有意義な時間を過ごす燈たち②
「こんばんは」
相変わらずの長い黒髪を靡かせて、確かにミライはケンジの後ろに立っていた。訓練時の時に支給された一律の服とは違い、自身で購入したのだろう、なんだか少し気品さを感じる。
なんだか座っているのが申し訳ないと感じて、でも何をすればいいのか分からなくて、ゆらゆらとケンジは立ち上がった。
「えっ、ミライちゃん!?」
対してモモカはすぐさま立ち上がって、電光石火の如くミライへと飛びついた。ミライは嫌がることなくモモカを堂々とキャッチした。身長的にもモモカの方が小さいが明らかな差があるわけでもない。多分魔物との戦闘で慣れているのだろう、モモカの抱きつく勢いがかなりあったが動じることはない様子だった。
「どうしたの、なんでここにいるの?!」
モモカは興奮が隠せない様子で、まるで小さな子供のようにピョンピョン跳ねながらミライに尋ねる。ケンジも気持ち的には同様である。
「うーん。強いて言えば、初討伐おめでとう、を伝えに…かな。まさか、こんなお祭り騒ぎになっているとは夢にも思わなかったけど」
苦笑いを浮かべている。瞳には祭りの中心であるの空高く燃え上がる火が映っている。
「そっか、いや嬉しいよ。ほら、遠慮せず色々食べて」
モモカがすぐ近くのテーブルから料理を片っ端から運んでくる。
「1人で来た感じ?」
ケンジはミライに尋ねた。モモカと喋る時とその口調は変わらない。
「うん。本当は一緒にティアさんも来る予定だったんだけど、コウガさんに呼ばれて後で迎えに来てくれるみたい。まだ夜遅いわけじゃないからいいけど、ここで話してたらきっと夜遅くなるからって」
「そしたら泊まっていけばいいよ、ティアさんも一緒にさ!私の部屋、今は誰もいなくなっちゃって寂しいからさ。そう、それがいいよ!」
「ふふっ、そうだね。それもありだね」
「そうと決まれば部屋汚いから片付けてくる!ちょっと待ってて!」
ミライの手からすり抜け、モモカはすぐ側にあった階段へと登って行った。ダイゴさんはどうするつもり、とケンジが尋ねる前に…。モモカの部屋もケンジ達と同様に2階に位置する。モモカが1人で1つの部屋を使っていることは知らなかった。
「…」
その場にはケンジとミライだけが残された。ケンジも、ミライも同様に見えた、しばらくモモカが去った階段を眺めているだけだった。すぐにモモカが戻ってくるはずもなく、それでもケンジはやや助けを求めるように階段を眺め続けた。
まさかここでミライに再び会えるとは夢にも思っていなかったのである。
「とりあえず、食べてようかな。私まだ何も食べてないから…」
「あぁ、い、いいよ。これ椅子。形だいぶおかしいけど…」
「大丈夫、ありがと」
「他には…?」
「モモカちゃんが取ってくれたので十分すぎるよ。私には多すぎる」
「そっか」
「うん。いただきます。…っと、その前に」
長い髪が食器の中に入らないようにするためだろう、腕に巻いていた髪留めを使って髪を結う。長く広がる髪は一つの束となって彼女の背中に流れた。
気まずい。少なからずケンジにはトラウマがある。それは最初にミライに話しかけた時のことであった。「ミライのことを知っている」と遠慮もなしに打ち明けたことがトラウマのキッカケとなった。その時にあからさまにミライに嫌な顔をされたのが、ケンジにとってこれ以上にない心のダメージとなっていた。
「うん、美味しい。これ、誰が作ったの?」
「皆で作ったからなんとも言えないよ…。でも俺たちの中だったら、魚を担当するのはミキジロウかな。ああ見えて魚捌くのとか上手なんだよ、アイツ」
「そうなんだ。こう言ったら失礼かも知れないけど、結構意外」
「あぁ、意外だよな…」
「うん」
話は一旦そこで途絶えてしまった。
―――何やってんだ、俺…!
