一撃ではなく、二撃かます燈たち
目当ての魔物、キラーモント見つけるのに時間はかからなかった。エナキが言った通り、木々の葉に紛れて、じっと獲物を待ち構えているようだった。こちらに気づいている様子はない。その体の重さに木の枝がかなりしなっていて『それで擬態しているのか』と疑いたくなるほどであった。地上から見れば一目瞭然だった。
また、鳥類といった飛行する生物や、地上にいる人間も襲うらしい。
『人を襲うなら先に言えや!!!』
ミキジロウがエナキに文句を言っていた。
まぁ、魔物が人間殺戮用で作られたと言うのなら獲物の対象になっていてもおかしくない。ケンジはミキジロウを宥めた。
もっとも、キラーモントはほとんど木の上で生活するらしく、地上で出会わなければ襲われることはあまりないのだとダイゴは言っていた。少し離れたところでダイゴ達とは別れた。別れ際にミライが「頑張って」って言ってくれたことが何よりケンジの頭の中に染み付いていた。
見ていてくれているだろうか、いや見てくれていることをケンジは願った。
ケンジ達は足音を殺しながら、先ほど開いた作戦通りの陣形を組み始めた。なるべく音が出ないように、でも早く指定の箇所に着くようにと早足になる。
「はぁ…はぁ…」
まだ、戦闘が始まってすらもいない。けれども、ケンジは酷く疲労していた。尋常なほど緊張し、汗をかいていた。息が苦しく、喉は乾き、何かを吐き出したいような感覚に襲われている。
ケンジにとって、この症状は何も初めてじゃなかった。発作、のような出来事に近い。魔物を初めて退治して、そしてこの手で殺めた時に初めて起こった。硬い肉に向かって力の限りで短剣の刀身を押し込んだ。絶命寸前だった魔物は最後の悲鳴をあげるも短剣は体へと沈んでいく。途中、ゴリゴリッと何かが折れる音と削れるような音に合わせて、短剣の進みが一時的に止まった。骨だった。さらに力を入れると刃はまたゴリっという鈍い音を発して、さらに深く刺さった。骨は思った以上に脆かったということをケンジはこの時知った。
命のやり取りだ、とケンジは思った。訓練時に殺傷は必要ない。故に皆で和気藹々と己で体を鍛え、剣技を磨き、魔法やスキルを取得して凄く楽しかった。技が不発しても笑ってその場をやり過ごせた。けれど、それはあくまでゴールまでの過程の一つであり、実際に求められているケンジ達の役目は殺しだ。そして、技不発すれば自分が命を落とすこととなる。死ぬ、ということだ。
その対象が人間でなくとも、たとえ人間を襲うような魔物であっても、命の奪うという行為にケンジは抵抗があった。そして、何よりも嫌だったのが、自分がその命のやり取りをしなければならない場に立たなければならないということだった。自分が死ぬのも嫌だ、だが相手を絶命させるのも好ましくはない。
でも、明日を生きるためやらなければならない。お金を稼いで、食を得なければならない。ケンジは自身が嫌うその場に立つ他ない。立って、殺すしかない。自分の剣を相手の体に突き刺して…。
「クソ…」
息を殺して、でも喘ぐ。軽い目眩を始まった。木に身を預けて、他の3人の準備が整うのをただ待ち続けた。
ケンジとちょうど反対側に位置するエナキの表情は何一つ普段と変わらない。作戦の指揮はエナキが取ることになっていた。癖毛の前髪を弄り、周囲の状況を常に把握しようとしている。魔物の位置変わらないか、ケンジ達が指定の位置にたどり着いたかどうか。新手の魔物がいないかどうか。
ダイゴ達が協力しなかったのをエナキはどう思っているのだろうか。コウガに喧嘩となってまで協力を依頼したというのに、エナキは気にも留めていなかった。
『まぁ、近くで見てくれているだけでもラッキーと思うしかないね』
この一言だけだった。
モモカとミキジロウはむしろお気楽すぎるくらいだった。彼ら2人に緊張感というものはきっと存在しないのだろう。小走りに移動しているも、あまり真剣味が感じられないというか。走り方してそんな感じだし、2人の話し声がケンジの耳にも微かに届いている。
2人は魔物の視界が届かない木の後ろを、木の後ろを、と渡り続けてようやく位置に辿り着いた。
ケンジは体を起こした。そろそろだ。剣の握り方はどうだったっけ、スキルの使い方はどうだったっけ。今更そんなこと確認するようでどうするんだよ、と緊張の辺り意味のない自問自答を続けた。時間はケンジを待つことなく刻々と進んでいく。
心の準備はできていないのに、体はまるで操られたように動く。
サッ。
ケンジは拳を掲げて、エナキにサインを送った。モモカとミキジロウも同じように準備完了とハンドシグナルを送る。
エナキも同じように掲げた。それぞれが何を思っているのかはケンジには分からない。しばらく4人は拳を掲げたままだった。普段ならすぐに戦闘を開始するのだが…。
各々想うことはあったんだろう。少なくともケンジは、この戦いで勝利を収めなければ自分たちの未来がない、明日は生き残れないということを考えた。もしかしたら、これが4人での最後の戦いになるかもしれない、と。
ふいに。ミキジロウとモモカが即席で考えた合言葉を思い出した。
『銀貨5枚!!!』
『辛くなった時はこれ叫んで頑張ろう!』
実に馬鹿馬鹿しく、稚拙な言葉。集中力が欠けるような掛け声だ。彼ら曰く、辛くなったらこれを呟いて乗り越えよう、ということらしい。
「…はは」
思わずその場で笑った。不思議だった。口の中はパサパサで、軽度の吐き気と目眩はしつこく残り続けている。ただ、その馬鹿らしい合言葉が幾分か気持ちを軽くし、症状が和らいでいくのをケンジは感じた。
パッ。
エナキの拳が開かれた。ケンジ達は準備を確認して、その腕は地面へ下ろされた!
