65話ダンジョン探索
「何だよ冒険者って、化け物じゃねえか」
少年は窓から薄暗く漏れる蛍光灯の光をぼんやりと見つめながらそう呟いた。
少年は数日前に学校で辱めを受けた。
と言っても少年がそう思っているだけで、自分よりも下だと思っていた人間が自分よりも上で、恥をかいただけの自業自得である。
しかし、それを逆恨みした少年は、冒険者でパーティを組んでいる先輩達に話を持ちかけたのだ。
「冒険者の免許取りたてで調子乗ってる奴がいるんすよ。しかも、美人っス」
この話に先輩達は乗ってきた。
「調子乗ってると危ないって事は教えてやらないとな。その時に俺らに惚れちまっても仕方ないわな」と言って。
少年としてはダンジョンで囲んで物理的にシメてやった後好きにすればいいと思っていたが、自分よりも強い先輩達の言葉に文句は言えなかった。
自分と同じ学校に通っていれば、冒険者になりたてのFランクなら、自分達と同じダンジョンに来ると思い待ち伏せをしていると、案の定のこのことあの女、亜桜紫音はやって来た。
どうやら2人でダンジョン探索をするみたいだ。
これだから馬鹿は。と少年は思った。
ダンジョンへは5人のパーティで潜るのが基本的、最低でも3人は居ないと安心できないと冒険者免許を取った時に言われるはずだ。
それをぼっちだからとそれ以下の人数で潜るなんて。先輩達も成功率が上がったと喜んでいる。
亜桜が可愛かったのも去ることながら、連れの外国人も相当の美人だ。
萌香が読んでいる雑誌に載っていてもおかしくないくらいに。
まぁ、こんな所にそんなモデルが居るはずはないのだが。
しかも、2人はあろう事か、プロテクターも無しにゲートを潜ったのだ。
ダンジョンを甘く見てると笑いが出そうになった。先輩達も引いている。
俺は放って置いても勝手に死んでくれたのかと思ったが、亜桜の苦しむ顔が見たくて、先輩達と共にゲートを潜って亜桜達を追いかけた。
このダンジョンは地下に潜るタイプで、亜桜達は危なげもなく、1階を進むと、2階へと続く階段を降りて行った。
それを見て、先輩達は顔を見合わせた。
なんせ、俺達のパーティはこの一階それも入り口あたりだけしか探索した事はない。
一階に出てくるのはゴブリンという魔物で、非常に弱く、言うなれば汚い虐められっ子の様な物である。
反撃はして来るものの、攻撃の構えは腰が引けており、そう。あの時の俺にビビった教師の様だ。
適当に囲んでボコってやれば魔石という小遣いを落とす。
入り口付近は1、2体だが、ここまで来ると数匹がまとまって現れる。
先輩達が奥に行くのは危険だからと言ってここまできた事はないが、亜桜が一人で簡単に倒しているのを見ると、先輩らのビビリ損だ。
ここまで来て、先輩達は2階に降りるのを躊躇っているが、ビビりすぎだ。
俺が先輩達に「あの女でさえ簡単に下に行ってるんですから先輩達なら楽勝ですよ」とハッパをかけるとビビりながらも2階へと亜桜達を追った。
ほんと、先輩達の度胸の無さに呆れた。
その後は、3階、4階と亜桜達は進んでいく。
そこまで降りれば、俺も、違和感に気づいた。
2階はゴブリンと違い、ちょっとすばしっこい犬頭の魔物のコボルト、3階は、1階と違って、マッチョなどちらかと言うといじめっ子の様なホブゴブリン。
そして、この階には明らかに化け物だと分かるオオカミ頭の狼人間。
3階のゴブリンでも勝てる気がしなかったが、亜桜は一撃とは行かないまでも、一人で倒していた。
俺達には見えない様な動きをして…。
そして、目の前でワーウルフと対峙する亜桜を見て、これで、亜桜も終わりだと思った。いや、思いたかった。