普通に話せばいい。むしろ今まで話したかったはずだ。しかし、いざ本人を目の前にすると何を話せばいいのか分からなくなる。
一生懸命になって話題を探すケンジだが、すぐに思いつきそうになかった。情けない話、一口二口器用に崩した魚の切り身を口運んだミライがケンジに話しかけてくれた。
「今日、遠目からケンジ君達の戦い見ていたんだけどね」
「あっ、そうか。どうだった…連携とか…。酷くなかったか?」
「羨ましいなって思ったんだ」
意表を突かれた。
「羨ましいって…?断然選抜パーティの方がいいと思うけど…強いしさ」
「強さで言ったら、それは私たちの方になるけど…。そうじゃなくてね、なんか1つのチームとしてみんなが必死になって動いている感じが、ヒシヒシと伝わって来たんだよ」
「協力し合っている、ってことか?」
「そうそう。選抜パーティはね、1人1人の力が強すぎて良くも悪くも1人でこなす事が多いんだ。ほら、今日の狩りだって私たちはそれぞれで戦っていたからね」
サラッとミライは言うが、かなり凄いことであるとケンジは思った。複数人で戦闘を運ぶようにすること、それもドーバンの教えの一つだった。個々で魔物を相手するのは利口ではない、想像を超えるような一撃を受ければ、命を落としやすくなると言うのが彼の口癖の一つであった。だから、仲間との連携はかなり力を入れて訓練させられたのを覚えている。
「正直、悪案だと思っている。けど、複数人で魔物を狩りする必要は逆に個々の能力が活かせないって。少なくともコウガさん達は思っているみたい。だから、今日はケンジ君達の仲間を想い合うような戦いが見れて良かったなぁ…」
そう言われて考えた。確かに、エナキが怪我を負った時はケンジが自ら囮になると買って出た。ケンジがピンチの時はミキジロウが肩をさせて引っ張ってくれて、またピンチの時はエナキが支えてくれた。魔法使いのモモカが標的にされないようケンジ達が前衛となり、モモカを木々の後ろ隠しながら戦わせた。そのモモカが最後の最後で強力な魔法を放ったおかげで隙ができて、エナキとミキジロウが前足を使い物にならなくした。
案外自分のパーティは連携が取れているのではないか。討伐前までは貧乏でどうしようもないパーティだと思っていたが、それは追い込まれていたから全てが悲観的に考えるようになっていただけであり。いざ余裕ができればそんなに悪いパーティでないのでは…。
「それなら良かったよ。てっきりだめだしされるのかと…」
「ははっ、そんなことはしないよ」
それからケンジとミライはたわいもない会話が続いた。ダイゴさんは案の定一匹狼でよく姿を消してパーティを困らせているとか、モモカは意外にも魔法に興味があってそれを学ぶための書物を購入していたとか。ティアさんは生き物が好きで将来的に戦いにも参加できるような強い生き物を育てたいだとか、ミキジロウはああ見えて早起きが苦手だとか。
「正直、エナキ君には私、言いたいことがあるんだけどね」
「えっ、そうなのか?」
「この前うちの宿舎に来た時、棚の中の食器割って行ったでしょ? あの中に、私のお気に入りもあったんだよ」
「…なるほど」
ケンジが棚に突っ込み壊してしまったのだが…。このままエナキのせいにしておこう。そのくらいしても許されるはず。
だいぶ話し込んでも宴は終わりそうになかった。むしろ、さらに盛り上がりを見せていた。炎も天高く登っている。火の周りを皆で手を繋いで円となり、足を前に、横に、後ろにと。そしてジャンプ、と何やら見たことないダンスを踊っている。
「それで、ケンジ君」
「うん?」
「何か思い出した? 私のこと」
急に真面目な話になって、ケンジは思わず身構えた。「そうだな…」と場を繋ぐようになんとなく呟き、それから水を飲んだ。いや、こんなことをしても何も思いつくわけがない。
「実は、あれからずっと気になって….。何か思い出してくれていたらいいなって」
「ご、ごめん。特に何も思い出していないんだ、あれから….」
