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苦戦をする燈たち


「火斬!!!」


渾身の一撃だった。反動で手が痺れたりするも、確かな手応えをケンジは感じた。ケンジのスキルによって創生された火によって羽を守る外側が砕き、内側の羽をも一瞬にして焼き尽くした。半透明だった羽は焦げたように黒く変色した。


「キキぃいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


言葉では到底表現し難い、なんとも言えない悲鳴をあげて魔物は地面へと倒れ込んだ。そのまま火の熱を処理しようとしているのか、暴れながら地面に背中を擦り付けている。


倒れた魔物を飛び越えるように、ケンジの体は跳躍した反対側に着地した。追撃が来ないことを確認し、心臓付近を手で押さえた。


「痛い…」


鋭い痛みを覚えたのだ。心臓の鼓動と共に、心臓もそうだが、特に背中に熱を感じた。まるで皮膚を火で炙られたような感覚だった。


多分、まだスキルが体に馴染んでいないのだ、とケンジは思った。


スキルや魔法を取得者が好き勝手使えるわけではない。基本的に、体内の魔力を使うことで発動することができ、そして体の中の魔力は有限である。決して無限ではない。これは、燈の1人が亡くなってしまったことを聞いた際に学んだことだ。体内の魔力がなくなり、怪我を治療する<<応急処置>>のスキルを発動できなかったのだ。


もう一つは、使用者自身の肉体・もしくは精神が魔法・スキルに対して乏しい場合だ。強力な魔法・スキルを使うとなればそれなりに体に負担がかかる。背丈に見合ったスキル・魔法を使えなければ発動毎に体を自壊していくこととなる。というのは、スキルを取得する際にいったお店の店主から聞いたことだ。


もう使いながら追いつけばいい、と思うしかない。今日で倒せなかったらどのみち明日は生きられないだから。それくらいケンジの覚悟は硬かった。



だからといい、自暴自棄になるつもりはない。ケンジは冷静だった。あとこのスキルをどれくらい魔物に打てるだろうか、使えてよくて残り数回だろう。それ以上は体が持ちそうにない、と頭の中で計算した。




「エナキ!!!」


我に返った。倒れもがき続ける魔物の前方でモモカの悲鳴が聞こえた。火斬を発動した時も聞こえたような…。慌てるようにして声の方へ向買った。キラーモントが暴れているおかげで砂埃が辺りを覆い尽くしている。


やがて、魔物からほんの少し離れた木の後ろにエナキ達がいるのを見つけた。疑問だった。何故木の後ろにいるのか、ここは畳み掛ける絶好の機会ではないのか。しかし、何やらただならぬ雰囲気を読み取ったケンジは責め立てるようなことはできなかった。


まず見えたミキジロウの表情が物語っていた。その服には血がついている。


背中の痛みは続いている。


「エナキ…お前…」


エナキは、木に倒れかかっていた。


「ケンジ。大丈夫だ、かすり傷だよ…」


擦り傷には見えない。右肩から反対側の腰あたりまでザックリと切られた跡がエナキの体に刻まれていた。衣類も、装備していた薄い胸当てでさえも切り裂かれ、エナキの肉体まで到達している。


「エナキ、いいから応急処置のスキルに集中しろよ!とにかく傷を治すんだ」


スキル、<<応急処置>>を発動してこれ以上悪化することはない。だが、出血が酷い。酷すぎる。これは<<応急処置>>の回復量で間に合うのだろうか。例えば、回復が間に合わず出血多量で死んでしまうのでは。それくらい致命的な傷にケンジには見える。


「おい、エナキ!!!」


ミキジロウがエナキの方を揺さぶっている。対して、エナキの反応はどこか鈍い。なすがままに動かされているように見える。あの頭が切れ、口は達者で、生意気なエナキが、今、血を流して苦しんでいる。


「エナキが庇ってくれて…」


存在を消すように、ミキジロウの隣に座り込むモモカがボソッと呟いた。特に何をやっているわけではなく、ミキジロウとエナキのやり取りをただ傍観しているだけだ。呆然とし、途方に暮れている。


