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一つ手を打った燈たち


ザボ爺曰く、スキル脈を作る時はその特別な魔法を取得希望者の背に向けて発動するらしい。実際に見せてもらったが、ダイゴの背中が、背骨を中心として無数の線が現れ茶色く光った。


光の色は対象者の属性によって変わるらしい。火属性であれば赤く、水属性であるケンジは水色だった。つまり、最初にケンジが行ったスキル屋はその色からケンジが水属性であることはスキル脈を作る時に分かっていたということになる。知っていたにも関わらず、火属性のスキルを無理やり埋め込まれた。内心、ケンジは非常に腹が立った。


無数の細かな線が何を意味するのかケンジには到底理解できない。だが、専門の魔法を発動しているサボ爺にはその線の一つ一つが大切であると言う。それなりの時間をかけて脈を作成したり、繋げたり、削除したりを繰り返して希望スキルを発動できるように脈を形作っていく。


ダイゴのスキル取得は朝方から陽が真上に移動するまで続いた。<<ガイア・レイク>>という中級者が取得する斧使用者専用のスキルらしい。地面に斧を叩きつけると、その衝撃が地中から前方へと伝わり、地面の隆起を利用して攻撃できるというが、あまり想像がつかない。


「ふぃ…完成した」


ザボ爺が汗を拭った。


早速試し撃ちがしたいとダイゴが言い、3人で庭へと出た。ケンジとサボ爺は離れたところで見守り、目の前には雑に組み上げた薪とダイゴがある程度の距離を保って向かい合っている。


軽い風圧で分かった、ダイゴがスキルを発動したのは。


ダイゴの服が極端に靡き始める。強力なスキルであるほど消費魔力が増えるらしく、周りにも影響が出やすい。少なくとも、スキル発動時にこれほど強力な風を受けるのは初めてだ。


スキル脈を構築していた光と同じようにダイゴの体は茶色で、且つ淡く光を纏う。体よりも大きい斧を物ともせず持ち上げていく。振り上げた、と思ったところから、振り下ろした、と思うまでの時間はやけに短かった。


「はぁぁ!!!」


力強い声をあげ、<<ガイア・レイク>>は発動された。圧巻であった。地面から、まるで一瞬で草が生えたように、鋭利な先端を兼ね備えた岩が斧を振り下ろされた位置から出現した。そのまま衝撃が前方に伝わっているのを物語っているかのように、かなりの速度で岩は生え進んでいく。そのまま薪へと到達し、組み上げられた薪は地面から突き出てきた岩によって押し上げられ空中へとあっという間に飛ばされた。飛ばされた薪は原型を保っておらず、木っ端微塵にされた姿でケンジ達に降り注いだ。


砂埃が晴れてきた時、ダイゴによって作られた岩がザボ爺の家の天井に匹敵するくらいの高さだったに気づいた。ケンジは、もうあんぐりするしかなかった。


「どうじゃ?」


「悪くない。問題は消費魔力が多そうだ」


「まだ戦い始めて陽が浅いお前さんだ。体内の魔力はこれから増えるし、今のスキルも使用していけば体が慣れる。失う魔力も減るもんさ、きっと」


「そうでないと困る」


ケンジは心の底から凄いとダイゴを尊敬した。どうやったらあんな大地が抉れるようなスキルを取得することができるのか。ダイゴが同じ人間、ましてや同時期からこの世界に召喚されたとは思えなかった。


選抜パーティはダイゴと同じような力を持っているのか、それともダイゴが卓越しているのか。後者だろう、とケンジは思った。ダイゴは選抜パーティの中でも強い方に位置すると聞いた。


しかし、最近会ってないミライの実力について、ダイゴに聞いたことがあるが、攻撃力の高さでいえばミライの方に分があるという。それは元々スキルよりも強力なものが多い魔法を扱うから、という下駄を履いているかもしれないが事実は事実だ。攻撃力はミライの方が強い。総合的な面ではダイゴが圧倒的だ。この認識で間違いない。


以前、簡単にだが対峙したことあるコウガといい、弓矢を使うティアといい、強者には強者の雰囲気が確かにある気がする。自分にはそれがない。ケンジは思った。


「ケンジ、どうした?」


「いえ、スキル取得おめでとうございます、ダイゴさん。凄かったです!」


「お前が鍛錬に付き合ってくれたおかげだ、こちらからも礼を言わせてくれ」


「はい…」


ケンジの肩をポンっと叩いてすれ違ったダイゴは家の中へと入っていった。ケンジが、いつ新しいスキルである、<<糸雨>>を取得できるのかは定かではない。仮に取得できたとしてもダイゴには到底及ばないだろうなという想いが心の隅にしつこく残った。同時に、人としても…。


