54話これからのこと
もう。ほんと、いっつもいきなりなんだから。
師匠から連絡が来るのはいつも突然だ。
数ヶ月前も、たまたま東京に来た時にはご飯に連れて行ってくれた。
私の近況報告を話したり、師匠の話を聞いたり。
私に、姉妹弟子ができていたのも驚いたが、私が弟子になった時の様に、また師匠は誰かを助けているみたいだ。
その後も時々、突然に電話をかけてきては今どの位ダンジョン探索が進んでるかと聞いて来る。
多分生存確認なのだろうなと思う。心配してくれているのだろう。ほんと、過保護な親みたいだ。そう考えると自然と笑みが溢れる。
今回の連絡はちょっとしたお願いだったけど。
まあ、それくらいはやりますけどね!
私はとある用事を済ませる為に伝えられた住所へと向かった。
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あたし達は久々に東京へとやって来た。
香織の実家があるマンションの近くのコインパーキングに車を止めて、オートロックの前までやって来た。
部屋番号を押して、香織のお母さんにドアを開けてもらい、エレベーターで部屋まで移動するとドアをノックした。
扉が開いて、出迎えてくれたのは香織だった。
久々の再会に、体が勝手に動いた。
雫も同じだったみたいで、あたし達2人は香織を強く抱きしめた。
無事で良かった。この一言に尽きた。
「ちょっと、2人共、苦しいわ」
「香織が、無事で良かった」
「うん…」
しばらくそのままだったが、香織のお母さんがお茶を入れたからと呼びに来てくれたので、部屋の中にお邪魔した。
まず、あたしは香織に最低な人を紹介してしまったと謝罪した。
私のその言葉に、香織は「ううん、克樹さんを好きになって選んだのは私だから。見る目がなかったのね」と言って笑顔を作った。
その笑顔は、少し泣きそうな笑顔で、それに、と続いた。
「私も、悪かったのよ。結婚生活が始まっても、何もできなかったから。
安易に貴方達の真似をしようとしてバチまで当たっちゃった」
香織の笑顔は私達に心配をかけまいとするのが伝わって来て、あたしは必死に涙を堪えた。
「香織、これからどうするの?」
「しばらくは、家に居るつもり。お母さんとお父さんもゆっくりしていいって言ってくれてるし、この傷じゃ、就職口探すのも、更に大変そうだから」
「そうなんだ」
雫の質問に香織が答えた。
返事が見つからず、部屋に無言が続く。
香織の力になりたいと意気込んできたけど、何も思い浮かばないあたしが恨めしい。
その時、ピンポーン!とインターホンが鳴った。
香織のお母さんが応答すると、スピーカーから声が聞こえて来た。
「すいません、ここって田所香織さんのお宅であってますか?」
聞こえて来たのは聞き覚えのある声だった。
「火蓮ちゃん?」
あたしに今の道を薦めてくれた恩人の柊火蓮の声だった。
あたしから漏れた声に香織のお母さんがこちらを向いた。
「すいません、香織さんに伝言があるんですけど会えますか?」
香織のお母さんに、あたしは無言で頷いた。
しばらくすると、火蓮ちゃんが、部屋へとやって来る。
「あれ、こっちに来てたんだ。まあ、それは良いや。
貴方が香織さんよね?貴方に伝言があるわ。まずこれ」
火蓮ちゃんは香織に封筒を渡した。
「私の師匠からね、それは紹介状。
貴方の傷は治らないだろうから、俺の信用する形成外科医への紹介状だって。
一応、お金は師匠が払ってくれるらしいけど、俺の世話になるのが嫌だって言うなら破り捨ててくれってさ」
「師匠?」
「え、そこからなの?師匠は春風黎人」
「え、なんで黎人が今の私の事知ってるの?」
「なんでって、貴方を助けたのが師匠だからでしょ?」
「え、看護師さんはSランク冒険者のレベッカさんだって…」
「あ、これって言っちゃいけない事だったのかな?まあいいわ。とりあえず、師匠からの伝言は伝えたわよ」
香織は理解がついていけずに無言で頷いた。
すると、火蓮ちゃんはため息を吐いて話し始める。
「あんたみたいな落ち込んだ目はよく知ってるんだ。
長野からわざわざこうやって会いに来てくれる友達がいて、後押ししてくれる師匠がいて、後は、貴方が一歩進むだけだと思うよ?
このまま殻に閉じ籠るのか、友達に支えられて踏み出すのか。まあ、私には関係ないんだけどね。じゃ、伝言は伝えたから。お邪魔しました」
そう言って火蓮ちゃんは帰って行った。
香織があたし達の方に振り向いた。
あたしと雫は揃って頷いた。
「私、頑張ろうと思うの。黎人の好意を受け取って顔もちゃんと治して。
だけど、お金はちゃんと払おうと思う。
だから、私も2人と一緒に冒険者になれないかな。お母さんと、お父さんには心配かけちゃうし、あんな事があったから反対されるかもだけど、私、頑張るから」
「残念ながら、私達はまだ冒険者じゃないんだなー。安全マージン取って無傷で頑張ってるからねー。だから、無職だし、これから大変だけど、一緒に頑張ろうよ」
「うん」
「でもまずはお母さんとお父さんの説得からだね」
その後、お母さんはその状況を見ていたからか、複雑な表情をしていたが首を縦に振ってくれた。
お父さんも、反対はしていたが、私と雫が半年間怪我もなく頑張っているのと、これからも、決して無茶はせずに、安全第一と言う事で認めてくれた。
多分、心配だけどこのまま塞ぎ込むよりはいいと思ったんだと思う。
紹介状にはもう支払いは終わってるのでいつでも連絡してくれれば対応しますと書いてあったので直ぐに連絡を取って手術の日程も決まった。
「でも、黎人君が紹介してくれたお医者さんでしょ?私達、これから頑張らないとね」
そういえば、香織は黎人君の事あまり理解して無かったみたいで、あたし達の話を聞いてビックリしていた。
その後、周りの意見に流されて黎人君を信じられなかった自分に見る目が無かったと落ち込んでいたけど、雫が、「私が黎人君とちゃんと話をしなさいって言ったのにしなかった香織が悪い!」と雷を落としていた。
「これから一緒に頑張ろうね、香織」
私は笑顔で2人に抱きついた。




