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反撃を開始する燈たち



―――灯してください


「?!!」


今度は、ケンジの耳に届いた。はっきりと。


声色からして女性らしかった。が、少なくともケンジの知っている者ではない。その姿は見えない。変わらずケンジは暗黒とも表現できる真っ暗の水の中に沈んでいる。底も見え始め、薄汚い泥には人骨とでもいうような何者かの骨が埋もれていた。持ち主が人間だったとか、魔物だったのかそこまでの判断はできない。


そして、その身元不明の骨たちはあちこちで散らばっていた。その数は数え切れそうにない。広大に広がる泥の中に、まるで河川の脇に転がり落ちている石ころのようにおびただしい。骨たちはほぼ埋もれてしまっているものもあれば、きっと泥深くに眠っている骨もあるだろう。不気味なのは半分埋もれ、残り半分は泥から姿を現している奴らだ。まるでケンジがこちら側に来るのを見届けているかのようだった。


ただ、ケンジに恐怖心はなかった。もう、浮上しようと踠こうともしなかった。目も半開きで、これ以上は残された力がないのか開けられそうにない。


それは、決して諦めたからではない。


―――灯す…。


告げられた言葉の中。この単語だけが血液のように頭の中で流れ続けていたからだった。思考回路が奪われていた、といってもいい。灯す、とは一体どういうことだろうか。何をすればいいのだろうか。<<火斬>>のスキルでどこか点火しろということだろうか、いや、水の中にケンジは剣を持ち合わせていなかった。スキルは発動できない。


蝋燭、か。ふとケンジが思い浮かべたのは。自分は部屋にいて、窓の向こう側にあった太陽がミエーランの町と海を通り越した地平線の彼方へと消えていく。同時に外の灯りが何もなっていく。部屋の光が失われていく。光が失われていく。今度は視界が奪われていく。


そこである金属を手にとった。燭台だ。赤焦げたように錆びついた手持ち部分の先には円の台があり、その中心に一本の白い蝋燭が聳え立つ。机の引き出しからマッチ棒を取り出し、あるべき手順で先端を擦り火がついた。


もちろん、その火は永久的ではない。むしろ、ほんの僅かで消える。だから、その白い蝋燭の先に、マッチの火を近づけて、接触させた。


そして蝋燭は灯された。ほわっ、と優しく広がるように、かつ部屋で1番の存在感であると豪語するように、オレンジの色が部屋を一気に駆け巡った。視界は晴れ渡った。



もちろん、蝋燭なんてものをケンジは持ち合わせてはいない。ましてや、こんな水中で持ち合わせていたところで役に立つはずもない。どうやって火をつければいいのだろうか。だから行き着いたのは。


自分を、灯す…。蝋燭のように。


周りを照らす光を自分が放てばいいのではないか。なら、何を灯せばいいのだろうか。果たしてそれを今ケンジは持ち合わせているのかでさえ分からない。気持ち、いやそれは十分に燃えていると思った。体、いや、体そのものを燃やしてしまったら死んでしまうだろう。頭…ハゲにはなりたくない。


蝋台の中心に、蝋燭はあった。それが部屋を明るくし、目の前のモノを判断する手助けとなった。己の体をジリジリとすり減らし、なくなってしまえば照らせなくなる。中心…中心…。自分の中心はどこか…人間の中心はどこだろうか。


心臓。



―――灯してください



それが答えだと言わんばかりの出来事だった。その声に呼応するように、ケンジの胸が熱くなった。ドクン! 一つ大きな心音がケンジの心臓から、水底の暗闇の彼方まで鳴り響いた。膨大な量の水が揺れたのを感じた。少なくとも、下の骨共の中にはひっくり返ったように動いた奴もいた。



ケンジから放たれる熱と音が、やがて水底の暗闇を掻き消すように淡く、そして徐々に存在感を強めていくよう光を放ち始めた。同じようにして、光に包まれた体が、だんだんと、だんだんと水底から離れていく。浮上しているのだ。心音が鳴り響くとさらに輝きが強まり、そのスピードが増していく。


不思議な感覚だった。周りの光は仄かに暖かく、実に居心地が良い。ずっと包まれていたい、そんな欲に駆られる。これは魔法なのか。ケンジは思ったが魔法一つも使えない自分がいきなりこんな魔法を取得したとは思えない。



