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生涯の思い出を聴く燈たち


「おまえさん、このままだと死んじゃうね!」


「…はい?」


「いいところ後10回ほどだろう、陽が回って」


しばらく固まったまま動けなかった。理解するのに時間がかかったのだと思う。自分は死ぬ、と確かに言われた。ならば、もう少し遠慮して伝えてくれるとか何かしらの配慮があってもいいのではないだろうか。口調も変えず、ましては元気よく余命宣告をされたケンジは一気に混乱した。直球で伝えてくるザボ爺に驚きを隠せない。


―――というか、死ぬって…俺が?


そもそも、死ぬと言われて頭が追いついていない。その間にもザボ爺はケンジの背中をさすりながら診断している。悪口とも言える、遠慮の欠片すらもみえないで言葉で説明していく。やけに元気よく、ハキハキと。


「無理やりこじ開けたスキルの脈が血管に繋がっとる。本来、スキルの脈はなぁ、人間の血の管と繋がらないようにできるべきなんよ! でも、ほらぁ! 見てみ、ここーーーダイゴその位置からじゃ見えんだろ、こっち来なされ。ほらぁ。なぁー、ここだよ。二つの脈が繋がって皮膚から少し盛り上がっておる。うわぁ酷いなぁ…こりゃ…。こりゃぁーいかんよ」


試しにその盛り上がっている箇所を指で押されたのだろう。その瞬間、ケンジの体には激痛が走る。


痛みはそれだけに止まらなかった。押された瞬間、確かにスキルの脈に血が通っているのかもしれない、何かが二つが激突したような流れを感じだ。さらにその衝突が心臓部分に伝わって心拍数が乱れている。不自然に心臓が波打つのが伝わってきて、ケンジの胸を妙に痛みを覚えさせる。


「痛いだろぉ、ここ!なぁ。なぁんでこんなことになるまでほっといたんだよ?」


「あぁぁ痛い痛い!!! そ、そんな、酷いとは思ってーーー痛い痛い痛い!!!」


「ダイゴ、見たろ?ワシがよ、指撫でただけで、ほら! こんないい年した男が悲鳴なんかあげとる。こりゃ、かなり深刻だぞぉ…!」


「痛い!!!爺さん、もう分かったから!やめてくれ!」


「コラァ小僧、暴れるでない!まだ診察の途中だってんだよ!」


と言われてもケンジにはどうしようもできない。ケンジだって生きている。耐えきれぬ痛覚があれば自然と暴れてしまう。


―――痛いものは痛い!


その痛みはこの先ケンジがいくら立派な大人になったとしても我慢できるとは思えない。叫びたい時は叫ぶ。故に診察されている間、ケンジは力の限り叫び続けた。途中、逃げ回るように暴れ回ったがダイゴにいとも簡単に抑え込まれた。


どれだけ時間が経ったか分からない。


診察が終わった頃には、ケンジは台の上にぐったりと倒れ込んでいた。ケンジだけでなく、ダイゴとザボ爺というお爺さんもやや疲れ切った表情をしていた。夕日も沈みかけて部屋が暗くなっていたので明かりがつけられた。壁に埋め込まれた石が光だした。<<魔石>>と呼ばれるもので石自体に魔法が発動できるよう細工されているらしい。


ダイゴは夕飯を用意するといい、部屋を出ていった。すぐ外で何やら切って調理する音が聞こえる。部屋に残ったザボ爺は、机の上で何やら作業をしている。書籍を開き、小鉢を用意して何やらすり潰して調合している。


「今ので、できる限りは治療したさ」


先ほどは興奮していたのか、今のサボ爺の声はやけに落ち着いていた。うつ伏せで倒れているケンジにザボ爺の姿は見えない。ゴリゴリ、という擦れた音が、ザボ爺がまだ作業していることを教えてくれている。擦れた匂いは草をすり潰したような感じだった。


「し、診察中だって…」


「わしも歳さ、ありゃ間違った」


それは間違わないでもらいたい。


「それなのに、お構いなくこの老人を足で蹴っ飛ばしよって…」


「それは…申し訳ないとは思っていますけど…」


もう痛みが限界を超えて、治療されたかどうかも分からない。例えるなら、ナイフで切り開いた傷口に、さらにナイフで傷口を開いていき、海水のような刺激のあるようなものをその抉れた肉に垂らしこむ…とまで想像してケンジは考えるのを辞めた。想像していた箇所の太ももが謎の痛みを訴えた。


こんな粗治療で治るならミキジロウにでもお願いすればよかったのでは、と思った。ミキジロウならいくら蹴っ飛ばしても文句を言われて終わりだ。


「今ので二つ繋がっていた管を分離させ、あらかた塞いだ。ただ一時的だからなぁ。傷口で言えば瘡蓋のようなものを今回作っただけ。しばらくは絶対安静、とまではいかなくとも、スキルを使わなければ体を動かしてもかまわん。もしスキルを使えば、また開けば魔力と血液の二つが混ざり合って脈のある背中が破裂するか、心臓が潰れるからな」


「…本当ですか」


ゾッとした。そんなに酷い状態だったとは思わなかった。なんだかんだいい、手遅れになる前にここに連れてこられて運が良かったのかもしれないとケンジは思った。


「おまえさん、よっぽど酷いスキル屋に当たったんだな。腕の悪いことこの上ない、随分下手くそなスキル脈の作られた方だったよ。それだと作られた時も、痛かったろ?」


ケンジは「はい」と返事をした。もちろん、ここまでの痛みではなかったがその時も痛覚は確かにあった。


ふと、燈は嫌われている、というエナキの言葉をケンジは思い出していた。ケンジ達の知らないところで、モノの価格は上げられて、魔物の素材は安値で取引をされていた。もしかすると、このスキル屋でも自分は犠牲者となっていたのかもしれない。でも、対応してくれたお店の人にそういった面影はなかった、と思うのだが。


