚され、144日目。
早朝に今いる燈が宿舎の中庭に揃った。他の街に行った燈も召集がかかったらしく、召喚された全員が今回の討伐に挑むことになるらしい。
各々が各々の所属するパーティで朝を迎えた。誰一人と会話を楽しむ者はいなかった。同じ燈という仲間なのにも関わらず、隣に並んでも無言で朝食を作る。火を焚いて、専用のナイフで食材を切り、淡々と。
各パーティで違う飯を作っていき、その完成品にはまさにパーティの力量を物語っている。繰り返すが同じ仲間であるはずなのに、ものを分け合うこともない。作ったものを押し込むように胃へと流し込む。
やがて朝日が現れ、燈達を照らし始めた。それが合図となり皆が支度を始める。部屋へと戻り、防具や武器を装備し始める。鉄の鎧と鎧がぶつかり合う音が宿舎を異様なほどにまで包み込んだ。
王族の兵士達が宿舎へとやってきて、燈達を引き連れた。そのまま列をなし、街へと降りていく。
その行列を、街の人は向かい入れた。霧の中、そこまで盛り上がりを見せない、静かな歓声の中、王族の兵士と燈達は手を振ることもなく、黙々と歩いた。
やがて門へと辿り着き、壊れかけの扉は軋むような音を立てながら開いた。
それがケンジの覚えている朝の記憶だ。
そして大半の者がここに戻って来ない。
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この数日、ドーバンを筆頭に、燈たちに宿舎の中庭でかなり念入りに説明が行われた。
ミエーランの近く山脈は当時、火山であった。かなりに昔だが探鉱として有名となり、それをきっかけにこの街が生み出されたらしい。故に人が掘り進んだ人口の洞窟。溶岩の空洞によって形成された自然の洞窟の2つ種類、そのどちらもかなりの幅があるという。今でも一部の人間で人気があり、通路は管理されているらしいのだが普通に魔物は出てくるという。そんなところに行く奴の気持ちが分からないとケンジが呟くと、
『ケンジ、お前はロマンを知らない』
というミキジロウと、
『お金になるからでしょ?』
とエナキ。言うまでもなく、ケンジはミキジロウの話を無視した。
中でも魔力を溜め込んだり、魔法を閉じ込めて発動できたりする『魔石』はかなりの頻度で見つかりやすい。これが相当貴重で、他の地域でも手に入るがミエーランの魔石は良質なものが多く発見される。ふと、燈も義勇兵を辞めて魔石発掘で生計を立てればいいのでは。しかし、エナキ曰く現実はそう上手くいかないらしい。
エルバート家にとっても重要な財源の一つであるとドーバンは語った。本稼働とまではいかないが、財政難から少しでも逃れたいのかなとケンジは思った。
この討伐を依頼したのは王族だ。住み着いた主を一刻も早く討伐し、お金を生み出したい魂胆があるというのは、財政難と知っているケンジだけかもしれない。ただ、金貨という大金を本当に燈にも配れるのだろうか。王族ならできそうだ。
「穴、小さくない? こんなところを通ったの?」
洞窟の入り口でモモカが言った。
討伐対象の『アッシュ・ベヒモス』はこの洞窟に入り込んだということだった。入り口は人間にとってかなり大きいが、あの魔物にとっては小さいとケンジも賛同した。王族の兵士に聞くと、どうやら他の入り口から入ったらしく、そこの入り口はかなり大きいのだという。
話の通り、洞窟内はある程度整備されていた。明かりがあって視界に困ることはない。
「出てくるな〜出てくるな〜、魔物よ。出てくるな〜…」
「おいおいモモカちゃん。さっそく新しい魔法のお披露目かよ!」
「いや、おまじない」
「紛らわしぃな!」
2人は相変わらず緊張していない様子だった。ケンジとエナキは少し離れて歩いた。
皆が静かだから余計に目立つ。確かに燈の中でケンジ達は少し浮いていた。装備が明らかに違うのだ。そして心構えも違う。
「ケンジ! でっかい魔物のうんこ見つけたぜ!」
「ミキジー、流石に汚いよ…」
「…」
「…」
例えば、スキル<<緊張感>>というものはないのだろうか。絶対取得させたい、あの2人に。エナキも賛成した。朝は眠くて2人とも静かだったんだ、とケンジが言うとエナキも同意見だった。今日はやけに意見が合う。
やがて大きな洞窟へと辿り着いた。話に聞いていた通りそこはかなり大きな空間だった。あの魔物ですらちっぽけに思えるほどの巨大な空間だ。仮に上から見れば扇状のような形状で、上下に高低差がある。中腹にいるケンジ達よりも後ろは高さがあり、さらに空間は広がって、地面は上へと伸びている。逆に前は空間が狭まり、そして下る。空間が狭まるにつれ、どんどん低くなっていくことから、まるで吸い込まれるように下へと続いている。狭まったといってもそれでも十分な広さがある。
「露天掘り…かな。形はかなり歪だけど」