それが合図だ、戦闘を開始する。
まず、モモカが魔法を発動した。風属性の魔法を得意とするモモカは攻撃面でかなりケンジ達から頼られていた。<<ウインドショット>>と呼ばれる暴風を詰め込んだ球体を相手にぶつける魔法の威力はこのパーティの中で1番の威力を誇っていた。
魔法を発動するには、まず体内の魔力と体外の魔力の両方を操らなければならない。魔法陣を自身の足元に、配分を意識しながら自分の魔力と空気中の魔力を混ぜ合わせて描いていく。この時、強力な魔法であればあるほど操作する魔力の量が増え、何よりも自身の魔力も伴って消費することになる。モモカ曰く、<<ウインドショット>>はほぼ初心者という風魔法入門者向けの魔法であり、魔力をあまり管理しなくても問題なく発動できるというのだが、魔法が全く使えないケンジは凄いのか凄くないのか分からない。
もう一つ、大切なことはイメージだ。イメージ、これは個人差があり、だからこそ同じ魔法を使用しても人によって全く別のものになったりする。例えば、モモカのウインドショットは球体で飛ばされるが、極端な話、球体ではなく正方形で飛ばす人だっている。なぜ球体なのかは彼女曰く、
『ボールの中に空気を入れるみたい感じだから、かな。だからまずは球体を作って、その中に作った風をありったけ注いでいくみたいなイメージでやっているよ』
多分一生魔法使いにはなれない、ケンジは悟った。
「ウインドショット!」
モモカから暴風を詰め込んだ球体が放たれた。かなりの速度で上空へと飛んでいき、そしてキラーモントがいる木の幹に衝突して弾け飛んだ。破裂し、発生した白い煙が大きなキラーモントごと包み込んだ。
これで向こうは自分達の存在に気づいたはずだ、とケンジは手を剣に添えた。
ほんの3秒ほど、白い煙は自由に漂っていた。しかし、まるで地面に引っ張られるように煙達が一斉にケンジの元へと向かってきた。かなりのスピードだ。そして、煙の中心には明らかに大きな影があった。間違いない、奴だ。キラーモントだ!
「きたぜきたぜぇ!銀貨5枚ちゃんがよぉ!!!」
ミキジロウの声を遮るように、白い煙を纏いながらキラーモントが地に降り立ってきた。
――――デカい!
それがケンジの第一印象だった。
その大きさを物語るように、地面に散乱していた枝や葉がブワッと四方八方に飛び散りケンジの体にビシビシと当たる。ケンジは手で目元を覆った。守る隙間から映るキラーモントは、予想を上回るほどの巨体であった。後ろの背の部分だけでも、まるで大木のように太い。注意すべきだとティアに教授してもらった鎌だけでもケンジ達人間の大人3人分くらいの大きさがありそうだ。4本の足はかなり細身だが、それでも踏まれたりされたら溜まったもんじゃない。
―――倒せるのか、これを。俺たちで?
