63話変わる立場
紫音は凄んで拳を繰り出した緒方を見て呆れていた。
いや、暴力でこの学校を牛耳ったのだから、どれほどのものかと思っていたら、呆れる程に弱そうだった。
本当に、冒険者免許を取っているのだろうか?
下手したら、Gクラスダンジョンの最深部の魔物を相手にすればやられるのではないだろうか?
紫音は本気でそう思った。
一応、紫音をギリギリ外して顔の横を通り過ぎるように繰り出されたパンチを片手で、手首を掴むようにして受け止めた。
「な!」
緒方の驚きの声と共に、悲鳴の上がった教室の声も静まり返った。
ここに居る皆んなからしたらあり得ない状況だろう。
あの、暴力で教師をやり込めた緒方が虐め被害者の亜桜にパンチを受け止められたんだから。
紫音が少し力を入れて掴んだ手首を握っただけで、緒方は呻き声をあげて膝をついた。
「私もね、冒険者免許取ったんだ。
だけどさ、緒方君て本当に冒険者免許持ってるの?この程度の力しかなかったら一般人でも入れるGクラスダンジョンの最深部でも死んじゃうんじゃない?」
「な、何だと…」
「ああ。Fクラスも探索したけど入り口の魔物ならGランクと変わらないもんね。免許さえ持ってれば冒険者は冒険者だもんね」
「クソ、テメェ放しやがれ!」
紫音はニコリと笑って緒方の手首から手を離した。
「テメェ、俺にこんな事してダンジョンでどうなるか分かってんだろうな?」
緒方は手首を摩りながらコチラを睨んだ。
「緒方君、それかっこ悪いよ?」
「うるせえ!」
「まあ、ダンジョンで絡んで来てくれた方が私もやりやすいよ。
だって冒険者法でここで本気出すのって禁止されてるでしょ?」
「な…」
「なんでそこで驚くかな。あ、緒方君て冒険者法無視してるからもしかして今の本気だった?」
緒方は悔しそうにコチラを睨んでいる。
「お前たち、何をやっている!」
ホームルームの時間になって担任の教師が来たようだ。
緒方が教師を睨んでビクッと教師は震えるが、これまでと違って教師は緒方に言い返した。
「緒方、亜桜の知り合いの冒険者の方に聞いたぞ。冒険者は一般人に手を出してはいけないらしいな。手を出せばすぐに逮捕だとか。
学校の実状について相談したら退職された稲羽先生の件はかなり問題だそうだ。
皆んなも、緒方に何かされていた場合は名乗り出る様に。それでは、ホームルームを始めるぞ。皆んな、席につくように」
緒方は教師に何かいい返そうとしたが、紫音がニコリと笑うと悔しそうに席についた。
紫音が学校を休んでいる間に席替えも行われていたようだが、紫音の席を探すのは簡単だった。
そして、それと同時に教師もある事を失念していた事に思い至る。
「そうだ。今日からは亜桜の椅子が必要だな。先生が持ってこよう。皆んな、席について大人しく待っているように」
そう言って教師は教室を出て行った。
車椅子だった為、椅子のない席は、不登校だった為に窓際の1番後ろに置かれていた。
その前の席には萌香と緒方が並んで座っている。
窓際の後ろの席はどの学校でも人気の席だろうから、この2人が並んでここの席なのは何かしたのであろう。
萌香が紫音に何かいいたげな目を向けているので紫音は自分から話しかけてあげた。
「萌香ちゃん、私ね、この半年で色々経験して将来の目標を見つけたから、その為に卒業するまで学校に来ることにしたよ。私が悩んでた時に助けてくれなかった人達と関わる気はないけど目標の為に高校卒業しないといけないからね。
萌香ちゃん、学校のカーストなんて小さな枠組みを気にしてたみたいだけど、こんな事になったらどうなるんだろうね」
教室に響いた紫音の言葉に、紫音を睨んでいた萌香はビクッとして周りを見ると、クラスメイトは全員冷たい視線で萌香を見ていた。
萌香からは「ヒッ」と息を吸う音が聞こえる。
緒方を傘にやりたい放題やっていた萌香はこれから肩身の狭い思いをするだろう。
椅子が届いて席に着いた紫音はふと、昨日の夜の事を思い耽る。
「いい紫音、はじめが肝心よ。舐められないように演技しなきゃ!ちょっとくらい悪女を演じるのよ!少しメイクも大人っぽくしてクールな感じにして、それでね___」
紫音は、レベッカに今日の事について相談していたのだ。
やり過ぎたかな。
そう思い、苦笑いが出そうなのを机に肘をついて顎に手を添えて口元を隠しながら、誰も居ない晴れた校庭を懐かしいと思いながら眺めていた。




