運命の日に導かれる燈たち
エストワードの言う通り、王族の兵士が燈の宿舎にやって来たのは次の日の早朝だった。訓練時に現場を仕切っていたドーバンが先頭に立ち、小隊を連れて宿舎に乗り込んできた。そしてまだ眠っている燈がいるにも関わらず、大声で起きるよう呼びかけた。
その時モモカとケンジは朝食の用意をしていた。モモカは師匠のところ、ケンジはいつも通りダイゴのところに向かおうとしたのだ。
『久しぶりだな、ケンジ』
とドーバンはケンジを見かけると声をかけてきた。ドーバンが自分を覚えておいてくれたことは気恥ずかしかった。
すぐに燈の全員が揃った。いつぞやの訓練時と同じ景色が広がった。宿舎の中庭でドーバンが台の上に立ち、指示が出るのを燈達は待っている。唯一大きな違いはその人数の数が当時と比べ激減しているところだけだった。ドーバンは声を荒げた。
『5日後、大規模討伐を行う。報酬は1人5金貨だ』
『ぜひ力を貸してくれ、世界の救世主達、燈よ』
朝からどよめきが走った。
*******************
ケンジには複雑な想いを抱いていた。『燈はかつての英雄』というエストワードの言葉が残っていたからだ。エストワードの直属の部下であったドーバンも当然知っていたことだろう、しかし、彼はそうは言わなかった。確かに『世界の救世主達』とケンジ達を表現した。
エルバート家の状況、燈の歴史について、今思えばドーバンの口から何一つ聞かされていない。特に教えて欲しかったのは、ほとんどの燈が魔物によって、王都にたどり着く前に、ほとんど死んでいってしまうこと。最近ではほとんどではなく誰一人と足を踏み入れていないことだ。
この時もドーバンは口にしなかった。彼と彼の部下が去った後、ケンジの想いとは裏腹に宿舎はお祭り騒ぎのように賑やかになった。それがケンジをより感情を乱す種となる。
「今こそ燈で団結すべきじゃないのか!?」
一人が台の上に立ち演説している。マナブだった。周りのことをあまり気にしない流石のケンジも彼が誰か知っていた。召喚された日、ほとんどの者が取り乱す中で彼が周りをまとめてくれた。記憶が残っている者を探し、該当したミライを見つけるなり『重要な情報かもしれないから静かに聞いてくれ』と皆に呼びかけた奴だ。
「おぉぉぉ!!!」
と雄叫びが上がる。ケンジの心がまた少し痛んだ。
ケンジ達は冷静だった。少し離れたところで他の燈達を見守っていた。エナキはともかくモモカ、ミキジロウの2人は報酬の金貨に釣られるかと思いきや、兵士が配布していた手配書をじっと見つめてお互い黙り込んでいる。
「あの魔物だよね」
「あぁ…間違いない」
エナキの問いにケンジは答えた。
2人が乗る気ではないのは無理もない。魔物の名前は『アッシュ・ベヒモス』。その魔物をケンジ達は一度目撃している。キラーモント討伐に向かった時に湖畔でダイゴ達を待っていた時に遭遇したあの魔物だった。
今でもケンジは鮮明に覚えている。高さはそこらの木より大きく、シューと上空から息を吹き漏らし、赤い目の光がギラリと輝いていた。明らかに獣のような形だった。その手には、剣だろうか、何やら石柱のようなものが地面を掘り返すように雑に引き摺られており、通った地面を抉っている…。
ダイゴが言っていた。あれはここらの主だ、と。いくら王族の兵士と共に討伐に向かったところで勝機は薄いと思ってしまう。
「でもよ、みんな戦うんだろ? 俺たちだけ行かないって言うのはよぉ」
「ミキ、それ本気で言っている?」
「いやいやいやミキジー、あれと戦うなんて…」
ミキジロウの意見に、エナキとモモカはすぐ反対した。ミキジロウも参加すべきではないことは分かっているんだろう、2人に反論しようとはせず黙り込んでしまった。萎れているのはどうもミキジロウらしくない。行かないと皆が危険な目に遭う、と、行けばケンジ達を危険に巻き込む。多分、ミキジロウの中にある、違う優しさと違う優しさがぶつかり合っているのだろうとケンジは思った。
「そもそも王族側はどういうつもりなんだぉ…。今まで散々ほったらかしにして、自分達が困ったら協力してくれって…。流石に都合が良すぎるぜぇ」
ケンジはエナキを見た。何か心当たりはあるか、と口にする前にエナキの首は横に振られた。しかし、その顔は神妙で何かを考えている様子だった。それを見てケンジはエナキが何を口にするのかひたすら待ち続けた。
「少なからず、誰一人も断るつもりはなさそうだけどね」
エナキは言った。遠目で盛り上がる燈達を見ている。
「見た感じ、他の燈たちは王族側からの救済処置だと思っているんじゃないかな」
「救済処理…?」
「そう。皆、生活に苦しい。手配書の魔物だって結局のところ一つも討伐できていないパーティも多いって話は耳にしているし、装備やご飯にしてもそれがよく分かる。明らかに余裕がない。中にはパーティの人数だって減ったところもあるだろうし、こんな合同で討伐をしに行く機会はないと思っているんじゃないかな」
「一攫千金だもんね。だって…」
金貨5枚。ケンジ達だって金貨はかなり遠い。銀貨を100枚も集めないといけない、それはまた夢の話である。あと魔物をどれくらい狩ればいいのだろうか。想像するだけでも、達成する前に命が持たなそう。
「以前の俺たちと一緒ってことか…。お金がなくて生活の保障がなかったから戦わなければならなかった」
