第290話 クッキー
「うう……上手くできない」
アンナは、火蓮の隣で眉を下げて俯いてしまった。
先程までは、ニコニコの笑顔で火蓮と一緒に生地をこね、一生懸命型で抜いてクッキーを作っていた。
俯いてしまったのは、アイシングが思ったようにできないからであった。
「アンナちゃん、このクッキーとこのクッキーだとどっちが嬉しい?」
火蓮が、今焼いたアイシング無しのクッキーと、市販のクッキーを棚から出してきてアンナに見せた。
「それはこっち」
それを見て、アンナは今焼いたクッキーを指差した。
「私も。だってアンナちゃんが一生懸命作ってくれたんだもんね。私が絵を描いたクッキーは綺麗だけどさ、アンナちゃんが一生懸命作ってくれたクッキーを貰った方が樹菜ちゃんは嬉しいんじゃないかな?」
「……うん、でも、火蓮お姉ちゃんにちょっと手伝って欲しいな」
「いーよー! 頑張って作ろっか」
「うん!」
火蓮の言葉にやる気を出したアンナは、火蓮に後ろから手を添えてもらいながら、友達の樹菜の為に一生懸命クッキーを作ったのであった。
翌日、樹菜の誕生会の日。
アンナは準備万端で黎人を急かしていた。
「パパー! 早く、早くー!」
アンナは靴を履いてエレベーターの前のフロアから黎人を呼んでいる。
手には昨日作ったクッキーを可愛くラッピングした袋が複数個入った木で編んだ籠がしっかりと握られている。
「アンナ、こけないようにゆっくりな」
黎人は、プレゼントのパジャマを入れた袋を持ってエレベーターのアンナの所までやって来た。
「うん、分かった!」
黎人とアンナは、エレベーターに乗り込み、2人でお呼ばれしている樹菜の家に向かった。
樹菜の家は黎人の家から近いので、歩けばすぐに着く。
教えてもらった部屋番号を入力して、インターホンを鳴らした。
「はい、大内山です」
インターホンから樹菜の母親の声が聞こえてくる。
「アンナを誘っていただいてありがとうございます。春風です」
「はい。今開けますので上がって来てください」
マンションのオートロックの自動ドアが開いて、中に入れるようになったので、黎人はアンナと一緒に中に入って先程入力した番号と同じ部屋へと向かう。
アンナは、自分の家との違いが気になるのか、部屋の前に着くまでキョロキョロと周りを見ていた。
部屋の前まで来ると、ドアホンを鳴らして応答がありのを待つ。
「アンナちゃん、いらっしゃい!」
ガチャリとドアが開くと、樹菜がアンナに挨拶してくれた。
「お招きありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
アンナは、昨日火蓮と練習していたお呼ばれした時の挨拶をしてお辞儀をした。
樹菜の後ろにいた樹菜の母親が「礼儀正しいわね」と笑っている。
「今日は娘を呼んでいただいてありがとうございました。とても喜んでいます」
黎人が、挨拶をして、プレゼントを渡して帰ろうと思った時であった。
「春風さん、実は今日は誕生会と一緒に親でお茶会もするんです。夫もおりますので誕生会を楽しむ子供達を見ながらお話ししません?」
黎人にとってまさかの誘いであったが、断る理由も無かったので、ご招待をお受けする事にした。
「では、お邪魔します」
「どうぞ」
樹菜の母親に案内されてリビングに行くと、子供達は全員揃って楽しそうにおしゃべりしており、その中でアンナも楽しそうに話をしていた。
アンナ以外は同じマンションの為、来るのが早かったようである。
その光景に、黎人は自然と笑みが溢れる。
子供達の母親と樹菜の父親が集まるテーブルの方を向いて、黎人が挨拶しようとした所で誰かが先に言葉を漏らした。
「春風オーナー!」
どうやら、その人物は黎人の事を知っているようであった。
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