48話思わぬ再会
黎人は感じた魔力の暴走の方へ向かっていた。
ダンジョンの奥の方から逃げてくる入場者も見受けられる。
この状態のダンジョンを探索するのは黎人は2度目だった。1回目はイギリスに呼ばれた時だった。
イギリスのSランク冒険者が対応できなかった為に黎人が呼ばれた。
階級進化
なんらかの原因により、魔物がダンジョンのレベルを著しく超えて進化してしまう現象だ。
日本では確認された事は無く海外でも数回しか確認されていない。
今まではA、Sランクのダンジョンでしか起こっておらず、そのどちらも、階級進化した魔物はSSSランク指定。
この進化した魔物を倒した冒険者の事を畏怖の意味を込めて、Sランクまでしかない冒険者ランクでSSを飛ばしてSSSランク冒険者と呼ぶのである。
Gクラスダンジョンで階級進化が起こるとは想定されていなかった事態である。
想定されていないから冒険者免許がいらないのだ。
Gクラスの魔物だから階級進化してもDランクまでなら対処は簡単だ。しかしここでもSSSの階級進化が起こったとすればどうなるだろうか?
一般人が逃げ出すことすら想像出来ない。
黎人がダンジョンの中腹を越えた所で、最深部の魔物が入場者に群がっているのを見つけた。
「もうここまで逃げて来ているのか」
最深部と言ってもGクラスダンジョンの魔物。
黎人の剣の一振りで熊の様な魔物達は全て息絶えた。
襲われていた入場者を見て、黎人は言葉を失った。
なぜ、ここに?
いるはずの無い人がそこに居た。
ボロボロで顔にまで大きな傷を負っているが、見間違える筈はない。
田所香織。高校の頃から半年ほど前まで自分の彼女だった女性だ。
彼女は付き合い始めこそ冒険者に興味津々だったがそれも初めだけで冒険者になど興味はなかった筈だ。
それがなぜ?
「…まだ、息がある」
彼女の胸が上下しているのを見て、手遅れでないのが分かった。
しかし、外傷から見ても一刻を争うのは分かる。
ファンタジー物の定番である《ポーション》の様な万能薬が有れば良いのだが、この世界にそんな物は無い。
ダンジョンの中で見つかった微生物等によって薬も進歩しているが、ファンタジーの様に怪我を治せる物は作り出せていない。
それなら代謝を促進などさせて自然回復力を強制的に早くする回復魔法の方がマシな部類であろう。
ともかく、異空間から出した包帯等を使い、大きな傷を塞ぎ出血できるだけ抑えると、黎人は香織を抱き上げてゲートへと戻る。
大怪我をした人間は出来るだけ動かすなと、言っている場合ではない。
理論派の黎人はどうしてもファンタジーの様な回復魔法は使えない。
一縷の望みに賭けて、ゲートへと急いだ。
階級進化した魔物を放って置いていいのかと言われるかもしれないが、ここに最深部の魔物が居たことでこれより先に入場者は居ないと判断した。
香織を回復魔法が得意なレベッカに預けたらすぐに戻ってくる。
人命の救助を優先してこの場を離れた。
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レベッカと紫音は森の入り口まで引き返してダンジョンの奥から逃げ出してくる魔物を倒していた。
この状況はレベッカが知っている状況と似ており、マンション型のダンジョンであっても魔物が自分のテリトリーを乗り越えてゲートへと向かってくる。
Gクラスダンジョンな為、魔物は弱い物の数が多い。
レベッカの撃ち漏らしを対処する様な形でも紫音はこれまでに相手にした事のない数の魔物を相手にしていた。
レベッカの様に魔法を撃ち放てない紫音は魔法の力で車椅子をスペックを超えた速度で加速させて着実に各個撃破していく。
しかし、無茶な方法で負荷をかけられた車椅子のモーターは限界を超え、煙を上げてピクリとも動かなくなってしまった。
そんな事情とは関係なく、魔物はゲートを目指して、邪魔な紫音を排除しようと迫って来る。
動けない紫音にとって、それは想像を絶する程の恐怖だ。
「紫音、諦めるな!」
レベッカの怒号が響いた。
レベッカは魔法で無限の魔物を撃ち殺しているが、撃ち漏らした魔物は続々とゲートの方へと抜けて来る。
「お前は私の《《弟》》の弟子だろう!
紫音ならもうできる筈だ。過去に囚われて自分を縛っているだけで、きっと、そんな道具が無くても立ち上がれる筈だ」
そんな事を言われても私の足は、そんな思いが紫音の感情を支配する。
でも、このまま何もしなければ私は魔物にやられてしまう。
「勇気を出せ、紫音!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁああ!」
紫音は力の限り叫んだ。
不甲斐ない自分の足を鼓舞する様に、足よ動けと願った。
感覚派で無意識にやってきた魔法の操作を黎人と共に勉強した知識をフル活用して、車椅子ではなく自分の体を動かす為にイメージした。
動けよ、私の体!神様なんて居なくてもいい。
私は私の力で、今を乗り越えるんだから!
雷が、紫音の体から空へと立ち昇った。
日本人特有の黒髪に焦茶がかった瞳は紫電の色に染まり、体をバチバチと帯電させた紫音は、自らの足で立ち上がった。
己の足で立ち上がった紫音は凄かった。
車椅子で冒険者免許を取る為に普通の人の数倍の魔石を吸収していた。
通常、冒険者免許を取る為に約半年もGクラスダンジョンを探索する人はいない。
その分、ステータスの上昇は著しい。
今まで踏ん張りきれずに逃げていた力はそのままランスに伝わり、迫る魔物を薙ぎ払った。
感覚のまま、腰を落として足に力を入れて、駆け出す。
常人には残像を残した様に見える程のスピードで戦場を駆け回り、魔物を貫き倒す。
数十分の戦いの末、森から出て来る魔物は居なくなった。
「excellent!紫音が自分で立った瞬間を見れなかった事を黎人は悔しがるでしょうね」
「レベッカさん、疲れました」
バチンと音を立てて、紫音が放電した。
髪と瞳は紫電の色から黒へと戻ったが、紫音は自らの足で立ち続けた。
「おめでとう紫音。1人で立った感想は?」
「信じられないです…」
紫音の目尻には涙が浮かんでいる。
「良くやったわ」
レベッカは優しく紫音を抱きしめた。
そんな感動の一コマを無視して、黎人がそこへ声をかけて来た。
「レベッカ、助けてくれ!」
やって来た黎人は、重傷の女性を抱き抱えていた。
カクヨムにて100話ほど先読み掲載してます。