やがて、水面の向こう側の視界が見えてきた。ケンジの浮上は止まりそうにない。むしろ加速していく。太陽があるのか、白く輝いた太陽光がお構いなしにケンジの目に飛び込んできた。思わず手で遮った。その白い光に紛れるように、何かが見える。


手。


手、だった。人の手だ。分厚く皮膚に覆われて、土がついてどこか傷だらけな太い手だった。そんな逞しい手が、確かにケンジの方を向いて差し伸ばされている。


もうじき辿り着く水面に辿り着く。その手は水面近い。だから、顔を出してその手が誰のものか確認することもできたはずだった。でも、あえてケンジはその手を握ってみた。


一気に引き上げられた。


「大丈夫かよ、ケンジ! おい!」


「…ミキジロウ、ここは…?」


一気に現実へと引き戻された。目の前にミキジロウの顔があり、ケンジの体を支えてくれていた。もう先ほどの光景は嘘のように消えていた。


「ボーッとしやがって…大丈夫か!」


「…あぁ」


―――さっきの景色は…。水面…なんてどこにもない。


辺りに水溜まり一つもなく、でも確かに水の中にいた記憶が残っておりケンジは混乱した。確かに、心臓の辺りに先ほどの温もりを感じている。


「あいつに吹き飛ばされて…それから…」


「にしては、大丈夫そうじゃねぇかよ」


「?」


ケンジは立ち上がって、驚いた。先ほどの疲れも、痛みも嘘のように弱まっていた。激痛が走っていた背中は痒みを覚える程度にピリピリと微弱な痛覚があるだけ。ポタポタ流れ出ていた血は、治っている。さらに体もやや軽さを感じる。その軽さはあの水底から水面へと、登ってきたあんな感覚に近い。


―――これは…?


「ケンジ、大丈夫そうなら構えてくれよ。もう射程距離入ってくんぜ」


「?!」


そうだ。目の前の敵を忘れていた。どうやら、ケンジに考える時間はないようだった。キラーモントが残り数歩のところにケンジたちはいた。ケンジは慌てて剣を握り、構え直した。数十秒後にはキラーモントの鎌が飛んできそうだ。


集中しろ、集中。目の前に!

現実へと戻り、自身の集中力を高める。


「エナキはダイゴさん達に預けた! 治療して貰っているはずだから安心してくれよ」


「…ダイゴさんは?」


「これだけの騒ぎだ。他の魔物が寄ってきたみたいで、助けには来られそうにないって言われたぜ。周りの魔物は近づけさせないから目の前に奴に集中しろ、とのことだ。ともかく、俺たちでぶちのしてやるかねぇよ!」



グッとミキジロウが腰を落とし構えたのを見て、ケンジも構え直す。剣もなんだか、持ち上げているのか分からないほど重さを感じない。


「ミキジロウ、アイツの鎌は俺に任せてくれ。受け切れたからなんとかはずだ」


ケンジは言い切った。


「いいじゃねぇかよ。でもよぉ。俺たちが後忘れちゃいけないのはモモカちゃんだ。どこかの木の影に潜んでるからよぉ、ターゲットになんかさせんじゃねぇぞ」


なるほど。ということは、さっきケンジが思い描いた通りに3人で対応することができそうだ。自分を含め、ミキジロウ、モモカの3人でキラーモントに攻める。幸いにもケンジ達がいるところは比較的木々がなく、その周りを囲うように木が生い茂っている。ケンジ達に隠れるところがない分、モモカは隠れやすいだろう。ケンジ達は攻撃対象にされてしまうが、モモカが標的されることはなさそうであった。


キラーモントが目の前にやってきた時、奴は何度目から奇声を発した。まるで今生きているということを、そしてケンジ達がそれを奪おうとするのを許せないと訴えるように。


その奇声に負けじとミキジロウが隣で叫ぶ。


「気合い入れていけよぉ、ケンジ!コイツをぶっ倒せばよぉ、銀貨5枚だぜ!銀貨5枚!!!好き放題にお店のものを注文できるし、美味しいもん食べ方だぜ!!!」


「…あぁ!」


そうだ、これが終わったら自分たちは生きていける。

あのエナキと生きようと決めた、そんな日が叶うわけだ。

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