「そっか…。ごめん、こっちも押し付けたみたいになって」
ケンジは申し訳ない気持ちになった。あれから、『ミライのことを知っている』その感覚程度くらいしかケンジは思い出してはいない。そのことをミライは知っている話で、またここでケンジが伝えたところでどうしようもない。
ただ、ケンジはそのことについて考えたことがある。推測というべきか、いや、あくまでケンジの記憶、感覚を頼りにしたわけだから憶測に近い。同じパーティであるエナキが、自分と差をつけて必死に生きようと試行錯誤をしているのに触発された。本来ならキラーモント戦の前か後に伝えようと思ったが、タイミングを逃していた。
「あのさ。もしかしたら間違っているかもしれないけど…」
「?」
ケンジは思いついた説を一通り話した。召喚の前世界で、ケンジとミライは元々知り合いだったかもしれないということ。ミライは全て忘れ、ケンジはミライという人物かどういう人ということは全て忘れて、幸いにも知り合いだったという記憶だけが残った、ということ。
ミライはこちらを見て、頷きながら聞いてくれた。真剣な表情で、大きな瞳は常にケンジに向けられていた。その眼差しは、肉食獣に見つめられたような話を聞きたい様子であり、一言一言を間違わないようにとケンジを慎重にさせる。
全て語り終えた時、ミライは指を顎に当てケンジの説を真面目に考えているようだった。そして、
「確かにその説、合っている気がすると思う」
とミライから聞けた時、ケンジは嬉しかった。「でも、私はケンジ君のこと忘れちゃったことになるね…。ごめんね」とミライが謝ってきてケンジは首を振った。自分なんか覚えていても何もいいことがないだろう。忘れたっていいよ、とケンジが言うと、今度はミライが首を振った。
「忘れていいことなんて一つもないよ。一つも。もしかしたら、その思い出が私の人生に関わる大事な記憶だったかもしれない。その記憶で、心を燃やして何かを頑張っていたかもしれない。そう考えたら、もう忘れちゃったけど…。ううん、忘れちゃったからこそ、いつか全部思い出して本当の自分を取り戻したい」
なんか恥ずかしいことを言ってしまった、とミライは頬を掻いた。聞いたケンジは、少しの間言葉を失っていた。一瞬ミライとエナキが付き合っているのではないかと錯覚した。少なくとも、2人が実は密かに会っていて、お互いの考えを共有しているのではないかと思えてしまった。そのくらい、ミライの言ったことはエナキと似ていた気がしたのだ。
しかし、厳密考えれば違う、とケンジは自分自身を否定した。エナキは大事な記憶を失ったことでさえ、いずれ忘れてしまうことに対して恐怖感を抱いていた。対して、ミライは恐怖感ではなく、いつか必ず取り戻してやろうという強い意志をケンジに語った。
記憶、という共通点が2人にあっても、受け捉え方は異なっている。
対して自分はどうだろうか、改めてケンジは考えてみた。やはり、そこまで『失った記憶』に対してこだわりがあるわけではなかった。エナキに触発されて少しは考えてみたものの、ケンジから自発的に何かしらの思いを抱いたわけではない。
モモカとミキジロウは失った記憶のことについてどう思っているのだろうか。モモカは今を生きるのに必死でそれどころじゃない、みたいことをエナキの口から聞いたのを思い出す。ミキジロウは、そもそもこういったしんみりする話をする想像がつかない。
自分の記憶は、どうなんだろう。ケンジは思った。
「実は私、思い出しことが一つあるんだよ」
唐突も唐突だった。ケンジは顔を上げた。ドヤ顔、と言うべきだろうか。聞きたいか、と言わんばかりのニヤニヤした表情をミライは浮かべている。悪気はしなかった。ケンジは飛びついた。
「え?本当か?!」
「うん、上を見てよ」
ミライは上に指した。
ケンジは同じように、上を見上げた。空があり、暗闇の中で何やら無数に白点が見える。時には青白く、時にはオレンジ色へと輝いている。そして、三日月が山脈の方から顔を出していた。