*********************


いつもとは違う変則的な予定となった。


本来なら朝方から昼にかけ、ダイゴは薪を売りに行く時間であった。だが、この日はスキル取得の時間に当てられた。さらに昼以降は鍛錬を行うはずだったものの、スキル取得が終わり次第ダイゴと街に行くことになっていたのだ。なんでもケンジについてきて欲しいらしく、念の為剣をぶら下げておけ、と言われた。


言うまでもなく、殺された燈の一件だろう。遂に動き始めるのかとケンジは少し緊張している。もしかしたら、この剣を人に突き立てなければいけない、そんな覚悟を持って。


ミエーランのこの時期の日中は暑い。僅かにだが、行先の彼方には陽炎が見えている。ケンジもかなり参っていたが、もっと大変なのは顔を晒さないようにとローブを纏っているダイゴだ。見ただけでもかなり暑そうであった。さらに昨日は雨が降って蒸し蒸ししている。丘の道の木の影は地面もまだぬかるんでいる箇所もあったため、滑って転ばないようにとケンジたちは慎重になって降りていく。


「あれからどうなった?」


あれから、と言われて他の人にはわからないだろうがケンジには分かっていた。エナキのことだ。


数日前、ケンジは一通りダイゴに話していた。どうしてエナキはダイゴの居場所を気になるのだろうか、未だにその理由は謎に包まれたままであった。


「特に何もないです。昼間は街に行っているみたいで俺と同じく新しいスキル、もしくは魔法を取得しようとしているみたいです。夜も普通に会話して、ダイゴさんのことはあれから何も…」


「今一度確認したい、ケンジ。お前はエナキに俺の居場所を尋ねられた。それはティアが俺を探しているからだとエナキは言った。そしてお前は知らないふりをした。これで合っているか?」


ケンジは頷いた。それで合っている。ダイゴの言い方は簡潔で分かりやすい。


「話しましたが、多分アイツは、ダイゴさんがパーティを離脱したことは分かっていると思います。あくまで直感なんですけど…」


「なるほど。仮にその直感が当たっていたとして、エナキがお前に隠す理由はなんだ?」


そこがケンジにとっても疑問で、エナキと顔を合わせては何度も考えていた。


「正直分かりません…。これも何も根拠もないんですけど、もしエナキが何かを知っていたとしてもそれを俺とかミキ達に打ち明けることは基本ないと思います」


「続けてくれ」


間髪無い問いにケンジの口がややもつれた。


「え、えっと…前にも似たようなことがありました。ちょうど俺が初めて選抜パーティの建物に行った日の事で、その時にエナキが『自分は人と相談するのは苦手だ』とか。『後は無駄なことは嫌いだ』って…。実際そういった性格なのでなんとなく…」


ここまで喋ってケンジは自分の思い込みが激しいのではと思った。実際に口に出すと分かる。疑いをかけるのに大した理由ではなかったのに今更になって痛いくらい理解したのだ。どうにかしてエナキを悪者にでもしたいようなそんな風にしか受け取れない。


リーダーがエナキになった時点で、ケンジはエナキがいかなる隠し事をしようとも信じることを決めたというのに…。


ケンジは自分を嫌った。しかし、途中で会話を切ったケンジに気づくことなくダイゴが話を付け足す。


「話のタイミング的にも変だと言っていたな。わざわざお前と2人きりとなったところで聞いてきた、と」


ケンジは躊躇しながら「…はい」と答えた。あまり気分はしなかった。そもそも裏で陰口を叩くに似たようなことをするのはケンジのやり方ではない。心の中で悪態をつくのは構わない。本当に嫌だと思うなら、遠回してでもいいから本人に直接伝えるべきだと思っている。


ダイゴと話してケンジの視界がやや広がりつつも、さらに深みへと嵌っていく。そもそも、仮にエナキが嘘をついていたところで、エナキが悪者になるのか。ケンジ達に危害を加えるような奴になってしまうのか。少なくともそうでないだろう。


いや。それが分からないから疑っているのか。ダイゴが危険な目に遭うのかもしれない。信じたい、疑いたい。二つの想いがここ数日間、ケンジの中でぶつかり合っている。


「…」


ダイゴもダイゴでしばらくは何やら考え事をしている様子だった。時折ローブの下から覗かせる表情はどこか険しいものであった。もしかしたら、ダイゴはダイゴで何かエナキに想うところがあるのかも知れない。


宿舎からの道と同じく、町に近づくと石畳の道がケンジ達の前に現れた。このまま道なりに進むと大通りへと繋がるのだが、人目は避ける必要があったため横道へと逸れた。ダイゴが普段から通っているのか不自然に草が倒されて獣道のようになっていた。


しばらくして街中の小道へと繋がり、ケンジ達は無事街に到着した。相変わらずダイゴは何か考えている様子でケンジに話しかけてこようとはしない。


そのままと路地裏へと入る。二人が横に並ぶにはやや狭く、ダイゴが先頭を歩きケンジがその後を追う。いつも通り背中には斧があり、ダイゴの姿はもう足元しか見えない。斧が歩いているようだ。不揃いな階段、石畳から土が溢れかえってしまった荒れた道をケンジ達は歩いた。


