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再び巻き込まれ始める燈たち


「なぁなぁ、ケンジさんよぉ」


その日は久しぶりに4人で夕食を共にすることができた。それぞれが違う生活を送り始めたからだ。特にケンジかモモカ、2人のどちらかが揃わないことが多かった。


ケンジは夕食を逃すことが増えた。鍛錬で疲れ果ててしまい、宿舎に着いた途端倒れたように眠ってしまう。ダイゴとザボ爺の指導に熱が入りすぎて単純に遅れた時もある。食べ損ねてしまった時は鍋に残された残飯か、または別のパーティの余りを頂戴していた。ミキジロウのおかげで、ケンジ達のパーティはそれなりに顔が広がっていた。宴の際に食料を分けたことからそのお返しを受け取ることもあった。


モモカもケンジと同様に鍛錬を受け始め、新しい風魔法取得に励んでいる。これが想像以上に厳しいらしく、顔を会わせる度に元気がなくなっているモモカをケンジは見ている。


夕食は肉だった。なんの肉だから分からないがエナキが街で買ってきたらしい。ミキジロウが慣れた手つき焼いていく。赤身だったのが、火に炙られてこんがり色に変わっていく。時折塩か香辛料みたいなのを振りかけて。


顔の大きさくらいの塊をミキジロウが皿の上に置いた瞬間、ケンジの手は肉に伸びていた。ジューっと肉の表面が火から離れても音を立てていて、そこから肉汁が滝のように垂れている。絶対に熱い、舌が火傷する。頭で理解していても、流れて出てくる香ばしい香りにケンジの脳みそはやられた。引き寄せられるようにケンジはその肉に思う存分にかぶり付いた。


熱かった。


「なんだよ」


「お前療養中だったよな…? っていうかまだ肉あるんだからがっつくなよ。モモカちゃんまだ来てないだぜぇ?」



「そうだけど?」


「無視かよ!…しかもよ…いやいや、そんな『どうかしましたか?』って顔をされてもよぉ…。ケンジ、お前の日に日にボロボロになっているんだが…」


ケンジは自分の体を見た。手はマメが大量にできており、さらにはダイゴに木刀で打たれた後があり幾つもの痣ができている。特に今日打たれた鎖骨辺りの一撃はかなり効いた。


ちなみにミキジロウは、宿舎でただ寝ているだけだ。本人は宿舎で鍛錬しているというが誰も見てないので疑惑の眼差しをケンジ達から向けられている。と言っても、ケンジ達のためにこうして飯は作ってくれるし、宿舎に盗人が来ないこともないからかなり助かっているのだが…。


「大丈夫だ」


「いや、頭にたんこぶ作ってる奴に言われても…!」


言われて、頭を触ってみた。おぉ、確かに大きな、大きな瘤ができていた。


「ケンジ、お前だいぶ限界だな…」


「大丈夫だ」


「それしか言わないのかよ!!!」


ケンジと同じように肉を手にしていたエナキも流石にケンジの事が心配だったのか「本番前に死なないでよ」と皮肉たらしく言ってきた。「大丈夫だ」で返事した。


それよりも肉が美味しい。ケンジは三個目に手を伸ばした。


「そして死にそうなのがもう一人…おい、うちのパーティ、なんか全滅しそうじゃねぇか!!!」


何をそんなに大声をあげて、とケンジはやまかしいミキジロウを睨もうとして、その途中でその姿を捉えた。宿舎の2階に続く階段からのし、のし、のしとまるで一歩一歩大地を確かめるようにこちら向かってくる影が一つ。モモカだった。髪もボサボサで生気を感じない。


そのまま誰にも挨拶せずケンジの横にドカッ!と座った。驚くケンジを無視して、モモカの手はスッと皿に転がる肉に伸ばされた。グワシっ!と手掴みで肉は握られて、そのままモモカの歯で噛み切られた。


「魔物やん…」


ミキジロウが呟いた。


「あん?」


「ヒェ…モモカちゃん…」


彼女からの心臓を貫くような視線がミキジロウを貫いた。


ただ実にモモカらしいのが、モモカの髪に髪留めがついていた。見る人に活力や情熱を感じさせるような色で、細長い花弁だった。花弁はどう言う仕組みかは分からないが、まるで宝石のようだ。中には白い小さな泡が煌びやかに動いており、モモカの髪をほのかに赤く照らしている。



