第239話 乗り越える為に必要な物
「ひまわり、俺もな、お前と同じ様に人に避けられながら生きてきたんだ」
「え?」
黎人の言葉に、ひまわりが驚きの声を上げた。
同僚の永井はああ言ったが、坂本が成績が悪いとは言え、新しい試みの士官候補生を預けるとお願いした人物である。
他の指導者の織田らと同じ様に冒険者としての成功者で、その様な人物は華々しい人生を送って来たのだろうと思っていた。
だから、人と違う私の気持ちが分かるわけがないとも思っている。
「警察官であるひまわりなら分かると思うが、数年前までは冒険者は日本において差別の対象だった。俺はな、事故で子供の時に魔石を誤飲したんだ」
黎人は、自分の身の上話を聞かせる事にした。
黎人は、幼少期に父親が持っていた魔石を誤飲して、劇的なステータスの変化があった。
パッケージがりんごなどのフルーツだからと言ってジュースと間違えた子供が親のいない間に冷蔵庫から缶チューハイ出して飲んでしまう様なものだ。
勿論、誤飲といっても魔石は口に入れる訳ではないし、口に含んで味が違うと吐き出して飲むに至らない事もある缶チューハイとは違って、魔石の場合は一気に吸収してしまうので吸収を止められないと言う違いはあるが、よく似た物だろう。
冒険者差別の世の中で、ステータスの上がった子供は差別の対象で、冒険者を怖がる親の影響で、同級生や周りの子供達も黎人の事を気持ち悪がり、教師であろうと、それを注意しなかった。
確かに、教師としてはステータスの上がった子供と遊ばせて怪我などされてはそちらの方が問題になるのだから余程の熱血教師でもない限り見て見ぬ振りであろうし、小学校の時点で、男性の教員よりも運動能力や力などが強かった黎人は、恐怖の対象であり、子供に負けると言う自分のプライドが許さない厄介な生徒であったのだろう。
「春風さんは、辛くなかったんですか?」
黎人の孤独な学生時代を語っていると、ひまわりは黎人にそう質問した。
黎人の場合は、ステータスの影響で達観しており、友人などは要らないなどと考えて居たのだが、ひまわりの心の氷を溶かすのに、それは言わなくてもいい事だ。
「高校時代にな、救ってくれた人がいたんだ」
実際、彼女のおかげで色々な出会いがあり、今の自分がある。
彼女的には、タバコを吸ったりバイクを乗り回すヤンキーに憧れる人がいる様に、魔石を吸収した冒険者が気になっただけの話であろう。
彼女の為に何かしてあげたいと言う思いから、無茶なダンジョン探索をして、初代に出会い、冒険者としての仲間や後輩ができて、人らしくなっていったのだから嘘は言っていない。
「人は、大多数の人間に好かれたいと思ってしまう。嫌われるのは嫌なんだ」
「はい……」
黎人の話にひまわりは控えめな相槌をうった。
実際に、ひまわりもそうなのだろう。
「だけど本当は、1人だけでもいいんだ。自分を心の底から肯定してくれるたった1人の人間がいれば、心の支えができる。それに、本当に信頼できる人の周りにはその人と同じで自分を受け入れくれる人も大勢いる。拠り所ができれば、周りの目は怖くなくなるんだよ」
勿論、それでも周りを気にしてしまう人間も大勢いる。
しかし、それでもひまわりの様に1人で抱え込んでいるよりは胸を張って生きれる様になる。
黎人は、クランに入ってそれを知った。
周りに受け入れてくれる人間が大勢できたからこそ、今までの孤独な自分には戻りたくないと思った。
「はじめから、信頼できる人間なんていない。だけど、俺はひまわりを尊重する。男性だとか、女性だとかではなく、俺の弟子のひまわりとして向き合う事を約束しよう」
「……あい」
ひまわりは目に涙を溜めながら返事をした。
ひまわりは、自分が特殊である事は理解している。
だから、女性として扱って欲しい訳ではない。
少し変わった所がある毒島ひまわりとして認めて貰いたかったのだ。
「そうですよ毒島さん、冒険者になれば、能力としては男女の差なんて無くなっていくんです。下半身でしか物を考えないゲスな輩は何か言ってくるでしょうが、そんな奴らは相手にするだけ損ですよ」
横から氷那もひまわりを励まそうと声を掛けるのだが、自衛隊という男社会にいたからなのか、それとも差別を非効率的と思うマニュアル的考え方なのか、何にしても、励まし方は特殊である。
「小柳津さん、その言い方は、少し下品です」
「う、うん?」
氷那は首を傾げているが、ひまわりは微笑む様な笑顔を作っている事から、2人の心の距離は近づいた事だろう。
「ひまわり、次のダンジョン探索からはちゃんとインナースーツを着て準備するんだぞ。ちゃんと個室も用意したからな」
黎人が弟子に対しての癖で、初対面にも関わらずひまわりの頭をガシガシと撫でた。
「春風さん、これ、場合によってはセクハラですよ? 別に嫌じゃないからいいですけど」
ひまわりの、警察官らしい言葉に、氷那がクスリと笑い出した。
それを見てひまわりも口を開けて笑い出し、会議室の雰囲気は先程までと違って明るくなった。
「春風さん、いえ、春風師匠、これから、ご指導のほどをよろしくお願いします」
少しは、ひまわりの心の氷が溶けた様である。
黎人と氷那の前で、この笑顔が作れるなら、これからの指導は問題なさそうである。
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