第303話 共同作業
「なんて事をしたんだ! 分かってるんですか? そんな中途半端な身体、すぐに自壊します! あなたは、もう蘇る事ができなくなるんですよ! いえ、まだ間に合うはずだ。体がダメになる前に魂だけ取り除けば! 師匠、私と共に行きましょう、間に合わなくなります」
伊集院彩が頭を掻きむしりながらアンに呼びかけた。
「誰がそんな事頼んだ? 私は望んじゃいないよ。でも、そうだね、お前には感謝している。病気だと、先が長く無いと分かった時に諦めた家族を持つ事ができた。そして、お前がかわいい娘の日常を壊そうとしたおかげで、踏ん切りがついた。この手で娘を抱く事ができた。 だけどね、アンナを危険に晒したお前を野放しにするほど、私は甘くないんだよ」
「違う! あんな失敗作はどうだっていい。貴方は世界に必要な存在だ。我儘を言わないでください!」
アンナの独白も、伊集院彩は否定の言葉を口にして、聞きたくないとばかりに頭を振った。
「我儘はどっちだい? まあ、娘が暮らす未来の為に、弟子の尻は私が拭いてあげるさ」
平行線で交わることのない話は終わりとばかりに、アンは走り出して伊集院彩の頬をぶん殴った。
その殴られた勢いで、伊集院彩は地面を転がった。
転がった後、倒れた伊集院彩はゆっくりと立ち上がるとアンを睨んだ。
「言って聞かないなら仕方ありません。無理矢理にでも連れて帰って、魂を引き剥がす! 手荒になる事は、勘弁してください」
伊集院彩は、擦りむいて傷はあるが、血が出ていない頬を、まるで血を拭うような仕草をした。
「へぇ、痛覚はあるのかい? あんたも過去の異物だ。どうせ誰かの死体に魂を入れてんだろ。隠していても、わずかに死臭がするよ。これ以上被害が出ないように、きっちり祓ってやらないとね」
アンがまた、伊集院彩に近寄って喉元を掴もうと殴打ではなく掌底のように手を伸ばす。
しかし、その手は伊集院彩の腕で弾かれてしまう。
「師匠が魔法を使う為には人を掴まないといけないのは重々承知しています。ですから、掴まなれなければ私は致命傷を追う事はない!」
「チッ煩いガキだよ」
アンはインファイトで攻撃をしながら、隙を見て伊集院彩を掴もうとするが、その攻撃だけは、伊集院彩は気をつけて避けているように見える。
殴打を喰らって傷ついても、血が出る事はない。そして先程とは違い、痛みもそれほど感じていないように思える。
「あなたの戦い方は前時代的だ。今の魔法は、まるでゲームのように飛ばす事ができるんですよ。このように、ね!」
反撃の為に伊集院彩は、周りの被害も顧みず、魔法を飛ばして攻撃する。
「しまった!」
そしてその魔法はアンを狙った物ではなく、アンの大切な娘や娘の大切な友達を狙った物であった。
しかし、伊集院彩の放った魔法は、後ろに居た火蓮や、アンナを抱きかかえている紫音が難なく防いでしまう。
それでも、アンの背後に放たれた魔法は、アンの注意を逸らすには十分であった。
その隙をついて、伊集院彩の手はアンに向かって伸ばされる。
「ぐぉ!」
しかしその手は、アンに届く事はなかった。
アンナを紫音に預けた黎人が、クロスカウンター気味に顎を撃ち抜いて伊集院彩を殴り飛ばしたからである。
「助かったよ旦那様。時間かけてアンナや友達に怖い思いをさせる事はないからね。ここは過去と現在の、最強おしどり夫婦の初めての共同作業でケリをつけようじゃない!」
「夫婦の初めての共同作業が、化け物の討伐ってどうなんだろうね?」
「細かいこと言わない。真っ二つに切ると考えれば、ケーキ入刀も魔物討伐も大差ないさ、ダーリン」
「なら、剣がいるじゃないか」
殴り飛ばされた位置で、立ち上がる伊集院彩に向けて、アンと黎人が走り出した。
そして黎人は、空間魔法から漆黒の剣を取り出した。
伊集院彩が、立ち上がるスピードは、先ほどのアンの時と違ってヨロヨロとしており、力がない。
死体を使っていても、体へのダメージが出ているようである。
「掴まえた。これで終わりだね。アンナの平穏な未来の為に、消えてくれ」
アンナが喉元を掴んだ事に、抵抗しようと伊集院彩は両手をアンに伸ばすが、その腕は、アンの背後にいた黎人によって斬り飛ばされて、抵抗ができなくなった。
「じぁな。バカ弟子」
アンの言葉と共に、伊集院彩は先程の犬の魔物と同じように消し飛ばされ、伊集院彩が居た場所には、核となっていた魔石だけが残った。
「アン!」
「ありがとう、ダーリン!」
黎人が片手で構えた漆黒の剣をアンも共に掴んだ。
そして、伊集院彩の残した魔石を、真っ二つに切り裂いた。
真っ二つになった魔石は、まるで蒸発でもするように、煙になって消えてしまうのであった。
「終わったか?」
「多分ね。魂の媒体になっていたのは魔石だと思うから。これで、バカ弟子が蘇る事はないはずよ」
黎人の質問に、アンが笑顔で答えた。
平穏な朝に起こった事件は、こうして最強の夫婦によって止められたのであった。
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