ケンジは周囲を見た。ダイゴに助けを求めようと思ったのだ。参戦はしない、と言っていたとはいえ危なくなれば助けてくれるとも言っていた。おそらく、ここからそう遠くないところでケンジ達を見守ってくれてこの状況も理解してくれているに違いない。


だが、どこにも見当たらない。隠れているのか、見えるのはこの状況に似つかわしくない鮮やかな緑色をした木々が広がっているだけだ。


「ゴホッ!!」


「エナキ!血が…」


―――どうする…。


ケンジは死に物狂いで考えた。背中はズキズキ痛み続けている。


こんなことは今まで起きたことはない。パーティの誰かがここまでの怪我を負ったことをケンジだって、ミキジロウだって、モモカだって経験をしたことがない。現状、回復魔法を覚えているメンバーはいなく、『応急処置』の自分自身で治療するしかない。


「どうしよう、ケンジ…! エナキ君が死んじゃうよ…!!」


「今考えている!」


エナキを戦闘から離脱させ、残された3人でキラーモントと戦うか。いや、それじゃあキラーモントの攻撃を防ぎ切れず、押し切られて全滅してしまうだろう。あの巨体から放たれる攻撃をケンジは実際に経験したことはないが、エナキの怪我の具合が全てを物語っている。


もしくは、どこかに潜んでいるダイゴ達を探し出し、負傷したエナキを渡して、ダイゴだけでも1人引っ張ってくるのはどうだろうか。いや、駄目だ。その間、誰が魔物を引き受ける。じゃあ、一体撤退するか。それも駄目だ。もう金銭的に余裕はない、今日の万全な状態を明日も保てるかどうか分からない。なら、ここで仕留める他ない。でも命を落とすよりかはーーー。



その時だった。


我ながらよく反応することができた、とケンジは思った。


最初は大きな影が近づいていることに気がついた。あまりの出来事に、それがなんのか理解することはできなかった。ただ、明らかに体へと迫ってくる。明確な殺意を込められているのか、とにかく早い。


瞬間、ガムシャラに魔力を操作した。先ほどと同じ道筋をなぞるように力任せに魔力を流したのだ。その影がケンジの体に辿り着く、ほんの数センチほどでケンジは剣を振って防いだ。


「…火斬っっ!!!」


<<火斬>>を放つには溜めの時間が必要であったが、この時初めて時間を短縮させて発動することに成功した。苦し紛れに放ったスキルは不発かと思えたが、なんとか放てることができたのだ。火の粉が弾ける。目の前で衝撃とケンジの斬撃が衝突した。発動後、さらに鋭い痛みがケンジの背中を襲う。


「くぅぅぅ…!!!」


衝撃の全てを吸収できず、ケンジの体は後ろへと後退を強いられた。手は痺れ、足で踏ん張るも地面を滑るようにして押されていく。


何が起こったか、説明するまでもなかった。ケンジ達は時間を使いすぎていたのだ。その間、苦しんでいたキラーモントは立ち直り、ケンジをその自慢の2つの鎌で仕留めようとした。その攻撃を済んでのところでケンジが防いだ。


「ケンジ!!!」


モモカ達はキラーモントのすぐ横にいた。幸いにもキラーモントの死角となっており気付かれている様子はない。きっとケンジだけが木から飛び出しており、そこを攻撃してきたのだろうと思った。



ケンジはこの時、手配書になったキラーモントを正面から見た。胴体は緑色の中に茶色の楕円が馬渡模様に気味悪く広がっている。深い赤色をした眼球は、ケンジを映しているのがはっきりと分かるほどだ。胴体の割に頭は小さい。それでも顎から見える牙は、もし噛まれもすれば一瞬で人間の体を貫きそうなほどの鋭さと力強さを感じる。