階段を上がったり、降りたりを繰り返して。ようやくダイゴが口を開いた。


「エナキの話は一旦置きだ。今は目の前のことに集中しよう」


「燈が虐殺された…」


もちろん、この話も忘れてはいけない。エナキは後。ケンジは気持ちを切り替えるため、自身の頬を叩いた。あれから事がどうなったかダイゴとの訓練時に時間を見つけては尋ねていたが、進展はないとケンジは聞いていた。


「そうだ。薪を売りながら情報を集めようとしたが…やはり自由に動けなくほぼ空振りに終わった。だから、この前こちらから手を打ってみた」


「手を打った、というのは?」


ケンジはできる限りダイゴに近づいた。こう話している間にも、向こうから来る通行人や通路には座り込んだ浮浪者もいる。誰がどこで聞き耳も立てているか分からない。次すれ違う者がもしかしたらダイゴを探している者であるかもしれない。いきなり声を上げられて、最悪の場合、武器を取らなければいけないほどの大事になってしまう可能性が頭をよぎった。


ダイゴの片手には古そうな手帳みたいなものが握られている。その中に挟んであった、紙切れ一枚がケンジに渡された。


それは紙切れ、というには少し厚みがあった。しかし、何も書かれていない。表側にしても裏側にしても真っ白な紙にケンジは頭を傾げた。


「あの…」


「なくすな、すぐ必要になる」


「はぁ…」


とりあえずケンジは紙切れを折らぬようポケットに入れた。


「手を打ったのは、この街にいる貴族に匿名で手紙を送った。これは招待状らしい」


「えっ?!」


「もちろん、俺たちは追われているからバレないように、だ。早朝に郵便屋の前に手紙を置けば誰がおいたか顔までは分からない。そして返し先は別の建物、空き家にしておいた。目の前に受け取るような箱があるから配達員は何も不自然に思うことなく入れていくだろう」


「な、なるほど」


どうやって貴族の名前を調べたんだろう、と言うのはあえて聞かなかった。話の腰を折りたくはない。


「当然ながら匿名だ、誰も相手をすることはない。ほとんど返ってこなかった。だが、ある日一通だけきた。そこには今日という日、今渡した紙、そのこの場所が記されていた」


タイミングよく辿り着いたのか、ダイゴが止まり、ケンジも止まった。ダイゴが向く先には数段の階段があった。そして、すぐ降りた所に大きな木の扉があった。扉は目の前の大きな建物へと続いている。深い茶色の扉で、ドアの右手には鉄のリング取手がぶら下がっている。しかし、前にいるダイゴはそのリングに触れようとはせず、代わりにこう言った。



「紙をかざせ」


ケンジが言われた通りにすると、紙が紫色に光だして扉一杯に大きな魔法陣が現れた。


「これは…!」


「本物か。悪戯じゃないようだな…」


この紙が扉に反応しているのだ。その光の強さに思わずケンジは目を瞑るほどだった。その最中でガチャ、という何かが外れた音が聞こえた。そしてそのすぐ後に、まるでケンジ達を招き入れるように、軋んだ音を立てながら扉が勝手に開いた。


ダイゴを先頭にケンジ達は中に入った。気づいたら、ケンジの手は剣に伸びかかっていた。中はバーのような雰囲気であった。入って右側にカウンターがあり、左側にはテーブルや椅子が並んでいる。ケンジ達が入り切ると扉は勝手閉まり、ケンジを驚きのあまり軽く飛び跳ねた。また、ガチャリ、と施錠されたようだ。


魔法なのだろうか、ケンジには分からない。


店の中には2人しかいなかった。一人はマスター。店主だ、カウンターの奥にいる。もう一人はカウンターに座って紫色の液体が入ったグラスを口につけていた。女性だ。すぐ横の椅子には弓が立て掛けられていた。そのどちらもケンジには見覚えがあった。


―――ティアさん…?!


ティアだった。


ケンジは驚いた。まさかここにティアがいるとは思わなかったのだ。対するダイゴは特に驚いた様子はなく、当たり前のように振る舞っている。


「先に来てたのか」


ダイゴはそう言った。確かにケンジは聞いた。だが、それよりも目の前のティアがケンジ達を気づくなり、今まで見せたことのない表情をした。何かが切れたような、怒ったような顔だった。掴んでいたグラスを乱暴に置いたと思ったら、大股でケンジ達に詰め寄ってきた。ケンジが挨拶する間もなく、ティアがダイゴの前に立った。そのまま腕を振り上げて、そして振り抜いた。


パンッ!


乾いた音がケンジの耳を襲った。

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