第309話 病院
黎人は、電話で聞いた病院へ幸を連れて向かった。
アンナと幸の弟は、連絡して翠に面倒を見てもらっている。
幸も一緒にと思ったのだが、幸が自分も行くと言うので一緒に連れてきた。
病院へ着いて、受付に部屋を聞いてから幸の父親がいる部屋へ向かうと、部屋の中が騒がしかった。
「中原さん、あなたは倒れて運ばれてきたんですよ! 今晩は安静になさって下さい!」
「私が居なければ仕事が回らないんだ!」
「でも!」
病室のドアを開けると、男性と看護師が言い合いをしていた。
男性は、病院着を着替えながら文句を言っているようである。
「父ちゃん!」
幸が男性を呼んだ事で、男性は手と口を止めてこちらを見た。
「幸? なんでここに?」
「失礼ですが私が連れて来ました。私は幸君の同級生の父親で、たまたま病院からの電話があった所に立ち会いました」
幸の父親は、黎人の言葉を聞いて余計な事をと言った風に看護師を見た後、黎人に頭を下げた。
「それはありがとうございました。しかし、ただの過労です。ご迷惑ついでに恐縮ですが、幸を家までお願いできますか? 私はこれから仕事に戻らないといけませんので」
「中原さん!」
幸の父親の言葉に看護師が何か言おうとするが、黎人は看護師の方に手でジェスチャーして話に割り込んだ。
「中原さん、あなたにとって大切なのは仕事ですか? 子供ですか?」
「なにを?」
「あまり子供には聞かせたくありませんから、看護師さん、少し幸君を見てもらっていてもかまいませんか?」
黎人は幸の方にしゃがむと「お父さんと大事な話があるから看護師さんと外で待っててくれるかな」と頭を撫でて、幸を看護師に任せて外へ連れ出してもらった。
「少し時間をいただけますか? 話は随分深刻なようですから」
黎人の有無を言わさない様子に、幸の父親はベッドに腰を下ろした。
「先程の質問ですがね、そりゃ子供達ですよ。子供達の為に、死ぬ気で仕事をしなければいけない」
「その死ぬ気で働いた結果子供を残して死ぬような事になってはいけないでしょう? それに、なぜ私が電話があった時に幸君と一緒に居たかわかりますか? 電話は家にかかってきたんですよ?」
黎人の言葉で、今気づいたかのように幸の父親は何故なのかを黎人に質問した。
黎人は、幸を公園で見つけてからの話を幸の父親に話した。
その内容を聞いて、幸の父親は愕然とした様子で黎人を見た。
「本当なんですか、それは……」
「はい。その話を聞いて、今のあなたを見て、疑問に思う事があります。あなたは、仕事量に見あった給料をもらっていますか? そもそも、あなたの働き方は労基法違反ではありませんか?」
「……仕方がないのです。人手不足で、その分働かなければ私のお給料も出ませんから。世間は副業ブームなんて言いますが、私にはその時間もありません」
幸の父親は、黎人の質問に答えながら手のひらを固く握りしめた。
「なぜ、転職を考えないんですか?」
「考えた時期もありましたが、今の時代はどこもこんなもんだと言われて、私は高卒で、歳も歳ですから……」
その話に、黎人は悟った。これはダメなやつだと。
普通なら放っておくが、アンナの友達。しかも、アンナがクラスに馴染めるきっかけをくれた子の父親だ。
「それはあなたをこき使う為でしょう。人手不足はわざとだと思いますよ? 今の法律では、雇うよりその仕事を割り振った方が会社の利益になりますから」
人を雇えば給料が発生するが、その仕事を社員に割り振れば、残業時間の頭打ち以降は給料を出さずに仕事を回す事ができる。
人手不足はわざと作り出せばいいのだ。
「そんな……」
「中原さん、仕事辞めなよ。幸君達と幸せに暮らせるように俺が面倒見てやるからさ」
黎人は、そう言って幸の父親へ名刺を渡した。
名刺を見た幸の父親は驚愕の顔で黎人を見るのであった。
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