52話離縁
目を覚ましたら知らない天井だった。
なんて、昔の作家は上手い事言ったものね。
私はゆっくりと体を起こした。
不思議と、痛みはない。
辺りを見ればここは病院の個室の様で、あの恐ろしいダンジョンではなかった。
私は助かったのだと実感して、震える手で、ベッドの脇に置いてあったボタン、ナースコールで看護師を呼んだ。
看護師はすぐにやって来た。
医師も少し遅れてやって来て、私の体に異常がないか心音や目などを見て診察していく。
「まあ、こんな事をしなくても、大丈夫だと思うけど一応ね。えっと、相澤さん?」
「はい」
「うん。受け答えもはっきりできるね。相澤さんがダンジョンから今までどうなったのかは看護師が説明するから。
じゃ、頼んだよ」
そう言って医師は診察を終えると病室を出て行った。
その後、看護師さんに聞いた話では私は、あの魔物に襲われた後、冒険者に助けられたそうだ。
このGクラスダンジョンにたまたま居合わせたSランクの冒険者が瀕死の私を魔法で回復させてくれたおかげで一命を取り留めたらしい。
魔法は万能ではない為、傷が残ってしまったが「命があるだけ儲け物ですよ!」と笑顔で励ましてくれた。
助け出されたのもギリギリで、一歩遅かったら魔物の胃の中だったかもしれないそうだ。
その冒険者の人には感謝しないとな。
看護師さんは、克樹さんにも連絡済みで「もうすぐ来てくれると思うからね」と言って出て行った。
克樹さんにも謝らないとな。
浅はかな考えで、ダンジョンで稼ごうとした結果、また、迷惑をかけてしまう。
その時、病室のドアが空いて、スーツ姿の克樹さんが入室して来た。
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病院に着いた俺は妻の姿を見て絶句した。
「克樹さん、ごめんなさい」
何が、ごめんなさいなんだ?
病院のベッドのリクライニング機能により、ベッドに座った妻。
綺麗だった顔には大きな傷跡が残り、点滴を打たれる腕にも細かい傷跡があり、患者服の下にも傷がある事が予想できる。
「私、頑張っ___」
「そんな姿の君に何の魅力があるって言うんだ?」
「え?」
「浪費家で、家事も出来ない。容姿だけの君がそんな姿になって何が残るって言うんだ?」
「そんな、克樹さん、私は___」
「ふん、底辺冒険者の真似事をして唯一の取り柄までなくしたのか?
金がなくなって欲しいならその容姿を活かして夜の仕事でもした方が良かっただろう。
それとも、俺への当てつけか?
俺が稼いでこないから、私はこんな怪我まで負いました。だから一生面倒見ろってか?」
俺の口からは煮えたぎった妻への怒りが次々とと溢れ出した。
せっかく朝から気分が良かったと言うのに、コイツのせいで台無しだ。
やはり、この結婚は間違いだったのだ。
そうだ。今からでも遅くはない。この浪費家さえ居なくなれば俺は自由になる。
もう出世の目処はないだろうが、幸せを掴むことはできる。
ごく一般的な、幸せな家庭。
美人な妻でなくても、特別裕福でなくても、家に帰ってきたら癒しのある家庭だ。
「離婚だ」
香織の目が大きく開いた。信じられないといった表情をしている。
それだけで、俺はすこし、溜飲を下げる思いだ。
「当たり前だろう。君にもう何も魅力を感じない。これからそんな姿になった君を養いたいとは思わない。まあ、怪我がなかったとしてももう君を思う気持ちはなかったけどな。
これまでの行いを振り返れば分かるだろ?
自分勝手で、愛想も尽きる。
離婚届は後日持ってくる。印鑑の用意だけしておけ」
俺は鬱憤を全てぶつけて病室を出た。
回り道をしたが、これから訪れるであろう幸せな未来を夢見て足取りは軽かった。
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克樹さんが入室して、私はまず謝らないとと思った。
「克樹さん、ごめんなさい。私、頑張ったけど___」
また、失敗しちゃった___
そう続くはずだった言葉は克樹さんの侮蔑の言葉によって遮られた。
「え?」
克樹さんの口から語られる暴言に息を呑んだ。
今稼いでない私は克樹さんにカードを渡されてそれを使っている。
貯金は、結婚する時に将来の為にと全て通帳を一緒にしてしまったので私の物はなく克樹さんが管理している。
だから、安心しろと言われていたからそんなに家計が切迫しているなんて知らなかった。
だから、克樹さんが褒めてくれた容姿だけは、克樹さんの自慢になる様に磨き続けようと思った。
でも、それは間違いだった。
そして、今回の事で、克樹さんが言う様に、その容姿も大きなキズができてしまった。
私は、頬の傷跡に触れる。触れた皮膚は抉れた様に凹み、治らないのだろうと想像ができた。
彼のつづく暴言から、私の容姿しか見ていなかったのだと伝わってくる。
離婚
その言葉を聞いた時、私は溢れてくる涙を堪えるのに必死だった。
克樹さんは、言いたい事を言い終えると、病室から出て行った。
寂しかった時に、支えてくれた彼に心が動いた。
私の事を大切にしてくれるのだと思った。
でも、結局上手くいかなかった。
「なんで、こうなっちゃったのかな」
看護師さんが飾ってくれたのかな?
窓際に置かれたダリア。
私の好きなその花を見つめながら、溢れ出した涙は止まらなかった。
カクヨムにて100話ほど先読み掲載してます。




