92話師匠からのお叱り
その日、黎人、楓、翠の3人はGクラスダンジョンへ行く前に会議室を借りて会議室の中で黎人は2人と向かい会うようにして座っていた。
今回会議室を借りたのは先日Fクラスダンジョンで起こった事の経緯を2人から聞いたからだった。
勿論、結果だけ見れば2人を手放しで褒めてやりたいのは山々なのだが、そこは、師匠として叱らなければならない事もある。
まず、2人は黎人の指示を破り先のエリアまで行ってしまっている。
これは、無事戻って来れたからいいと言う訳ではない。
もしもの場合、2人も道連れになって命を落としていた。
黎人は身の安全の為に自分がいない所では普段より多くの余裕を持たせて行っていいエリアを決めていた為に今回この様な結果になっただけである。
なので、自分の命を守る為に見捨てなければならない事もあると言う事。
自分、そして仲間の命と他人の命を天秤にかけて行動しなければいけないという事を口を酸っぱくしてでも教える必要がある。
英雄的行動は賛美されるし、見捨てるといった行動は非難の元だろう。
しかし、英雄的行動とは結果論にしか過ぎず、それを達成できなければ只の無謀だと嘲笑される。
真っ先に守るべきは自分の命であり仲間の命なのだ。
それを守る為に目の前の命に目を背けて非難を浴びたとしても、その場に立てもしない、立つ勇気もない民衆からの非難など放っておけばいいのである。つけるべきはその非難に対抗できる精神力かも知れない。
その事を黎人は2人に言って聞かせる。
自分達は決して死なない物語の主人公ではないのだからと。
お叱りが終われば、黎人は立ち上がり、2人の方へと近寄ると、反省しているであろう2人に、叱られて気落ちしているであろう2人に「しかし、今回の結果を見ればお前達の行動のおかげで友人の命が救われたわけだ。よくやったな」と言って2人の頭をガシガシと撫でた。
その後、会議室を出た黎人達は、ある事情により今日のダンジョン探索をやめて解散しようとしていた。
しかし、ギルドロビーにて黎人は予想外の人物に声をかけられる事になった。
「久しぶりですわね、黎人」
「お、玲子。なんでこんな所に居るんだ?」
声をかけて来たのは元クランメンバーの菊池玲子で、その背後には恥ずかしそうに隠れる若い女性が居た。
「私はある依頼で京都に来たのだけれど、今はこの子を弟子にしてあなたみたいに育ててるのよ。ほら、挨拶なさい」
後ろの若い女性は気まずそうに前に出ると黎人に向かって挨拶した。
「日野万里鈴です…」
「日野さん!」
「ひ、久しぶりですわね翠さん。私、家を追い出されましてね。この方に拾っていただきましたの」
「翠の知り合いなのか?」
「まあ、家の関係で…」
黎人は「ふうん」と言った様子で頷くとニコリと笑って万里鈴に話しかけた。
「辛いことがあったのかも知れないが、玲子についていけば間違いはないさ。ダンジョンへ来る以上うちの弟子2人と会う機会も増えるだろう。仲良くしてやってくれ。
そうだ。玲子、この後ダンジョンへ潜るならうちの2人も連れてってくれないか?その子の参考にもなるだろう」
「ん、黎人はどうするの?」
「俺はこの後用事ができてな。京都第四まで行かないといけないんだ」
「ふーん、まあいいわ。確かにこの子の為にもなるし、あなたの自慢の弟子を見てあげる」
「それじゃ、よろしく頼むな」
そうして黎人は楓と翠を玲子に託すとギルドを出て行った。
「久しぶりね、翠さん」
「あ、はい。お久しぶりです」
「師匠、翠さんとお知り合いで?」
「ふふふ。翠さんのお父様から師匠になって欲しいと頼まれたのだけれど断られちゃったのよ」
「それは…」
「いいのよ。信頼できる師匠に出会えて良かったわね。私も、そうならないとね」
そう言って玲子の視線を浴びて万里鈴の方を優しく見た。
色々な話を終わらせた後、4人はゲートを潜ってダンジョンへと入った。