――― 逃してくれそうにない。


悟った。


キラーモントは魔物であり、ケンジ達と同様に言葉を使うわけではない。ただ、怒りに狂っているのはなんとなく感じた。先ほどのケンジの一撃がよほどのダメージだったのか、少なくともケンジをみすみす逃してくれるとは思えない。


ケンジは剣を握りしめた。


―――やるしかない、ここで。


先ほどの不意打ちのような攻撃をなんとか防いだ。いや、防げたんだ。自分が攻撃を防いで、ミキジロウとモモカに援護してもらえれば倒せるかもしれない。その前にエナキをどうにかしなければいけない。ここから引き離したとしても、別の魔物に見つかる可能性も捨てきれないし、途中で息途絶えてしまうかもしれない。誰かに付いてもらう必要がある。今回は選抜パーティがいる。使わない手はない。


倒せるかもしれないじゃない。倒すしかない。残された道はそれしかない。ケンジはひたすら自分自身を鼓舞し続けた。


その場を動けずにいるモモカ達に向かってケンジは叫んだ。


「モモカ、ミキジロウ! 一旦エナキをダイゴさん達に渡してこい!」


「ケンジは!?」


「俺はコイツを引き連れて場所を移動する!準備ができたら合流してくれ!」


返事は待たなかった。指示する間に、キラーモントの注意を引くようにその場で拾った石を使って、投石した。赤眼の目元辺りに命中して、さらに標的をケンジへと絞った様子だった。


それを確認し、ケンジは後ろへと走り出した。エナキはミキジロウ達に任せて。


「こっちだ!」


その声に反応して、ケンジの思惑通りにキラーモントは追ってきた。目の前の木々を押し倒しながら、まるで先ほど遭遇したこれよりもっと大きい魔物のように。もしくは自慢の鎌で木を切断している。


吹き飛んでくる、または倒れてくる木々をなんとか避けながら、ケンジはとにかく走り続けた。特に明確な目的地があるわけではない。目の前に障害物となりそうな木々の間を見つけてすり抜けては、また新たな障害物となりえそうなものを探し続ける。その繰り返しだった。あとはミキジロウ達と合流するまで耐えるだけだ。


足の速さはともかく、体力にはそれなりに自信があった。訓練時を振り返っても、ほとんどの燈が息を切らして倒れ込む中でケンジは最後の方まで立ち上がって残っていた。幸いにもキラーモントの足はケンジと同じくらい、いや少し遅いくらいだ。このまま続けば十分合流できる時間を稼げる。


どのくらい続いたか分からない、突然、キラーモントの足が止まった。


「はぁ…はぁ…?」


同じようにケンジも止まった。このまま見失ってしまっては困るからだ。初めは、疲れ切ってしまったのかと思った。その次に、捕まえることはできないと諦めたのかもしれないと思った。だが、そのどれも違った。


飛んだ。空中に。


「?!」


いや、厳密に言えば飛んだわけではなかった。ケンジの一撃で羽は破壊されているわけで飛行能力は間違いなく失われていた。


ジャンプしたのだ。それはケンジを飛行した、と錯覚させるほどキラーモントは宙高く飛び上がり、そして一気にケンジとの距離を縮めて空から舞い降りてきたのだ。


しまった、とケンジが思った時には遅かった。


「うおぉ!」


魔物が止まったことに気を取られず自分は逃げ続けるべきだったのだと酷く後悔した。キラーモントはケンジの少し前で着陸した。キラーモントの羽は確かに破壊されていた。ただ、衝撃を和らげるために羽ばたかれた風圧によりあらゆるものを巻き上げ、ケンジも同じように宙へ攫われてしまったのだ。


かなりの高さだった。ちょうどキラーモントの背丈くらいだ。宙を舞う中、キラーモントの2つの鎌が奴の胸元の方で縮こまっているのが見えた。人間が何かをパンチするように、肘を曲げて構えている動作に似ている。攻撃体制だ。分かりやすく、それがケンジをゾッとさせた。こんな空中で攻撃でも受ければ、踏ん張れるものがなく防げても吹き飛ばされてしまう。


