第261話 アンチ・ドート
「それじゃひまわり、準備はいいわね?」
「はい……」
紫音の指示に従って、ひまわりはアンチドート魔法を試している。
いきなり人に使うわけにはいかないので、河野の血液をサンプルとして使って練習している。
今の所、河野の容態に変化はない。
河野の家族はこちらに向かっているそうで、魔法を試す許可はでている。
ひまわりが1番の難関だと思っていた永井の許可も得ることができた。
ひまわりは永井に嫌われていると思っていた。
士官候補生になるまでには性自認の関係で色々とトラブルがあり、成績の悪かったひまわりを落ちこぼれだと思っている為、そんなひまわりが自分の尊敬する指導員の河野を処置する事を止める可能性があると思っていた。
しかし、ひまわりの知っているあのプライドの高い永井は、ひまわりに頭を下げて頼んだのだ。
藁にもすがる気持ちだったのかもしれないが、ひまわりを信じて任せてくれた。
ひまわりはまだちゃんと魔法を使えた事がない。
それなのになぜアンチドートの魔法にチャレンジするかと言うと、みんなの後押しがあったから。
初めにこれを提案したのは師匠である黎人であった。
冒険者ギルドで起きたトラブルの為、駆けつけた黎人は、河野の状態を紫音から報告を受けた。
その後、少し考えた後、ひまわりの苗字の毒の可能性を紫音に提案した。
毒と薬は表裏一体、使い方次第でどちらにでもなる。
そして、ひまわりの性自認、男女が逆転した人生を送って来た人生から、可能性は十分にあると言う結論に至った。
勿論、これを試す事へのリスクはある。
まだ発現していない魔法だ。奇跡を願うのと変わらない。
しかし、それを試すと言う事は家族や関係者に希望を与えると言う事だ。
やらなければ死ぬ。しかし、希望を持った後にできなかったとなれば、その希望は反転して憎しみに変わりひまわりへと向かう。
その可能性が大きい。
それでもひまわりは魔法を使う道を選んだ。
しかし、毒を含んだ血液には何も起こらないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
黎人や紫音、話を聞いて駆けつけた火蓮や翠、楓達からもアドバイスを受けながら魔法の発動を試みるが、魔法が発動する兆候は見えない。
その状況を見て、永井は焦っていた。
頼むから、早く魔法を使って河野さんを助けてくれ。
心からの叫びであった。
永井の隣で、河野の家族、奥さんがまだ小学生の子供の肩を抱きながらただただ祈っている。
なんの成果もないまま、時間が進み、ついに、起こって欲しくなかった事が起こってしまった。
河野の容態が急変したのだ。
紫音が診察に向かい、部屋が慌ただしくなる。
永井は、自分の胸の内ポケットがある場所を触った。
後で、どれだけ咎められてもいい。だから、自分が悪者になっても、この薬を河野に使おうと決めた。
「やめなさい!」
永井が動こうとした時、部屋に悲鳴が上がった。
「ひまわり、大丈夫!ひまわり!」
氷那が必死にひまわりに呼びかけており、ひまわりの顔色は真っ青になっていた。
「師匠、ひまわりが毒を!」
ひまわりが毒を摂取したのだ。
「ぐ、大丈夫です」
ひまわりはそう言って立ち上がると、河野の娘のところまで言ってその子の頭を撫でた。
「お父さんは、お姉ちゃんが絶対に助けるからね」
「無茶するな」
河野よりも毒の進行が早いのか顔色がさらに悪くなってふらついたところを黎人が支えた。
「師匠……紫音さんが立った時の話を聞いたんです。ダンジョンで命の危機が迫った時に紫音さんは覚醒したって……だから、私も、やってみせます」
「分かった。なら、荒っぽいが協力してやる」
黎人はひまわりの決意を後押しする為に、決して安全ではない方法を試す事にした。
これまでこの方法を試さなかったのは、河野よりもひまわりの命の方が大切だったからだ。
「ひまわり、タイミングを合わせろ、自分の中の毒を半分だけ反転させて毒を打ち消すイメージだ」
「はい……」
1、2、3……
ひまわりが魔法を使おうとするタイミングに合わせて、黎人はひまわりの体に自分の魔力を流し込んだ。
その魔力は、魔法の発動をイメージするひまわりの魔力と混じり合い、ひまわりの実力以上の魔力が体を駆け巡る。
周りには、なんの変化もないが、先程まで顔色の悪かったひまわりの顔は血色が良くなり、明らかに状態が良くなっていた。
ひまわりは黎人を見上げると、ゆっくりと頷いた。
「いけます!」
アンチドートの魔法は完成した。
あとは、河野に使うだけ。
ひまわりは急いで河野の寝ているベッドへ向かうと、先ほど自分に使った様に魔法を発動した。
今度は、ひまわりの魔力だけで魔法は発動して、河野の顔色が良くなっていく。
「バイタル安定。ひまわり、良くやったわ、成功よ」
河野の毒は完全に打ち消され、一命を取り留めたのであった。
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