93話ダンジョンの奥地にて
ゲートを潜ってダンジョンへ来ると、玲子の指導を万里鈴が受けているのを楓と翠は見学していた。と言っても、玲子も黎人と同じ様にアドバイスをして見守っているタイプなので、万里鈴が戦闘をこなしている間に玲子は見学2人の質問に答えていた。
やはり実力が違う2組を同時に指導するのは難しい為、前後半に分け、万里鈴の指導で感じた疑問を楓と翠に、その後奥へ進んで楓と翠の指導で感じた疑問を万里鈴に答えていくと言った方法を取る事にしたのだ。
黎人と玲子。同じクランに居た2人だが、弟子の育て方には少しの違いがある。
圧倒的なステータスで以て敵を蹂躙する黎人と違い、玲子は多彩な魔法を織り交ぜて敵を翻弄する戦い方を好む。
なので万里鈴の指導にも魔法を使った戦闘方法が主となる。
勿論万里鈴はまだ魔法を使う事は出来ないので、あえて魔法を使う間を作り、魔法で攻撃した程で、剣との連携に繋げる様な戦闘法だ。
楓も翠も、初めは何のために変な間が開くのか分からなかったが、玲子の説明を受けて理解する。
それと同時に、魔法という未知の戦闘法に興味を持った様で、質問できる間は魔法についての質問が多かった。
それと同時に、黎人に言われて勉強していた大学の専攻以外の専門知識は魔法のための物だったのだと理解した。
ある程度万里鈴の指導が終わると、次はダンジョンを奥へと移動する。
戦闘を終えて息を切らしていた万里鈴は、移動の道中に水分を取り、呼吸も落ち着いた様だが、今まで進んだ事もないダンジョンの奥へ行くのに緊張している様だ。
勿論、今回は楓と翠の戦闘を見学するのが目的の為、魔物と戦う様な事はないし、もしもの時も玲子が居るので安心である。
玲子が揶揄って「手でも繋いであげましょうか?」と言っていたが、流石に恥ずかしかったのか「大丈夫ですわ」と断っていた。
このダンジョンの最奥手前のエリアにて楓と翠は見事な連携を決めて魔物を倒していく。
その姿に万里鈴は見惚れていた。
玲子に、2人の連携にどういった意味があるのかを解説して貰いながら、この連携は魔法で相手に隙を作ったり、攻撃でできた隙に魔法を撃ちこむ玲子が万里鈴に教えている戦闘法に応用できるところが多くあり、そこを解説してもらいながら目を輝かせていた。
何度か戦闘を繰り返した後、戦闘を終えた楓と翠がアドバイスをもらう為に玲子の元へとやって来た。
黎人の指導より少しフライングであるが、2人の戦闘に魔法を組み込むならどんな魔法が良いのか、どのタイミングで使うのが良いのかをアドバイスしていた。
この2人の実力的に玲子に頼まずともエリアを指定して2人でダンジョンへ行かせても良いはずだ。なのにあえて玲子に頼んだという事は玲子が得意な魔法を使った戦闘のノウハウを教えてやってほしいと言った意図があるのだろうと玲子は理解していた。
アドバイスを言い終わった玲子は一呼吸置くと、「さっきからずっとこちらを見ているのは分かっているから出て来なさいな」と少し道を外れた物陰に向かって話しかけた。
すると、パーティと言うにはアンバランスな5人の集団が姿を現した。
その1番後ろにいた人物を見て万里鈴は言葉を発した。
「五行?」
翠は言葉を発しないまでも冷たい目線で五行を見た。
ガタイのいい厳つい冒険者を連れてこんな所までやって来たのだからどう言うことかは想像できてしまう。
「日野、貴様まで低俗な輩と連みよって、恥を知れ!」
五行の言葉は唐突で脈絡もなかった。
「私も考えての事ですしそれに、私、日野家を追い出されましたの」
自重気味に笑う万里鈴に五行はいやらしい笑みを浮かべると喋り出した。
「なんだ。出来損ないになったのか」
出来損ない。昔は家を追い出されるのは家を継げない出来損ないだと言われて蔑まれた為そう言ったのだろう。
万里鈴は悲しそうに笑うがそこに翠が肩に手を置いて首を左右に振り、楓は万里鈴を五行の視線から遮る様に前に立った。
「ちっ、また貴様か。まあいい。これから貴様に地獄を見せてやるのだからな」
五行の言葉に楓は武器と盾を仲間を守る様に構えた。体感で自分より強い事は分かるが、それでも、守らないければいけない人が居る。
「そんな事やっても無駄ですよ。この方こそ、日本最強の冒険者、今は夕暮れ塾の講師を務めるゼロなんですから!」
服部、白鷺、丹羽、五行。そしてもう1人、五行に服部達を引き合わせた夕暮れ塾の受講生の男が自信満々に名乗りをあげた。
受講初日に服部に言われた事など忘れたかの様に、抵抗しようとする相手を哀れに思う様に自慢げに高らかに叫んだのだ。
「どうだ。貴様らに未来などない。ここは他のダンジョンと違って監視の目はないのだろう?
貴様は殺して女は弄んでやる。
権力のない自分を恨むのだな。俺の様に日本最強の冒険者ゼロを雇えなかった事を!」
ゼロの名前など知らなかったのだが先程仲介した男が叫んだ名前を使って楓を脅した。
夕暮れ塾の日本最強の冒険者ゼロ。
志歩や孝久から聞いていたその名前に翠は緊張から唾を飲み込み、楓はそれでもしっかりと剣を構えた。
「えっと、何を言ってるのかしら?」
緊張した場に似つかわしくない気の抜けた言葉が玲子の口から発せられた。
「馬鹿なんですか?日本最強のゼロと敵対したんですよ?貴方達の負けは決まったのだから絶望する所でしょう」
虎の威を借る狐。
服部達は一言も話さないのだが、受講生である冒険者はそう言って玲子を馬鹿にした。
「だからゼロがどこに居るのかしら?」
「鈍感にも程があるでしょう!この方達こそ、あの黄昏の茶会のメンバーであり、そしてこの人こそ、ゼロ本人なのです!」
受講生の男は膝をついて服部達に向けて伸ばしたとをヒラヒラと回転させてそう叫んだ。
「私も黄昏の茶会のメンバーなのだけど、私は貴方達なんて知らないわ。
それに、今席を外しているけどゼロはこの子達の師匠のはずよ?
貴方達はいったい誰なのかしら?」
そう優しく話す玲子の顔はにこやかに笑っている様に見えるが、目の奥は笑って居ない。
その圧力にビクリと震えた受講生の男と五行、それから楓達3人の視線は未だ言葉を発して居ない服部達の方を向いたのだった。