最大限、できることをする。<<火斬>>でできるだけ相殺するしかない。魔力を流し込む。もう、魔力を流し込むだけでも激痛だった。空に体が舞う中、ケンジは攻撃を待ち続けた。



ブワッ。


風を切り、大きな鎌が一直線にケンジへと向かってきた。それはあまりにも、あまりにも早かった。早すぎたのだ。伸び悩んでいた腕を一気に解放させた、その反動があったのが理由だったのか、とにかくケンジが火斬を繰り出す瞬間が僅かに遅れた。


「ぐほっ…!!!」


ほぼ殴られたような感覚だった。幸いにも微かに剣が鎌の刃の部分を防ぎ、エナキ同様に切り裂かれることはなかった。だが勢いを全く殺すことができず、ケンジの体は面白いように後ろへと飛んだ。そのまま、木の幹に叩きつけられた。体制は崩れ、うつ伏せの体制のまま地面に落ちた。


「…くそ…はぁ…はぁ…」


ポタポタと頭から何かが伝ってくる。 <<応急処置>>のスキルを発動するも、背中の痛みが邪魔しているのか、発動するもいつもより効きが遅い。緑色の光に包まれるはずが、その光が異様に淡すぎるのだ。体に魔力はまだ残っているはずだというに。


手元の剣はない、と思えば目の前に落ちていた。そして、息を呑んだ。その先にはお尋ねとなったキラーモントが、ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくる。


未だ思うように効果を発揮しない<<応急処置>>を発動させながら、剣の手繰り寄せるようにして拾い、そのまま杖ように使ってよろけながら起き上がった。頭からヌメリとした液体が額を伝って、頬へと流れ落ちてきた。


―――死ぬのか、俺は?


頭によぎった。<<応急処置>>の光が消えたり、光ったり、点滅するようになりケンジは自分の限界が近いことを感じた。


「?」


同じようにして、これは走馬灯だと思う。いや、不思議なことに映っているだけにしては一つ一つの出来事に確かな感覚があった。


瞳の奥で、奥底でなぜか、ここで水面を映った。先ほど集合場所だった湖畔の水面に近かった。その湖畔の水面がケンジの目の奥で迫ってくるのだ。そのまま容赦無くケンジを飲み込んでいき、正確にはその水へと落水し、ケンジはそのまま水底へと吸い込まれていく。


足掻く。足掻く。けれども、一向に浮上する様子はない。水温は徐々に冷たくなり、ケンジの体を凍えさせ動かなくさせていく。吐き出された空気だけが水面へと登っていき、ケンジはそのまま暗闇へと吸い込まれていった。


これが死ぬということなのだろうか。ケンジは立っていて、まだ生きている。前には勝ち誇ったようにゆっくりとこちらに向かってくるキラーモントが確かに見える。でも、本当に瞳に映っているものはまるで違った。


次にケンジは皆を呪いたくなった。エナキを責めたくなった。どうしてこんなお尋ねもの魔物の討伐を提案しようとしたのか。他に案はなかったのだろうか。討伐するなら討伐するで、しっかりダイゴ達が協力するように促せばいいのではないだろうか。初っ端からやられやがって...。


正論を押し付けて、協力してくれないダイゴ達だ。その前に、そもそも召喚されなければこんなことにならなかっただろう。王族の自分勝手な行為がなければ、そうすれば...。


そんなことを思っている間にも、瞳の中の景色は変わらない。水面からかなり遠ざかった水の中だ。もうじき底に着く。泥のような酷く汚い底だ。漆黒の中にある。その底に着けばどうなるか知らない。いや、知らなくていい。もうどうでもよかった。


ケンジの体は崩れた。その場でしゃがみ込む形となったが、指一つでも押されれば倒される。そして、起き上がる力はもうどこにも残っていなかった。


剣の刀身が微かに見えつつも、今も水底が見えている。


そこに着けば多分、死ぬ。分からないけれど。でも、時期に分かる。

だって。もう、着く。



ーーー...してください


何かが頭の中で響いた。


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