夜空には無数の星が広がっていた。その中に、一瞬だけ一本の青い一筋の光が見えた。その光の筋はまた同じような光を放つ。ミライはどうやら、その一筋の光のことを指しているようだった。
「あの青い光。あれはなんと、前の世界にありました」
ドヤァぁぁぁあ、とミライの顔は得意げになる。口調は落ち着いているように見えても、顔には全て出ている。
「流星ってこと?」
瞬間、ミライの顔は萎んだ。大きく膨れていた自信は、バァン!と大きな音を立てて爆散したのをケンジは感じた。少し動揺しているように見える。少なくとも顔に出ている。
「あっ、ケンジ君は知っているんだ….。私はものの見事に忘れてたよ、うん。そう…。そうなんだ、流星! 流れ星とも言うけど、どちらかというと流星、って方が好きかな。なんか響きがかっこいい」
「流星…か」
ケンジは噛み締めるように、言葉を紡いだ。流星、考えても見なかった。あれが元いた世界にも存在していたということを。
となると、意外にも前の世界と共通することは認識していないだけで他にも沢山あるのかもしれない。あの星空はどうなんだろうか。前の世界では空は何色だっただろうか。昼夜で広がる色は違ったりするのだろうか。少なくとも今のケンジには何も思い出せていないが。
「うん。あの青い光は私たちがどこに行っても変わらないだよ。これって、凄いことじゃない? 私たちは元のいた世界とこの世界はきっと繋がっているんだよ。あの光、流星はきっと元の世界の手掛かりになるんじゃないかなって、私は思うんだ」
流星。流星が元の世界とこの世界の共通点であるならばミライの言う通り何か手掛かりになるかもしれない。
「私たち選抜パーティはね、まぁもう訓練終わった今で選抜パーティと名乗っていいのかな…。とにかく、選抜パーティはね、元の世界に帰りたいと思っているんだよ」
「そうなのか? エナキからは選抜パーティは王族に対して怒っているって聞いたけど…」
ミライは困ったような表情を浮かべた。
「どちらかと言うとそれはコウガさん達かな。私とティアさんは少なくともそういう風には思ってもないよ。仲良くなれるなら、仲良くなりたいと思っている」
そうなのか、この時のケンジはさほど深く受け止められなかった。元の世界に帰りたい。それは生活に余裕があるミライだから言えることで、ケンジにとっては明日の生活を今日掴んだばかりだ。次元が違いすぎる。
ただ、間違った思い込みをしているは事実だった。てっきり、選抜パーティ全員が王族に対して怒りを覚えているので…と。ケンジは目の前の流星に興奮するミライを眺めていた。
「だから、少しでも前の世界と共通点が見つけられて嬉しい。…我ながら、本当に凄い発見だよ。空を眺めれば勇気をもらえる気がする」
いつか帰る時が来るのか、そんな時のことをケンジは思った。その時はミライと一緒だろうか。
「ケンジ君のおかげだよ」
「俺? いやいや俺は何もしてないよ」
「ううん、きっと話しかけてくれたことがきっかけだと思う。少なからずケンジ君と一緒にいた方がいいのかなって…」
「そ、そうか」
ふと向こうの方で、空に上がる淡い光が見えた。白い筒に包まれているのか、ゆっくりと、風に導かれるようにゆらゆらと空へと登っていく。オレンジ色に輝くも、町を照らすには圧倒的に小さくこんな風に空を見ていない限りは存在自体気づかないだろう。
「綺麗だね…」
しばらくケンジ達は眺めていた。空と、その光と。その光が山脈を越え見えなくなった時、それで彼女はこういうのだ。
「ねぇ、ケンジ君―――」
「選抜パーティに入らない?」
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ーーーミエーランの地に召喚され、145日目。
ミキジロウ、例の事件で意識不明の重体。
右腕の負傷激しい、実質戦闘離脱と判定
物語折り返しです
ここから伏線回収していきます