「おまけに、おまえさん。火属性のスキルを多用していたな」


「はい、それが1番威力あるんで…でも、どうして?」


「ワシはもうこの道50年やっとる。生涯かけてんだぁ、触ったら、そりゃ大体分かる。体の魔力は強引に属性を捻じ曲げとった。あとは脈の広がり方と作り方からして火属性のスキルだというのは道具使わなくても分かるわい」


それから、サボ爺はあからさまにため息をついた。ただそれはケンジに向けられたものではなく、どこか違うところに向けられたように思った。


「おまえさんも知らないようだから教えておくが、この世の全てに属性っていうもんがある」


「魔物にもあると同じように?」


「そう。それは人間の体だって変わりはせんよ。まず、きっぱり言っておこう。おまえさんの体は火属性に耐えられるような属性じゃない。現におまえさんの体は熱にやられておる。スキル脈から発生した熱に、外側は分からんじゃろうが、少なくとも内側は大火傷よ」


ケンジは言葉を失った。じゃあ、自分はスキルを使う度に自分の体を内側から焼いていたというのだろうか。そんな馬鹿な話があってたまるか。


やり場のない怒りがケンジの心の中に沸々と湧いて出てきた。どうして自身を強くするためのスキルで死に思いをしなければいけないのだろう。それも何もかも全て、あのスキル屋の店の人が原因だ。


「脈からして<<火斬>>じゃろ?おまえさんが使ってるもんは」


「…それも分かるのか?」


「さっきも言ったが、こちとら人生かけてスキル屋やっているんだよ。そんくらい、朝飯前でも分かる」



それからザボ爺は、まるで自身の孫について語るかのように、スキルについて語り出した。


「スキル<<火斬>>はな、体の属性にあえば実にいいスキルなんだ。魔力の消費も少なく威力も、初級にしては中級くらいのいい一撃が繰り出せる。スキル屋にとっても、いいスキルとしてお勧めした時期もあったなぁ。今となっては他のスキルに埋もれて影も姿もないと思っていたが…まさか今日ここで、こんな形でお目に書かれるとは…」


「爺さんは、好きなのか…この<<火斬>>ってスキル…」


「なに…ただ、思い入れがあるって話さ。ワシもいきなりスキル屋になったわけではない。男じゃったから、冒険者に憧れた。当時は多くてなぁ…ワシ以外にもかなりの人数が目指しとった。冒険者になるには、まずは地方の兵士にある必要があった。自分の貯めた小遣い全部握りしめて店に駆け込んだ…。で、買ったんじゃ」


「<<火斬>>を…」


「おまえさんのように、自分の属性なんて考えなかった…。スキルを使った一発目で背中の脈が全部飛んだ」


「え?!」


「そこで冒険者の道はおしまいじゃ。スキルも魔力も使えなくなった以上、戦う道はもう残されていない。そこですごく後悔した…」


しばらく沈黙が続いた。ケンジは目の前の爺さんになんて声を掛ければいいのか分からなかった。首を曲げてよく見れば、曲がった背骨から僅かに覗けるシャツとズボンの間には、大きな火傷の跡が皮膚を変色して残っていた。


背中だけでない、腕にも、手の甲にも、薄くなってはいるもののまるでまだら模様のように爺さんの皮膚は変色している。それが<<火斬>>によって刻まれた跡なのかは不明だが、もしそうだとするなら当時はかなりの重症だったということを物語っている。


「実に幸運さ、おまえさんは。きっとそれなりに体に恵まれたじゃろうな。どれだけ体を酷使知らんが、スキル脈は全壊せずなんとか保っておった。属性にあったスキルを使わなければワシのような場合も…なに、決して珍しいもんでもない…」


ケンジの体は恵まれていた。確かにザボ爺はそういった。しかし、次にはこういった。


「だが、もう<<火斬>>は使えん」


それがケンジにはかなりショックだった。頼りにしていた、技。初めて自分自身で覚えたスキルでそれなりに思い入れがあった。


「どうしても使えないのか…?魔法で補強するとか…」


「生まれ変わらん限り、使えん。二度と使えない」


きっぱりとザボ爺は言い切った。絶望、とはまではいかない。しかしケンジはまるで親しい人がなくなったような、悲しい気持ちになった。昨日まで使っていたスキルが昨日の時点でお別れになるとは夢にも思っていなかったのだ。魔物の肉を炙るように刃が通り、接触部分から火花が散る。刃が通らなければ、火力を上げ強引にでも断ち切ろうと動かせるスキル。<<火斬>>。


キラーモントや他の魔物を蹴散らし、ケンジを支えてくれたスキルは今日で消えた。次の狩りからどうすればいいのか。皆になんて伝えればいいのか。ましてや燈が虐殺されたなど、今後にとって大きな問題だって抱えている。色々考えなくてはいけないのに、強くならなくてはいけないに。でも、ケンジにはもうそんな気分になれなかった。


「そんなしけた顔するな」


「え」


「駄目だったら、他のスキルを使えばいい。これも何かの出会いだ、ワシがお前さんにぴったりのスキルを教えてやる。名は<<糸雨>>。火斬のような派手さはかけるが、切れに特化したスキルじゃ」


ばしっと背中を叩かれた。


「さっきの話も聞いとった。誰かを守るために強くなりたければ、強くなればいい。ワシの稽古はかなり厳しい、くたばるんじゃないぞ、小僧」


後になって、この言葉に救われていたことにケンジは気づいた。叩かれた背中はヒリヒリしていたが、意識を失う前に比べればどうってことなかった。

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