彼の手の中で踊った燈たち
「終わったわよ」
ケンジ達がキラーモントとの戦闘あった離れた近くで、ティアが呟いた。彼女のその瞳は黄色の光を放っている。スキル、<<スコープ>>を使っているからだ。おかげで遠くまで視野が広がり、ケンジが魔物の首を落としたところまでティアには見えていた。
「ギリギリのところね。戻って行ったエナキくんが指示を出してからは早かったって感じ」
キラーモントの弱点が頭部と胴体を結ぶ首元であるということをエナキに伝えていた。だからこそ戻ってすぐ、足元を狙い、体制を崩してから首元を狙うという作戦を立てることができたのだ。最も、そのことはエナキが負傷してこちらにやって来なければ伝わることがなかったのだが…。
エナキの傷は酷く、確かに<<応急処置>>では間に合うかどうか分からないほど致命傷ではあった。けれど、本人の精神力とスキルを扱う技量、そしてティアの回復魔法、<<エムキュア>>で立ち直ることができたのだった。
「本当にあなたといい、コウガといい性格が最悪よね。弱点だって最初から教えてあげればいいじゃない?共闘することを拒んだり、どうしてこんな回りくどいことをするのよ?」
黙々と武器の手入れをしているダイゴに声をかける。斧には魔物の体液がかかっており、終わるにはもうしばらくかかりそうだった。
「アイツらのためにならないだろう」
「死んでしまったら元もこうもないわ」
「死ななかっただろ」
「結果論じゃない」
ティアは納得いかなかったが、ダイゴが黙ってしまったのでもう何も聞かないことにした。もう何を言ったとしても返答がない、ということをティアは何度も経験していたから分かっていた。ああやって何か物事に集中しているダイゴに話しかけても無駄なのだ。
「こっちも終わりました」
茂みの中からミライが出てきた。横には、魔物の素材を詰め込んだ複数の袋がフヨフヨと宙に浮いている。彼女には、討伐した魔物の素材を集めてもらっていた。本来ならティアも手伝いたいところだったが、ケンジ達を見守っている必要があった。
「ありがとう、ミライ。もうこのパーティで私の味方はミライだけね」
「ど、どうしたんですか…あっ、いや、なんとなく分かりましたけど…」
「….」
「そう。はぁー、いつものやつよ」
大きな、大きなため息をティアがついたとしてもダイゴは気にしている様子はない。それがティアをさらに不機嫌にさせる。少しは周りを見る、他人に気を遣うとかできないのかしら、と呆れた。
対してミライは周りに気を配れる人柄だ。パーティ内の人間関係や雰囲気で参ってしまっているティアの苦労も知っているし、年齢が低いのにも関わらず相談に乗ってくれたりする。コウガやダイゴともそれなりに良好な関係を築いているみたいで、もしかするとミライはティアよりも人との交流に長けているのかもしれない。
今もミライはすぐに状況を把握したようだった。ダイゴとティアを見比べ、そして、ダイゴが黙り続けるのを見て苦笑いを浮かべた。
「向こうも終わりましたか?」
ミライが不安そうに聞いてくる。ティアはできる限り笑顔を作った。
「うん、ようやくね。ひとまず誰も致命傷は負ってないわ。早いところ合流しましょ」
その一言を聞いてミライは安心したようだった。ミライがケンジ達のパーティを心配しているのをティアは知っていた。友人のモモカや前の世界で知り合いだったと言い張るケンジがいたパーティだった。ケンジ、という子がティアはどういう人は知らないが少なくともモモカとミライの仲が良いことは訓練時から知っていた。たまに2人で町に出かけていたのも見たことがあった。
―――理解できないのは、ダイゴの方ね。毎度のことだけど。
一方で、ダイゴの表情からは何も読み取れなかった。ケンジ達が無事手配書の魔物を討伐して喜んでいるのか一切顔に出ていない。仏頂面で、今も武器を手入れしている。
