助けを求められる燈たち
奇妙な空気が洞穴に流れ、ケンジはますます息苦しさを感じた。
圧倒的な存在感を放つ金髪の女性のせいでもあるが、その彼女の偉大さに隠れるようにしている周りの兵士(?)はまた不気味だ。全く動かない。生きているのかも疑う、まるで置物のようだった。
そして、どこからどう見ても争いを恐れない彼らの格好にケンジは嫌な予感がした。煌びやかな甲冑姿。何よりケンジの目を惹きつけられたのは、彼ら一人一人の腰に携えられた立派な剣だ。握り手は赤く、それがより刀身の銀色の輝きを目立たせているような気がする。
ケンジには剣技の腕があった。だからこそ、彼らがある程度手慣れであるということは雰囲気で分かった。対して自分たちは、何やら柄のついた服やところどころ破れた服、学園に通うような制服、やけに露出が激しい服と様々であるが武器どころか身を守るものでさえ何一つなかった。
「せ、世界を救うって...僕たちがか?」
ケンジたちの一人が奴らに声をかける。ミライという女の子の話を聞いてくれ、と周りに呼びかけた奴だった。よく見るとそいつは眼鏡をかけていた。
「そうです、あなたたちです」
躊躇うことなく、彼女はそう答えた。先ほどから彼女が、こちらを威圧している様子はない。ただ、初めに感じた妙なプレッシャーのようなものは口調に含まれ、体でやけに振動し、もう喋って欲しくないとケンジは思った。一言一言が、心臓や体を締め付けるような重みがある。ゆっくりとした、でも一言一句が力強いその謎の口調。
「あなたたちは、今ここに。この世界を救うべくして召喚されたのです。長い時間を経てあらゆる空間を彷徨い続け、望めば全てが手に入る楽園にさえ行けたかもしれないその可能性を潔く捨て去り。あらゆる可能性がありつつも、こうして私たちの呼びかけに応じてくれましたこと、大変嬉しく存じますこと」
ケンジは唖然とした。自分はそんなことをしたのか。好き好んでここに来たのか、と。好きでこの場所にやってきた挙句、今までの記憶を失うことも受け入れ、ゴロゴロした岩の上で寝て目覚めることを選んだのか、と。
「...そんなことしたのか、僕は...」
隣にいたタクマサが呟いた。同時に、小声だったが他の奴が漏らしたのもケンジは聞き逃さなかった。
「本当かよ...覚えてねぇよ」
そうだ、と納得した。そんなことは誰も分からないはずだ。なぜなら皆記憶がないのだから。
ーーーいや、一人だけ…
あのミライって子だけはあるのではないか。ふと見ると、ミライは先ほどの場所からほとんど動かず、彼女も圧倒的な存在感を前に怯えている感じであった。先ほどからなんとも言い難い不思議な思惑がケンジの心の中に訴えてくる。
ーーー俺は、ミライを知っている...
