アラジンのサンタクロース
ランプから煙が立ち込め、ニメートルは越えている大男が現れる。
「お前の願いを叶えよう」
浅黒い肌はオイルを塗ったようにテカり、その上に革のベストを羽織った魔人に少女は歓喜した。
「すっごーいっ! 本当にサンタクロースはいたんだっ!」
「まてやこら」
取りあえず、大阪弁で突っ込んでみた。
「だって……おヒゲあるし」
ランプを擦った少女は、魔人に怯えることなく武将髭を指す。
「黒いだろうが、若いだろうが。爺以外でも髭ぐらい生えるわ」
「今日はクリスマスだし」
「関係ない、偶然だ」
魔人は少女の頭を調べてみた。
異常者の願いを叶えてどんな悲劇が起きるか……想像もしたくない。
昔はともかく、今の魔人は平和主義者だった。
脳細胞数、遺伝的疾患、PTSD等なく心理状態は正常。特に異常はなさそうだった。
「ただの馬鹿か」
「バカって言うほうがバカなのよっ!」
魔人はため息を着いた。馬鹿も異常者よりはマシとは言え、とんでもない事を言い出すからだ。
(まあ、中途半端に智恵が回る奴よりは良いか)
魔人は気合いを入れ直した。
「サンタクロースでもなんでも良い、願いを叶えてやる。早く言え」
「ミッチャンの足を治して!」
即答された。
「……ミッチャン?」
「うん。とってもキレイでバレエが上手なの。だから治して」
魔人は先程調べた少女の記憶を精査する。
あった。少女にとって親友といえる存在らしい。
ただ、召喚者以外の存在に直接関与することは出来ない。
神が魔人をランプに封印した時に掛けた呪いの一つだ。
出来ない。そう言おうとして辞める。
「そのミッチャンとやらを見てみん事には、どうしようも無いな」
そう伝える事にした。
「あそこにいるのがミッチャンよ。キレイでしょー」
飾り窓から見えるミッチャンは、子供ながら確かに綺麗だった。
(フランス人形見たいだな)
魔人は少女が持ったランプの中から、彼女を調べた。
「おはだ白いし、かみ光ってるし。……ねぇ、聞いてる?」
「見てるし、聞こえてる……」
高級住宅街のど真ん中で、古ぼけたランプに話しかける姿は異常だが、幸運にも誰も見ていなかった。
「……サンタさんなら治せるでしょう?」
魔人は考え込んだ、彼女の足は治せないからだ。
「ミッチャンはね、本当にすごいんだよ。いろんな大会にでて勝っちゃうんだから!」
まるで自分の事の様に誇らしげに語る。
「それにやさしいんだよ、プレデターもなついちゃうんだから」
プレデターとは、少女の小学校で飼っている兎の名前だった。
名前の通り凶暴な兎だが、肉食の兎は兎なのだろうか?
「なのに、足にけがしておどれなくなったの」
どんな怪我か少女は知らなかったが、サンタクロースならきっと治せると、無条件に信じていた。
「お父さんが言ってたもん。サンタさんは『きせき』をはこんでくる人だって」
「…………」
魔人は何も答えなかった。
「ねえ……治せるんだよ、ね」
「…………」
魔人は答えない、治せないから。
召喚者だけという括りも、この場合は関係ない。
彼女は健康そのものだったから。
少女の心を覗いた時に、彼女が踊れない程の怪我をしたという記憶は無かった。
親友がそれだけの大怪我をしていて、知らないわけがない。魔人の推測は当たっていた。
ミッチャンは踊れないのでなく、踊らないのだと。
何も答えない魔人に少女は涙を浮かべる。
「やだぁ……サンタさんは『きせき』もってるんでしょう?」
「…………」
少女の涙がランプに落ちた。
「お父、さん……いってたも、ん。サンタ、さんにおねがい……ふぇっ……しなさっ……て」
「…………」
「治して、よぉ……ミッチャンを元気に……えぐっ……してよぉ……」
雪がちらつくなか、魔人は煙と共にランプから現れた。
「その願い、叶えよう」
ミッチャンが飾り窓から外を見ていると、チャイムが鳴った。
家には誰も居ない。父も母も仕事に追われ、家に要るほうが珍しい。
それはクリスマスでも同じだった。
バレエで賞をとっても褒められず、仕事を優先した。
親に甘える事が出来ないのは、子供にとっては辛いこと。
