有意義な時間を過ごす燈たち➀
「宴だ宴だー!オメェら、あー盛り上がってまっか?!!」
「「「おぉーーー!!!!」」」
宿舎はお祭り騒ぎとなった。形が不揃いの椅子で大きな火を囲い、自作したテーブルの上にはそれなりの料理が並べられた。火の前では自身で即席した台の上に乗り、ミキジロウがボケたり歌を歌ったりなどを繰り返して皆を楽しませようとしている。
想像以上に宿舎にいた燈は少なかった。洞窟にいたあの頃の人数の面影はなく、今日この場に集まったのはザッと40人前後かと思われた。意外にも訓練終了後にこの宿舎を出て行ったものが多いらしく、中にはミエーランの東側にある村に滞在する者もいるとケンジは耳にしていた。
「あーゆーことはさ、ミキジーしかできないよね」
ケンジの隣にモモカがやって来て、すぐ隣の椅子へと座った。火から少し離れて薄暗く、ちょうど会場全体を俯瞰できるような位置にケンジはいた。エナキは他の燈達との会話を楽しんでいる様子だった。情報交換に励んでいるのかもしれない。
「あーゆーことって?」
「みんなの前でボケたり、お歌を歌ったりさ。それに、食糧だってミキジーがほとんど自分のお金から出してくれたじゃん。『皆の幸せは、あー俺の幸せだ〜!』とか言ってさ。普通、そんなことはできないよね」
しばらく、お金に困ることはないはずだった。だが、ミキジロウのあの散財をみるとまたすぐに討伐に行かないといけないなとケンジは思った。
なんとかケンジ達はキラーモントの討伐に成功することができた。合流した選抜パーティのダイゴやティアの2人に誉められたが、正直ケンジの体が1番ボロボロであり、意識も軽く飛んでよく覚えていない。ミライが色々気にかけてくれ、回復魔法をケンジに発動してくれたおかげで、今こうして起き上がれるくらいまでは体調が戻っていた。
討伐後、切断したキラーモントの頭部と、選抜パーティが邪魔にないようにと退いてくれた魔物の素材。それをさらに大きな袋に詰めてケンジ達は街へと帰った。選抜パーティはこの後用事があると門の手前付近で別れ、ケンジ達は兵士のいる門へと辿り着いた。ケンジ達のボロボロ具合と、かなり大きな袋を前にして兵士はかなり驚いていた。
事務所に行こう、とエナキに言われた。いつもの素材を引き取ってくれる換金所を通り抜けて。それはそれはかなり立派な建物にケンジ達は辿り着いた。
途中、袋を何度も持ち直していたら兵士の何人かがケンジ達を手伝ってくれた。こんな汚れた格好のままでいいのかと焦るケンジ達を他所に、エナキは気にせず入っていった。
中もかなり綺麗で、場違いであるとケンジは思ったが、中の人が気にする様子はなかった。むしろ、ケンジ達の袋の大きさを見るなり歓声を上げてケンジ達を讃えたのだ。
『討伐ギルド、義勇兵とか兵士が集まる組合さ。手配書の出所はここだよ』
エナキは確かにそう言った。キラーモントの手配書を見せて、その証拠となる素材を受け付けの者に見せた。『確かに』という言葉を聞き、その数分後にはケンジ達に小さな袋が渡された。開けて、驚愕した。銀貨が30枚ほど入っていたのだ。
どうやら中身を確認していないが、選抜パーティからもらった素材が貴重なものが多く高値で買い取ってくれたらしい。そんなことはどうでもよくケンジ達はその場で飛び跳ねたり、寝転んだり、知らない奴にハグしたりして喜んだ。
1人、銀貨7枚。ケンジとミキジロウは今回の立役者ということで8銀貨を貰ったのだ。
また明日を生きられる。少なくともケンジはそれが何よりも嬉しかった。
「モモカだってお金貰っただろ、少しくらいは分けてもいいんじゃないか?」
「私のお金は私のモノだよ。他人にあげるなんて、あっかんべー! 絶対に嫌だよ。もう色々買いたいのがあるんだぁ、杖だってさ、服だってさ、魔法書だってさ。家具だって欲しいな。私の部屋のベッド、結構壊れてきているんだ。自分で直していくだけじゃさぁ、いくらなんでも限界あるし」
そういうモモカの服は、確かに当て布されたような跡が残っている。
「だから、素直にミキジーは凄いなって思う。あぁやってさ、他の燈のみんなが自分たち見たく飢えているかもしれないからって自分を犠牲にしてさ。そうやって、人のことを考えて迷いもなく行動できるのはやっぱりミキジーのいいところだよね」
少し離れた位置で皆の騒ぎ声と、パチパチと音を鳴らして火が動いている音が聞こえる。そんな景色をケンジは眺めながら、地べたに置いていた木鉢を手に取り、中の魚に齧り付いた。素人の手作りを感じるような、やけに脂っこい舌触りを感じたが味は申し分ない。水を飲むと、パァーと油が溶けていくような感覚をケンジは覚える。
「そうかもな。俺も、今日は正直心が折れそうな時があったんだ」
キラーモントから重い一撃を喰らって、木に叩きつけられたあの時だ。目の前には水底の風景が広がって、何かの声が聞こえて浮上し始めた。そして最終的に水面まで引っ張り上げてくれたのは得体の知れない声のおかげではない。ミキジロウのおかげだ。それからケンジは完全に覚醒した。何よりもミキジロウが駆けつけてくれて心強かったし、頼もしいと思った。自分が1人じゃないと思えたのだ。
因みに、あの水底の光景は一体なんだったのか、ケンジは今になっても分からない。今となってはあの女性のような声も響いてくる気配すらない。
「ほんと?全然見えなかったよ」
「実はそうなんだよ。倒れていた俺を、アイツ支えてくれてさ。あんな風にふざけるみたいな感じで、しつこいくらい話しかけてきて―――」
「…それって、私の名前が上がらなかったヤツの話?」
ジトォーとモモカがケンジを睨みつけてくる。しまった、とケンジは慌てて話題を変える。卑猥なことでもあり、正直ミキジロウなしでケンジ1人がここで話すのはかなり分が悪い。
「そ、それもそうだけど、それだけじゃなくてさ。普段から支えられているって話だよ」
「…そっか、普段からか」
「そう普段から」
「そうなんだ」
「そう。そうなんだ」
「……本当に?」
「ほ、本当だ!しつこいな、モモカは…」
「私がいけないのかな?」
「いや、俺です…」
これ以上は話してもボロが出るだけだと思い、逃げるようにケンジは再び魚を口の中に運んだ。やっぱり、脂っこい。モモカは不服そうだったが、ひとまず収まってくれたようだった。
「腹いっぱい食える日が来るとはな…」
「そうだね…」
本当に、まさか腹一杯に何かを食べれるようになる日が来るとは思わなかった。訓練時も肉や野菜など出てきたことはあったが、どれも少量であった。そして山菜おかゆの存在を忘れてはいけない。あれにはかなりお世話になった。
ケンジの腹の中には肉や野菜、果物などがたらふく詰め込まれている。これがやがて、血となり、魔力となり、己の体を作り上げていくということだろう。
「ケンジ君」
不意に声をかけられて、ケンジは振り向いた。嘘だろ、と思った。
―――ミライだった。