と。確かに記憶を失っているはずなのに、彼女を見る度にこの考えが止められない。止まらない。
「ということは俺たちの味方、ってことでいいだよな。あんたら」
瞬間、まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃がケンジの頭に広がった。すぐ首を伸ばしたりして声の主を探ったが、見つけられない。そうこうしているうち話が面白いように先へと進んでいく。
「えぇ、そうです。私たちはあなた方の味方です」
「なら質問に答えてもらう。まずは色々教えて欲しい、俺たちがあんたらに召喚されてここにいるのは分かった。だが、この世界を救って欲しいと言っても俺たちは全員が記憶喪失だーーーーいや、一人だけ町の名前を覚えている者がいたがな」
ーーーミライっていう子のことだ
ケンジにはすぐ分かった。この場にいる誰もがそうだろう、皆の視線が彼女へと集まった。金髪の女性が「それは...」と口に、声主の目線を頼りにしたのか、ミライを視界に捉えたのが見えた。ミライは少し体を震えさせて、しばらくして軽く頭を下げた。
いや、それよりも、とケンジは声主を必死に探した。話の内容からしてケンジと同じく召喚された者に違いないだろう。だったら、最低限この状況を理解する必要があるとケンジは思った。なぜなら彼らは武器を持っている。態度からして明らかに無礼すぎるし、下手な言葉遣いで相手を怒らせてでもしたら一巻の終わりだ。
「それでも、町の名前だけだ。他のことはまるで覚えていない。あんたらの言うこの世界を救おうにしようと決めたとしても、今の状況じゃ記憶のある子供にお願いした方がまだマシだと思うが」
ようやくケンジは姿を捉えた。彼は壁に寄りかかっており、そこにある窪みがちょうどケンジから見にくくなっていた。しかも服が迷彩柄で周りの色と同色化した。通りで見つけにくいはずだ。
それにしても彼の態度はどこからくるのだろうか、ケンジは少し怒りを覚えた。最悪の場合、ということを彼は考えたりしないだろうか。だが、そんなケンジの考えは全て杞憂に終わった。金髪の女性の口調が全く持って変わらなかったからだ。
「えぇ、私たちが答えられることは全てお答えします。ーーーただ」
女性が後ろを振り返った。先ほどの威圧は消えていなく、ケンジは思わず身構えた。彼女は洞穴の外を指差しただけだった。
「もうじき陽が暮れようとしています。人里近いこの場所は比較的安全ではありますが魔物、いわゆる人に危害を加える生き物が迷い込んできてもおかしくはございません。一旦町まで降りて、お話はそこで。簡単なものでございますが、雨風防げる寝床もご用意してますゆえ」
「なるほど。なら、案内してもらおう」
―――その態度のデカさどこから来るんだ…!
ケンジは心の中で叫んだ。
流石の彼女も何か思い当たるとことがあったのか、ここで金髪の女性が初めて1人の人間に対して言葉を口にした。
「もしよろしければ、あなたのお名前を伺っても?」
ケンジたち、兵士も含めて、ここにいる者の全てが2人のやり取りを見守った。
「ダイゴだ、年は18前後、多分剣術ができる」
その男、ダイゴは、相変わらずただ淡々と答えた。
「あんたは?」
対して、金髪の女性は実に丁寧であり、こちらの配慮も欠いていないようだった。彼女はダイゴの方でなく
ここにいる全員の方に体を向けた。一つ一つの動作が作法に従われているのだろう、ドレスの裾と軽く持ち上げた。純白のドレスは真っ赤な夕焼けに染まり、まるで燃えたように赤くなっている。
「申し遅れました、私の名は王家、ベルバート家の13番目の娘、ベルバート・ヒスメリアでございます。無事皆様とお会いできたことへの喜び。お一人お一人が光り輝く『燈』となり、この世界照らし、闇を掻き消してくれることへの期待。様々な想いを授かることができ、そしてこの召喚の時にわたくしが立ち会えたこと、大変嬉しい限りです」
締めとして、彼女はこう付け加えた。
「どうか、皆様に。ベルバート家の加護を授かることを」
その一つ一つの動作の美しさなのか、それとも演説のようなご挨拶からなのか。一つの拍手がパチンっと咲き誇ると、やがてまた一つ、また一つの最終的には巨大な花畑となった。この場にいる誰もが彼女に拍手を送り、記憶をなくしたケンジたちにとっては初めてお互いの意思が合致した瞬間でもあった。
でもこの時、ケンジは想像もしていなかった。145日後、この花たちは徐々に減り、やがて数本しか残らなくなることを。ベルバート家の言葉を借りるなら、この燈たちは、
この洞穴でさえ十分に灯せないほど小さくなってしまうということを。
話の区切りです。大変お忙しいところ、また数多く名作が転がる中、
ここまでご愛読ありがとうございます!
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改めましてありがとうございました
夢野悠太