立ち去るためティアは荷物をまとめた。いつでも援護射撃できるよう弓矢や一通りの道具をすぐ隣に置いていた。
―――いいパーティね。
ティアはケンジ達のパーティが少し羨ましかった。協力的で、楽しそうで。
選抜パーティはケンジ達のように皆と協力して何か物事を進めるタイプではない。どちらかというと個々が好き勝手に行動すると言ったようなことが目立つ。
だからこそ、コウガの部屋にソファや棚、机、おまけに食器類が突然設置された時は本当に驚いた。朝何もなかった空っぽの部屋が、帰ってきたら実に充実した部屋に生まれ変わっていたのだ。どこから調達したのか、お金はどうしたのかティアが聞いてもコウガはただはぐらかすだけだった。ミライはもちろんのこと、唯一知っていそうなダイゴはあの性格だ。教えてくれそうにない。他のメンバーも同じだ。
「今日の夕飯はエナキ君達と食べよっか?」と聞くとミライは素直に喜んだ表情を表し、ダイゴは軽く頷いたんだかまだ武器の手入れをしているのかよくわからない素振りを見せる。本当に何を考えているんだか。再び心の中で悪態をついた。
―――でも、もっと理解できないのは…。
ティアはまだ効果が続いていたスコープでケンジ達のパーティを見つめた。キラーモントの上に4人で立って歓喜しているのが見える。その中で、ティアはエナキを見た。今回の功労者と言ってもいいケンジの肩を組み、モモカとミキジロウの前で笑顔を零している。
―――あんな表情もできるのね、エナキ君。
ティアが選抜パーティに加入したのは、訓練時が始まってから中盤辺りだった。コウガがティアに声をかけてきたのだ。その時には既にダイゴとミライ、さらに他のメンバーも何人か選抜パーティとしていたということは加入後知った。当時のティアの能力は、パッとしなかった。平均よりは上とはいえ、そこまで高いというわけではない。どうして自分なんかがと最初は考えたが、それは加入して間もなく、体をもって理解させられることになる。
自分が選抜パーティに加入にしたことをティアは死ぬほど後悔したことがあった。痛む体の箇所を手で撫で続けた。回復魔法を使えば痛みはすぐに取れるのだが、何故かその痛覚を味わっていたかった。
泣いた。枕を抱きしめて、時には顔を埋めて。シーツもグチャグチャになったベッドの上で、1人で夜を明かした。新しい命が誕生しないことを心の底から祈った。そんな夜をティアは経験している。
しかし、今となって後悔していない。それは、生活や身の安全が保障されているからだ。ケンジのパーティ達のように、お金に苦しみパーティはもちろんのこと、最近はお金の欲しさのために危険を犯す燈が増えてきているとも言われている。
犯罪に手を染めれば、王都の兵士が黙っていない。ミエーランの治安を守っている彼らがどういう処罰を下すか知らないが、場合によっては手か何かをその場で切り落とされても不思議なことではない。
選抜パーティに入ることは、自分の命も保障される。お金に困ることはない。だから犯罪に手を染める必要もない。だが、誰でも好きで入れるわけではなかったから、加入できたのはミライのような相当実力者かティアのように別の用途があった者だけだ。
だから、勧誘を断る人なんていないと思っていたのだが…。
―――エナキ君…。今、私は。あなたが1番不気味よ。
「ミライちゃん、袋、いくつか持とうか?」
「いえ、大丈夫です! これくらいどうってことないですよ」
ミライの素直な心に浄化されていく。思わず抱きしめたいと思った、と気づいたらティアはミライを抱きしめていた。
酸素を求めてモゾモゾと胸元から顔出す彼女は本当に愛苦しい。埋もれながら「急に何するんですか…」と頬を赤くしながらミライは呟いていた。ティアは再びミライを胸に埋めるように抱きしめた。
―――あなたが、ダイゴに嘘を付かせたのは本当なの…?
