36話説得
レンタカーを返した黎人は紫音と共に、電車で愛知へ。そして、タクシーで紫音の児童養護施設までやって来た。
紫音はおんぶで運ばれるのが恥ずかしいらしく、初めは抵抗していたが、車椅子のタイヤがパンクしているのだから仕方ないと説得して渋々おんぶをされている。
施設の前まで来ると、紫音を背負い、車椅子を引きずる黎人を訝しんだ子供達が大人を呼びに行ったみたいで、程なくして中から大人が現れた。
「先生!」
黎人の後ろから話しかけた紫音を確認して先生と呼ばれた女性はびっくりした様子で声を上げた。
「紫音ちゃん!」
「こんな格好ですまないな。車椅子がパンクしてしまったので背負って連れて来た」
「い、いえ、ありがとうございます」
黎人の言葉に反射的に女性はお礼の言葉を返した。
「それで、この子と少し話をさせてもらってな。紫音の今後の事でお話があるんだが、あなたがここの責任者かな?」
「いえ、院長は他に居ます。ちょっとお待ち頂けますか?」
女性は慌てた様子で施設内へと入っていくと他の女性を連れて出て来た。
先ほどの女性が30代なのに対してこちらは60代くらいだろうか?恰幅のいいおばさんと言った風貌だ。
「お待たせしました。それで、お話があるとのことですが、ここではなんですので応接室でお伺いします」
「ありがとうございます」
黎人は案内されて応接室まで向かった。
途中で一緒にいた女性に車椅子を預けて応接室へ入ると案内されたソファへと腰を下ろす。
背負われていた紫音も先に隣に座らせていた。
反対側に責任者の女性が座る。
少し遅れて先ほどの女性が入室して来て、持っていたお盆からお茶を4人分、間にある机に置くと責任者の女性の隣に座った。
「名乗るのが遅くなって申し訳ない。俺の名前は春風黎人と言います」
「私はここの院長の奥村といいます。彼女は西田」
お互いの自己紹介をして、紹介された西田が頭を少し下げた。
「それで、お話というのは?」
黎人はこれまでの経緯を説明した。
紫音が飛び降りた事、それを黎人が助けた事、いじめ問題に、足が治るかもしれないという希望。そして、冒険者になるかは分からないがダンジョンへ行って魔石を取りたいという事。
途中、紫音が飛び降りた所で「なんて事を」と奥村が声を漏らしたが口を挟まずに最後まで聞いてくれた。
「まずは、ありがとうございます。紫音ちゃんを助けてくださって。
しかし、いくら希望はあれど、私達は保護者としてダンジョンへ行くのを許可するわけには…
危険な場所に車椅子というハンデのある紫音ちゃんを放り入れる訳にはいきません。
失礼ながら、私は初対面の貴方の言葉を鵜呑みにするわけには行かないのです」
「そんな!先生、私の足が動く様になるかもしれないんだよ?」
奥村の言葉に紫音は黎人が聞いた中で一番の大声で反発した。
「紫音ちゃん、初めて会った人の事を簡単に信じられないのは当たり前です。
ダンジョンが危険なのも当たり前の話なんですから」
「私、もう3年生だよ?だから、進路も決めないとここも出ていかなくちゃいけない。
なら自分の進路として冒険者を選ぶよ!」
必死に奥村を説得する紫音に黎人は助け舟を出す事にした。
「冒険者にならなくてもGランクダンジョンなら入れます。Gランクダンジョンは高校生からバイト感覚で入れる位に難易度が低く、勿論危険はありますが、それも自分がフォローすれば限りなくゼロに近いと思っています。
日本では一般的ではありませんが、アメリカやイギリス等では高校の時に魔石を吸収して学力を上げて就職を有利に進めるケースもありますから」
「…たしかにそういった事例もあるんでしょう。しかし、貴方が信じられる人間かという問題はまた別です。
私達は子供達を里親に出す際も厳しく審査が有ります。なので、貴方においそれと任せる訳には行かないのです」
「信用か」
「はい。信用です」
確かにこの人達にとって黎人がどういった人物か分からない。
冒険者にとってその場でパーティを組むのも直感と自己責任と言った場合も多々ある為、保護者の信頼をすっ飛ばしていた自分を黎人は恥ずかしく思った。
そして、ふむ。と考える。
「失礼。電話しても?」
「ええ」
黎人は確認を取ると電話をかける。
その相手は愛知のAランクギルド《黄金の鯨雲》のリーダー織田だった。
「お、織田か?ちょっと頼みがあるんだけどさ___」
少し前に奈緒美に言われて冒険者カードがなくなって連絡が取れなくなっていた冒険者仲間と連絡が取れる様にとスマホの連絡先を交換していたのが早速役に立った。
織田は愛知ではそれなりの地位のある人間だから事情を説明して上手いことできないか相談してみた。すると、「分かった」と言って電話を切ってしまった。
切れてしまったのでどうしたものかと考えていると今度は施設の電話が鳴った。
西田が電話に出ると用件を聞いて慌てて奥村に変わる。
電話を変わった奥村は驚きつつも電話の相手に電話越しに頭を下げながら対応すると、話が終わったのかゆっくりと電話を切った。
「あなた、いえ、春風さんは一体何者なの?」
奥村のその言葉に西田も俺に注目していた。
「愛知県知事からあなたは信用できるから任せてみなさいって電話が___」
それを聞いて黎人は苦笑いを返すしかなかった。
織田のやつ、電話一本で県知事を動かしやがって…。
しかし、そのおかげで話はトントン拍子に進み、黎人は正式に紫音の面倒を見る事になった。
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黎人がお伊勢参りをしていた頃、1人の女性が来日した。
金髪碧眼、身長はモデルの様に高く、スタイルもいい。周りから注目を集めるその女性は手荷物も持たず、ライダージャケットを肩に引っ掛け、周りの目など気にせずに独り言をこぼした。
『やっとやって来れたわ。勝ち逃げなんて許さないわよ、ゼロ』
ガラス越しに空を見上げながら女性は不敵に笑った
カクヨムにて100話ほど先読み掲載してます。