ケンジがそう言うとエナキ達は頷いた。
きっとこのまま行けば話の流れとしてケンジ達は参加しないことを決断するだろうと思っていた。けれど、とケンジの中で一つ懸念があった。これは先ほどから抱いている複雑な感情に一つであった。
―――ダイゴさんはきっと、参加しなければいけないはず…
燈殺害のヒントをエストワードから貰うために、ダイゴは一つ条件を飲んだ。それはある討伐に参加すること、だ。本人に聞く必要があるがこの討伐のことに違いない。
故にダイゴは必ず参戦する。ならば、一緒について行ったほうがいいのではないかとケンジは思うのだ。
なにしろ犯人は燈かもしれない。
ケンジは頭を痛めている。燈が殺害されたと聞いて、始めは王族や貴族かもしれないとダイゴから聞かされた。けれど、昨日のエストワードとの会話で燈かもしれないと疑惑の対象が入れ替わった。当然ここにいる燈が該当するわけだ。皆が参加するというならば、殺人鬼も討伐に参加してくる。
たとえ自身の能力が劣っていたとしてもいざという時に少しでも戦力がいた方がいいに違いない…とケンジは考えている。
「ケンジ君…」
急に名前を呼ばれてケンジは振り返った。その顔を見ても一瞬、誰だか分からなかった。だが、程なくして分かった、召喚時に初めて会ったタクマサだった。もうすっかり痩せ細っていた。後ろの2人は同じパーティだろうか、同じように疲労仕切っているような様子で立っていた。
「タクマサ、大丈夫か…?」
思わずケンジは歩み寄った。
「うん。なんとか…」
続けて『一昨日に魔物仕留め損ねてね…』と悔し紛れに語った。そういうタクマサもよく見れば脇腹の包帯が赤茶色に染まっていた。きっとそれなりの怪我をしているのだろう。
そういえば、とケンジは思った。タクマサのパーティはこの前会った時、ケンジ達より稼げていたはずだった。人数も多いから取り分は少ないと言ったが、それでもケンジはその額に驚いたのは覚えている。上手くいっているように思えたが、何かあったのか。話を聞いても、見た目からしても、そういう風には思えない。
「ケンジ達は、参加するの?」
一通り互いの近情を話し合った後、タクマサが聞いてきた。
「あー…」
とケンジは一旦お茶を濁した。振り返ると、モモカとミキジロウが偶々目に入り、ケンジの話を聞いていたのか小さく首を振っている。エナキも、頷きはせずじっと固まっている。
「分からない…でも、参加しないと思う」
瞬間、ケンジは自分が何か失言でもしてしまったのかと思った。それはタクマサが急に狂ったように大声をあげたからだ。
「ど、どうして?!!だ、だって金貨5枚だよ?!!」
信じられない、というような顔だった。その豹変ぶりにケンジはたじろいだ。しかし、ここは冷静になって話すべきだと思い、一呼吸を入れた。
「実は、俺たちは一度遭遇しているんだ。かなり馬鹿でかい。化け物だ」
しかし、タクマサの動揺は収まらなかった。より声を荒あげる。
「それでも…そうだとしても! みんな、君たちに期待してるんだ!ここの宿舎の中じゃ君たちが1番の実力者だ!」
ケンジ達は驚愕した。まさかそんなふうに思われているなんて知らなかった。後ろの方で「いやいや、照れるわぁ〜」「それほどでもぉ〜」と照れているいつもの二人に「大事な話だから」としてエナキが言っているのが後ろで聞こえる。
ケンジはより真剣となった。というよりも、こちらの事情を全く聞かず怒鳴り声を上げるタクマサに苛立ちを感じた。
「なぁ、落ち着いてくれ。落ち着いて聞いてくれ。あのな、俺たちだってすごく余裕があるわけじゃーーー」
「余裕あるじゃないか!」
「?!」
「ここにいるみんなに奢れるくらいお金はあるし、この前だって魔物を討伐しただろ!!それのどこに余裕がないって言うんだよ!!!」
タクマサはケンジに掴みかかってきた。
そんな言い方はないのではないか。あの宴はミキジロウが他の燈の為に、自身の少ないお金を削って開いた祭りだ。凄く余裕があって開いたわけではない。
加えれば、ケンジ達だってかなり危険な目にあった。エナキはキラーモントで死にかけているし、後々になってケンジは取得したスキルで死にかけている。
しかし、タクマサの勢いに圧倒されケンジは声に出せなかった。
「僕のパーティはもう3人も死んだ!もう後がないんだよ!!これに賭けるしかない!君たちみたいに行かないとか、行くとかそう言う選択を取れるほど余裕じゃないんだ!」
言葉を失った。つまり、タクマサのパーティは今ここにいる2人、合計3人しかいなくなってしまったということか…。だからどうだというのだ、とはケンジには言えなかった。けれでも、パーティを危険な目に合わせるわけにはいかないと思った。
「僕らからも、お願いできないだろうか」
「マナブ…さん」
マナブがケンジの目の前にきていた。
それだけじゃなかった。気づいたら皆がこちらを見ていた。タクマサと同じ目をしていた。期待と飢えたような必死な目。嫌悪感とも受け取れるような目。まるでケンジ達を逃さないとでもいうような目だ。
「皆が君たちに実力があるのは認めている。今回は少しでも戦力が欲しい。こんな言い方をしてしまうのは良くない。けれどーーー」
「同じ燈同士になのに助け合わないのはどうなんだろうか?」
悟った。ケンジ達も、もう参加するしか道はなかった。
エクリュ・ミエーランに召喚されて、140日目…。