こんな巨大な魔物は相手にしたことがない。ましてや、手配書で皆が困るような魔物だ。それを果たして倒せるのか…。誰かが亡くなる最悪の事態だって連想する。
―――やるしかない…
不安を抱えながら、ケンジは魔物の後ろへと回り込む。まだ剣は鞘にしまったままだ。
作戦は、そこまで複雑なものではない。とにかく、飛行されるのだけは阻止したかった。場所を移動されればその向かう道中で新たな魔物に遭遇する危険もあったし、見失って今日中に討伐できなければケンジ達の夕飯はない。後日再度挑戦する時は栄養失調という弱った体で戦わなければならない。それは何としてでも避けたい。
戦闘の序盤で移動手段を削ぐ。これがまず最優先事項ということで話は固まった。まずはエナキとモモカ、ミキジロウで魔物を引きつける。その間にケンジが羽を使い物にならなくするという流れだ。取得した<<火斬>>のスキルを羽が使い物にならなくなるまで叩き込む。その羽は背中側にあるということだったが…。いきなり問題が発生した。
「どこだよ、羽なんて….」
大きすぎて、さらに閉じているということもあって、どの部分が羽根に値するか分からない。さらに背中側に打ち込むには、地面から離れすぎている。それなりの高さだ。何かを踏み台にしてから、跳躍でもしない限りはケンジの剣は届きそうにない。
そうこう考えている間にも魔物は動き始めている。前方の方でまず金属音が1回響き渡った。おそらくエナキが短剣で対応したのだろう。キラーモントの鎌は鉄の剣と変わらず刃が付いているということだった。
「キィぃぃイィィいいぃぃぃぃィぃぃぃぃ!!!!!」
咄嗟に耳を抑えた。何かを擦り合わせるような、甲高い音が鼓膜を直撃したのだ。キラーモントはきっとケンジ達を威嚇しようとしたのだろう。ただ、これがケンジにとって好機となった。奇声と同時に、きっと体を大きく見せるためだったのだろう、羽も同時に開かれたのだ。すぐ近くにいたケンジは見上げるような形でその半透明な羽を目のまで目撃することができた。
威嚇が終わったのか、羽はまた折り畳まれた。茶色のような緑色のような外側の部位に覆い被されて。
大体の位置は分かった。耳を抑えつつ、踏み台となるものをケンジは探し始めた。空中へと飛んでそのまま落下するような形で<<火斬>>を打ち込めれば…。
「ケンジ、行けそう!?」
エナキだ。もう既に金属音が複数回鳴っている。ミキジロウの攻撃も手に取るように音で分かる。
「待ってくれ! 高さがあって羽が捉えられない」
予想外だ。ここまで高さとはエナキの話とは違う。
焦っていたケンジだったが、ここで閃いた。目の前には胴体を支えるにはかなり細いと思われる脚があったのだ。これを破壊して、魔物の支えがなくなりバランスを崩れ倒れたところ背中の羽を探すことができるのではないかと…。
そうと思えば、行動は早かった。ケンジは体の中の魔力を操り、教授された通りに流し始めた。スキルを発動するには、必ず決まった通りに魔力を流し込む必要があるからだ。剣の初級スキル、<<スラッシュ>>。訓練時、剣技に覚えのある者皆が教わった入門の為のスキルだ。それでも、普通に剣を振るうよりは幾分か威力が上乗せされる。
抜刀した。剣の色が微かに、スキル自体無属性であるにも関わらず、水色の光を纏い始めた。このスキルは馴染み深い。発動するのに何も不安はなかった。目標は目の目にぶら下がる脚だ。
「スラッシュ!!!」
切断、とまではいかない。だが、グニャッと剣の勢いが足にめり込んで形となった。それが引き金となり、甲高い奇声と共にキラーモントの体がガクッとこちらへと傾いた。そして、わずかに背中がケンジの射程範囲に入った。
依然、正確な羽の位置までは見当たらない。閉じて覆われている外側の羽が邪魔をして羽自体は確認できなかったのだ。けれど、先ほどの確認した羽の場所からして大体この辺りだろうということはケンジには分かっていた。
「頼む…」
<<スラッシュ>>に続いて<<火斬>>のスキル。取得して間もないスキルであったから、うまく発動できるようにとケンジは祈った。
「うぅ….!」
きっとまだこのスキルは体に馴染んでいないのだ。このスキルを使うと、まるで焼けたように背中に熱が走り込み、繰り出すにはしばらく時間が必要になる。スキル発動時にズキズキとかなりの痛みを感じるのは、まだスキルが体に馴染んでいないから、というのも訓練時に教わった。
熱で一気に汗が湧き出た。それでも魔力を流しながら、足を動かした。木の幹を踏み台にして空中へと体を投げ飛ばした。ケンジは空中へと飛び立った。
キラーモントの背中がよく見える。エナキ達との戦闘で左右へ動きはするものの、大きな動きではないことをケンジは確認した。すぐにケンジの体は地面へと落下していく。キラーモントがだんだん近づいてくるのにつれて、スキル発動も着々と準備が整っていく。
剣が火に包まれた頃には、ケンジと魔物が衝突するまで数秒ほどだった。正直間に合わないと思ったくらいだ。だが、杞憂だ。ケンジは待ち構えていたように、力の限り剣を振るった。
「火斬!」
視界に、自身が生み出した鮮やかな火が飛び散った。
と、同時に、
「エナキ!!!」
と悲鳴も耳に飛び込む。