エナキが言う。
まるで蟻地獄のようだ、とケンジは思った。下に降りれば、上がってくるのは大変である。逆に、下に魔物を落とせば、こちら側は優位に戦える。聞いていた話と一致した。
しかし想像以上に足場は悪かった。通路は管理されていなかったのか、それなりの岩が道を塞いでいたりする。また通路から逸れれば下の道へとショートカットできるが、大きな岩を転がった中を降りるのは一苦労だ。逆も然りである。
だからドーバン達兵士は考え、皆が動きやすいよう、且つ攻撃しやすいように即席で木道を作ってくれている。材木は運ぶのはトロッコがありそこまで苦労でもなく、下手に岩を取り除いて岩雪崩を起こされた方が困るという考えらしい。岩も上手く使えば、身を隠すのには有効となる。
この作業は10日ほど前から行われているらしく、その証拠にかなりの木道があちらこちらに作られている。その通りが、遠目では阿弥陀籤のように、実際に歩けば形式的に並んでいた。
「お前達は見張りからだ!」
まずケンジ達が与えられた役目は、この作業の空間に魔物が入らないよう見張りを行うことだった。どうやら爆発するような危険物がここに持ち込まれるらしく、誘爆を阻止するためということであった。支持する兵士にパーティの人数を聞かれ、適当なグループに分けられていく。
ふいに、遠くにいるダイゴと目が合った。本人から聞いてはいたが、隠れることなく参加をしていた。ケンジは安心した。隣にはティアとミライもいる。コウガの姿は見えなかった。
ダイゴは何か伝えようとしている気がした。気をつけろ、と言っているとケンジは思った。燈殺害の件はあれから進展はない。というのも、この討伐にケンジ達は時間をかなり奪われた。新しいスキルを覚えに行ったり、武器を準備したりやらなければいけないことがたくさんあった。
結論、もう気をつけて行動するしかない。ダイゴ曰く、この人目が多いところで大胆な行動はできないはずだ、と言ってはいたのだが、警戒しておいて損はない。このタイミングで何か仕掛けてくるかわからない。行動があればすぐに知らせる。これはダイゴと約束したことだ。
「お前らはここを見張れ!」
と言われケンジ達、他のパーティ数個は一つの箇所の見張りを行うことになった。
と言ってあらかたの魔物は既に退治されているわけだから、そこまで忙しくない。ここにくる間も兵士たちが代わりに対峙してくれたおかげでケンジ達はまだ戦っていないのである。
ひとまず座り心地の良さそうな石を集めて、ケンジ達は座ることにした。
「だいぶ本格的だね…」
モモカがそう呟いた。
「流石に緊張してるだろ?」
「そうなことはないですよ、ケンジ。私だって、汗が止まらないほど緊張してますわよ」
「どういうキャラだよ…」
「俺もです!ケンジ君」
ミキジロウが肩を叩いてくるが、ケンジは無視した。
一通り話し終えた後、「探索してきたい!」とモモカが言うので、エナキが「遠くはいかないように」というとまるで子供のようにあの大きな空間と反対方向に駆けていった。同じようにミキジロウがモモカの後を追いかけ、その場にはケンジとエナキの2人だけとなった。
「新しいスキルはどう?」
先にエナキが口を開いた。きっと<<糸雨>>のことだ、とケンジは思った。全快、とまではいかなかったらしいがザボ爺にスキル脈を作ってもらった。「死ぬんじゃないぞ」と背中を叩いてもらって。
少し試し撃ちもしている。威力や派手さ的には<<火斬>>に劣るが、ケンジは目を瞑るしかない。スキルを発動すると特に切れ味が上がるため、まだ思いついていないような使い方ができそうな気がしているが、まだ試行錯誤している段階だ。
「なんとかものにしたよ。そっちは?」
「魔法を一つとスキル一つ。相手の視界を奪えるような魔法と、スキルは短剣の連続攻撃系かな」
「そうか...。改めて聞くけど、この作戦は上手くいくと思うか?」
伝えられた作戦内容はこうだった。あの空間での最下層に主を誘き寄せる。そこに魔法や、遠距離攻撃できないものは爆弾と化した魔石を大砲で飛ばして集中砲火する。
「聞いた感じ、見た感じ、用意周到だと思う。兵士も燈の士気も高い。作戦も抜けがあるとは思えない。あの真ん中にあの魔物を誘き寄せて総攻撃する、妥当だと思う。できる限りのことはやれているさ。問題はどこまで耐えてくるのか…正直それで終わるような相手ではないさ」
「…万が一倒しきれなかったら?」
「白兵戦になるだろうね…かなり犠牲者を出すことになると思う」
結論、エナキも苦しい戦いになると思っているのは間違いなさそうだった。最初の段階で討伐が完了すればいいものの、そうでなかった時には犠牲者が出る…。ケンジの不安は募った。
やはり、エナキには話しておくべきだと思っている。燈が殺害にあったことについて。