きっと町中で買ったんだろう、鍛錬で忙しいとはいえオシャレ好きなモモカは変わらないことにケンジは安心した。恐る恐る目の前の魔物(?)に声をかけてみる。


「い、いいじゃん、頭につけてるやつ」


モモカが動きが止まった。


「…ありがと」


と萎むような声でモモカが言った。ミキジロウが「よくやった!」と言わんばかりに親指を立ててきた。


「空を飛べる魔法をモモカは取得したいんだってさ」


視線はモモカに向けたまま、でもエナキは耳打ちするように呟いてきた。エナキは相変わらず町へ出かけているみたいで、何をやっているか分からない。魔法かスキルを取得したいとはこの前言ってはいたが、毎度お馴染み本当かどうか分からない。


ただ、しばらくはエナキもモモカの鍛錬に付き合っていたらしい。おかげでモモカが一人で街中を歩くことが減ったわけで、あの殺害の件もあったことからケンジにとって助かっていた。


「そしたら、『まずは風の気持ちを知らないといけないね』ってその師匠に言われて」


「お、おう」


「モモカ、崖から飛び降りさせられた」


「ブフっ!!」


ケンジは思わず吹き出してしまった。その事実とエナキの言い方がケンジを笑わせた。どうして風の気持ちを知るために崖から飛び降りなくていけないのだろうか。粗治療ならぬ粗修行である。自分の鍛錬もかなり大変であるが、モモカに比べたら何倍も良い方だと思えた。


「何がおかしいの? ケンジ」


「…はい」


なるほど、これは魔物だ…。肉食、ちょうど肉を手に持っているし、の魔物だ。人間の眼差しじゃない。未だ震え上がっているミキジロウの気持ちを理解できた。ケンジは肉を自分の皿に置き、大人しく両手を上げた。モモカの反対側にいるエナキは知らない顔をして肉を齧っている。


けれども、モモカが爆発した。


「私は、ただ『空を飛べる魔法をいつか使えるようになりたい!』って。だって、空だよ、みんな飛びたいとか思うでしょ!?思うよね、ケンジ?!」


頷いた。いや、頷くしかない。


「そうだよね?!人間なら誰だって空を飛んでみたいって思うはずなのに。そしたらハトルちゃん ―――これ私のお師匠さんの名前なんだけど―――が、『そっか。それじゃあ、相当鍛錬を積まないとお空飛べないね』って。そしたら丘の上まで連れて、何をするのかなと思ったら、下にある滝壺に向かってジャンプして見てって。私が『無理!死にます!』って言ったら『落下しなければいいじゃない?飛びたいんでしょ?』って。…そんなの無理すぎるよ…それができたら弟子入りなんかしないんだよ…」


「う、うわぁ…」


頭がおかしいのかもしれない。今日できたたんこぶが思った以上に響いているのかもしれない。


面白い、面白すぎる。そんな指導方法でいいなら自分だってできてしまう。少なくともケンジの笑いのツボを押していた。今の話を聞いて笑ってしまいそうになるも、必死に堪える。今笑ったら、殺される…。


「で、結局何回滝壺に飛び込んだのさ?」


エナキが聞き、モモカは虚な目をしながら答えた。


「…23回」


「ブハッ!」


しっかりと数えているあたり、相当根に思っているに違いない!滝壺に落ちた回数をちゃんとカウントするのはきっと世界を探しても、いや前の世界を探してもモモカだけかもしれない。なんて思えば、ケンジを再び吹き出すには十分だった。


空の木皿が飛んできた。


********


その夕食後のことであった。事が緩やかに動き始めたのが。


まず話さなければならないのは、ケンジはダイゴに鍛錬をつけてもらっていることをエナキ達に話していない。何か揉め事となりザボ爺に迷惑をかけたくない。従って、ここにいることは周りには黙っていてくれ、というダイゴからのお願いであった。だからケンジは『スキル屋で療養するとともに新たなスキルを取得するために訓練を受けている』とだけをエナキ達には伝えている。


ケンジの<<火斬>>がもう二度と使えないことについてはしっかりと伝えた。エナキ達、厳密に言えばエナキとモモカはかなり落胆した様子だった。リーダーでさえ『新しいスキルが同じような火力が欲しいね…』と真面目な表情をしていた。残り2人は『私に負担が…』と『俺様の時代が来たぜ!』と十人十色と言わんばかりの反応を見せていた。


そんな話もあって、場面はケンジが皿洗いをするため井戸から水を組み上げているところに戻る。本来は今日の皿洗いはモモカだが、怒らせてそのまま部屋に戻っていってしまったためケンジが代わりに行っていた。


