第321話 水族館1
水族館について、入場口を入ってすぐの壁一面の水槽に、幸と千聖は張り付く様にして魚を見た。
薄暗い施設の中で、魚をライトアップする水槽の光が大きく口を開けながら魚を見る2人の顔を照らしている。
「「すごい! 綺麗な魚がいっぱい!」」
しばらく見上げた後、2人は幸地と万里鈴の方を振り返って声を揃えていった。
まだ入口なので、綺麗ではあるが、小さい魚が多い。これが奥に行くほどに見応えのある魚や、ワニやペンギン、イルカのショーなど魅力的な物が増える事だろうが、水族館が初めての2人にとって、この入り口の魚だけでも感動に値する様である。
「奥に行けばもっとすごい魚も見れますわ。2人はどんな魚が見たいですか?」
「イルカ!」
「俺はペンギン!」
「えー、お兄ちゃんペンギンは魚じゃないよ」
「水族館にはペンギンもいるんだぜ! それに、イルカも魚じゃない」
千聖は幸の言葉に衝撃を受けた様子である。
「イルカは魚じゃないの?」
千聖が幸地の方を見ると幸地は笑いながら頷いた。
「そうだぞ。イルカもクジラもシャチもサメも、皆んな魚じゃなくて哺乳類。お父さんや千聖と同じなんだぞ」
「父ちゃん、サメは魚類だよ!」
「え、そうなのか? 幸は物知りだなぁ」
幸地は千聖への説明を幸にツッコまれて、苦笑いで幸の頭を撫でた。
しかし、千聖はそんな些細な間違いよりも、自分が想像していたイルカやクジラは魚ではなく自分たち人の仲間だと言う言葉に衝撃を受けて、早くイルカを見にいきたいと興奮気味だ。
「順番に観ていきましょう。イルカはショーがありますから遅れない様にしなくては行けませんわ」
「うん!」
千聖は万里鈴に差し出された手を握り返しながら元気よく頷いた。
幸地と幸も手を繋いで、水族館を見て回る。
「お兄ちゃん、蟹!」
「うおー、でっけー! 足なげー!」
一つの水槽ごとに子供達は大きなリアクションをして、目を輝かせる様子は微笑ましいものだと思いながら、万里鈴も遠い日の記憶を思い出していた。
「ねえ、お母様、あの子とあの子は家族なのかしら?」
「えっと、あ、あの足のタグで名前が分かるのね。えっとー、あれはどの子かしら?」
「ねえ、私にも見せて!」
母と2人でペンギンの名前と家族相関図を見ながらどのペンギンかを探した幼少期。
「次はこの子と3人で来ようね」
その当時母のお腹には妹がおり、そう約束したが、その約束は遂に果たされる事はなかった。
「なあ、あの1番大きな蟹はなんて名前だと思う?」
「えっと、えっと、スーパーカニ太郎!」
「だっせえ! なあ、父ちゃんはなんだと思う?」
子供達が蟹の名前で盛り上がる中、幸が幸地に聞いた。
「え? いいと思うけどな、スーパーカニ太郎。万里鈴さんはどう思いますか?」
幸地は千聖の言った名前を褒めながら、自分は答えずに万里鈴へ話題を投げた。
「え? い、いいと思いますよ。スーパーカニ太郎」
「んー、じゃあお前はスーパーカニ太郎だ!」
子供達が命名したスーパーカニ太郎に水槽越しに話しかけるなか、万里鈴は急な無茶振りをした幸地を睨んだ。
「すいません。いい名前が思いつかなかったもので」
「私もですよ。まあ、楽しんでくれてる様で良かったですね」
「はい。ありがとうございます。万里鈴さん」
幸地のお礼に、万里鈴は首を傾げた。何もお礼を言われる様なことはしていないからだ。
「万里鈴さんが子供達と遊んでくれなければ千聖が水族館に行きたいと言う事もなかった。仕事ばかりで子供達の事を見てこれなかった私には思いつかなかった事ですから。ありがとうございます」
「まだお礼には早いですわ。お昼ご飯も食べていませんし、これからイルカのショーも見なければ行けません。今日はまだまだ長いですのよ」
「そうですね……」
万里鈴と幸地は楽しそうに蟹を見る子供達に、次のところに行くぞと声をかける。
「とうちゃん、早く次観に行こう!」
幸が幸地の手を引いて、次の水槽へ先に向かっていく。
千聖が、万里鈴と手を繋いで同じ様に次の水槽に向かう途中に、万里鈴を見上げて笑顔で話しかけた。
「万里ちゃん、楽しいね」
「そうね。次はどんなお魚が居るのかな?」
千聖とゆっくり歩く万里鈴の表情は、仕事では見せない自然な笑顔であった。
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