嘘をついて関心を引こうとするまでに。
しかし彼女の両親は電話一本寄越さなかった。
「私は要らない子供、そういう事よね」
神は彼女に美貌も才能も、それを活かす知能も与えたが、本当に欲しいものを与えなかった。
何もする気がなく、始めは無視していたが、チャイムは鳴り続けた。
仕方なしに階段を降り扉をあけると、そこには彼女の親友が立っていた。
「あのね、えとね」
目を赤くした少女はもじもじしながら、綺麗にラッピングされたトゥシューズを差し出した。
「メッ……メリークリスマスだよっ!」
「う、うん。メリークリスマス……私に?」
勢いに推されつい受け取ってしまったが、踊らないことを決めた彼女には、不要どころか心が痛くなるものだった。
「私、もう踊れないから」
踊る理由が無くなったから、そう言って返そうとしたが少女の方が早かった。
「それね、サンタさんが出してくれたの! 上手におどれる『きせき』のくつだって!」
少女はたまに馬鹿な事を言うが、嘘をつく子ではないと知っている為、彼女は誰かに騙されたのだろうと考えた。
「あのね、奇跡っていうのはね……」
「今日はクリスマスで何でもねがいがかなう日だって、お父さん言ってたもん! だからミッチャンが元気におどれるようになるのっ!」
必死な顔で畳み掛ける少女。彼女はやっと気がついた。
少女が心配して、少女なりに元気づけようとしている事に。
少女の瞳は、真っ直ぐに彼女に向けられていた。
彼女は少女と親友になった日を思い出した。
少女はいつも真っ直ぐに見つめて来た。
遊ぶときも、喧嘩したときも、少女は虚飾ない心をぶつけてきた。
彼女が最も欲しいものを与えてくれていた。
「青い鳥は、直ぐそばにいるって事ね」
彼女はそう呟いたあと。トゥシューズを履き、少女を抱きしめた。
「ありがとう……」
トゥシューズは彼女の足にピッタリだった。
「ミッチャン、またおどれる? わたし、ミッチャンのおどり好きなのっ!」
「うん、踊るよ。いっぱい踊るよ」
「ミッチャン、泣いてるの? 足いたいの?」
「……ううん、嬉しいの」
親に甘えられない事は辛いが、少女が与えてくれる温かさがそれを癒してくれる。
「……ケーキ食べる?」
「うんっ! ミッチャンのケーキ甘くて好きー」
「今作るから、あがって待ってて」
「おじゃましまーす!」
一人では寂しい家も、二人なら大丈夫。
ミッチャンは少女の為にケーキを作り始めた。
「変則だが、よしとしよう」
少女に『踊れるようになる奇跡の靴』を渡したら、役目はすんだとばかりに捨てられたランプから魔人は見守っていた。
魔人が渡したトゥシューズは、踊れるようになるものではなかった。
履いた者の足に自動でサイズが変化するだけの、魔法の靴だった。
『治すこと』は出来ないが『元気にすること』という少女の願いを助ける為に創造した靴だった。
「子供というのは無理難題を言うから困る」
「お手数をおかけします」
道端に捨てられたランプを拾った男性は、ランプに向かって頭を下げた。
「お前の娘はお前そっくりだ」
魔人はランプに戻ったままで応えた。
「ははは、判りますか?」
「我をサンタクロースと言う辺りがな」
少女の父も、三十年前に似たような願いを叶えてもらっていた。
その時に願った相手と結婚し、少女が産まれるのだがそれはまた別の話し。
「貴方がやった事だけをみると、サンタクロースそのものですけどね。良い子にプレゼントと言うのが特に」
「勝手に言っとけ、我はまた寝る」
魔人は笑顔の父親を苦々しく思いながら、ミッチャンの家を見た。
少女とミッチャンはとても楽しそうだった。
(次こそまともな召喚者だと良いが……)
魔人はそう願いながら、眠りについた。
ランプが擦られ、魔人は煙と共に現れた。
「お前の願いを叶えてやろう」
「すげぇ! サンタクロースって本当にいたんだっ!?」
ランプを擦った少年には、いつぞやの少女の面影があった。
魔人はため息をつきながら、取りあえず突っ込んだ。
「なんでやねん」
実験的に書き方かえました。
感想お待ちしています。