それは、エナキのパーティと合流する前にダイゴから指示されたことだった。
『キラーモントは、単独で行動する魔物だと奴らに説明する』
どうしてそんなことをする必要があるのか、ティアを含め、ミライも首を傾げた。キラーモントに進化前と考えられている、アリーモントは決して単独で狩りを行う魔物ではない。むしろ集団で獲物を探すからこそ厄介な魔物であるのだ。そんな大事なことを隠し、敢えて逆なことを伝えるのは一体全体どういうことなのだろうか。手配書にだって、個体ではなく、複数体であるというのは依頼を受理した時に聞いているはずだ。
流石のティアもこの時はダイゴを問い詰めた。すると、珍しくダイゴがポロッと吐き捨てたのだ。
『依頼主の意志だ』
依頼主、はティアにも心当たりがあった。つい先日、エナキとケンジが選抜パーティの隠れ家に来ていたのを見かけたからだ。急ぎだったのにコウガに頼まれたから仕方なくジュースを差し出したのを覚えている。別の日には、エナキが食材を運んできてくれたのも何度か見かけている。選抜パーティのメンバーは一部の素行悪さにより、全員が街中を堂々として歩けるわけではないからだ。
依頼主は、エナキだ。エナキしかいない。
ティアはエナキがリーダー格であるのは聞いていた。コウガの勧誘を蹴ったのだから尚更だ。そのエナキの意志だ、とダイゴは言ったのだ。直接名前を言ったわけではないが、ティアもそこまで馬鹿じゃない。
依頼主と意志ならば仕方ない、とティアとミライは渋々従った。納得はできなかったが…。故にわざわざ群れから遠く離れて迷い込んでいるという都合の良いキラーモント1体をエナキの<<ディテクト>>のスキルで探しだし、残り複数いたキラーモントはティア達が対峙することになったのだ。
ティア達はケンジ達を傍観していたわけでは決してない。仲間が危険な目に遭っていると嗅ぎつけ救援に向かおうとする他のキラーモントを全て一掃していた。ケンジ達から少し離れ、惹きつけられるようキラーモントが好むと言われている、燃やすと甘い香りがするという木を木組みして寛大に燃やし続けた。結果、大成功だった。キラーモントはケンジ達にはいかず、全てティアたちに寄ってきた。
ケンジ達のキラーモントはきっと目の前に怒りに囚われていたのだろう。こちらまでやってこなかった。想定はしていたが、これは結果オーライだ。
「さて、行きましょう!」
「どうしてハグしたんですか…?」
動揺するミライは本当に天使だ、とティアは思った。
「自分の可愛さを呪いなさいな。ダイゴ、合流するわよ」
「分かった」
いや、そもそもおかしい話だ。この話は始めからイレギュラーなのだ。選抜パーティが他のパーティの手助けを行うなんてこれまでに一度もない。いくらエナキが自分達の食材を運んできてくれていたとはいえ、あのコウガが人の頼みを聞くような男には思えない。となれば答えは一つしかない。
―――あなたはあの、コウガも欺いたのよね。そうよね。
まだティアの目に、何食わぬ顔で笑うエナキが映る。自身のパーティも騙し、ダイゴに嘘をつかせ、ましてや最強の燈と言われているコウガも彼の手の中で踊らされたのだ。
彼は賢い。今日だって切り裂かれていたけど、本当に傷を負っていたのだろうかと疑いたくもなる。わざと傷負ったのではないか、選抜パーティと合流するために。本当に致命傷だったのか。それにしてはやけに回復が早かった気もする。
そんな憶測がティアを新たな悩みの種となり、頭を抱えたくなる。
ケンジ達と合流するため、数々のキラーモントの胴体だけが転がる中を3人で歩いていく。ダイゴだけは少し離れた位置で。
―――そのパーティにこだわる理由は一体なんのかしら、エナキ君?
ティアの心の中で問いかけるが、もちろん誰も答えるものはいない。