『後でフォローしておけよ。ああ見えても、モモカちゃん。頑張ってるし、結構真剣に取り組んでみたいなんだからよぉ』


と言っていたミキジロウも部屋へと戻っていた。無論、明日の朝に謝るつもりである。パーティ内の歪みは戦闘の為にもできるだけなくしておきたい。それがケンジのやり方であった。


井戸から組み上げた水は氷のように冷たい。たらいに水を溜め、汚れた食器を洗った。自分が水属性ということは、将来水を操るようなこともできるのかとなんとなく考えながら。


溜まっていた服も今日のうちに洗ってしまいたかった。ケンジは普段よりは遅くまで起きていたが、流石にこれ以上溜めておくわけにもいかない。ミキジロウに任せるわけにもいかないので仕方なく服を取りに部屋へと戻った。


ミキジロウはすっかり寝ていて、エナキが何やら書物に手を伸ばして熱心に読んでいる。ケンジが服に手を伸ばすと、自分も洗うと後にエナキが合流してきた。


バシャバシャ、と水の音だけがしばらく鳴り響いた。


エナキとケンジの2人だけだった、といっても過言ではない。中庭には他の燈もチラホラ見かけるものの、多くはない。火も消され始めていて、辺りは薄暗い。だんだんと闇に包まれ始める。やがて、エナキの表情は目元や鼻などの凹凸はなく、灰色のシルエットだけがケンジの目に映るようになっていた。


唐突であった。そもそもケンジ達は無言だ。何も喋っていない。


「ねぇ、ダイゴの行方知らない?」


灰色のシルエットが口を開いたのだ。


ケンジの体が強張った。森の中で突然魔物が飛び出してきたように、思わず体を身構えたい衝動に駆られた。確かに恐怖心を抱いていたのだ。目の前の人間は同じパーティであるのにも関わらず。


単純に不気味だった。それは聞き方からであろうか、それともどうしてダイゴの居場所を知りたいのだろうかという疑問からだろうか。


「ねぇ、知ってる?」


暗闇を纏いながら影が話す。ケンジはできる限り平穏を装った。跳ね上がっている心臓をなんとか抑えつつ。


「知らないな…最近会ってないし」


「そっか」


「あ、あぁ…」


「……」


「…….」


「…….」


「……どうしてそんなことを?」


向こうが黙っていたから、ケンジは逆に尋ねた。何も不自然じゃないはずだ。


「今日街中でティアに会った時に聞かれたからさ」


「ティアさんに? 同じパーティなんだから一緒にいるんじゃ?」


ケンジは惚けた。ダイゴが選抜パーティを離脱したことなど忘れるはずもない。


「…知らないよ、とにかく聞かれたからケンジなら何か知っているかと思って聞いただけだよ」


「そ、そうか。悪い、知らなくて…」


「謝る事じゃないさ」


洗い物が終わったのか、程なくしてケンジは井戸の前で1人になった。ケンジの手は止まり、まだ洗っている途中の下着を握りしめてしばらく呆然としていた。


おかしいのではないか、とケンジは思っていた。ティアさんがダイゴを人に聞いておいて、ダイゴが選抜パーティから抜けたことを明かさないなんて事があるだろうか。


もちろん、これは憶測であり、あくまで常識としてという感覚的な話であるのは理解している。しかし、その相手はエナキだ。エナキが気づかないと思えない。『同じパーティで一緒にいるはずなのに、どうしてダイゴのことを聞くのだろうか?』と疑問を抱くに決まっている。


今のエナキの問いはさらにケンジを考えさせた。そもそも街中で会ったというのも変な話だ。だって、選抜パーティは表だった行動はできないはずで、町でたまたま偶然鉢合わせたことでさえあり得ない。


彼が知らないというのも不思議な話だ。常にケンジ達の先を行く彼が、ケンジが知っていて本人は知らないなんてあまり考えられない。ティアに聞かれた時点で、なんとしてでも聞き出してくるのが彼の性格に相応しいのではないか、と。


ケンジはほぼ直感的にだが、確信した。つまり、エナキはダイゴが選抜パーティを抜けたのを知っている、と。


脳裏で影のシルエットが残る。その影は去っているが、背後に立っているような気分である。それでもケンジは呟かずにはいられなかった。何も伝えなかったということは、


「お前は結局、何も話してくれないんだなぁ…」


誰も聞いていないとケンジは思っていた。


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