蹂躙される姿を見たら先輩達とここからとっとと逃げ出そう。そう思った。
「紫音、ここからはあれで戦いなさい。難しければサポートしてあげる」
外国人の女がそう言うと亜桜はコクリと頷いて、ランスを構えた。
そして、まるで、マンガやアニメの様に。
まるで、ここからが本気だとでも言うように。
髪の色が紫電の色に変わると、バチバチと白い電気が体に帯電し始めた。
そして、目の前のワーウルフを何でもないかの様に、一突きで胸に風穴を開けて絶命させた。
化け物
俺、いや、俺と先輩達の気持ちは同じだっただろう。
顔を見合わせると、俺達は一目散にゲートへと逃げ出した。
手を出してはいけない相手。本能がそう感じた。
帰り道、亜桜が倒した魔物が再度出現するまでには時間がある。
3階は魔物に出会わずに通り過ぎた。
2階は、階段が見えた所で2匹のコボルトが立ち塞がった。
俺達は、ゴブリンを倒していたのだから、一階下の魔物位なら何とか戦える。
そう信じて全員で討伐に挑んだ。
結果、満身創痍ながらも、何とか倒す事ができた。
5万円もしたプロテクターには傷が入り、所々ひび割れている所もある。
俺達は何とか息を整え、安全圏内であろう一階へと階段を上がった。
一階に上がれば、虐められっ子の様なゴブリンしか出てこない。
そう思っていたのに。
いつもと違って数の多いゴブリン達は、まるで泣いて無茶苦茶する虐められっ子の様にガムシャラに俺達を襲ってきて、俺達は、いつもの様に囲んでなぶり殺す事もできなかった。
しかも、あろう事かゴブリンは、疲労で握力が弱くなり、すっぽ抜けて転がった先輩の剣を拾い、俺に向かって突き出しながら走ってきたのだ。
それを俺は何とか避けるが、こんなゴブリンの攻撃さえ、満身創痍の俺は避けきれず、目の下を少し切り裂かれてしまう。
「む、無理だ。走れー!」
俺達はもうゴブリンを倒す事も諦め、必死に出口に向かって走った。
幸い、ゴブリンの足は運動神経の悪い虐められっ子の様に遅く、何とかゲートを潜って脱出する事ができた。
脱出して、生還したのだと喜びを噛み締めた後、先輩達は俺を責める事はしなかったが、別れの言葉を告げた。
「俺達、もう冒険者なんて辞めるわ。これからは少ないかもしれないけどバイトでもして、真面目に大学に通うよ。
お前とももう会わない。あんな奴に、目をつけられたらって思うと生きた心地がしない。悪く思わないでくれよ」
そう言って、俺一人を残してすごすごと去って行った。
後から気づいたが、アプリのトークルームも追い出され、連絡もブロックされていた。
俺も、冒険者と一緒の所に潜るのは嫌だったので、冒険者を辞めるつもりだ。
幸い、萌香の提案で大学の推薦はもぎ取ってある。
そう考えていたが、俺はこの後訴えられ、逮捕されて高校は退学になり、大学もパーになった。
俺みたいな馬鹿が大学に行ける事を喜んでくれた母ちゃんだったが、全てを知って、俺が逮捕されてパトカーに乗せられる時の顔は…。
いや、もう考えないでおこう。
おれの人生を狂わしたのは全部冒険者だったな。
そう思いながら、最後にゴブリンから受けた刃物傷が痕になっている所を撫でる。
でも、直接的な暴力をしていなかったおかげで、俺の罪は執行猶予無しの懲役1年だった。
「一年頑張れば、外に出られる」
俺は、唯一俺の事を怖がらずに、好きだと言ってくれた萌香の事を思い出す。
きっと萌香も待っていてくれる。出所したら、真面目に生きよう。
俺は心を入れ替える様に、これからの刑期を過ごすことにした。




